22話 女王陛下の悩み事

ワンダーランド中央都市。いつもの場所。お城にて。

「失礼いたしました。」

女王の部屋からプレートを持ったメイドが一人出てきて、入れ替わりに書類を抱えたウィリアムが入ります。このお城には兵士だけでなく、たくさんのメイドも仕えているのです。部屋には、窓の外をただ眺めているだけのグローリアが。日々の仕事に疲れる彼女はプライベートにおいても基本的に城から出ることはありませんでした。

「失礼いたします、女王陛下。今月分の処刑リストをまとめておきましたのでお手隙の時にでも目を通しておいてください。」

鮮やかなケーキと紅茶が彩るテーブルに、物騒極まりないものを平然と置いたあとは一礼だけして部屋を出ようとしました。

「なあ、ウィリアム。話がある。」

「はい。なんでしょうか。」

女王から直接話の相手を求められるとなると気が引き締まる・・・と思いきや、顔に緊張の色はありません。慣れもありますが、最近は「仕事以外でする話がもっぱら偏り始めてきた」から、なんとなく予想がついてきているのです。

「友達と仲直りするにはどうすれば良い。」

「はぁ。」

間の抜けた声だけが漏れます。グローリアのいう友達とはすなわち、アリスの事。初めてできた友達にやたらご執心のご様子。

「そんなの、謝ればいいじゃないですか。」

「お前この手の相談には適当だな?」

仕事に関する話であれば、それはもういつでも緊張感を持って接しなくてはいけません。勿論、それ以外を雑に扱っていいわけではありませんが、ウィリアムからしてみると、「社会人として普通」の、とりわけ特別ではない助言をしているに過ぎないのです。

「そんなことはありません!ただ、それ以外に方法はないかと。言い訳はせず、素直に謝る。誠実さを見せれば、相手はわかってくれますとも。」

ただ、その相手がウィリアムの常識の範疇におさまらない変わり者であるのも確かですが。

「それはわかっておる。ただその、きっかけが欲しいのだ。」

近くのソファーに浅く腰をかけ、デザートにはまだ手をつけようとせず、浮かない顔で天井を顔の向きのまま視線を飛ばすだけ。

「きっかけとは?」

ウィリアムはいつでも部屋を出れるよう、ドアの前に立ったまま。彼は常に何かしらのお仕事を求めている、ひとつの癖なのでしょう。

「私は女王という立場上、自由に出かけるには難しい。しかしこう、仲違いしている私の個人的な誘いに乗ると思うか?」

ウィリアムは考えます。

「アリス様のことですから、きっともうお忘れになられているのでは?」

なんて、とても言葉に出せませんでしたが。

「ようするに、二人が会う機会さえあれば後は行動に移すのみ、と。」

「そういうことだ!」

嬉々としてテーブルに手をついて身を乗り出します。だけど、それがないこともわかっているのですぐに引っ込みます。

「あー・・・うん、そうですね。」

さっきの衝撃で紅茶を半分かぶった書類をチラ見。きっと彼女は気にもとめていないでしょう。ウィリアムはポケットから手帳を取り出して、びっしり書かれた文字と睨めっこ。ページを一枚めくって、字を追っての繰り返し。

「・・・あっ、女王陛下。これなんかいかがですか?」

彼女に手帳のある一行を指差しながら見せます。赤い文字で、丸で囲ってるのは重要事項の証。そして、そこに書いてあるのは。

「舞踏・・・会?」

今度はウィリアムの目が一層輝きます。

「はい!舞踏会へのお誘いという名目で招待状を送って、皆が思っている間とかの隙を狙って・・・。」

さらに倍の眩しさの光を帯びた瞳のグローリアのわかりやすさといったら。すっかり顔も綻びきっています。

「そうか!その手があるな!おそらく踊るのに不慣れであろうアリスはダンスが始まっても乗り気ではない、そこをうまい具合に連れ出して・・・。」

「おびき寄せるものでもあればなお良しですね!」

そうと決まれば憂鬱そうな彼女はどこへやら、早速計画を企てます。立ち上がってひとり意気込みを決めるグローリアを見届けて、部屋を出たウィリアムはふと我に返ります。

「あれ?これは仲直りしたいって話ですよね?」



二週間後。舞踏会当日。様々な花で飾り付けられたアーチが出迎えてくれて、お城の中。会場となる場所は外側に近い壁に客席が寄せられていて、真ん中は踊るために広く開けてあります。舞踏会とはいえ、踊るだけではありません。テーブルには豪華な食べ物、更にはスイーツバイキングまで。一流パティシエが腕によりをかけたデザートがずらりと並んでいて、ダンスよりこちらが目当て訪れたひともいるのではないかと思うぐらい。

