21話 帽子屋テディーと悪魔のリデル2
ワンダーランドの西の街、ソルベット。海と白亜の建物が綺麗なこの場所はいつも多くの観光客で賑わっています。聞こえてくるは陽気な楽器の音色、街を満喫する来訪者の会話、あちらこちら笑顔が溢れる中で、ご機嫌斜めで歩く一名。
「クソッタレが・・・。」
毒づくのはテディー。普段は気取った態度を装う紳士な彼は、今はポケットに手を突っ込み、猫背で、ガニ股と完全にガラの悪さが周囲にも漏れていて、通り過ぎるひとはみなばつの悪い顔で間を取ります。彼は帽子屋なのに、帽子を売らず喧嘩を売ってそうな雰囲気です。何故、彼がここまで憤懣なのかというと・・・?
遡る事ほんの数分前。腕利きが良いと評判の祓魔師の元を訪れた。テディーは、少し前にアリスに言われたことをずっと気にしていたのだ。
ーあなたは悪魔に取り憑かれたのよ。ー
思い出しただけでも不愉快。自分の中に許可なく勝手に得体の知れないものが居座ってるなんて。加えてテディーは悪魔、幽霊、神。そういった非現実的な存在が大嫌いでした。一刻も早くお祓いしてもらおうと祓魔師を訪ねたのですが。
「何も憑いてないねぇ。」
の一言。散々見てもらって、いろいろなことを聞かれて、ついでに高いお金まで取られて告げられたのはたったこれだけ。いくら文句を言っても意味はなく、疲れるだけの時間が過ぎていくだけ。馬鹿馬鹿しくなったテディーは諦めて家に戻ることに。
「はぁーったく、あの金でどれだけうめぇ飯が食えると思ってんだ。」
時間だけでなく、金まで無駄にしたのですもの。やりきれません。
「俺の中に悪魔だぁ?クソが・・・。あんなことさえなけりゃあ鼻で笑ってやったのに。」
あんな事。昔にテディーが遭遇した非現実はいまだに夢にも出てきて、彼を苛み続けていました。ベンチがひとつ、ガラ空きでした。ドカッと音を立てて座り、腰を浅くかけ、足ん組んで楽しい景色を睨んでいます。明らかに近寄りがたい雰囲気に、テディーの周りには半径一メートルの誰もいない空間ができています。
それからテディーはひたすらそこで待っていました。何を待っていたかというと、帰りのバス。その間に苛立ちがおさまるかと思えば、勢いのある苛立ちから緩やかなものに変わっただけ。戦争が冷戦に変わった、みたいな。
「・・・。」
赤いバスが到着しますが、これは街をさらに奥へ向かうためのバス。帰るためのバスは反対方向からくる緑色。扉が開いて次々とひとが降りてくる、その中になんと顔見知りが。
「アリス!?」
本当に、こんな偶然あるでしょうか。アリスは大きな空の買い物袋をさげています。自分の名前を呼ぶ声にキョロキョロしていると、隣の人にぶつかって、膨れっ面。
「もう!どこのアリスさんをお呼びなのかしら。」
「お前さんだよ。」
ようやく腰を上げ、バス停のそばに爽やかな顔で声をかけるテディー。さっきまですごいツラだったのに。アリスもアリスで、よく見る顔にさっきの小さな苛立ちはまるで最初からなかったかのよう。
「テディーさん、こんにちは!あなたもお買い物?」
テディーは心の中でぼやきます。「そんな金すら失っちまったんだが。」と。
「いつも同じとこにいたらさ、たまには気分転換もしてえもんだ。」
思いつきの嘘をつくと、アリスは笑います。
「だから今は気取った帽子屋さんではないのね?」
テディーも苦笑い。素が出たところで、それが苛立ちによるものならあまりいい気はしません。軽く咳払いをして、いつもの飄々としたどこ吹くそよ風のごとく掴みどころのない紳士に戻ります。まあ、それも長くは続かなさそうですが。
「アリス。ちょうど良かった、君に話があるんだ。急ぎでなければ少し付き合って欲しい。」
頷いたアリスの手を引いて、人混みをかき分けて進みます。アリスは大人びた一面もありながら、異性に手をとられただけで恥じらうほどの乙女。とはいえ、大勢のひとにぎゅうぎゅうに押され、もみくちゃになってはそれどころではありません。彼が連れてきた場所はひとの気配など何もない路地裏。背の高いコンクリートのひんやりと冷ややかな感触が、触れてもないのに、空気に乗って伝わってきます。
「こんなところへ連れてきて、話ってなあに?」
陽の光もろくにささない湿気た雰囲気を選ぶような話、子供のアリスには想像できません。俯いていた顔をあげます。
「お前さ、悪魔に取り憑かれてんだろ?」
アリスは全身が凍りついたと錯覚するほど、神経が引き締まります。テディーは見たことの無い表情で睨んでくるし。全くの無表情なのに、陰りを感じます。
「なんであなたがそんなことを・・・。」
今にも逃げ出したい気分ですが、足が動きません。
「お前さんが知らない間に、バラしたのかもな。実を言うと俺もなのさ。」
口元に浮かべるは自嘲。目は笑っていませんでした。
「今日ここに来たのは、悪魔祓いをしてもらうためだ。上手く行ったら、アリスにも勧めるつもりだったんだぜ。しかしダメだった。高い金まで払ったのによ。」
「悪魔祓いなんて余計なお世話よ。」
アリスは握り拳を作りました。悔しさだけがこみ上げてきます。テディーは身振り手振り、全身で訴えました。
「何故だ!嫌じゃないのか、だって悪魔だぞ!悪魔がどんなもんか、わからないわけじゃないだろ!?」
