15.5 その2

あれから気になったアリスはティモシーの家へでかけました。腕には布を被せた箱を抱えていました。

「あれ?ティモシーさん!」

なんと普通の服で家から出ているティモシーの姿が。もはやおなじみの奇妙な寝袋姿ではないので少し物足りない気もしましたが、これはアリスにとってもうれしい変化です。

「やあ、アリス・・・。」

家の周りの花壇に水やりをしていました。

「お外へ出られるの!?」

「うん・・・大きな病院紹介してもらった・・・。毒自体は消えない、けど・・・症状を抑える、薬・・・飲んでしばらくの間は、外に出ても平気・・・。」

感情的にならない限り普段の表情の変化は乏しいものですが、嬉しそうに顔が綻んでいるのがわかります。

「よかった!」

アリスは満面の笑みです。

「これも、考えたら、君のおかげ、なんだよね・・・。」

「ふっふーん!って言いたいところだけど、もう終わったことなんだし、何度も蒸し返すのはやめてよね。」

悪気はないのですが、これには苦笑い。

「そんな嫌なことみたいな言い方・・・。」

砂利を踏む足音が聞こえます。今度はジェレミーがやってきました。こちらも一層ラフな服を着ていました。片手には短くなったタバコを持って。

「よーう!」

「ジェレミーさん!」

檻の中で見たときとは違って、随分朗らかで陽気、フランクに話しかけてきます。いろいろな重荷が取れてのびのびしているのが丸わかりです。

「僕が呼んだんだ・・・久しぶりに会いたくて。」

「そうなの!暇そうね!」

アリスに悪気は全くありません。いかにも裏表なさそうな笑顔を見て察しました。

「俺も今は無職でさ、ぼちぼち仕事探してんだわ。」

吸えなくなったタバコを足元に捨てて爪先で潰します。アリスは気にしていませんが、ティモシーは自分の家の敷地内ですから少し顔をしかめました。

「じゃあ私の働いてるところにこない?死体をお片付けする仕事よ!」

やれやれ。アリスはひとの笑顔をひきつらせるのが得意みたいです。

「首なし死体で十分ですわ・・・。」

それもどうかと思いますが、あの女王様のそばで働いていたのですもの。

「それはそうとティモシーさんよ、俺もお前さんに会いたくて会いたくて仕方がなかったんだわ。」

勘違いでしょうか。なんとなく誤解を招くような言い方に聞こえました。なんにせよ、ティモシーの様子を見たかっただけでこれといった用事のないアリスは二人の予定の邪魔にならないよう、その場を離れることにしました。

「私はそろそろ・・・。」

「ちょっとツラ貸せや。」

笑顔のジェレミーから不穏な言葉が吐き出されます。ティモシーの元へじりじりと、わざとらしく足音を立てながら近寄って。

「えっ・・・。」

わけのわからないで突っ立っているティモシーを顔面目掛けて拳で思いっきりぶん殴りました。アリスは帰るのをやめました。

「今まで色々溜まった分だ。」

殴った後の顔は、不機嫌まっしぐら。喧嘩を売っているように見えます。

「いってて・・・。」

ティモシーはなんとか体を起こし、ふらふらと立ち上がります。根暗かと思えば、意外とタフだったり、感情的にもなったり。今もまさにそう。やられっぱなしにはいきません!

「・・・意味わかんないよ。それに僕だって、気にしなかったわけじゃないんだぞ!」

彼もまた同じように殴りかかりますが、あっさりと片手で受け止められ反対側の顔半分を思いっきり殴られました。

「へぶっ!?」

体は後ろに吹っ飛んで、大の字で倒れました。完全にKOです。

「あースッキリ❤︎」

役目を終えた両手をパンパンと払います。本当にスッキリした様子でした。一連の流れにきょとんとするアリスに対しジェレミーは。

「男っつーのはよ、拳で語り合って友情を深めるもんなんだぜ。」

なんてかっこつけましたが。

「一方的な暴力だと思うのだけど。」

アリスは冷静です。殴り合いにもなっていませんでしたもの。

「まあまあそう冷たくしないでよ〜。」

冷たくしたわけではなく冷静に至極当たり前のことをつっこんだアリスに、機嫌をとるように・・・ではなく、自分の行為を正当化するために媚び諂いました。まあ、これもただのノリなだけなのですが。そんなジェレミーが鞄から出したのは、あの仮面です。

「あなた、それ持ち歩いてるの!?」

アリスのぎょっとします。ピエロみたいな可愛くない仮面に、ではなくて。「あんな事」さえなければ今も冷静でいられたでしょうね。

「そりゃあ大事な宝物、だからな。ん?これを見たらあの日のこと、思い出してくれるか?」

「サイテー!!返して!」

顔を真っ赤にして飛び跳ねますが軽々とかわされます。

「・・・ん?」

目が覚めたティモシーが殴られた跡をおさえながら二度立ち上がります。すっかり怒りは冷めていましたが。

「いいだろー。俺達、口づけを交わした仲なんだぜ。」

「!!?」

今ので完全復活しました。怒りと共に。

「そ・・・それを言うなら・・・僕も、一夜を共に過ごしたことがある!」

「なんだって!?」

明らかに語弊が生じる言い方です。ええ、わざとです。彼と張り合いたいがために誇張したのでしょう。

「・・・・・・。」

彼らのいっている事は大げさに盛られただけだと。馬鹿馬鹿しくなったアリスは男同士の小競り合いに付き合ってられなくなり、黙ってその場を去りました。


「あら、女王様。」

今度はグローリアとウィリアム、数人の兵士に出会いました。先ほどのやりとりを見ているだけで疲れたアリスは正直、誰にも会いたくありませんでしたが何も知らない彼女達に嫌な顔はできません。

