12話 マルコとキノコ

今日はキノコ狩りのイベントがあるのでアリスも参加しました。子供からお年寄りまでたくさん来ています。そういえばなんだかんだ、アリスはキノコの森に来るのは初めてです。前にきた場所よりいろんな種類のキノコがいたる場所に生えていて、大きさもバラバラ!

「ふんふんふ〜ん。」

参加者の中にハニーを発見。鼻歌を歌っている彼に声をかけると大きく手を振ります。

「へっへーん。いっぱい持って帰るんだぁ。」

大きなカゴを手にさげて、早くもたくさんつんでいます。

「テディーさんは甘いものが好きなんでしょ?」

「僕がたべるんだよぉ。あ、でも、デザートにもできる甘いものも中にはあるんだ。少しぐらい分けてやるかぁ。」

アリスはじーっと、彼の持つ変わった色のキノコを見つめます。ハニーにはその理由を、ちがう意味で捉えたらしく。

「や、やだなぁ!いつも下ネタ言うなんて思わないでよね!」

なんて顔を真っ赤にしてそそくさと目の前のものを摘み始めたので、アリスもめぼしいキノコを見つけるために移動します。ちなみにキノコの森はこうしてたまにイベントを催すので、みんなが立ち入る場所は全部食べても害がないものばかりの安心安全エリア。一見変わった見た目のものだって大丈夫。だからこそアリスは完全に見た目で選んでいます。大丈夫とはいえ、味は保証しませんが。

中身が半分ぐらいになったカゴからマルコが顔を覗かせ、一緒に入れたキノコに鼻をすり寄せます。

「こら、帰ってからよ。」

つまみ食いすると思ったのでしょう。顔を軽く押し除けます。しかし、食えもしなければ狭いだけ、我慢の限界だったマルコは隙を見て飛び出しました。

「あっ、だめ!」

アリスは慌てて追いかけます。

「マルコ!」

辿り着いた先には「立ち入り禁止」の看板と鎖。更に二人の見張りが通せんぼ。走ってきたアリスをきっと睨みます。

「すみません。この先に私のペットが逃げたのです。通してもらえませんか?」

二人が疑いの眼差しを向けました。

「ペット?何も見なかったぞ?」

「これぐらいのネズミなんです。」

手のひらで、大きさをだいたいのイメージで伝えます。

「そんな小さいの気付かねえよ!」

「わかったよ。俺たちが探してくるから。」

一人がツッコミを入れたあと、もう一人と一緒に中へ入っていきます。そこには誰もいなくなってしまいました。鎖と看板だけでは侵入者をあえてお迎えしているようなものです。

「・・・・・・。」

アリスはこっそりと、後をついて行きました。


さっきまでとはちがって、どこか薄気味悪い森でした。さっきまでは平気だったカラフルなキノコもここでは気持ち悪く見えます。

「マルコー・・・。アリスでーすよー・・・。はぁ。」

本当はもっと大きな声で呼びたいのにできないもどかしさでいっぱいです。今、頭の中では「ネズミの好物のチーズでもあればにおいでおびきよせられたのに」と、どうしようもないことを考えています。

「どうしてここは立ち入り禁止なのかしら。」

見たところキノコは外と変わらず奇抜ですから、きっと狼とか熊とか出てくるのだと思っています。念のため銃とナイフももってきていましたが。

「うわああぁ!!」

「なんだなんだ!!ぎゃああ化け物!!」

向こうのほうから、二人の悲鳴が!駆けつけた先には銃を構える二人と・・・その倍以上の大きさはあるマルコ。

「マルコ!」

やっと見つけることができてひとまずほっとするアリス。なんでこんなにおっきくなったのか、わからなさすぎてどうしていいかもわかりません。

「なんでいるんだ!」

「てか、でででかいじゃないか!」

「あんなにでかくないわよ!だから私もびっくりしているのよ!」

銃口を向けられているにも関わらず、マルコはびくともしないでこっちを見下ろしています。

「さてはこの森のキノコを食っちまったんだな。」

一人がため息をつきながら、いったん銃をおろします。

「ここのキノコは食べたらああなるの?」

「立ち入り禁止って書いてあったろ?このエリアに生えてるキノコは全部毒キノコだ。こういう日は特に警戒しないとな。・・・あっ!逃げた!」

大きなマルコが逃走!油断した三人は必死で追いかけます。

「撃ったらダメだからね!」

「追いかけろー!」

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、大きなネズミに翻弄される男二人と主の少女はいつしか見失ってしまいました。

