19話 シロの休日

ウィリアムはとても困っていました。なぜ、彼がそこまで困っているかというと、今日は仕事がお休みだからです。では、どうして仕事が休みで困り果てているのか。つまり、働きすぎて休み方がわからないというか、働いていないと逆に落ち着かない性分だったからです。とはいえ、無理を言って他の人の仕事を奪ってまで働こうなんて思わないし、そもそも女王様が許してくれません。

「ああ困った、ああ困った。」

ウィリアムは城の中にある寮の、自分の部屋で走り回っていました。しかし、一人かけっこをしてもなにもない時間が過ぎていくだけです。やがてバテてしまい、床にうつ伏せで倒れてしまいます。やれやれ、なにをやっているのやら。しかし彼はすぐに頭を上げました。

「そうだ!困っているひとをさがして、助けてあげる。これだ!」

そうと決まれば身支度をこしらえ、鞄にいろいろなものを詰め込み早速お城を出ていきました。最初の一件は木にからまった風船をとってほしいというもの。運動神経抜群のウィリアムは体型のハンデをもろともせず難なく木登りをこなしてすぐに解決してしまいました。そのあとも迷子の犬探し、荷物運びと順調に片付けていきます。


「やっほー。」

三月兎の庭の前、お茶会を通りかかるとハニーに声をかけられます。

「ここを通るなんて珍しいね。」

「ええ、今日は困っているひとを助けるお仕事なんです!」

彼の中ではもはや立派な労働でした。

「ねえ、僕、シロが働いてるとこしか見たことないよ?」

対してウィリアムが胸を張り、ドヤ顔で。

「二十四時間働いておりますので!」

「一日は二十四時間だよ。」

至極真っ当なツッコミをしながらも肩を落とすハニーはドン引き、無理もないでしょう。「いつ休んでいるのか。」、当たり前の疑問なのに、なんだか怖くて聞けません。

「お困りのご用件はありませんか?」

しかもグイグイくる。まるで玩具をねだる時の手法の一つとして迫る子供みたいに目を輝かせて真っ直ぐな視線を向けられては、何かないものかと考えます。

「うーん、困ってるってほどじゃあないんだけど・・・。」

ハニーのぐるぐる目はあっちに泳ぎ、こっちに泳ぎ。

「テディーが帰ってくるまでにお菓子を並べておかないといけないんだよね。でもすぐに戻るっぽいから、それまでに満足いく量を用意できるかどうか・・・。あっ、やっぱ困ってるわ。」

考えを口にして、改めて事の重大さを思い知ったハニー。それまで大して危機感がなかったということでしょうか。でも慌てません。どうやら諦めているようです。

「材料次第にはなりますが料理やお菓子作りもできますので、お力になれると思います!」

これにはハニーも大喜び。

「ほんとぉ!?やったー!じゃあ早速お手伝いお願いします!」

ハニーは飛び跳ねるように歩きながら家の中に招きました。テディーが戻ったのは、ハニーの言った通り、あれからすぐのことでした。作ったものは大好評、お手伝いは無事終了。隙があると体をひっつけてくるのが気になりましたが、終わり良ければ全てよし。

「さあどんどんいきますよー!」

次に向かうは森の中。こういった場所こそ、本当に困っている人がいるかもしれません。よくある話、迷子とか、けが人とか、野生の動物に襲われているとかなら大変です!




「オイラがお前に頼むことなんてないよ。」

途中で会ったのはシャムロックでした。本当に困ったことがなさそうでしたが、彼だけ無視するというわけにもいきません。

「強いていえば、あの森の中にデカいかぶがあるんだ。そいつがなかなか抜けなくてさ。」

おや、聞いてみるものですね。まさか野良猫に頼りにされるとは。無茶振りされるか、はっきりと悪人とわかる人を除いて断る理由はありません。

「クロさんが出来なくて、私にできるか不安ですが、やってみます!」

「おう、頑張れよ。」

飛び跳ねるようにかけていく小さな背中を見届けるシャムロックは三日月が横に傾いたような目と口で笑っています。不気味なほどに細く釣り上がった顔は、何かを企んでいる時の顔でした。

鬱蒼とした森の中、たまに野ウサギやネズミなどの住民がウィリアムの軽快な足音に気付いて忙しなく身を潜めます。音ではわかるものの、ウィリアムにとっては動く景色の一部にしか過ぎません。さて、森の中以外の情報がないため、だだっ広い道のない迷路をさまよっているよう。

