14話 まだ諦めないで
今日は久々にジェレミーと会ってお話をしました。と、いいますが初めて会ったあの日からはわりと何回も会ってはいたのですが。
「それにしてもこんなくたびれたオッサンの話聞いて面白いか?」
「うん!あっ、今日はね、私も話したいことがいっぱいあるのよ!先にこれあげる!」
いまや彼はアリスのお気に入りです。お祭りで買った仮面をあげるほどには。
「へへっ、ありがとさん。」
どんなものであれ、子供からのプレゼントに悪い気はしません。
「ねえ・・・私はあなたと話して楽しいけど、あなたはどう?」
「おじさんがつまらなさそうに見えるかい?」
アリスは首を横に振ります。
「楽しいならそれでいいの。・・・あなたともっとお話ししたいけど、もうすぐ死んじゃうんでしょ?」
落ち込むアリスを、檻から伸ばした手で撫でてあげます。
「ああ、そうさ。それまで、少しでも楽しい時間を過ごせてよかったよ。お前さんのおかげさ、ハハ・・・。」
「死にたくないって思わないの?」
撫でる手がピタリと止まりました。
「楽しい時間がもっと続けばいいのにって、思わないの?」
「・・・。」
彼は良くとる態勢、腕と足を組んで壁にもたれて腰を浅く座ります。
「そりゃあ多少な、しかしどうしようもねぇよ。・・・アリスちゃんよ。おじさんから一つ、質問だ。」
「今、自殺しなければいけない状況に追い込まれているとする。本当に、いままさに。高い所に立たされているところを想像しろ。その時お前さんはどんな気持ちだ?」
「死にたくないって思うわ。」
アリスの答えは直球です。まともにイメージすらしていません。
「じゃあなにが死にたくないって思わせる?」
ようやく、想像力を働かせる気になりました。例えば、高いところといえば崖の上でしょうか。アリスが選ぶとしたら高い建物の一番高い場所でした。屋上の淵に立ってそこから下の景色を見下ろしているのを想像します。アリスは高い場所は平気でした。ですが、そこから飛び降りるとなれば話は別です。
「えっ・・・怖い、とか?」
「だろうなぁ。こんな高いとこから落ちるのは怖いだろうなぁ。運が悪けりゃ痛いのが続くかもしれねえなぁ、とかな。」
窓の外の晴れた空を眺めながら続けます。
「いいか?死にたいって思っても「怖い」って感じるうちはまだ生きたいって証拠なのさ。本当に死にたい、死んでもいいって思う奴に必要なのは恐怖に打ち勝つ勇気でもないし、そもそも恐怖すらねぇ。必要なのは「諦め」さ。」
アリスはまだ納得いっていません。
「それと、なにが関係あるの?」
「俺もな、諦めてんだよ。そりゃなんとかなったに越したことはないけどよ。なんともならねぇんだ。」
黙って俯いてしまうアリスに対し、彼はどこか他人事のように話します。
「働いてもないのに最低限の生活はできてんだぜ。そんで大人しくさえしとけばあの女王のことだ、一瞬で楽にしてもらえる。白兎や他の奴らみたいにビクビクしながら働いたあげく死ぬよかマシだぜ、なあ?」
アリスの返事はありません。ずるいです。真面目な話をしたかと思えばこんどは面白おかしく話して、たいしたことのないように話にして笑い飛ばしてしまうのですから。ジェレミーだって本当はわかっています。こんな一時凌ぎの言葉だけで納得させられやしないと。
「諦めたら楽になるぜ。お前さんがまだそうなるには早すぎるが。・・・ありがとな。」
しまいにはアリスは泣き出してしまいました。
「泣くな泣くな。こんどは仕事でやらかした話でもしてやるからよ。そうだ。」
ジェレミーは服の中からシワシワの紙を取りだります。紙には小さくこう書かれてあります。
「これをーーーーーに届けてくれ。それまで開いたり、誰にも見せたり言ったりするな。」
アリスは小さな鞄に大切にしまいました。
お城を出て、浮かない顔のアリス。
「・・・。」
滅多に他人に共感しないアリスがさっき泣いたわけ。もちろん、アリスだっていなくなってほしくないひとのひとりぐらいいますとも。それもありますが・・・自分があまりにも無力なこと。そして、納得がいかないこと。彼が本当に悪いことをしたとは思えなかったからです。
