16話 アリスとメイベル
今日もいい天気でのお目覚めです。うーんと背伸びをしてから洞窟を出ると、朝ごはんに雑草をかじっているアリスのペットのマルコ。
「おはよう、マルコ。」
会話はできなくても話しかける。ペットを飼ったことがある人なら分かる方もいるのでは?
「おはよう。」
マルコは口を動かして言葉を話しました。
「ギャアアアアアア!!!」
驚きの大絶叫を上げたのち、後ずさった勢いで洞窟の中に入ってしまいました。
「シャベッタアアアア!」
信じられません。つい昨日までかわいらしい鳴き声で、それを聞いて眠りについたのに。動物のままの姿をした動物が同じように話すなんて、しかも突然ですからびっくりするわけです。
「ネズミが喋ったらあかんのかい!」
今度はえらく流暢に、独特な口調で話し返します。まるでまだ、夢でも見ているよう。そーっとそーっと近づきます。
「え・・・いや、その・・・。」
「何があったんだい?遠くまで聞こえてきたけど・・・。」
やってきたのはシャムロック。思っていた以上に大きな声で叫んでいたようです。けど、今はお尋ね者の野良猫どころではありません。
「まいど。あん時はえらい無様晒してもうたけど・・・。」
「ニ〝ャアアアアアア!!!」
アリスと全く同じ反応を見せました。ふたりは放心状態でへたり込みます。
「なな、なんっ、なん・・・アリス!?お前が仕込んだのかよ!こんな芸!」
「しし、し、知らない知らない!昨日までは普通のネズミだったの!」
「普通のネズミやで。」
こんなに滑らかに話せるネズミが普通なわけあるでしょうか。マルコはさも普通のように話しますが。
「朝起きたら突然話せるようになってたんだ。」
・・・だ、そうです。
「変なキノコ食べてないわよね?」
「食べてないよ。虫食べた。」
それはそれでアリスは複雑な気分でした。
「大丈夫大丈夫!みんなの前ではチューチュー鳴くだけのかわいいマスコットキャラでいてあげるから。」
そこまで求めていません。普通でいてほしいだけなのです。
「自分で自分のことかわいいって言ってるぜ?」
「えっ?だってかわいいでしょ?」
マルコはアリスの膝の上に飛び乗って、愛らしさいっぱいのお顔を上げてはさらにわざとらしく、前足を合わせて首を傾げます。
「ボクがかわいいからペットにしたんでしょ?」
「ぐぬぬ・・・。」
まさにその通りのアリス。しかもこんな可愛い仕草をされては何も言い返すことができません。
「べーっだ。」
シャムロックには振り向き際に右の下眼瞼を引っ張りました。
「なんでオイラ馬鹿にされたんだ?」
「そうだわ、たまに変な喋り方するのやめて。あれ可愛くないわ。」
「えーそんなー。極力気をつけるよ。」
こうして、アリスの日常は少しだから賑やかになりました。
特にあてもなく森の中の小道を歩きます。マルコは肩の上。向こうから自分と同じ歳ぐらいの子がたくさん積んだ大きな箱を抱えて歩いてきました。アリスは特に気にしないです通りすぎます。
「あーっ!!」
すれ違ってすぐ、いろんなものが地面に落っこちる音と悲鳴が聞こえます。きっと箱の蓋が空いて、中身をばら撒いてしまったのでしょう。ため息と一緒に拾っているのが見なくても想像できます。何事もなければスルーしていたのですが。
「あっ・・・ありがとう。」
見かねたアリスが黙って、転がったものを拾って箱に入れてあげます。ふたりでしたらあっという間に終わりました。
「あなたがあんまりにも鈍臭いから放って置けなかったの。」
悪気はありません。言いたいことはわりと素直に言ってしまうものですから。
「そ、そっか・・・そうだよね、わたし、どんくさいもんね・・・。えっ!?」