「はぁ、はぁ、あんな化け物、野放しにしたら大変なことになる。」

「マルコよ!」

「ふぅ・・・ここは毒キノコの森だぜ?いずれ死ぬんじゃないか?」

「ダメよ!!」

なに一つとして納得いかないアリス。マルコは化け物でもなければ死んで欲しくもありません。途方に暮れる三人。時間だけが過ぎて行きます。


メキメキという音が聞こえるまでは。


「なんか聞こえねえか?」

「あのネズミか?」

二人はうんざりと言わんばかり。大声上げて逃げられたら余計に長引くので、息を潜めてじっと待ちます。メキメキ、バキッと木が折れる音まで聞こえてきます。

「なんだ?クマか?野生のクマに麻酔銃使うのもったいねえよお。」

地面が急に暗くなります。なにやら大きな影に覆われていくような。

「曇ってきたな。どうするよ。」

見上げた一人の男の顔が恐怖で目、口、鼻の穴まで大きく開きます。それに気づいたもう一人とアリスも同じように顔を上げると、目を疑う光景が底知れない絶望感に叩き落とされました。


「うっ、うわぁぁぁあああ!!」

森を突き抜けるほどの大きさになっていくマルコ。やがて、空に届くほどにまで巨大化した姿はまるで怪獣。アリスもこれには混乱して、ついには考えることをやめて棒立ち。

「撃てーッ!!!」

一人が声を上げて銃を構えました。はっと我に返ったアリスがしがみつきます。

「撃っちゃダメー!!」

「麻酔銃だから!殺しはしない!」

「あんだけデカいとこんなちっぽけな量で効くか!?」

巨体を睨みながら、一人が指示を出します。

「増援を呼べ。それまで待機だ。参加者の避難できてるかどうか見てこい。」

「ラジャーッス!」

しかしまさか、こんな事態になるなんて。アリスは相当落ち込んでいます。

「ごめんなさい・・・。」

「これも俺らの仕事のうちだからな、何かあったときに謝んな。なあ、あの状態のあれ、どう思う?」

「・・・顔は可愛いのよ。」



「ただいまです!避難完了!増援到着!武器も特大を用意!!」

見張りのうち一人と、その後をゾロゾロと数名の同じ服を着たひとたちが大きな銃を背負って走ってきます。

「ご苦労。お嬢ちゃん、さっきも言ったがこれは麻酔銃だ。撃ってもおねん。」

「知ってるわ!」

肩に手を置き目線がピッタリ合う位置に屈んで、不安にさせないよう微笑みかけたのに、そんな心遣いなどつゆしらず。格好がつかないので、フッと笑って立ち上がり、腕を前に伸ばして合図をします。

「総員、構え!」

武器を構える音が揃います。

「撃てーッ!!!」

みんなが一斉に発砲。長い針が巨大な的を目掛けて真っ直ぐ飛んでいきました。アリスは強く目を瞑ります。大切なペットが針塗れになるなんて見るに耐えません。

「なんだってー!?」

聞こえたのは、キンッという金属にぶつかった音とまさかという声。恐る恐る目を開けると、変わらない状態のマルコ。

「もう一発!順番に撃てーッ!!」

今度はしっかりと見届けます。タイミングがずれて一本ずつ針が向かいますが、なんとマルコの体がまるで鉄の塊みたいな固さではじき返しました。信じられるわけがありません。アリスが触った時は少しもふもふでやわらかく、ずっとつついていたいほどの絶妙な感触です。針が通らなければお手上げです。