「どうにかできないかしら。」
一方で悪魔は。
「本当に助けたいって思ってる?」
なんて問いかけます。アリスには言ってる意味がわかりません。
「あなたが誰かを助けるために、なにかしたい気になりたいだけなんじゃないの?」
「それじゃあ私に助けるつもりがないみたいな言い方ね。私の考えてることなんてお見通しなんでしょ?」
煽られているにもかかわらず、アリスは至って冷静です。
「私はそんな無駄なことに時間を使いたくない。やるといったらとことんやるのよ。」
「はぁ。」
悪魔の小さなため息。まあ、これぐらいで心が揺らぐなんて思っていませんでしたが。
「なにか、面倒ごとに巻き込まれそうな予感。」
心の内でぼやきました。
「ティモシーさん!」
元気いっぱいにドアをたたきます。横に呼ぶためのボタンがあるというのに。出てきたのは相変わらずあの寝袋のようなものを着たティモシー。よく見たらこんどは袖がついていました。
「アリス・・・ごめんなさい。あんな目に遭うなんて、僕は君に嘘をつきません。」
「?」
彼の身になにが起きたか知りませんが、反省したのならそれでよしとしました。
「・・・元気そうで、よか、よかった・・・。」
「薬飲んだらすぐに治ったわ!ありがとう!お礼も言いにきたんだけど、あなたに渡したいものがあってきたのよ!」
渡したのは、例の紙。
「あぁ、ジェレミーからだ。なんで君が?」
「あっ・・・。」
アリスは前にグローリアに言われたことを思い出します。それはジェレミーに会った初めての日、地下牢を出たあと。
「奴に会ったことは絶対に、他の誰にもいうでないぞ。もし言ったら、さいあくお前まで牢に入れなければならぬ。」
「はい・・・。」
「なに、脅すつもりはない。私はお前を信じている。」
うっかりしていました。牢屋にぶちこまれるのはごめんです。
「おっ・・・落ちてたのよ!」
「・・・まあいいや。」
とっさに考えた嘘でしたが、ジェレミーは特に気にせず、紙を開きました。
「元気にしてるかな、アイツ。」
「お知り合い?」
文字を目で追う彼は穏やかな笑顔。どこか寂しそうでもありましたが。
「うん・・・。忙しいアイツはこうして手紙をくれるんだ。元気にやってる、みたいなことや仕事も続けてるって・・・。そんなことばっかだけどね。」
「えっ・・・?」
ジェレミーの言っていることと違います。彼は仕事なんかしていません。
「待って!ジェレミーさんは働いてなんかいないわ!」
「・・・そう、なの?」
「見せて!」
相手が見せる前にそう言って奪い取りました。そして、書かれている文を読む内に、アリスは「全てを否定したい」気持ちでいっぱいで苦しくなりました。だって、書かれていた文は・・・。
「元気にしてるか?俺は相変わらずこき使われっぱなしだよ。ま、元気にやってるからお前も気にすんなよ。」
ティモシーの言った通り、いまのジェレミーが置かれている状況とは真反対のことばかり書いてあったのですから。
「嘘よ・・・こんなの嘘!」
「どういう、こと?」
「ジェレミーさんは地下牢の中に閉じ込められているわ!死刑の日だってもうすぐなのに!」
グローリアから言うなと言われても、我慢できませんでした。こんなのってあんまりです。こんな、残酷な嘘に騙され続けていたなんて。しかし、ティモシーから出てきた言葉は。
「まさか・・・まさか、アイツ・・・。」
まるで、彼がそうなった理由を知っているような言い方でした。心配と疑心でいっぱいの子供をごまかせるよほど器用じゃないティモシーは、全てを打ち明けました。
「去年。お城のみんなが総勢で参加する大きなイベントで・・・この森のキノコを使った料理が、振舞われることになった・・・キノコを用意したのは、僕。料理を準備したのはジェレミーだった・・・。」
出したお茶を飲みもせず、虚ろな目で眺めながらティモシーが語ります。アリスは喉が乾いていたので一気に飲み干してしまいました。