アリスだって、悪魔がなんたるものかわかっています。でも、彼女にとって、少なくとも彼女の中にいる悪魔は自分の常識ですら当てはまらない変わり者だけにとどまらず、宿主であるアリスを幾度となく助けてくれるのです。
「知ってる!あの子はひとりぼっちの私をいつも支えてくれた!私にとって大切な存在なの!」
悪魔かどうかなんてアリスには関係ありません。
「それも悪魔の罠かもしれないってのに!」
テディーも食い下がりません。よほど嫌いなのでしょう。しかしアリスも黙っちゃいません。それほど彼女の中ではかけがえのない存在です。
「何も知らないくせに!黙ってよ!」
次の瞬間、アリスの雰囲気がガラリと変わりました。宿主の意識は一瞬にしてどこかへ押し込まれてしまいます。
「じゃないとアンタ、消しちゃうかも。」
赤く光る瞳。ああ、これはアリスのものではない。悪魔、名前はリデル。彼女が乗っ取るとたまに現れる現象。偶然とはいえ、この機会をテディーは待っていました。服のポケットに忍ばせていた小瓶の蓋を開けて中の透明の液体をアリス目掛けて撒いたのです。咄嗟に両手で顔を庇いましたが、それ以外は真正面から水をもろに浴びてしまいました。
「無理やり買わされた聖水だ。俺と違って自らお出ましするでしゃばりには効くんじゃねえか?」
毛から滴り落ちる水滴。時間は経って変化なし。腕を下ろし、アリスの顔は笑っていました。
「・・・ふふ。っははは!あーあ、おっかしい!久々にアンタみたいな馬鹿を見たわ!アハハハ!!」
その笑う姿はまさに悪魔。無邪気な笑顔なのに目は見開いたままなのです。テディーの方は、ダメ元でもあったのか、空き瓶をポケットにしまって様子見。
「あくまでこの体はアリスの体。私がこうして表に出るのも限りがあるし完全に支配したわけではない。・・・ああ、そう、今のはダジャレじゃないのよ?」
アリスと話している時は落ち着いた態度が多いので、彼と対峙する際のわざと誘惑して突き落としたりコケにして嘲笑う様を宿主が見たらどう反応するやら。
「・・・はぁ。」
こめかみあたりをおさえ、重いため息。
「お前が悪魔だとしたらますますわからん。そいつの体で好き勝手するどころか、助けるだなんて理解できねえんだよ。テメェらは一体、何が目的だ?」
彼が偏見をもっているわけではありません。この世界中でも悪魔は害を成す存在として認知されていて、事実、リデル自身が一番よくわかっています。だって悪魔そのものですから。
「生きたい、ただそれだけじゃダメ?私はね、この体に生かされているのよ。」
アリスは真顔です。ひどく落ち着いた声。表情、声色、どれも普通なのに、普通にしていてもひとならざる雰囲気を纏って見えるのは何故でしょう。
「あ、そうだ。良い事と悪い事教えてあげる。」
爪先でくるりと体を翻し、胸に手を当ててやたら芝居がかった大袈裟な身振りを添えて、彼女の口から語られます。
「あなたから悪魔を祓う事は可能だからもっとマシな祓魔師を探しなさいね。あなたは中にいる邪魔者を追い出したら良いだけなのだから。でも私は無理よ。私を祓うと言う事は、アリスも消えてしまう。」
良い事から悪い事で矢継ぎ早に突き落とす。自身の体を消えるなんて言葉を平然と、笑顔で言う。その微笑みは無力な彼に向けたものだ。
「見たでしょう。前の主がどうなったか。」
さっきまで随分威勢の良かった男の表情をかざるのはただの冷や汗、少女を見る目は本当に、そこに「悪魔そのもの」がいるかのように、見開いた動向は心の動揺をあらわにしているみたいに揺れている。
「まさか・・・
やったでた言葉がこれだ。これじゃあとてつもない脅威に恐怖に押し殺して許しをこう民だ。
ー 懐かしさを覚えた。ー
「ついでにいうと・・・。」
×××はテディーに耳打ちをした。こんな小声、誰が他に聞いているだろうか。わざと一番近くで言ってやるんだ。
「縺薙?アリス縺ッ蜈???ュ伜惠縺励↑縺??ょ挨縺ョ繧「繝ェ繧ケ縺九i莠コ譬シ縺ョ荳?驛ィ縺ィ<魂>縺ョ蜊雁?繧貞?髮「縺輔○縺ヲ蜃コ譚・縺溘o縺代?ゅ%繧後b遘√?蜉帙?。この体は<Expurgation18€・*。。。。」
「・・・ね?」
リデルは元の距離に、後ろに手を組んで浅い笑顔を浮かべる。悪戯にかかった大人をからかってる笑顔。悪戯というより、絶望の底にいるよう。今、彼女がテディーに話したのはアリスのことだった。これを聞いて尚更執拗につけ回す可能性もあったため最初こそ躊躇っていたが、どのみち調べたら出てくる情報で、中途半端な自己解釈では自身を納得させるためにもやはりこんなことをしでかすに違いない。それならいっそのこと、私の口から真実を話そう。ようするに、面倒だったのだ。
案の定、テディーは何も言わなかった。膝から崩れ落ちる。可哀想だけど、哀れだけどこれは事実。
一縷の望みもない。
誰もアリスは救えない。
っていうか、誰も救って欲しいなんて思っていない。
これが私たちなのだから。
「いい?この事は誰にも秘密。特にアリスにはね。」
そう言い残して、私は街を出た。彼の事なら大丈夫でしょう。いっても彼にとっては他人事。アリスとはたまたまあって会話するだけの顔見知りとかいう奴。さて、あとはアリスになんて言い訳をしよう。何か忘れているような気がするけど・・・。
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