17話 クロケー大会

アリスはチラシを見ながらうろうろ。チラシには「ハートの城にて開催、第57回クロケー大会」と書かれてあります。どんなスポーツかは、うちなる悪魔が教えてくれましたが、この世界でのクロケーは悪魔の知るクロケーとはまた違うのかもしれません。それに、参加したくても難しい条件があります。そこには、「二人一組での参加」が絶対条件でした。

「誰を誘おうかしら。」

アリスは参加する気満々でした。顔見知りの顔を浮かべますが、どれも誘おうという気にはなりません。

「こんな時に限ってクロさん現れないのよね。どこにいるかもわからないし。」

一番適役のシャムロックは決まった場所にいないので探すのは骨が折れます。呼んでもない時は向こうから勝手に来るのに。

「・・・あっ。いるじゃない、ちょうどいいのが。」

早速、アリスはちょうどよさそうなあの子のところへ向かいました。


チラシを片手に着いたのはドーター村。適当にその辺をうろついていると、あの子の方から寄ってきました。

「アリスちゃん!!!また来てくれたの!?」

またまた大きな荷物を運んでいる途中のメイベルは、近いにもかかわらずそれは大きな声で話しかけます。

「声がでかいわよ。はっきり喋れるんじゃないあなた。」

「嬉しくてつい・・・あっ、これ。」

背が高いメイベルが上から覗き込みます。

「知ってる。みにいったことあるよ。じょおうさまのクロケーってすごくおもしろいんだよ。ボールにハリネズミ、マレットにフラミンゴ、ボールを潜らせるアーチはトランプ。」

やはり、この世界のクロケーはとても変わっていました。悪魔もさぞかしびっくりするでしょう。

「まあ!そんなのでできるのかしら!」

「みんなおとなしいよ。たまにいうこときかなくて、その時は会場大混乱。見てる方はおかしんだけどね。」

想像するだけでも滑稽です。やっている方はたまったものじゃないですね。

「ますます参加したいわ!でも二人一組でないと参加できないの。」

「へぇ〜。」

自分は関係ないと決め付けているメイベルは呑気に生返事でした。

「だからベルを誘おうとしてたんだけど。」

「へっ!?」

驚きのあまり荷物を手から滑らせてしまいます。箱の中からこぼれた果物があちらこちらに転がっていきましたが目もくれません。

「メイベルだからベルなんだけど。」

今はそんなことを気にしているわけではありません。いや、すこしは気になるけど。

「私あのっ、あのドジだしとろいし鈍いし。」

「要するにグズってことでしょ?」

早速一切の遠慮のない言葉がみごと胸に突き刺さります。

「激しく動くゲームじゃないみたいだし大丈夫よ。で、どうなの?まだ言いたいことある?」

これじゃあ勧誘と言うより、命令みたいな言い方ですが・・・。

「なにもありません。私でよければ・・・。」

「もう!前にも言ったでしょ!イエスかノーで決めて!」

まだゲームは始まってもいないのに、気持ちと身を引き締めます。

「イエス!!」

ですがすぐに緩んでしまいます。こぼれた荷物を視界に入れても、それどころじゃないみたい。

「じめんにころがりたいきぶん・・・。」

「好きにしたら?もう帰るから。」

すでに地面に大の字になっているうっとり顔のメイベルを放置して、用事が終わったからさっさと帰ろうとするアリスに指をさす子供がいます。

「あーっ!」

「わーっ!?わわ・・・あいたーっ!!」

驚いたのは寝転んでいたメイベルでした。慌てて飛び起きますが近くに転がっていたリンゴで足を滑らせ、今度は本当に転びました。

「君はあの時の!」

水色のパーカーを着た、ハリネズミの少年です。アリスには見覚えあるような、ないような?