「・・・料理を食べたみんなが、次々と倒れた。調べたら、キノコが原因だって。猛毒だった・・・。」
「間違えたの?」
ティモシーは慌てて首を横に振ります。
「ありえないよ!僕ほどこの森のキノコに詳しい奴はいないし、渡す前までちゃんと確認してる!」
深いため息がどうしてもこぼれます。
「その時さ、僕は僕でわけわからない病気にかかって・・・しばらくまともにしゃべれなかったんだ・・・あのあと、女王様に話をしに行ったけど「終わったこと」だって・・・変だとは思ったけど、なんでこんな・・・知らない間にアイツが全部罪を被っていたなんて!」
しばらく沈黙が流れます。
「僕はやってない・・・でも、ジェレミーも関係ない!」
頭を抱えて、体はおろか声も呼吸も震えています。それもそうです、彼の今の心境を考えれば。
「じゃあ誰がやったっていうの?」
「わからない・・・。でも、僕じゃないし、ジェレミーでもない。アイツがそんなバカな真似はしない。」
アリスは勢いよく立ち上がります。
「もう一度言いに行きましょうよ!キノコのこともちゃんと話しましょう!文句も言わなきゃ、あんな嘘までつくなんて!」
ですが、ティモシーは落ち込んだままです。
「・・・行けない。」
さらに拒絶しました。
「なんで?」
彼は袖を捲りました。毛に覆わているはずの腕は本当に炭みたいな状態でした。
「外に出れないんだ。僕の病気はまだ治ってない・・・太陽の光を時間浴びると、体が焦げて、石みたいに硬くなって、死ぬんだ・・・。」
「・・・・・・。」
思ったより事態は深刻でした。アリスは一旦考え直します。ティモシーはジェレミーが今みたいになった理由を知っている重要人物ですが、この状態です。
「早い話、あなた達がやってないってことがわかる何かがあればいいのだけど・・・。」
けれども、考えれば考えるだけわからなくなっていきます。
「ダメだよ。他人だろ、君は。巻き込みたくない。これは僕の問題・・・。」
「あなたがそんなんじゃダメじゃない。」
ぐうの音も出ません。だからといってアリスは責めません。
「あなたたちの関係なんてどうでもいいわ。私が助けたいの。」
なぜなら、自分が動けばいいのですから。やれることは全力でやるつもりです。
「・・・僕、こんな時でさえ動けないし、役立たずだけど・・・出来ることがあったらその・・・頑張る・・・。」
「役に立たないかどうかは私が決めるわ!!」
せっかく少しはいい雰囲気になりそうだったのに、遠慮のかけらもない一言で見事に台無しです。さあ、思い立ったらまず行動・・・ですが、さすがのアリスも全く考えがまとまらない状態では何もできないので、一度帰って作戦を立てることにしました。
次の日。やってきたのは女王のところ。
「結局直談判するわけ?」
「お友達の私なら、少しは真剣に聞いてくれると思うの。」
アリスは堂々と胸を張ります。
「でもあなた、女王様が言っていたことを破ったことを自ら暴露しちゃうようなものよ?」
「私がやるって決めたことだもの。覚悟の上よ。」
悪魔の心配よそに、早速中へ。部屋へと招かれます。
「おお、アリス。来たか。話ってなんだ?」
グローリアは彼女から「話したいことがある」とだけ手紙で聞かされていました。単刀直入にたずねます。
「なんでティモシーさんに嘘をついたの?」
せっかく笑顔で出迎えてくれたのに、お城の中で初めて会った時に見たような、偉い人の真面目な顔です。
「やはりお前は言ったんだな。」
窓辺にたたずみます。背中を向けて、表情はわかりません。
「この際、教えてやろう。」
街の外は一通りが少なく、とても静かでした。夕方にしては昼間のような晴れた空と太陽の眩しい逆光で厳かな雰囲気を纏っていました。
「あの事件。最初に疑われたのは料理を作った者達と会場の責任者であるジェレミーだ。あいつは最初、「何も知らない」、「やってない」の一点張りだった。提供者の一人であるティモシーからも話を聞こうとしたが当時まともに話せる状態ではなく、回復の見込みもなかった。」