「アリス・・・。」

アリスと会う時はもっと気さくなのですが、お仕事中なのでしょうか。どこか控えめです。そんなグローリアに代わってウィリアムが一歩前に出ます。

「ちょうどよかった、アリス様!私共々あなたにお話したいことがあったのです!・・・あのふたりは?」

ここからだとさほど遠くないので、二人の姿もよく見えます。

「私となにしかた自慢しているの。」

「はい?」

するとアリスは箱にかぶせてあった布を取ります。中には土ごとくり抜いたキオクダケがひとつ。

「ああ、これはキオクダケですね。」

「私が話すよりこれで聞いたほうがわかりやすいわ。」

正直者のキノコは今までの会話を包み隠さず暴露してくれました。聞いているうちにみるみるとみんなの表情が変わっていきます。顕著なのはグローリアでした。

「あああ、あり、アリスこれは、これ、こっ、これは。」

声まで震えています。

「本当なのですか!?」

純粋に驚くウィリアム。

「やりますねぇ!」

同じく驚く中でひとり感心する兵士。

「貴様あとで処刑。」

「ぞええぇッ!!?」

女王によってすぐ目の前で死刑宣告されて、絶叫したのち固まりました。

「半分本当で、半分嘘よ。」

アリスは遠慮なしです。みんなはさらにびっくりします。全員見事にハモるほどには。特に大声だったのはやはりグローリアでした。

「半分本当!!」

「ジェレミーさんとは間接キスで、ティモシーさんの家に止めてもらって確かに一緒に寝たけどそれだけよ。」

一番大声を出すほど元気だったグローリアが白目を剥いて倒れるのを周りの兵士が慌てて支えます。

「お気を確かに、女王陛下!」

「どうなさったのですか女王陛下!」

こっちはこっちで大変なことになっています。

「あー・・・えっとその・・・。」

気を失いかけている女王様、白けたアリス、男二人の言い争い。グローリアは兵士たちがいるので任せられるとして、原因でもあるあのふたりをどうにかした方がいいと結論に至ったウィリアムですがいまだどこか躊躇い気味です。しかし向こうの口喧嘩はヒートアップするばかり。

「この私めがあの方々を・・・。」

仕方なく止めに行こうとする彼を、グローリアが引き止めます。

「良い。私が行く。」

その声は低く、女王の僕達は身が震え上がってなにも言い返すことができず、状況においてけぼりのアリスも見送ることしかできません。


二人の喧嘩は・・・アリスを巡っての喧嘩みたいになっています。取り合うつもりはありません。簡単に言えば「お前にだけはやるものか」と主張しているのですが、もはやなんであってもアリスにとって迷惑なことには変わりません。

「ガキなんか眼中にねえけどなぁ!テメーだけにはアイツをやってたまるか!!」

「君みたいな適当な奴にあんな子を渡すわけにはいかない!それに僕は全然対照範囲内です!」

今度は罵詈雑言、性癖暴露のぶつかり合いです。

「ロリコンの変態野郎!」

「ヤニ中のろくでなし!」

「おいそこのド畜生共。」

喧嘩に夢中ですぐそばまで来ているのに気づきませんでした。

「え・・・女王・・・陛下、様?」

例えるならグローリアは獰猛な番犬が唸る時のようで、他二人は逃げ場のないところに追い詰められて震えている小動物のよう。これぞ弱肉強食の

「だぁれのおかげで己の命があるか、わかってんのかぁ?それを、しかもまだ幼い少女を貴様らの薄汚い欲の張り合いのだしに使いやがってェ・・・。」

手を上げると光と共に現れたのは身の丈以上の巨大な鎌です。死神が持ち歩くみたいな大きなそれをどこからともなく召喚した女王様は、死神以上に恐ろしい面をしていました。

「やっぱ死ね!!!!!」

鎌を振り上げて走ります。死にたくなければ、全力で逃げるしかありません!

「女王陛下!落ち着いてください!」

これには兵士も必死で追いかけます。

「いやああああああっ!!」

二人は尻尾を巻いて逃げました。こういう時だけ、息ピッタリです。あとのことは女王達に丸投げ・・・任せてウィリアムは話を進めました。

「アリス様。我々も、貴方様に何かお礼をさせてほしいのです。お城お祝い・・・あっ、いえ、何か欲しいものなどありましたら、なんなりと!」

すぐそばで繰り広げられるドタバタには目もくれず、早速アリスは何にしようか考えます。

「欲しいもの?ほんとになんでもいいの?」

「えっ・・・ええ!」

男に二言はありません。さあ、彼女はどんな物をおねだりするのでしょうか。


「じゃあ・・・カメラが欲しい!」

「カメラですか?」

もっと無茶振りをしてくるかと思いきや、案外普通のものでした。とはいえ、アリスの今のお金ではとても高価なものです。

「写真がすぐに出てくるやつがいい!持ち運びに困らないタイプがいいわ!」

それが彼女の欲しいものだとしたら用意しなくては。

「かしこまりました!」

安堵の色を浮かべつつ、嬉しそうに承諾しました。


一方、森の中を走り回る三人。

「制裁!!天誅!!」

長い裾もなんのその、鎌を振り回しながら全力疾走する女王様。鎌の切れ味はとてつもなく、一振りするだけでなんと木が真っ二つ。

「あの鎌、お飾りじゃなかったのかよ!」

「ぎゃあああああ!!!」

悲鳴もろもろがこだまする森に背を向け、アリスは帰ります。ウィリアムは女王が冷静になるまで、しばらくその様子を呑気に眺めていました。

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