「僕だよ!君が街で倒れていた時に運ばれた先に住んでたハリネズミ!」

そこでようやく思い出します。アリスにとって彼は恩人でした。手を取り合って再会を喜びます。

「元気にしてた!?」

「こっちのセリフさ!まさかこんなとこで会えるなんて!」

アリスの服の中からマルコが出てきました。同じネズミの匂いがしたから、つい気になったのでしょうね。

「わぁ!ドブネズミだ!」

反応はあまりよろしくなかったですが。

「ドブネズミなんて変な名前じゃないわ!マルコよ!私のペットなの!」

マルコは自慢げにふんぞり返ります。アリスがそう言うのであれば、そういうことなのでしょう。

「クロケー?」

アリスの持ったままのチラシが目に入ります。

「参加するの。先に出会ってたら、あなたを誘ってたかもしれないわね。」

もう誘われたメイベルは気が気でない様子です。一方少年は気が乗らない様子。

「やだよ。僕が転がされているようなところ行きたくない。くわえてそいつを僕が打たなきゃなんないじゃん。」

「それもそうね。」

球がハリネズミなら、彼の心境を察すると納得するアリス。

「まー君が参加するなら見に行くぐらい行ってあげるよ。」

「ありがとう!」

「あっ、やっべ。お使い頼まれてたんだった。」

用事を思い出した少年がどこかへ行ってしまいました。とおりかかったひとに拾ってもらった荷物を抱えて立ち上がったメイベルはアリスを羨ましそうに見ています。

「ともだちおおいんだね。」

「今のはどう聞いても顔馴染み同士の会話でしょ?」




そしてクロケー大会当日。会場はたくさんの観客で賑わっています。選手はみんな、渡された白い服を着ていて、緊張したり自信満々だったり、各々いろいろな気持ちが見て伺えます。クロケー大会はトーナメント式。予選はなくいきなり一回戦。だだっ広い会場に区切られて、その中で相手チームと競います。ハリネズミの少年から聞いた「この国」でのクロケーのやり方を思い出していました。


「球をうって、アーチを潜らせるんだ。一回打ったら相手のターン。それの繰り返しで、先に真ん中の棒に当てた方が勝ち。」

「かっ飛ばしたらダメなのね。」

「やめてくれよぉ。」

「でもそれ、一人でもできるんじゃない?」

「二人も交代でやるのさ。一人が打った球がコースから外れすぎたら一番近くのゲートに置いてやる。審判が厳しいからズルをしたら即退場だよ。」


どうやら独特のアレンジがされているようです。これは前の女王の提案を引き継いでいるんだそうな。

「・・・・・・。」

アリスはフラミンゴを抱えています。とてもシュールな絵面です。フラミンゴはアリスの方を振り向いて見つめるから、思わず吹き出してしまいました。今度は首を伸ばしてメイベルの鳥の巣みたいな毛をつまみ始めましたが緊張で固まって気づいていません。

「ふふ、あなた食べられてるわよ。」

「おーい!!」

観客席からハリネズミの少年の声が聞こえます。最前席でこっちに向けて大きく手を振っていました。アリスも元気いっぱいで振って返します。応援されるほど高揚するアリスに対し、メイベルにとってはプレッシャーでしかありません。でも誰も彼女の緊張がおさまるまで待ってくれません。ついに、試合開始の笛が鳴りました。


一番手はアリスです。フラミンゴの首は意外にもしっかりとしていて、マレット代わりには十分です。球代わりのハリネズミをくちばしで慎重に打ちます。しかし、アーチはまっすぐ一直線ではないので、力加減を誤ってコースからそれてどっか行っちゃいました。

「あっ!」

「待って〜。」

メイベルがそれを追いかけます。

「なるほど、そういうことね。」

「ごめん〜。」

近くにあるアーチにそっと置かれたハリネズミは丸くなって固まっています。相手のターンを終えて、次の打者はメイベルです。アリス以上に慎重でしたが、やはり彼女も力加減を誤ってしまいます・・・が、すでにアリスは動いていました。待ち構え、転がってくるハリネズミをフラミンゴのくちばしで止めます。

「先に回っても止めるだけなら反則じゃないんでしょう?ちゃんとコレで止めたんだし。」

審判は黙ってうなずくのみ。主な反則について事前に調べていたアリスはそれを全部覚えていたのです。反則にならないギリギリの位置にハリネズミを置きました。


その後も順調に勝ち進んでいきます。期待の新人として名を馳せて、思わぬ展開に観客は釘付けです。ついには決勝戦。これに勝てば、ふたりは優勝です!

「私たち、意外と息ピッタリね!」

「ここまでくればこわいものなしだね!」

最初はあんなに自信なさそうなメイベルも今や慣れたもの。さあ、そんな二人の最後の対戦相手は一体誰でしょう。颯爽と現れたのは。


「女王様ぁ!!?」

まさかの主催者本人、グローリアのお出ましです。白い選手服こそ着ているものの、王冠だけはいつも通り。隣にはペアのウィリアムが同じく白い服に身を包んでいましたが、体も真っ白なものなので、全裸に見えたアリスは目を擦りました。