アリスはお利口にして聞いています。
「城内の皆は疑心暗鬼だよ。このままだとよくない。一刻も早く「犯人を捕らえ皆に安心させる」必要があった。」
「だからって死刑なんてあんまりじゃない!」
早くも我慢できず口を挟んでしまいます。大人の事情も、アリスにとっては理不尽なものでしかありません。
「あの事件では死者も出た。同罪にしないとしめしがつかん。」
よくわからないまま、苛立ちだけを落ち着かせます。
「・・・ティモシーさんはまだ病気で外には出れないけど、それ以外は普通で、話せるようになったわ。話だけでも聞いてあげたら。」
「他人に罪をなすりつければ己は問われぬのに、今更出てくるものか!」
違います。外に出れないのは本当に病気のせいです。それに彼は立ち上がろうとしています。事の重大さを知ったからこそです。話している途中で声を荒げられても、アリスは動じません。
「それに、アイツが原因だというのは後から知った。」
「ティモシーさんはやってないわ!」
納得のいかない事だらけです。それに、どっちもやってないことをどうにかしてわかってほしいのに。
「証拠は?」
しかし、そう言われたら、何も差し出せるものがありません。全ては論より証拠、というわけです。ないものは仕方のないことですから、質問を変えます。
「じゃあなんでティモシーさんは捕まえないの?」
「そこはお前、私が残酷非道な女王様だからさ。」
今まで淡々と話していたグローリアが鼻で笑いました。
「手紙のことは聞いたか?あれは私が書かせているのだ。アイツはそれを信じるだろう。まさか自分が被ってもおかしくない罪で死ぬだろうとも知らずに。」
振り向いた彼女はまさに血の涙も無い惨虐な暴君の顔・・・のように見えました。
「・・・あの事件の日に公開処刑する。その日に初めてアイツは自分の犯した過ちの重さを知るのだ。一人には死を。一人には死よりも苦しい逃れもできぬ生き地獄という罰を与える。これが女王のやり方だ。」
後ろに手を組んで、一歩、また一歩。すぐそばまで歩み寄って浮かべる笑顔は、口元は釣り上がっているのに目はまったく笑ってなく、下から睨みあげます。
「私は殺すだけではない。残酷非道と呼ばれている所以だ。」
「・・・。」
アリスは自分でも信じられないほど冷静でした。
「ええ、あなたがいかにひどい方が改めて思い知りました。・・・とても残念です。あなたが友達の友達の言葉にすら耳を傾けてくれないひどい方であるなら、もう友達ではありません。」
腑に落ちないことには変わりないので、最後に一発言ってやりました。
「絶交です。さようなら。」
一度も振り返らずに部屋を出ると、いつになく厳しい表情のウィリアムが行手を阻みます。ふたりの会話を聞いていたのでしょうか。
「忠告です。あまり調子に乗ってはいけません。あなたに出来ることなどなにもないのです。」
アリスは彼には何の用もないしあてにもしていません。それにアリスは見抜いていました。
「どうもありがとう。そんな自信なさそうに言われても全く説得力がないわ。」
ひらひらと手を振って、お城の出口へ向かいます。
「・・・!」
ハッとした顔でしばらく固まっていましたが、どうするかと迷ったあと、アリスの背中が顔ぐらいの大きさになったところで慌てて追いかけました。
「・・・僕だってこんな事言いたくないんです!」
そんな言葉でアリスの足は止められません。
「女王様だって本当はそんな事したくないんです!」
止まらないと思っていた足が止まります。彼女のすぐ後ろで立ち止まって訴えます。
「ジェレミー様は、女王様が赤子の時から側にお仕えしていた方です。女王という手前、仕方のない事であってその心中は・・・。」
「じゃあ邪魔しないでよね。」
そう言って体ごとくるりと翻し、なんと、彼の頬をグーで殴ったのです!ウィリアムは勢いよく床に体を打ち付けました。
「私のことはほっといて。アンタ達をわずらわせるつもりはないし、私がやるって決めたことだから自力でなんとかするわ!」
