13話 キノコ学者
「風邪ひいたかもしれないわ。」
岩に膝を抱えて座るアリス。なんだか熱っぽくて、頭がぼーっとします。咳もくしゃみも止まりません。喉も微妙にかれています。
「病院行くお金もないわ。この世界は何もない人にはとことん厳しい世界ね。」
まったく、子供が言うには世知辛いにも程があります。事実、その通りなのですが。
「いや、あっ、うーん。」
悪魔も返す言葉がありません。ですが自分の体でもあるので、なんとかしたいところ。
「・・・治すのはお医者さんだけとは限らないじゃない。」
「あなた、適当言ったでしょ。」
「半分適当だけど、何もしないよりはマシよ。ここは私に任せなさい。」
アリスが自分で歩くにはふらふらでしたが、悪魔が体を借りたあとは見た目の状態の割に普通に歩けていました。体の異常を直接感じながらも、この程度をどうとも思わないのはさすがといったところですね。
通りすがりの人にたずねるのは、薬を売っている店や人の情報です。ですが、どの人が教えてくれるお店もここからは遠い場所にあるものばかり。
「遠いわね。」
なんてぼやくと。
「フリーのキノコ学者を頼った方がいいよ。そういう人はコレ持ってるから、安くしてくれる奴も多い。」
親切な商人が二本の指で輪っかを作ってニヤリと笑います。
「余計な情報もどうもありがとう。キノコ学者?」
「いいからいいから。アンタも運がいい。この先の分かれ道を右に曲がって青い扉を開けるとキノコの森にすぐ着く。その奥に一人住んでる。」
礼と別れの挨拶を交わしてから、言われた通りの道を進みます。
扉を開けると、前にキノコ狩りで訪れた森に着きます。ちなみに、キノコのせいで飛んだ騒ぎを起こしたネズミのマルコはカゴの中。勝手に出ないよう工夫してありました。
「薬屋探してたらなぜかキノコに詳しい人を紹介されたわ。」
「毒になるキノコもあるなら、薬になるキノコもあるのかしら?」
「そうかもしれないわね。」
アリスは奥へ奥へと進みました。奥すぎて時々不安になるほどの最奥部、森の行き止まりにその家はありました。おもしろいことに、家までキノコの形なのです!しかし、今はいつもの好奇心がなりをひそめています。
「ごめん、くださ・・・。」
大きな声が出ないので、ドアをノックしますがそれさえも力が入らないので、うまくいきません。横にあるボタンに気づいたので、試しに押してみると中から大きな音が鳴りました。なぜか、鶏の鳴き声でしたが。ドアがゆっくりと開きます。出てきたのは・・・。
「あなたはあの時の嘘つき男!」
アリスが宝石の洞窟で出会って、彼女を騙そうとした男。ティモシーでした。・・・なぜか、芋虫みたいなよくわからないものに身を包んでいましたが。どうやって移動するのでしょう。その前に、どうやってドアを開けたのでしょうか・・・。
「・・・!」
威勢のある声を出したのはいいものの、今の体にはこたえるみたいで、急な目眩に襲われドアにしがみつきました。ティモシーも、明らかに容態がおかしいと気づき、着ぐるみみたいなものを脱ぎ捨てたら彼女の体を支えて家の中へ入れます。
「・・・あわわわ。」
ソファーに座らせたあと、家の中に散らかったものを慌てて隅に押し退けます。脱いだ服や食べ物の空容器、雑誌やら漫画やらその他ゴミを数カ所にまとめてなんちゃってで綺麗にした家の中は最初見た時よりとても広く感じました。しかし、本人はパジャマ姿でした。時間は真昼間です。
「キノコ学者って、もしかしてあなた?」
「フフ・・・そうだよ。とっくの昔に、辞めたけど・・・。」
話し方は相変わらず、どもりぎみで笑顔もぎこちないです。
「なんで辞めたの?」
「・・・いろいろ、言えない、事情がある。」
すぐに顔から笑顔が消えました。きいても面白くなさそうなことは聞きませんし、そもそも今はアリスであり悪魔です。悪魔は尚更興味ありませんでした。
「ところで、僕に・・・何の用?」
アリスはここにきた理由を簡単に説明しました。すると、ティモシーは苦笑い。
「医者じゃないから、どんな病気かわからないけど・・・ま、薬売りみたいなことはできる。」
棚から粉の入った瓶を二つとこれまたカラフルなキノコ一つを出してきました。キノコの方をミキサーにかけて、粉と混ぜます。その間も何かぶつぶつ呟いていました。でも、専門的な言葉がほとんど。アリスの症状に合わせて調合してくれています。
「この前、キノコ狩りの騒ぎでお薬を届けてくれたの、もしかしてあなた?」
「・・・とあるキノコ学者、だよ。」
そうとだけ返して今度はまとめてぬるま湯に入れてさらに混ぜています。これがアリスならもっと根掘り葉掘り聞くところでした。
テーブルに置かれたコップ。中の液体はなんと無色透明でした。