「さいあくだぁ。」

さっきまではしゃいでいたメイベルの顔が真っ青。

「すっごくつよいんだよ。女王様が参加した日は出来レースっていわれるぐらい。」

「ふぅん。」

言われてみれば、時々遠くで盛り上がっていたような気がしました。なんであろうとアリスには関係のないことです。相手が誰だろうと、やることは同じなのですから。

「やるからには、負けないわ!」

「うん・・・。」

最初に打者をつとめるメイベルは始まりの位置に並びます。開始時に置いてあるはずの球が見当たりません。

「ボールがないよ?」

アリスが審判を睨むと。

「私めは準備には携わっておりませんので。」

対戦相手を睨むと。グローリアはこっちを見て鼻で笑いました。

「!!」

無言を貫いていたウィリアムがようやく口を開いたかと思えば頼りない言葉をぼそぼそ呟くばかり。

「女王陛下・・・あの・・・予備は・・・。」

「ない。ボールがなければできないよなぁ?」

「!!!」

アリスとメイベルは察しがついてしまいました。考えられないかもしれませんが、考えすぎかもしれませんが、もしかするとグローリアはわざと隠したのかも?

「む、ムカつく・・・。」

「おちついてアリスちゃん。」

眉間にしわを寄せて唸るアリスをなだめます。司会者がこんなことを言いました。

「ううん。これは不戦勝・・・ということになりますかな?」

ここまで頑張ってきて最後の最後に戦わずして敗北なんてこんなに悔しいことはあるでしょうか。アリスはどうしていいかわからず呆然です。

「・・・!」

ハリネズミの少年が観客を押しのけてどっかへ行ってしまいました。


アリス達の足元に一匹のハリネズミが走ってきます。

「まあ!出てきたわね!」

「ほんとだ、どこいってたんだろ。」

グローリアとウィリアムは不思議そうにお互いの顔を見ます。

「あれ?なんで出てきたのだ?」

「さあ。」

アリスは嬉しそうに審判の方を振り向くと。

「両方準備が整ったということで、試合を開始します。」

さっきまでのイライラは忘れて、ゲームスタートです。今までアーチの数は六つと決まっていたのですが、決勝戦は倍以上のアーチが並んでいてあっち曲がったりこっち曲がったり。当然、距離だって。ゴールはずっとずっと先にあります。アリスは余計張り合いがあるというもの。ズルをしようとした相手に一泡吹かせたい気持ちでいっぱいです。

「やってやるわ。」

アーチが曲がっている寸前のところで綺麗に止めることができました。次はグローリアの番です。打った球はあのままだとコースを外れてしまいます。

「あーっ!!」

アリスが喚いたのも当然。アーチが動いたのです!トランプに手足が生えて動くなんてとても奇妙な光景ですが、興味を抱いている場合ではありません。アーチのなかった場所にアーチができて、その下を球が転がります。

「反則よ反則!」

グローリアは全く悪びれる様子はなく。

「審判がなにもいわぬなら反則ではなかろうが。なぁ?」

次の瞬間、勝ち誇ったような笑顔が消えました。

「言ったらどうなるかわかってるな?」

審判の顔はひきつっています。公平な審判といえど、自分の命が危ぶまれていては従うほかありません。

「大人って汚い!ズルしたら勝つに決まってるわ!」

アリスは癇癪を起こして地団駄を踏みます。ペアのやり方に乗り気じゃないウィリアムは納得いかない相手にかけるフォローの言葉を探していました。

「えっと・・・貴方がそうさせるほどの実力だということです。」

「嬉しくない!このド変態ウサギ!!」

「はぁ!?」

せっかく慰めたのに、返ってきたのは罵倒。根拠のない悪口で責められたウィリアムの素っ頓狂な声が観客の一部の笑いを誘います。

「どうする?アリスちゃん!まけちゃうよ!」

「反則する相手に正攻法で勝てるわけないでしょ!」

アリスの苛立ちは最頂点ですが、冷静にならないと。彼女の頭は「どうズルしたら勝てるか」を考え始めました。メイベルに耳打ちをしたあと。

「・・・うん、わかった・・・。」

やはりズルすることには抵抗のあるメイベルは落ち込みます。そんな二人の様子をハリネズミは眺めていました。

「といっても目に見える反則で戦うのは面白くないわ。二つ目は隠し兵器といきましょう。」


次はメイベルが打者です。やや力を込めて打った球は回転しながらアーチを潜ります。そして二人が追いかけて、曲がり角に差し掛かったところでアリスが順番を待たずに打ってしまいました!本来なら反則も反則です。相手のターンを待たずに勝手に進めているのですから。

「そっちがそうなら、こっちはこうよ!」

「小癪な!審判!なんとかいえ!」

審判はレッドカードを取り出して、上にあげましたが。

「ひいいっ!?」

服のポケットに隠していた銃ですかさず赤いカードを撃ち抜きました。穴の間紙切れがひらひら地面に落ちます。

「審判は公平なんでしょう?次はないわよ。」

そう言い残して走って行きました。審判は震えが止まりません。使い物にならなくなった審判はお役御免。ルール無用の戦いに、地味な球技ではありえない歓声が湧き上がります。

