18話 帽子屋テディーと悪魔のリデル

夏のお茶会は、ひんやりしたお菓子が並んでいます。例えば、プリンとか、ゼリーとか、シャーベットとか、アイスクリームとか。見るだけで涼しくなりそうなのに、テディーは腰を浅くかけ、かんかん照りの青空をぼーっと眺めています。

「暑さにやられたのかなぁ。そんなに暑くないと思うけど。」

心配そうなハニーが、氷嚢を頭に乗せました。

「なあ聞いてくれ。胸が苦しいんだ。」

「それ大丈夫じゃないやつじゃん!」

せっかく乗せた氷嚢をのけて慌てて冷たい飲み物を探します。

「今は大丈夫だ。」

「え!?・・・うん?」

今は、ということは暑さは関係ないみたいです。

「・・・焼きそばは・・・ねえ、つってんだろ!・・・。」

「やきさば?」

丸太の上にまたがって爆睡のグラッセの寝言にももれなく反応します。

「で、どうしたの?」

同じく椅子に腰を下ろし、落ち着けました。

「君に話しても仕方ないとは思うが、だからこそ話そうか・・・。実はな、アリスの近くにいると、胸が苦しくなる。」

驚いたハニーの耳が真上にピンとたちました。一方のテディーは頭を押さえてうなだれています。

「なんというか、体の中から揺さぶられるような感じがするんだ。振動?・・・とにかく変なんだ。ひどいと頭痛と息切れまでする。」

気持ちがそわそわするハニーは、そばにあるクッキーを手に持って揺らすだけで結局食べずに皿にに戻しました。話には対しては興味津々です。

「後半はよくわからないけど。それって・・・もしかして?」

彼の隣にしゃがんで、肩に肘を置いたハニーのなんといやらしい顔か。

「恋だね!」

「はぁ!?」

あとずさりしたいにも体とテーブルがくっついた状態なのでそれもできませんでした。

「バカ言うな。こんなオッサンがよ、ガキ相手にだぁ?冗談はお前の性欲だけにしろ!」

怖い顔で詰め寄られると臆病なハニーはいつもいつもびっくりするばかり。

「いやいやだって!そばにいるとそうなるってもはや恋じゃないの!?」

両手を前に出してそーっと離れます。

「僕はね、恋愛に性別や年齢って関係ないって思うんだ。だってその人を好きになったんだ、関係あるって思う?生き物はね、何歳でも恋ができるのさ。変に思うことはないよ。」