「あれですね!」

やっとかぶの葉っぱらしきものを見つけました。葉の長さはウィリアム以上は余裕であり、腕を回して両の手がつかないぐらい太い茎でした。

「せーのっ・・・!」

足を踏ん張り、全身に力を入れて、上へ持ち上げます。力はいるものの、手応えを感じました。わずかに土が盛り上がったのです。

「あれっ?これはいける・・・?せーの!!」

更に力を入れて引っ張り上げると、葉っぱや茎のわりには小ぶりなかぶが出てきました・・・が、ウィリアムは目を飛び出すほど驚いて腰を抜かしました。だってしわしわで目と口と手足らしき突起まで付いていたのですから。けど二度見する余裕はありませんでした。

「キェエエエエアアアアアッッッ!!!」

それは大きく口を開けて、大絶叫を始めたのです。金切り声、黒板を引っ掻く音、爆音、この世のアリとあらゆる不快かつ大きな音を詰め込んだような鳴き声を至近距離で浴びたウィリアムは鼓膜がはちきれそうです。

「うわああああああ!!!」

体が素早く行動に移りました。茎を掴み、体を一捻りして遥か遠くへ放り投げます。叫びを上げながら弧を描いて、輝く星となりました。

「あー、うっせ。遠くまで聞こえてきたぜ。あ、これマンドラゴラだったか。」

少ししてからシャムロックがやってきました。ウィリアムは放心状態でその場にへたり込んでいますが、そんな彼を無視して、近くに倒れているネズミを拾います。

「おかげでここらにいる動物も気絶してら。いやー大量大量。あんがとさん。」

とだけいって、満足そうな笑顔を残して消えて行きました。

「利用されただけのような・・・?」

それ以上はなにも考えないようにしました。役に立ったならよしとしましょう。



「おや、ウィリアムじゃないか。」

ふと脳裏に浮かんだのはドローレス。彼女の家を通りかかると、庭いじりをしていました。

「実は今、困ってるひとをたすけるお仕事中なんです。」

「へえ、そいつは立派だねぇ!早速だけど、ちょいと頼まれてくれないかい。」

「喜んで!」

ドローレスは常識人なので、無茶振りはしないだろうし、相手にできそうなことを頼んでくれるだろう、と少し期待と安堵を胸に依頼を待ちます。


「ウチの子供が帰ってこないんだよ。」

ウィリアムの笑顔がわずかに痙攣します。彼女に聞いたことをすごき後悔しました。ドローレスは当然、たった今起こったことのように話しています。

「夕飯までには帰ってくるように言ったんだけどねぇ。探してきてくれないかい?アタシも行きたいとこだけど、探してる間に家に帰ったら誰もいなくて、アタシを探しにまたどっか行ったら大変だろ?・・・聞いてるかい?」

「え、ええ!それは大変です!必ず見つけます!」

正直、途中から頭に入ってきませんでした。逃げる思いで彼女から遠ざかります。

「大変だ大変だ、どうすれば・・・。」

これは大問題です。難題を押し付けられたのです。存在しない子供を探せだなんて。

いや、彼女の中では「存在」しています。ただし、代わりのものを「子供」と思い込むことによって。つまり、代わりを用意しなくてはいけませんが、何でもかんでもいいわけではなく、ドローレスがそれを子供と思わない限りは全く違うもの。そのまま渡してしまえばきっと怒られてしまいます。一体何を渡せば子供と見てくれるのでしょう。ちなみに心優しいウィリアムは「子供はいない」と、当たり前だけど残酷な現実を押し通すことはできませんでした。まるで宝くじでも買った気分。そんなにいいものではありませんが。ごくわずかしかない可能性にかけている状況にはちがいありません。

「なるべく単調な形のものは避けたほうがよさそうですね・・・。」

早くも途方に暮れながらとぼとぼ道を歩いていると、真ん中に何かが転がっていました。それはさっきウィリアムが引っこ抜いてぶん投げたマンドラゴラです。葉っぱはちぎられ、腹の辺りをかじられているので、きっと野生の動物に襲われたのでしょう。

「・・・。」

それを抱えて、ドローレスの元へ。

「どう!?見つかった・・・。」

ウィリアムはおそるおそる、マンドラゴラの死体を見せました。もし「あたり」でなければなんて言われるでしょう。心臓が締められるぐらいの緊張と不安でいっぱいです。彼女の境遇を考えたら、余計に。