「ダメです!」
顔全体にじんじんとくる痛みを堪えながら、アリスの腕を掴んで引き留めます。
「彼には関わらないでください!これ以上関わると・・・!」
ウィリアムは必死です。でも、いっぱいいっぱいなのはアリスも同じでした。
「うるさいわね!」
空いた手でもう一発拳を喰らわせます。今度は壁に背中を打ちました。
「ほっといてって言ってるでしょ!」
さっさとお城を出て行きました。ウィリアムはもう止めません。今ので確信したのです。自分では彼女を止められないのだと。
「・・・ダメです。罪人に関わった以上、どうにもならなければ・・・。」
誰もいない廊下ですすり泣きます。
「さいあく・・・貴方まで処刑しなくてはいけなくなるんです・・・。」
その頃、冷たく突き放したグローリアはただただ窓の外の景色を眺めていました。アリスの姿はどこにも見えません。夕方の街と、窓には暗い自分の顔まで映ります。
「・・・クソッ!!」
八つ当たりに王冠を床に投げつけようとしましたが、その手も震えて動いてくれません。
「・・・・・・。」
力を抜くことでやっと動きました。王冠をテーブルに置いたら、見たくもないもののように目を背けてソファーに座りました。
「はあーっ!証拠証拠うるさいわね!わかってるわよ!それにしてもまったく、どいつもこいつも素直じゃないのね!」
お戻り券を使わず、歩いて帰ります。すみかに戻るまでにイライラを落ち着かせたいからです。誰もいない道で、随分大きな独り言を聞きつけたシャムロックが後ろから声をかけました。
「やあ、アリス!!」
「ブチ殺すわよ。」
ものすごく低い声で返されます。
「こっわ・・・。」
明らかに様子がおかしい、というか、これはそっとしといたほうがいいと察したシャムロックはどこかへふらっと消えました。
次の日。仕事を終えたアリスは近くで夕飯を買っていました。あれから進展はなく。仕事中も上の空。上司に怒られてアリスもへこんでいます。
「アリス!ちょうどよかった!」
やってきたのは仕事中のハニーです。
「ハニーさん。最近よく会うわね。」
「そうだね!これ、君宛の手紙!じゃーね!」
手紙だけ渡して忙しそうに走っていきました。宛先を見ると、ウィリアムからの手紙でした。
「なに?この前の文句?」
中にはきちんと折り畳まれた大きな紙が数枚。たくさんの名前と住所が載っています。同封の便箋には・・・。
「当時の参加者のうち被害者の情報だけをまとめたものです。この方々に話を聞いてみてはいかがでしょうか。手掛かりになる情報が得られるかもしれません。
これは極秘の記録でございます。決して外部にはお見せにならないようお願いします。貴方なら出来ると信じています。」
綺麗な文字で書いてありました。
「これは・・・!」
一筋の希望の光が射しました。くよくよしている場合ではありません!アリスの聞き込みが今から始まります。
「授業で調べ物してるの!当時のお話を詳しく聞かせていただけませんか?」
話に応じてくれない人や応じてくれた人、様々でした。
「手足の痺れ、腹痛と吐き気、動悸が一気に来たよ・・・死を覚悟したね。」
大事なことはしっかりとメモにとります。
「写真あるよ。かしたげる。」
中には写真を撮った人もいました。後で返さなくてはいけないので、名前と住所を書いたメモをクリップで挟みました。
「あーこれこれ。友達に自慢したくて撮ったんだー。食べたのは彼氏だからアタシはへーきだったんだけどぉ。コレもういらないからあげるわ。」
とある女性は彼氏がお城につとめていて、一緒に参加したそうです。料理だけ撮った写真を提供してくれました。
「誰が犯人だと思います?」
ついでに尋ねてみると。
「えー?ジェレミーがやったんでしょ?最近見なくなったけど、辞めたのかな・・・。」
「あの女王のことだろ?とっくに処刑されてるさ。」
今は元気になった彼氏が出てきて笑い飛ばしました。何も知らないのだもの、仕方ありません。アリスは酒場にも顔をのぞかせました。