なんと、アリスは半分の数の箱を持ち上げます。
「一人より二人の方が早いでしょ?暇だし、手伝ってあげる。」
「そんな・・・。でも、助かるよ・・・。」
アリスと女の子は、道を横に並んでおんなじ分の荷物を抱えたまま歩きます。
「どこ行くの?」
「旧ドーター村だよ。」
なかなか会話が続きません。アリスは構わないみたいですが、女の子の方は気まずそう。
「名前はなんていうの?」
「アリシア!アリスって呼んで。あなたは?」
「わたしは、メイベル。アリスちゃんは学校行かないの?」
「学校?」
メイベルは羨むような、ちょっと遠くを見つめているようでした。
「この時間、子供はみんな学校に行ってるの。」
今度は落ち込んでいるように見えます。アリスは、「この世界にも学校はあるんだなー」なんてことを呑気に考えていました。
「わたしはお金がなくていけないの。母さんは病気で、父さんがはたらくお金だけじゃきびしくって、兄弟もたくさんいるから大きい子供はみんなはたらいてるの。」
またも沈黙が続きました。話す前はさほど考えていなくって、話したらさらに気まずくなって、苦笑いでごまかすしかできませんでした。
「ごめんねこんな話・・・。」
「私も学校行くお金がないの!」
「・・・!」
そうです。メイベルもあとで察しました。彼女も同じように今ここにいるのだから、もしかして・・・。なら逆に話に出してはいけなかったんじゃないかと焦る始末。しかし、アリスはなんとも思っていません。
「それに私、お金があっても行かないわ!だってお勉強しなきゃいけないんでしょ?私、お勉強大嫌いだもん!」
本当に楽しそうに、幸せそうに、満足そうに笑い飛ばすアリスにそれ以上言うのも野暮というものです。
「あはは・・・そっか。わたしもバカだから、学校にいってもついていけないだろうな。」
メイベルにいたっては自嘲ですが、ほっとした部分もあるのも事実です。
「着いたよ。」
いっちゃえば小さな集落みたいな場所でした。木で作られた小さな家、ただ、それ以上に大きな建物がいたるところにあります。こちらは住家ではなくお店です。人の住む家より物を売る店の方が数を占めていました。
「アリスちゃん、上の箱はあそこにある青とオレンジのしましまのテントに、下の箱は果物の絵が描かれた緑色の看板が目印の建物に届けて。分からなくなったら聞きにきて。」
「わ・・・わかったわ!」
詳しく説明したメイベルは早速自分の仕事に取りかかり、アリスは急いで頼まれた通りの場所に持っていきました。
「どこも近くて助かったわ。」
早くも仕事を片付け、ふと、アクセサリー屋さんの前で足を止めました。キラキラと輝く装飾にかわいらしいデザインに目が釘付け。特に、小さなガラス玉にビーズが入ったペンダントが気になる模様。
「これが気になるの?」
店主が話しかけます。
「すごく綺麗。でも、今持ってるお金じゃ足りないから、今度来たときに買うわね。」
「ママにお小遣いもらっておいでね。」
アリスは黙って店の前を離れました。
村を出る前に仕事を終わった挨拶をしておこうとメイベルを探していると、集落から少し離れた奥の方。森の中で数人の女の子に囲まれているところを発見。お取り込み中みたいなので、終わるまで隠れて待つことにしました。
「こんにちはぁ。今日も仕事ぉ?えらいわねぇ。」
「えへへ・・・ありがとう・・・。」
次の瞬間。
「あっ、だめ!」
メイベルの必死な声が聞こえたので様子が変だと、茂みから覗きます。
「あんたが持ってても使う場所ないでしょ?私たちが有効活用してあげるんだから、感謝しなさいよね。」
女の子たちはどこかへいってしまいました。ひとりは可愛い瓶を持っていました。静かに立ち上がり、今きたところを装います。