「いやはや、飾り付けにいくらかかったんですか?」

「スイーツに使用する素材に比べたら安いものですよ。こちらはこの日を過ぎればお役御免で。」

「食べたものも出たら・・・おっと失礼。酒が入るとうっかり。」

ステージの横の長机には主催者、舞踏会企画に携わったスポンサーや来賓者が穏やかに談笑しています。このひとたちは踊りには参加しません。

「女王陛下?」

一番ステージに近い席で会場をずっと見張っているグローリアに声をかけますが知らん顔。彼女の隣に座るウィリアムは気にするフリだけしながら、行儀だけは一丁前ながらもとりわけたステーキを頬張っています。

「ウィリアム殿、女王陛下のご様子がおかしいような気がするのですが。」

「そうでしょうか?」

素知らぬ顔をします。彼女がこうなる理由は既に知っているのですから。一人の小娘が来るのをいまかいまかと待ち侘びて、あげくには二人で抜け出すことすら考えてるだなんてこの場にいる誰も想像できないでしょう。

「ウィリアム殿がそう言うなら、そうなんでしょうが・・・。」


ドアからはまだまだ、客が絶えません。中にはお手洗いなどの用事から戻ってくるひともいるので紛らわしいったら。


「んっ!!?」

ドアから、求めていた顔がやってきました。正直、踊るだけのパーティーに来るのかすら不安だったグローリアは、なんと当時の舞踏会の予定にはなかったスイーツバイキングを急遽入れたのです。これなら万が一踊れなくても、退屈しなくてすみますね。舞踏会の本番が始まる前に帰るかもしれないから、自分も適当な理由をこじつけて城を出る作戦など、そりゃもう色々な計画を練っていました、が。

「・・・ん?」

水色の子供用のドレスで着飾ったアリスは隣の少女と楽しそうにおしゃべりをしています。ウィッグをかぶったワインレッドの上品な佇まいの猫の少女とボレロと白く長い裾のドレスの少し背の高い少女。ふたりとは明らかに仲良さそう。

「アリス様がきましたね!」

ウィリアムが耳打ちをしますがグローリアの頭の中はそれどころではなく。

「あの者達は誰だ?」

「さあ。」

かといって直接聞きに行くのも不自然。ふたりはもう少し観察することに。


「まさか、女王陛下主催の舞踏会に招かれ、こうしてお城に入れるだなんて・・・とんでもない自慢話ができそうですわ。」

「ほんと・・・アリスちゃんすごいね、何奴?」

「それを言うなら何者?ですわ。にしても、女王様から招待状を貰うだなんて。」

二人の少女は興奮と感動のあまり恍惚とした表情で場内を見渡しています。一方アリスも規模の大きさにそれなりに感心しながらも。

「まぐれよまぐれ!!」

と言い切りました。ウィリアムとグローリアは心の中で「違う!」と虚しいツッコミ。

「よくわかりませんが、ふたりとはお友達のようですね。」

「あやつらにも送ったのか・・・?」

首を横に振るウィリアムですが、彼は察していました。

「・・・私が行く。」

我慢ならないグローリアは席を立ちました。小皿を持って、おかわりを物色するようみせかけてさりげなく彼女達のもとへ近寄るつもりです。

「私めが取りに行って参りますよ。」

「あんなに沢山あるのだ。自分の目で見て選びたい。」

来賓のひとりが、良いところをみせようと腰を上げましたが、そうはさせません。ウィリアムが固唾を飲んで見守ります。

「まあ、女王様。ごきげんよう。この度はお招きいただき大変光栄ですわ!」

場所を弁えて、自分なりに礼儀よくご挨拶。元気の良さだけは相変わらずですが。他の二人は、女王様の前ですもの、緊張で一言も話せません。一方でグローリアも、もっと気さくに話をしたいのにみんなの手前そうはいきませんし、気分的に今は穏やかではない彼女にとってはきっと難しいでしょう。

「よくできた娘よ。さて・・・この者達は?」

「私の友達です!」

なんとなく予感はしていました。ですが、友達を招くという事態には予想外です。

「ここには招待状が来た者しか入れないはずだが?」

アリスはカバンを開けて、念のために所持していた招待状を見せびらかしました。

「招待状には、一人で来いなんて書いてありません。むしろ、こんなことが書いていましたわ。」

招待状を上からゆっくり読んでいくと。


「恋人、家族、友達を誘って参加してみては?」

と、ふざけた文句が添えてあります。沢山の客を呼ばなくてはいけないので、招待状を書いて配る作業を女王様なんかがやってられません。変なことは書かないだろうと油断していました。ええ、グローリアにとって余計なことが書いてあったというだけで。