「キノコで何かあったんならティモシーでしょ。そもそもジェレミーがあんなことする動機もメリットもなんもないよな。」
「だよなぁ。上に行くために邪魔者を殺す、そんなこと、リスク負ってまでしない。アイツ昇級とか嫌がってたもん。だからずっと下っ端のまんまなんだぜ。」
「邪魔者・・・そーゆーことしそうな奴なら他にいるけどな、ハハハ。」
大きな耳はどんな小さな情報も逃しません。今度は、しそうな奴について徹底的に聞き出しました。
ティモシーの元へ集めた情報を持参します。
「ありがとう・・・。」
家の隅に大きな段ボール箱がありました。
「あれは何?」
「秘密・・・確かに、ジェレミーは責任とか大嫌いだから、あの事件が他の偉い人を殺す目的で起こったとしたら考えにくい。」
まずはメモだけをテーブルに並べます。そのメモと端から端までにらめっこするティモシーいわく。
「ジェレミーはあんな奴だけど、昇級させるなら有効なアイツだろうからね。本人にそんな意思はなくても。ようは、邪魔な芽は摘んでおきたい誰かが陥れるつもりでやった・・・と思う。他の人を巻き添えにしたのは、全てジェレミーのせいにするため。しかし、元薬屋の現王室直属のコイツとは。」
自分が用意した資料を一枚重ねます。「ベンジャミン=バーナード 総合統括担当長。」アリスがとったメモにも同じ名前があります。そーゆーことしそうな奴として。
「うむむ・・・。」
一応ちゃんと聞いていましたが、ゆっくりとしたテンポで淡々と話すもんだから途中で何度も飽きました。アリスの中での認識は「邪魔な奴がいるから悪いことをしてそいつのせいにしちゃおう!」ぐらいの感覚でした。
「直接殺せばいいのに。」
「それができたら苦労しないだろうね・・・あと、女王の信頼を得る形で昇級したいなら、こういう形の方がいい。」
ついにはアリスはソファーの上に寝転んでしまいました。
「あー!難しいことわかんない!」
大人の思惑は子供には理解できないことだらけのようです。
「どのみち、決定的な証拠がないと無理だよ。」
今度は食べた時の症状が書かれたメモと料理だけが写った写真を見比べます。
「あなた、意外とよく喋るわね。」
「話すのは・・・別に嫌いじゃ、ない・・・。」
最初の印象から比べて、だいぶ饒舌です。と言っても急に性格が明るくなったわけではないので、長々と話すならもっとハキハキと話してくれないと眠くなる、と文句を垂れたい気持ちでした。
「でもこうしていろんな人に話が聞けただけでもすごい進歩よ、アリス!」
自分で自分を鼓舞して、両頬を叩いて起き上がりました。
「本当だよ。」
人の名前が載ったメモをまとめて、隅に置いたティモシーが呟きます。
「君が行動しなければ、僕はきっと、一生消えない傷を負っていた・・・。」
「にしても美味しそうな食べ物だこと。毒入りじゃなければ食べてみたかったわ。」
料理の写真が視界に入ったアリス。キノコのソテーとステーキ、あとはスープやらデザートもろもろ。盛り付けも凝っててとても美味しそう。これは自慢したくのもわかる気がします。
「そうそう。食べたキノコがどんなものかわかる?」
「あ?うん・・・待って。写真のキノコ・・・ここが白くて・・・熱に強くて、症状からして・・・。
分厚い本を一枚一枚めくっていって、ようやくみつけました。
「うん、コレだと思う。今でも生えてるはず。」
「ほんと!?どこにあるの!?」
「調べても・・・意味ないと思うんだけどなぁ。」
「つべこべ言わない!どうせあなた動けないんだからいいでしょ!」
アリスに悪気は全くありませんが、トゲのある言葉は地味に心に刺さります。
「・・・待って。僕も行く。この天気なら、多分大丈夫、なんじゃないかな・・・。」
外は今にも雨が降りそうな天気でした。早く見つけないと、アリスも中へ避難しなくてはならなくなります。
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