「アリスちゃん?」
「お仕事終わったところなの。ここを出る前に報告しにきたのよ。」
アリスは見ていたけど、はっきりと見たわけではないので彼女に何があったかは聞きません。でも、嫌なことはあったんだろうなと、へたくそな笑顔を見てればわかります。
「・・・ねえ、また会えるかしら。」
今度は嬉しそうな笑顔でうなずきました。
「うん!土日以外はここではたらいてるから!」
アリスが会いに行く目的は、今度こそ何があったかを確かめるためです。誰のためか、というよりは気になったことをそのままにしておけない性格なのです。きっとそうです。ついでにあることを思い出します。鞄の中を探ると、綺麗な宝石が一つ入ってました。気まぐれに洞窟を訪れ、とったものです。
「これを売れば、さっきのも・・・。」
でも、次にお金を持ってきて買うって言っちゃったし、細かいことは考えません。
「あげるわ。」
何を思ったか、それをメイベルの手に握らせました。
「えっ!!?だめだよ、こんな高そうなの!」
手のひらの中には、太陽の光を反射して虹色に輝く宝石が。そりゃあ、誰でも驚きますとも。
「私にはいらないい物だからいいの。高値で売れるらしいわよ。」
心では「いらないわけじゃないけど。」と呟きつつ、立ち尽くすメイベルがまた何か言い出す前にさっさと村を出ました。やれやれ、あんな光景さえ見なければこんなことしなかったのに。いや、どうでしょう。アリスはとても気まぐれ屋さんなのです。
次の日。
本当は数日開ける予定でしたが、そうしなきゃいけない理由もないしアリスはこうしようと決めたことはすぐ行動に移したがる子でした。
「今日はちゃんとお金持ってきたわよ。」
アクセサリー屋さんの店主は困ったような笑みを浮かべます。
「ごめんね。売り切れちゃった。」
「そんなー!!」
こればかりは仕方ありません。昨日お金を持ってなかった、自分の運命を嘆くべきです。とぼとぼと村を歩き回ります。アリスがここにやってきた目的はアクセサリーだけではありません。昨日と同じ場所に行くと、ナイスタイミング。昨日と同じメンバーとメイベルがいました。ちょうど、揉み合っているところでした。
「ダメ!かえして!」
メンバーの中のリーダーでしょうか。一際図体がでかい女の子が持つ物を必死に取り返そうと手を伸ばしますが、女の子はうまいぐあいにかわします。背の高いメイベルですが、動きが鈍くてかわされ続けています。取り巻きのクスクスと笑う声が聞こえました。
その女の子が持っているのは、アリスが昨日あげた宝石でした。
「アンタには勿体ない代物ね!」
「もらったものなの、大事なものだからダメ!」
もう少しで手が届きそうでしたが、石ころに足を引っかけて転んでしまいました。
「うぅ、それは・・・ゔっ!」
起き上がろうとしたところを取り巻きの一人に背中を踏まれて身動きが取れなくなります。険悪な顔のリーダー格の女の子が彼女の前に仁王立ちで見下ろします。
「友達は、あんたみたいなノロマに付き合ってあげてるアタシたちでしょ?アタシたちからもらった物以外なんてアンタにはいらないよ。」
「・・・。」
痛みに耐えて、歯を食いしばり、メイベルは腕を伸ばして目の前の足を掴みました。まさかの行動にここにいる誰もが、アリスでさえも驚いています。
「な、なんなのよコイツ!」
力いっぱい振り払おうとしても離しません。
「もらった・・・?ふざけないで。」
震える声は力強くしっかりとしていて、砂に塗れた顔はまるで別人みたいなすごい剣幕でした。
「みんな、私から奪ってばっかりじゃない!!」
思い通りにならなくて、いきりたったリーダーは片方の足をあげました。このままでは頭まで踏まれます!
