15.5話 アリスとジェレミー

アリスは仕事帰りに街でお買い物です。

「まあ、ブルーチーズですって。本当に青いわ!食べれるのかしら!」

店員が大笑い。

「これを見た人はみんなそういうねぇ!大丈夫、食べれるものしか売らないから!もちろん味も保証するよ。」

そうですね。食べれないものなんかお店にどうどうと並べたりしませんものね。

「じゃあこれをひとつくださいな。」

「はいよぅ!」

袋に大きな真っ青な塊を下げて帰ります。

「冷蔵保存したいわ。何かいい方法ないかしら。」

色々呟きながら歩いていると河川敷にひとり体育座りで景色を眺めているジェレミーを発見しました。アリスは早速、彼のところへ駆けていきます。それはもうとても嬉しそうに。

「ジェレミーさん!」

「よう、アリスちゃん。まさか再会がこんな景色が綺麗な場所だとはねぇ。」

隣に座ります。淡く青い空が水面に写ってキラキラ輝いていて、同じ空がふたつの違う美しさをみせてくれます。

「俺もすっかり有名人でよ。たまには一人にならねーと疲れちまう。なんせしばらく一人に慣れてたもんだしな。」

しかし牢屋の中で見たときとは違って、随分清々しい顔をしていました。


「・・・ありがとな。」

「えっ?」

ジェレミーはアリスが行動していたことは知らないはずです。あの時のことを言うなら、アリスは変装していたのでわかるはずがないのですが。と、いうことは?

「ティモシーから聞いたよ。俺を助けるために頑張ってくれたんだって?」

「うーん・・・まあ。」

いざ本人から改まって言われると照れくさいというか、恥ずかしくて下を向いてしまいます。普段のアリスならドヤ顔で自信いっぱいに恩義せがましいことを言い放つのに、全く彼も言い方というものがあります。

「せっかく生き延びて自由になったんだ。第二の人生としてやり直すことにするわ。」

「第二の人生?死んで生き返るの?」

苦笑いと一緒に頭を軽く撫でられます。

「似たようなもんだ。・・・そうだ、お前さんで思い出した。」

今度は檻のでもたまに見せた、悪い大人の顔でした。アリスは、自分を見て何か嫌なこと考えてる予感がしたのでいい気分ではありません。

「覚えてるか?俺があそこから出たらキスしてくれるって話、アンタから言い出したんだぜ?」

すぐに思い出したアリスは顔を真っ赤にして近くで大きな音が鳴ったみたいに体が跳ね上がります。

「まっ・・・ちょっと!本気にしてたの!?」

「こんなオッサンは少しでも楽しみになるもんがほしいのよ。」

拳で叩かれても大した力じゃないのでびくともしません。軽快に笑い飛ばします。

「助けてあげたんだからチャラにしなさいよ!」

今更になって恩を押し付けるつもりはなかったのですが、なんとか断る口実が欲しかったのです。

「それとこれとは別さ。えー、俺、すっごい楽しみにしてたのになぁ〜。」

ジェレミーは夕方の空を眺めました。はたして彼が本気なのか、からかってるだけなのか、さっぱり考えが読めません。


「・・・・・・。」

時間だけが流れていきます。アリスはどうもスッキリしません。確かに自分が言い出しっぺでした。だからといって、だからといってと悩んで、悩んで・・・。

「わかったわよ!」

びっくりしたのはジェレミーの方でした。だっていきなり大きな声を出すんですもの。

「お、お、お互い初めてならべべべつに別にいいんじゃないかなって思うの。」

声がとてつもない勢いで上ずっています。

「そういう問題か?」

逆に心配されました。しかし、一度やると決めたことをこれぐらいでやめたくはありません。半ば意地になっています。

「・・・助けたことは、私が勝手に始めたことだからおいといてあげる。それに、その・・・それぐらいその、ご褒美があってもいいんじゃないかって。」

ハッと何かに気づいたアリスが後退りして顔向けて指をさします。

「そう、ごほうびよ!?」

今度は裏返ってしまいました。平常心を維持しようとするだけでもはや精一杯でした。できてないけど。

「はいはい。」

これ以上こんな恥をかかせるのも可哀想ですし、断るのはさらに可哀想ですし・・・なんだか誰のためかわからなくなってきました。

「・・・・・・。」

早く済ませたいのはふたりとも同じでしょう。しかし急かしすぎても良くないです。急がず、焦らさず。顔が近くなるのに我慢できずアリスは強く目を閉じます。どんな顔になってるだろう、緊張してるせいで必要以上に力が入った顔はきっと不細工だろう。そう思ってはいても、この際どう見られても構うものか・・・というのが今のアリスの心境でした。さらに近くなるのがなんとなくわかります。早く終わってと願うばかりで・・・。


ついに口に触れた・・・のですが。感触が異様に冷たく、とても固いものでした。ゆっくりまぶたをあげると、ピエロみたいな顔が目と鼻の先で笑っています。アリスは驚きのあまり固まってしまいました。彼女が口付けをしたのは、いつかにあげた仮面をつけたジェレミーでした。

「ワーオ、これは一生の思い出だ。」

対して彼は初めてにもかかわらず余裕の態度。どんな仮面をかぶってもジェレミーはジェレミーです。仮面の裏では今頃どんなツラをして見ているのでしょう。

「あ・・・あ・・・。」

顔がみごとに紅潮して口をパクパクさせてるだけのアリスはまさに金魚みたいで無様・・・いえ、滑稽極まりない状態でした。

「今日は最高の一日だ。やー生きてるって素晴らしい!じゃあな。」

うーんと背伸びをしてから腰を上げて、ひらひらと例の仮面を振りながら河川敷を去っていきます。



「・・・・・・。」

取り残されたアリスの頭はおどろきの白さと言わんばかりの真っ白さ。といったら、響きだけは綺麗でしょうか。アリスにとってもこれは一生忘れられない思い出となるに違いありません。

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