ドヤ顔で個人の恋愛観を語りつつ励ましながらも、しっかりと距離を取りました。

「お前なぁ・・・。まさか、俺が?いくらなんでも、子供にか?いままでそんなこと・・・。」

無かったのだから仕方ありませんね。でもなかったからといって、これからも無いなんてことはあり得ませんよ?彼がぶつくさ言っている向こう側では。

「テディーとアリスの子供なら男の子でも女の子でもどっちでも可愛いよね、グラッセ。」

グラッセの前に両肘をついて、寝ている彼女に話しかけました。グラッセはもにょもにょ口を動かしてから寝言を一言。

「ペソ・・・。」

「ペソ?」



結局考えてもスッキリしないテディーは街を散歩することにしました。ついでに何かめぼしいものを見たら買って帰って今日は忘れてしまおう、みたいに考えていました。

「嘘だろ?俺が?自覚なんてあるものか、いまだって信じられないのに。」

それまではずっとこの調子ですが。


そんなテディーにバッドタイミング。なんと、目の前の店を出てきたのがアリスでした。咄嗟に身構えます。

「あら!こんにちは!」

買い物袋をさげて駆け寄ってきます。なんと無邪気なことか。

「どうしたの?」

ですが、いつもと様子が違うのにすぐに気づきました。だって、いつもならもっと気さくに話してもいいのに。表情は強張って、しかもとても不自然なのです。

「言えるわけねーだろうが!君の近くにいると胸が苦しくなるんだ・・・なんて、死んでも言えるか!」

心の中ではうるさく喚いていましたが。

「具合でも悪いの?」

本調子じゃないので、あながち間違ってはいません。

「情けない。本当に情けない・・・。」

言い返すための言葉も見つからないほど焦っていました。アリスは黙ったまま、こちらの様子を観察しています。気まずいったら。

「隠し続けたら続けるほど惨めなだけだ。無様を晒すなら程度が浅いうちのほうがいい。」

テディーはとうとう勇気を振り絞りました。


「笑わないで聞いてくれ。私は君に恋しているのかもしれない。」

「・・・へっ?」

返ってきたのはこの一言。まあ、それもそうでしょう。体の心配をしていた相手からいきなりそんなことを言われては。ですが、あれだけためらっていたのに一度吐き出してからは止まらなくなります。

「そばにいると、胸が苦しくなる。体の中で何かが震えて、疼くみたいなんだ。・・・正直、こんなことは初めてだ。」

アリスはきょとんとしたまんまです。どんな反応されても、今のテディーには耐えられたものではありません。

「気にするな。ま、忘れてくれ。」

言いたいことだけ言って返事を待たず、背中を向けてしまいます。

「待って!!」

呼び止める声に足が止まりました。このまま帰りたいのに、自分が好き勝手ばかり言って振り回した挙句にほったらかしにするのも後味が悪いものでした。さて、どうしよう。自分でさえ自分の気持ちが分からないのに、どう説明すればいいのかき悩んでいます。

「私もよ。」

予想だにせぬ展開です。

だってアリス、いままでそんなふうに思わせる素振り、一度だって見せたことないのに。足音が聞こえるから振り向くと、目と鼻の先にはいつもと雰囲気が全く違う少女が、背中に腕を回せば安易に抱き寄せられるほど近くにいます。

「私もあなたが近くにいると、体が反応しちゃうの。私たち、もしかして気づかない間に惹かれあっているのかしら・・・。」

こんなこと一度もなかった。色恋沙汰もろくに知らなさそうな少女に蠱惑的に潤んだ瞳で見つめられて、その上視線が吸い込まれそうになります。

彼女は自分の言っている言葉がわかっているのでしょうか。

わかっていなかれば子供のくせに大人の顔になれません。

「場所を変えるわ。これからする話は、だーれにも聞かれたくないもの。」

腕を引かれて、そのままついていきます。ついて行ったらきっと後悔するんだろう。でも今はなにも考えられませんでした。まるで魂でも抜かれたみたいに・・・。


「ここ、は・・・。」

「あらまあ。どんなお話をすると思ったの?」

連れてこられたのは、図書館です。テディーの頭の中はまるで脳みその代わりにはてながつまっては消えてを繰り返しているよう。本が目の前にどんっと置かれました。ファンタジーな世界に出てきそうな魔導書と間違うぐらいの、分厚く厳かな本です。タイトルはその名も「悪魔全書」。

「まあ、こーんな、オカルトな話だなんて想像もしなかったでしょうけど。」

想像以上の出来事だらけで、気取った態度も乱暴な態度もなりをひそめて、開いた口からはなにも出てきません。テディーのことなどお構いなしにアリスは目の前で最初の方のページをめくります。

「悪魔・・・?」

不気味な挿絵とともに書かれた文は、まるでお伽話。

「大昔、聖なる魔法使い達により悪魔の大掛かりな討伐が行われました。ですが、中には逃げ切った悪魔もいました。その後の行方はわかりません。」

そして次のページ。今度は説明的な固い文がびっしりと載っていました。指で差した文を読み上げます。

「弱体化した悪魔は存在を保てなくなり、やがて消滅するの。でもね、自分を守る体・・・自分を誰かに宿せば消滅は防げるわ。」

「取り憑くのか。気味悪いぜ。」

まるで自分はなにを聞かされているのだろうと考えるといつの間にか冷静になっていました。アリスは後のページは興味なさそうに流し読みしながら目も向けないで尋ねます。

「ひとつ聞いていい?あなた、何かいままで変わった経験がない?例えば・・・得体の知れないものが体に飛び込んできたとか。」

聞いただけでは、あり得ない質問だと冷たく返すところでしたが。残念ながら、テディーにはありました。それも夢に何度か出てくるほど、記憶には鮮明に焼き付いているのです。