「これ飲んで、少しの間休んでて・・・食後に飲むやつだから、少量しかだせないけど。気分良くなったら、普通の量出すから、今夜から飲んでね・・・。」
ゆっくりと説明を終えたティモシーは離れた場所にある椅子に座って、テレビをつけました。最初に流れたのは笑い声がうるさい娯楽番組でしたが、すぐにニュースに変えました。国のお偉い人が話し合いしてたり、子猫が道を滑っている映像が流れます。
「・・・お金のこと気にしてる?」
テレビを見ているだけかと思っていたティモシーから話しかけます。案の定、図星でした。
「今回はタダでいいよ。久々の、仕事だしね・・・。」
久しぶりだからこそ、必要なのでは?とは聞きませんでした。テディーにしてもそうですが、この国は子供に優しい大人が多いのも事実です。
「お金はいらないけど・・・アレ、アレしてくれたらサービス。」
「やらない。」
アリス(悪魔)が即答しました。内なるアリスは意味を理解していません。
「優しくするよ?」
「だめ。」
相変わらず容赦なし。アリスのことを考えたら当然の返答なのでしょうけど。
「僕はただ・・・一回だけでいいのに・・・後腐れない関係・・・あっ、それだからダメなのか。」
振り向いた顔は真剣な顔そのものです。
「責任は取る、ほら。僕、お金ならある・・・。」
「ヤりたいだけか!」
そう言う時にお金を持ってるとアピールされたら安心はしますが、違う意味で不安になります!というかそういう問題ではありません。
「直球だなぁ!だから責任は取るって!」
「誰でもいいの?」
「うぅ・・・。」
そこは嘘でも否定してほしいところでしたが、悪魔からしたら予想通りでした。
「ヤりたいだけなら、ぴったりの子を紹介するわ。向こうもそんな感じの奴だから。」
「ほんと!?あと、あまりその、言い方・・・。」
「ヤりたいんでしょうよ。」
ティモシーがやたら食いついてきます。声にも元気があってハキハキ。あれ?二人はなにを話しているのでしょうか。
「その子、かわいい?僕も、さすがに少しはその・・・。」
勿論、悪魔はなにも考えなしに提案したわけではなく。ひとり、あてがあるにはありました。
「可愛いと思う。」
「ありがとう!ありがとう!これで僕は晴れて童貞卒業だー!!」
さっきから話についてこれなかったアリスの疑問を「わざと」代弁します。
「童貞ってなに?」
「男の人に貼られるそれはもう酷いレッテルだよ。全く、どれだけ馬鹿にされてきたかってんだ。あっ。この言葉もあまり人前でいっちゃダメだからね。」
それについてはアリス次第ですが・・・。
眠っている間に薬が効いたのか、大分回復しました。ティモシーの家を後にしたあとはキノコの森を見て回って、外に出てからお戻り券を使うつもりです。
「・・・キノコの森に住むキノコ好きのキノコがご無沙汰だったとはね。」
「悪魔さん?」
無事に住処に戻るまで体はまだ貸したままです。
「私だってたまにはふざけたくなるのよ。」
キノコの影から誰かが飛び出しました。ハニーです。かしこまった服を着て大きな鞄を下げていて、いつもとは随分と印象が違います。
「アリスだ!やっほやっほー!」
「その格好は?」
「お仕事中だよ!僕、こう見えて郵便屋さんなんです!」
意外でした。お茶会が彼の仕事ではなかったのですね。
「ハニーさん、ちょっとだけ耳を貸して。」
しばらく耳打ち。
「そーゆーことなら、喜んで!」
飛び跳ねながら、仕事に戻りました。
「半分、ダメ元だったけど・・・。」
「私には何がなんだかさっぱりだわ。」
アリスに大人の会話はわかりませんでした。
ティモシーの家、ドアを元気よくノック。
「ごめんくださーい!!」
「ハイ・・・。」
例の謎の着ぐるみみたいな状態のティモシーが出てきました。目の前にいるのは郵便屋さん。差し出されたのは手紙。「ポストがあるからわざわざ呼び出して渡さなくてもいいのに」と心の中でぼやきながら受け取ります。ハニーもいつもならそうしていました。今回は彼に話したいことがあったからです。
「もう!君ってば・・・明日、そっちに行くからね!」
それだけです。だって、相手はわかっていると思っていますから。全ては悪魔の企み通り。これを読んだ方はもしかしたらふたりの間になにが起こっているかわからないかもしれません。皆様のご想像にお任せします。
「・・・陽キャの考えることは、わからない・・・でも断れなかった・・・。はぁ・・・。」
上半身だけ脱いで、手紙の送り主を確認。
「アイツ、元気にしてるかなぁ・・・。」
送り主のところにはジェレミーの名前が書いてありました。
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