「調子乗るんじゃ・・・!」
「何やってるの?」
元気いっぱいの知らない声が突如聞こえました。アリスです。安全地帯から事の成り行きを見ていましたが、我慢の限界でした。
「アンタ誰?」
女の子は勢いを削がれて違うところを踏みます。メイベルも、ただ現れただけなのに、現れたのが珍しい生き物みたいな目で見るのです。
「通りすがりです。」
「関係ない人は引っ込んでもらえる?」
リーダー格の女の子がずんずんと歩み寄ってきます。アリスの倍はある体格で圧をかけます。
「困ってる人は放っておけないもの。これ以上悪い事するなら実力行使します。」
全く動じないアリス。堪忍袋の緒が切れた、ついに胸ぐらを掴みかかりました。
「できるもんならやってみなさいよ!」
「ちょっと・・・。」
取り巻きも、他人を巻き込みたくはなく、止めようとしますが、それも無駄です。アリスはカバンからナイフを出して顔と顔の間に刃を挟みました。リーダーの子は刃を寄り目で凝視、今まで終始強気だった顔が弱々しく青ざめます。
「できれば話し合いで済ませたいのよね。」
真顔でナイフをちらつかせるアリスに「関わってはいけない」という恐怖が、彼女達を逃げさせることに成功しました。ナイフをしまい、何事もなかったみたいに逃げるみんなを眺めます。
「あ、あの。・・・。」
背中の汚れを払おうともしないで、のろのろと立ち上がります。みたところ、目立った怪我はありません。平気でナイフを向けるアリスに少し怖いと感じながらも、助けてくれたことに対しては、昨日の事もあるので、嬉しさより申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「ごめんね・・・。」
「ほんとよ。さっさと売れば良かったのに。」
助けたのは自分が勝手にやったことですが、売った方がいいと言ったのにそうしないであんなことになったのは自業自得だと言いたいのです。
「・・・うれしくて・・・宝物にしたかったんだ・・・。」
大切にしてくれているのなら、悪い気はしませんが・・・。まあそれはよしとして。
「ねえ、あんな奴らが友達なの?」
「わたしにはなしてくれる、数少ない子たちだから・・・。でも、ケンカしちゃったな・・・。バカだなぁ、わたし。」
深いため息が聞こえます。どういうものが友達と呼べるのかアリスはいまいちわかっていません。でも、きっとそれはメイベルも同じなのでしょう。だからこんなことになったのかもしれません。しかしアリスは少なくとも、あれが友達と呼べるかどうかぐらいわかります。
「ほんとバカね。友達選びもまともにできないなんて。」
呆れたといわんばかりの態度で言い放たれた冷たいそれは落ち込んでいるメイベルには相当厳しい言葉でした。腕を組んで、そっぽ向いていたアリスは横目で彼女に視線を送ります。
「友達がほしいんなら私とならない?」
「えっ?」
もっと容赦ない毒舌を浴びせてくるかと覚悟していたから、口から漏れたのは間の抜けな声でした。
「気をつかうつもりもないし、言いたいことだって遠慮なく言うつもりだけど。」
再び目をそらします。
「あんなことはしないわ。」
「・・・。」
返事がありません。この間がなんとも、じれったくもどかしいことか。「いいえ」でもいいからなんとか言ってほしいとアリスはイライラしています。メイベルも迷っていました。「はい」か「いいえ」の選択肢ではなく、「はい」だけど「いいのだろうか」で躊躇していました。つまり、「はい」しかなかったのです。思い切って、返した言葉は・・・。
「わ、わたしで、よかったら・・・。」
散々待って出てきた言葉がこれです。しかもなんか、照れてもじもじしてるし。反応がこうだとアリスも恥ずかしくなって、それも認めたくないから、つい意地悪な態度で返してしまいました。
「いいとおもわない奴と友達になろうなんて言わないわよ!ばか!」
実を言うと、友達になるかどうかを聞いたあたりからずっと照れ臭くて、わざとそっけない態度で隠していたのです。なんで素直になれなかったのかはアリス自身、さっぱりわかりません。
「えへへ・・・。」
「笑うところじゃない!」
わからないことだらけで落ち着きません。
「あっ、そうだ。」
メイベルがポケットから出したのは、アリスが昨日アクセサリー屋で欲しそうにしていたペンダントです。まさか、買ったのはメイベルだったのです。
「これあげる。」
アリスがあの店にいた時、近くにいませんてました。ということは彼女のためではなく自分のために買ったのでしょう。いくら欲しかったものとはいえ、遠慮の一つはしますとも。
「あなたが欲しくて買ったんじゃないの?」
「うん・・・でもいいの。わたしがそうしたいって思ってやってることだから。」
こんなとこでめぐりめぐって手に入るとは思ってもいませんでした。戸惑いながらも、アリスは彼女からのプレゼントを受け取ります。
「ありがとう・・・。」
改めて見ると、本当に綺麗なペンダントです。昨日と違って、見ているとなんだか特別な気分が湧いてくる、そんな気がします。
旧ドーターの村からの帰り道。どっと疲れた顔のアリス。
「調子狂うわ。」
鞄の中からマルコが頭をだします。
「友達も増えてよかったね。」
「・・・そうね。」
アリスも満更ではないのですが。
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