小噺 アリスとクロ

アリスが洗濯物を乾かしていると、シャムロックがやってきました。今のところアリスのすみかを知っているのは彼だけで、時々こうして特に用事もないのにくることがあります。

「よおアリス。」

「クロさん、こんにちは。」

そこにある岩場に座ります。まるでソファーの役割を果たしているかのよう。

「一昨日だっけ、すげー雨降ったじゃん。ここはどうだった?てか、お前雨の日どうしてんだよ。」

アリスは自慢げに話してくれます。

「実はね、ここからちょっと先に洞窟を見つけたの!雨風はあそこでしのげるわ!」

「そうかい。そいつはよかった。」

ほんとか嘘かわからない適当に言葉をかけたきり、アリスを手伝いもしないで景色と一緒に様子を眺めています。


「ここで初めて会った時のことだったか?まーひどい目にあった。」

「何も話すことないなら黙れば?」

アリスの態度はなんだかそっけないですが気にしません。

「思い出話ぐらいさせてくれよ。・・・あれっきり大人しくなっちまったな。」

アリスは黙って服を干していきます。

「やっぱお前さんは猫みたいに気まぐれ屋さんなのかい?もうオイラをいたぶってはくれないのかい。」

今度はアリスの周りをうろうろし始めました。これは普通に鬱陶しいので、少女らしからぬドスの効いたとても低い声で一言。

「喧嘩うるなら買うわよ?」

と、脅しました。

「ごめんにゃさーい。」

手を上げてその場に静止。これはたいして反省していない様子。

「それにあなたをいじめるのはやめたの。」

「へぇ。」

興味なさそうなシャムロックでしたが。

「あなたがなんで嘘をつくか、わかった気がしたからよ。」

これには興味があります。アリスは一旦作業する手を止めました。

「その笑顔、病気なんでしょ?腹が立っても伝わらない。悲しくても伝わらない。言葉にしても伝わらない。何をしてもその顔のせいで伝わらないから、本当のことを言っても信じてもらえないからいつのまにか嘘をつくようになったんでしょう。」

独自の解釈を淡々と語ります。それが終わればまた作業に戻りました。真面目な雰囲気はどこへやら。退屈そうなため息が聞こえます。

「そう考えると、なんだか萎えちゃって。」

そんなアリスとは対照的に、好き勝手自分のことを想像しただけで言われたシャムロックは黙っちゃいません。ジャンプで軽々と彼女の肩に飛び乗って、後ろから、あるいは上からアリスの顔を覗き込みます。

「ずいぶん知った口叩くじゃねえか。」

大きな猫目がさらに大きく、これほどまでに釣り上がった口はもはや猫とか、動物の類に入らないほど不自然な不気味さを帯びていました。けどアリスは全く動じません。ついでに言うと体重はほとんど感じませんでした。

「何もあなたがそうって決め付けてないじゃない。私が勝手にそう思って、それに従って決めたことよ。」

至近距離の銀色のまんまるい目を見上げ返します。確かに、決め付けてはいません。あくまで解釈の域を抜けてはいませんでした。

「それともなに?いじめてほしい変態さんなの?」

やはりアリスは呆れています。シャムロックはゆっくりと肩から降りました。なんにせよ、彼は納得したようです。

「や、そうじゃねーし。ひとりいれば間に合ってら。」

その一人は誰とは言いませんでしたが。

「聞いてよ!病気でもなんでもないのにね、いっつもつーんってしてるひともいるしね!大人なんか、特にそう!海辺にもそんな人がいたわ!」

ようやく振り向いたアリスは人差し指を立てた両手を頭上に置いて、誰かさんの真似をしました。それが誰かとも言いませんでしたが。口を閉じて微かに震えていたシャムロックはついに笑いを堪えることはできなくなりました。

「ふっ・・・あははは!!そうかもな!つーか似てねえよ、なんだそれ!」

「布団が吹っ飛んだ!」

多分似せるつもりはさらさらないのでしょう。なんちゃってで真面目そうな顔を作って適当なダジャレをかましたら反応は大爆笑。ダジャレに笑ったわけではないと思います。

「狼がトイレで困った!おお!かみがない!」

「あはははは!!」

・・・アリス。内心で誰かさんをめちゃくちゃ馬鹿にしてます。

「はーっ、笑い死ぬかと思った。」

目に涙を浮かべて苦しそうなシャムロックですが、こんどは前とは違っていい笑顔でした。

「笑って死ぬなんて、幸せな死に方ね!」

「勘弁してくれよ、全く・・・。」

いつの間にか笑い転げていたので、立ち上がると同時に服についた汚れを払いました。

「お前といると飽きねーや。じゃあ、俺帰るわ。」

満足したシャムロックは器用な四足歩行で遠くへ走っていきました。猫の方が気まぐれなんじゃないかと挨拶する間もなかったアリスは小さくなる背中を見送りながら感じました。




「ぶえっくし!!」

その頃、カートルの家で用事で訪れていたウィリアムが大袈裟なくしゃみ。

「もしかして、君も風邪か?」

「さあ・・・カートルさんこそ、さっきはくしゃみが止まらなかったですし。」

やれやれ、噂をされてるとは知らない呑気なふたりです。

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