「あるな。俺そっくりの男に出会ったんだ。そのすぐさ。そいつが塵みたいに消えたあとに、お化けみたいなのがあらわれて、俺に飛び込んできた。」

「ふぅん・・・。」

本を閉じて、アリスが言います。

「きっとそれね。その時あなたは悪魔に取り憑かれたのよ。」

「はぁ?」

「だってわかるもの。」

気のせいでしょうか。雰囲気がまるで別人なのです。子供らしくないとか、そんな枠組みの話ではなく、心に直接襲ってくる得体の知れない恐怖すら感じます。

「悪魔は悪魔にしか反応しない。悪魔同士、近くにいると共鳴することがあるの。」

振り向いたアリスの瞳は、真っ赤に光っていました。テディーは「あの時」の感覚を思い出します。またあんな気持ちになるなんて。しかも今度は、確かにそこに、ちゃんとした実体があって、話しているだけに過ぎないのに。

「だって私がそうなんですもの。」

「私がそう」と、言う意味はわかるのにそれを「はいそうですか」とすぐに信じられるわけもないし。とにかく気持ち悪さでいっぱいのテディーを容赦ない真実で追い込みます。


「改めまして。私はアリスに寄生する悪魔。名前は・・・そうね。リデルって呼ばれてた頃もあったわ。」

名前を聞いているんじゃありません。

なのにきっと今聞くとしたら「なんで?」しかでてこないでしょう。

「あはは。安心して、この体で好き勝手するつもりはないわ。」

だからってほっとしろと?できません。そういうことを聞きたいんじゃありません。じゃあなにを聞きたいか?なにから聞けばいいのかもわかりません。それぐらいには混乱しているのです。アリス、もといリデルはこれ以上なにも教えるつもりはありませんでした。テディーの反応を見るにあたり、なにを言ってもどうせ頭に入らないだろうと察したからです。

「ふふっ、ごめんなさいねぇ?貴方の気持ちを否定したみたいで。でもはっきり言っておきたかったのよね。」

笑う仕草はやっぱりいつものアリスです。でも、意味ありげに微笑む彼女はアリスではありませんでした。

「だから、ざーんねん。あなたが私にドキドキしたのも、私がそうなったのも、そういうことだったってこと。」

頬に触れ、滑らせるように優しく撫でる彼女は悪魔、というより「小悪魔」といったところでしょうか。

「可愛い顔・・・私からしたら、あなたなんか赤ちゃんも同然なんだから。」

顔が紅潮して熱っぽいのは悪魔同士がそばにいるからか、それとも。人差し指を相手の口に添えてさらにそばで囁きます。

「今日のことは誰にもナイショよ。アリスちゃんにもね。」

別れの挨拶なんかなく、長机にぽつんとテディーだけを残して図書館を離れました。

「あはははは!久々に誰かをバカにできて超サイコー!!」

心ではおもいっきらバカにしてました。やはり、悪魔は悪魔なのでした。



お茶会に戻るとハニーは鳩に餌をやっていました。

「あー!おかえり!なになに?どったのぶべっ。」

帰りに買った荷物を顔面目がけて投げつけます。見事にヒット。重たく無いものでよかったです。なにがなんだかわからないハニーが見たものは・・・すごい形相のテディーです。もちろん、怒られるようなことはしていません。

「お前のせいで、俺は・・・俺は飛んだ恥をかかされたんだぞ・・・!」

あーあ。今の言葉で理解しました。

「まさか告白して、そんでフラれたの!?」

「んなもん生温いんじゃボケがあああーッ!!」

「あはーーーーーッ!!!」

八つ当たりの飛び蹴りが背中にもろに喰らったハニーは綺麗に真横に吹っ飛んで茂みに突っ込みました。

「ウラァッ!!」

「のほぉ!!」

抜け出そうとするとタックルをかまされ後ろに投げ飛ばされたり毛を抜かれたりと散々でした。

「やあ゛ーーっ!!」

今日のお茶会には怒号と悲鳴がひたすらこだましました・・・。

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