「ロケットランチャーに変更なさいますか!」

「麻酔針を打てるのかそれは!」

ああしろ、こうしろと揉め合っています。マルコもおとなしくしていますが、いつ動き出すかわかったもんじゃあないのに。そんな中、一人のところに鳩が飛んできて、くちばしにくわえた袋を落としていきました。

「隊長!隊長ーッ!これを!!」

中に入っていた手紙を男が声に出して読み上げます。

「別のキノコから調合した薬。これをどうにかして飲ませなさい。とあるキノコ学者より。」

「それだ!」

しかし、その薬というのは。

「隊長残念でした!粉薬です!」

「どうやって飲ませんだ!飲み薬なら打てるのに!!」

針で粉薬を打つのは不可能に近いでしょう。

「よく見たら文の最後にかっこ笑いって書いてあります!!」

余計なことまで、真面目に読みます(笑)。

「チキショー!!!」

明らかに馬鹿にされて隊長の苛立ちは怒りに発展。大爆発。やれやれ、この薬を届けてくれた方は何がしたかったのでしょうか。

「面白いことになってるねえ。」

大騒ぎをひとごとのように呟くのはシャムロック。大きなネズミを見つけ、騒ぎの元を耳で探り、アリスの後ろからこっそり現れましたがみんなそれどころではなく、気づいたってスルーです。

「いやぁ、あんなの、一生あっても食いきれねえや。アリス?なんだい、その目は。」

アリスはいいことを思いつきました。やはり、ネズミに勝つのは猫でないと。



「ったくよお!確かに飛べるけど!お前は猫をなんだと思ってるんだ!」

「飛べるんだから仕方ないでしょ!!」

空を滑走するかの如くすごい速さで飛ぶシャムロックと、その背中には例の薬を片手にアリスが乗っています。扱いの酷さに不満だらけ。文句を漏らすのも当然です。

「ねえ、両腕を前に伸ばしてヒーローみたいに飛んでよ。」

「振り落とすぞ!!」

こんなに余裕のないシャムロックも初めてでした。彼自身も、速い速度を出すのもこんな高い空を飛ぶのも誰かを乗せるのも何もかもが初めてで、とにもかくにも必死なのです。アリスの冗談に付き合ってる場合じゃありません。

「これを投げるわよ!」

近くまで飛んで、マルコが口を開けた瞬間を狙って中に放り込む作戦です。

「あれ?別にスピード出す必要なくね?」

冷静になったときにふと考えました。アリスがせかすもだから急がなくてはいけないと思ったのですが。なにはともあれ、準備は万端!ところが。マルコは手に持っていた木の実やキノコの食べかけをアリスたち目掛けて投げました!間一髪で避けます。

「なななななんで!?」

「なんなのよ!」

その後も次々とふたりにむかって投げつけます。理由はわかりませんが、わからなくて結構。空中で右往左往。アリスもシャムロックも大混乱。

「ふざけんなーッ!!」

「マルコ!私よ!アリスよ!!」

投げるものがなくなって、ピタリと止まりました。アリス達も目と鼻の先まで来て停止します。問題は、口を開けさせること。こんな得体の知れないものを食べようとは思わないだろうと予想したアリスは、自分が摘んだなんの害もないキノコと一緒に放り込むことにしました。まずはキノコの方を見せびらかします。すぐにお口が開きました。今がチャンス!

「でやああああ!!」

むしゃくしゃしたアリス、八つ当たりも込めた叫びと共に薬とついでのキノコをマルコの口に投げ込みました。




被害は最小限にとどまり、主催者さんに叱られはしましたがそれ以上は何もありませんでした。いつものすみかで、大の字でへたばるアリスとシャムロック。そして、キノコを生のままかじっている元どおりになったマルコ。

「猫扱いがひどいよ、全く。」

「・・・怒ってる?」

「怒ってないし、そんな元気ない・・・。」

アリスはお詫びとして、シャムロックに好きなだけキノコをあげました。


その頃、テディーの家にお土産のキノコを届けにきたハニーがほうけた顔でぼーっとしていました。

「僕ね、夢を見たんだ。この前のネズミがでっかくなる夢・・・。」

「お前が大事にしてやらねえからだぞ。」

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