「では女王様、失礼します。」

ペコリと一礼したあと、アリスは友達とスイーツバイキングの方へ行ってしまいました。

「なぜ私達が誘われてないとわかったのでしょうか。女王陛下って、誰に送ったかまで把握されてるのですか?」

エイダがグローリアを一瞥した後、周りに極力聞こえないよう耳打ち。アリスは興味なさそうな生返事。

「さあ。」

メイベルもその話に乗っかります。

「それにアリスちゃんだけにつっかかるのってへんじゃないかな。」

「そうかしら。」

ご覧の通り、アリスは何も考えちゃいません。グローリアがなぜ彼女を呼んだ真意なんか、誰かが言ってあげなくては永遠に気づかないでしょうね。

「わーっ!美味しそう!」

アリスは小皿に次々と乗せていきます。このために今日はいちにち何も食べていませんでした。

「あの、これおもちかえりできますか?」

「ダメです。」

メイベルのお願いはそばにいたパティシエに笑顔であっさり断られました。

「おかねだしますから!かぞくにもたべさせたいんです!」

「ダメです。」



「・・・・・・。」

グローリアは目が点の状態で固まっていたので、これは一大事と慌ててウィリアムが駆け寄ります。

「女王陛下!女王陛下!」

必死の呼びかけにも無反応です。ウィリアムもみんなの様子をずっと見ていました。計画が悉く失敗に終わりそうな虚無に感情と体が動かないのです。ウィリアムは彼女の体を回し、背中を押して即座に撤収。そばにいた来賓や従者には「調子が悪いから先に休む」と嘘をついて。

「私というものがありながら・・・。」

「女王陛下。その言葉は友人の間柄で出るような言葉ではありません!」

譫言のように呟くグローリアに今日もまたウィリアムの一段と冴えたツッコミが炸裂します。


部屋のベッドに座らせて、あとのことを従者に任せ、再び会場に急ぎ足で戻るウィリアム。ダンスはそろそろ始まろうとしています。アリスは案の定、踊りには参加せず、友達と並び、グラスを片手に優雅に観客側。ウィリアムはステージの側の席に戻るべく、観客の邪魔にならないようやや前屈みに歩き回っています。ふと顔を上げると、偶然にもアリスと目が合いました。こちらに来るよう、手招き。訝しげな顔でアリスは彼のもとへ。

「なあに?まさか一緒に踊りませんか?って誘うつもり?」

「いえいえ、私めはダンスは苦手で・・・ではありません。お聞きしたいことがあるのです。」

周囲は幸い、始まった煌びやかなダンスに夢中でした。ですが念のため、耳打ち。今日はこそこそ話が多いですね。

「女王陛下の事、そろそろ許してあげてください。」

アリスの頭の上には疑問符が一つ。ウィリアムは続けます。

「クロケーのことかしら?」

「まあ、それもですが・・・その前。貴方がジェレミー様の件について女王陛下に謁見した時の事です。貴方は彼女に絶交って言いましたよね?」

ようやくアリスはピンときました。

「貴方のお気持ちもわかります。しかし、女王陛下も特別意地悪したわけではなくてですね・・・。」

「ああ、それ?アハハ、忘れてた!」

びくびくしながら小声で話しているのにアリスは笑い話みたいに返すもんですから余計に神経を使います。いや、しかも、忘れてたのですから。どおりで再会した時は何事もなかったかのような顔ができたわけです。ウィリアムの予想は的中でした。

「そ、そうですか・・・。」

問題はまだ解決していません。思い出した彼女がどう思っているかわかりません。

「思い出したところで改めて、その・・・。女王陛下のこと・・・。」

返事を怯えながら待っていたウィリアムに対し、アリスは。

「もう気にしてないわ、助けてくれたしね!だからなかったことにしてもいいわよ。」

どこか曖昧な言葉を残し、でも、浮かべた笑顔に裏表はなさそうでした。

「用事はそれだけ?戻っていい?」

「はい!」

アリスは友達のところへ。ウィリアムは急いでグローリアに報告しようとしましたが、アリスが気にしていないのにつけ込んで別行動を起こしかねないグローリアが容易に想像できてしまいます。アリスはせっかく他の友達との時間を過ごしたいわけなのですから、今だけはそっとしておこう。優しいウィリアムは来賓席でワインをいただき、スローテンポで軽やかなメロディに合わせて楽しそうに踊るひとたちを眺めては自分も華やかな時間に一人酔いしれていました。

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