次の曲がる地点に追いつきそうでしたが、お次はこちら側のアーチが移動しました!ルールでは球はアーチを潜らなければ、前の位置に戻されてしまいます。これでは完全に主催者の独壇場です。

「・・・うそ!?」

ハリネズミが自分から走ってアーチを潜りました。大人しいだけでなく、臨機応変でとても賢いハリネズミです。なんとか先を追い越すことができたメイベルですがまたまたハプニング。

「わわ・・・わっ、えっ!?」

トランプが襲ってきたではありませんか!アリスはどうしていいか考えますが、いい案がすぐには浮かんできません。でも、杞憂だったみたい。飛び回る羽虫を振り払うみたいに手をせわしなく動かすとあっけなく落ちたり吹っ飛んでいきます。意外にも怪力なようで。よく見たら牙と鉤爪が生えています。いつもと様子が違う彼女にアリスもちょっとだけびっくり。

「・・・もう、怒った。」

フラミンゴの首を伸ばすように撫でます。鋭く尖った爪にとてもびびっていました。そして・・・。

「えーい!!!」

「ぎゃあ!!」

転がってくるハリネズミを、力一杯打ちました。あれ?いま、打たれた方向から悲鳴が聞こえたような?豪速球並のハリネズミは相手側のトランプ兵をみごとに蹴散らした。ボーリングのピン以上にド派手な吹っ飛び具合です。

「ごめんなさい!ごめんなさい!わざとじゃないの!」

メイベルもこれは予想外だったみたいです。本人は一気にゴールに当てるつもりでした。

「あはは!やればできるじゃない!」

アリスに褒められたら照れ臭そうに笑う彼女はいつも通りでした。

「なんでって構わん!続けろ!」

「はい!」

ウィリアムが打とうとしたところにアリスが割り込んで、相手側のハリネズミを奪いました。

「これがなきゃできないんでしょ?」

目蓋をひっぱり舌を出して、明らかにバカにしてからアリスは襲ってくるトランプをかわしながら走ります。

「二つ目の反則よ。お願いね。」

心のうちで話しかけます。すぐにアリスの中にいる最終兵器がこたえてくれました。

「全く仕方ないわね。」

「あそこまで打てる?」

「ま、なんとかなるわ。」

悪魔に身を委ねたアリスは大きく足を開いて急ブレーキで立ち止まり、静かに深呼吸して、狙いを一点に定めます。距離もありますが、邪魔をするものもいません。感性を研ぎ澄ませ、渾身の力で打ち込みました。


地面に一度もつかず低空で飛んでいったハリネズミはゴールである杭に激突しました!本来、ここまで乱暴に扱われることはないハリネズミが気を失ってぱたんと落ちました。


「・・・。」

会場は静まりかえります。視線を一気に浴びた審判は震えながらも大きな声で叫びました。

「あ、あ、アリスとメイベルペアの優勝でございます!!!」

会場はここ一番の大盛況です。悪魔から体を返してもらったアリスはしばらくほうけていました。

「アリスちゃん!!!」

感極まって飛びついてきたメイベルに押し倒されたアリス。ついでに抱きつかれて苦しそう。

「勝った!私達、勝ったよ!!」

「そうね!私達やったわね!それよりのいてくれるかしら!」

力づくでどけたあと、立ち上がったアリスは嬉し泣きしているメイベルの隣でなんとも誇らしげに胸を張っています。へとへとのフラミンゴの頭を優しく撫でてあげながら。

「そうだ。あのハリネズミ・・・。」

あのハリネズミはメイベルがかっ飛ばしたきり行方をくらましてしまいました。


「・・・女王陛下。」

心配そうに顔色を伺うウィリアム。グローリアはというと、悔しがるどころか、なぜか微笑んでいました。

「地団駄踏むアリス可愛かったな。」

「女王陛下?」

審判は駆けつけた兵士に揺さぶられています。

「お前、よく女王に敗北させたな。」

「どっちに勝利の旗を振っても死ぬんなら、もうどうだっていいや・・・。」


ルール無用のクロケー大会はアリスたちの優勝で幕を閉じました。その後、優勝者には賞金と景品がもらえました。お金は二人で山分け。景品はメイベルがもらうことになりました。だって・・・。

「荷物運ぶのに便利でしょ?私が引き取っても仕方ないわ。」

「う、うん・・・。」

試合で使用したフラミンゴ二匹でしたから。

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