「我が子!もう、心配したんだよ!」

なんと、ウィリアムから奪い取って抱きかかえたそれをあやしはじめました。「戻ってこないという子は赤ん坊なのか。」というツッコミも気にならないぐらい、ウィリアムは茫然としながらも一安心。心の重荷も取れました。

「は、はは・・・。」

かわりに乾いた笑いがこぼれます。

「ありがとう!ありがとう!本当にありがとう!!お礼といっちゃなんだが、よかったら夕飯食べて行かないかい?」

「あ、いえ、お言葉ですが、私先程食べてきましたので・・・。」

自分が用意した死体がある場所で食べるご飯なんて想像しただけで身震いします。適当な理由をつけて去りました。依頼をこなしたのに、複雑な気分です。


日も暮れてきました。お城からはだいぶ離れたところまで来てしまったので、今日はこの辺にしようと考えていた矢先。見つけたのはアリスでした。

「アリス様!」

「こんばんは。」

もう午後の挨拶を交わす時間にひとりで何をしているのか聞こうとしましたが、袋の中からパンなどの食べ物が見えたので夕飯になるものを買っていたのだとお察し。アリスは彼が何をしようが特に興味ありませんでした。

「実は困ってるひとをたすけるお仕事をしているんですよ!・・・。」

とっさに自ら言っちゃいました。ですが彼はまた後悔。アリスは相手のことを考えず遠慮がない性格ですから、はたしてどんな「不可能」を頼んでくるか・・・と不安でしたが。

「あっそう。頑張ってね、じゃあね。」

彼は自分がしていることについて説明しただけで、頼み事はないか聞いてないし、頼んでと言ってないからアリスは頼む行為が浮かんでこなかったのです。

「・・・。」

ウィリアムはなんとなくあとをついていきます。本当はもういいはずなのに、自然と体が動いていました。自分でも理由がわかりませんが体が勝手に、何かを求めていたのです。

「なに?そんな顔してついてこないでよ気持ち悪い。」

アリスの中ではすでに終わったことでした。彼はそこまで酷い顔をしていたわけではありませんが、用もないのについてこられて不愉快だったアリスの余計な言葉、ということで。

「えっ!?私、どんな顔してました!?」

「・・・。」

呆れて物も言えません。が、アリスはここで気づきます。頼んで欲しいのかもしれない、と。本当に何もなければ無視するつもりでしたが、ここはひとつ、言ってみることにしました。

「お願いならあるけど、聞いてくれる?」

言い出しっぺです。従うしかありません。

「はい・・・!」

指定した場所にあるものを持ってきて欲しい。それがアリスのお願いでした。ある物とは・・・。


「ドラム缶を、どうなさるのですか?」

ゴミ捨て場から取ってきたドラム缶、これがアリスの御所望の物です。ウィリアムからしたら、彼女がこんなものを何にどう使うか全く見当がつきません。

「内緒。」

アリスも教えるつもりはありませんでした。お風呂に使うなんて、言いたくもなかったですし。

「もっと無茶振りしてくるかと思った・・・。」

「なにか言った?」

「いえ、なんでも!」

ちょっとだけ拍子抜けのウィリアムの独り言。いやいや、歩くには厳しい距離にあるゴミ捨て場からドラム缶一個運んでくるのだって相当大変だと思いますが。

「お願い聞いてくれたお礼にこれあげる。」

「え・・・?」

アリスからご褒美がもらえるなんて想像もしていなかったウィリアムの手に握らされたのは、けん玉でした。

「面白そうだから買ったんだけどうまくできないし、飽きちゃった!だからあげる!」

更に、自分のためにわざわざ買ったものです。

「えっ、いいんですか?」

「いらないもの!捨てるよりはましでしょ?」

そう言われたらそうですが・・・まあ、本人がもう不要というのであれば遠慮なく頂いても構わないのでしょう。アリスと別れたウィリアムはけん玉を振り回しながら帰路につきました。彼はけん玉を見るのも初めてで、遊び方も知らなかったのですから。




「疲れたけど、充実した一日でしたぁ。」

ベッドの上で大の字のウィリアムは、あとはもう寝るだけの状態。大変なこともありましたが、全てなんとかなったからこそ、いい思い出として記憶に残せることが出来たのですね。明日からはまたいつも通り、二十四時間労働の毎日が始まります。

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