11話 地下牢の住人

「そういえば、エリカさんって子作りしないの?」

今日は女王様の部屋に特別にお招きされています。テーブルに紅茶とお菓子。アリスの突然の質問にびっくりするあまり、茶葉を必要以上にお湯に入れていることに気づきません。

「もう少し聞き方というものがあるのではないか?」

「エリカさん、紅茶・・・。」

「ん?うわっ、わわわ・・・。」

慌ててさげたけど、手遅れです。お湯が真っ黒になってしまいました。

「でも、女王様となると後継ぎとか・・・。」

「うーん、まあなァ。よく言われるよぶっちゃけ。」

頬杖をついて、深いため息。言い方こそアレだけど、思ったより深刻な悩みみたいです。

「しかし子供ができたとて、育児に構ってる時間がない。従者に任せっきりというのもどうかと思うし。」

しかも、子供ができたら自分で育てるつもりでいました。

「それに私とて、この方という男とでないと結婚するつもりはない。・・・そういうのと中々巡り合わせがないのだ。」

「えっ?えっ?どんな人がタイプなの!?」

アリスが食いつきました。だって、女王様の好きな人のタイプなんてそうそう聞けるものではないですから。

「お前が先に教えてくれたら教えてやる。」

「私興味ないもん。」

「なんそれ!!」

大人と子供の差はあれど、女性二人。男子禁制の部屋で楽しそうな話をしています。その部屋の扉の前。

「・・・・・・。」

いたのはウィリアムです。用事はありませんが、なんとなく心配だったようです。話をはっきりとは聞き取れませんが、何もないことを確認して一安心。と、思いきや、どこか浮かない顔で離れていきました。渡り廊下をとぼとぼ。耳はしょんぼりと下がっています。

「・・・。」

何を考えてウィリアムは、決して誰も好きで踏み入ろうとはしない場所に向かいました。扉を開け、階段を降ります。光がろくに入らない、石に囲まれ、外からも中からも容易に出入りできない「ために」ある場所。地下牢。

ここに閉じ込められている方はすぐには殺せない、または殺さない訳ありな方々ばかり。その中のひとりの前で立ち止まります。檻に入れられた囚人にしてはちゃんとした服を着た中年の男性です。彼は至ってフランクに話しかけてきました。


「よう、ウィリアムの旦那。相変わらず年中無休労働お疲れサン。」

足と腕を組んで、笑顔。とても死を待つ人の顔とは思えませんが、目に光は全くありませんでした。

「ジェレミー様も、調子はどうですか?」

「俺にんなこと聞いてどうすんだよ。ったく、こっちは年中無休暇だ。それも、もう時期終わるんだろうけどな。」

遥か高い場所にある小さな窓を眺めながら、ジェレミーはつぶやきます。

「・・・四十二年の人生と共に。」

「・・・・・・。」

返す言葉がありません。きっと、どんな慰めの言葉も意味をもたないからです。それはそうとウィリアムが彼のもとを訪れたのはこんな話をしたいからではありませんでした。

「あの、女王陛下のことで、相談したいことが・・・。」

「ん?俺に?まあ、赤ん坊の頃から見てきたけどもよ。」

側近とはいえまだ新人。対してジェレミーは女王が生まれる前からこのお城で働いていました。いわば、ベテランです。

「最近、女王陛下に親しいご友人ができまして。」

そのご友人ことアリスや出会いについて話した後。

「お友達ができたってか、よかったじゃねえか。」

「はい。・・・。」

檻の前、足を伸ばしてうなだれています。

「ただ、アリス様の前ではあまりにも楽しそうで、私にはあのようなお顔を見せたことがないのに・・・。」

ジェレミーは鼻で笑いました。

「フッ、やきもちかい。」

「違います!そういうのではございません!」

慌てて首を横に振ります。

「わからないのです。女王陛下は多忙ですから、少しでもあのように笑っていてほしい。でも。どうすればいいのでしょうか。どうすれば、あの方みたいにできるのでしょうか。」

難しい顔のジェレミーは大きな帽子を脱いで雑に撫でました。耳はふさふさなのに頭はボサボサです。

「あー・・・。」

しばらく考え事をしたあと、嫌みったらしい笑顔から真面目な顔に。

「アリスという嬢ちゃんのことはよく知らんけどよ、たまたま気があったんだ。そりゃあ特別だろうなぁ。」

それを聞いてさらにへこむウィリアムですが、彼のお話はまだ終わりではありません。

「だからってな、白兎。女王はアリスとは違ってアリスも女王とは違う。あいつがそいつにはなれないし、そいつがあいつにもなれやしない。全く同じじゃねえんだ。それはお前もそう。つまりだな・・・。」

長々と話して、また考え事。言いたいことがうまくまとまってなかったようで、一回、頭の中に散らかった言葉を整理整頓します。

「お前サンも二人とは違う。そんなお前さんもアリスとは違う意味で必要とされているんだよ。アリスは友人として。お前は部下として。」

檻の前に体を寄せるジェレミーは微妙に険しい顔でした。

「そうだろ?極端な話、アリスに仕事のことなんか任せると思うか?」

今度は首をゆっくりと右左。

「あんたとは違う意味でナイーヴなんだよあの女王サマは。大事な仕事の右腕としてしっかり支えてやんな。それがお前のいる意味だ。」

話したいことを話し終えて気が緩み、最初見た時とおんなじ格好、おんなじ顔、おんなじ場所にひっこんでしまいました。

「ま、気にしなさんな。」

「・・・そうですね。」

ウィリアムは立ち上がります。表情もさっきより清々しいような?

「僕は僕にできることが、ありますよね。・・・しっかりしないとダメですね!お話が聞けてよかったです!ありがとうございます!」

背筋を伸ばしてビシッと敬礼をしたあと、軽やかな足取りで階段を駆け上がっていきます。

「話し相手がいねえから長々と喋っちまった。」

誰もいなくなった地下牢で、独り言。

「しっかし、あの女王の心を開かせた子供か。興味あるねえ。願わくば、会ってみたいもんだ。」



女王の城の中をお散歩中のアリス。長い廊下を歩いています。グローリア曰く。

「好きにみてまわると良い。」

普通ではありえない、大サービスです!ただし、そこは女王様。入ってはいけない場所にはしっかり鍵をかけて、ついでに魔法によるバリアも張ってあります。悪魔の力を借りてもアリスが無力な子供である以上、入ることは絶対にできません。ですが・・・?

ひとつ、無機質な鉄の扉を発見します。ドアノブを回すと、いとも簡単に開いてしまいました。アリスの好奇心は、明らかに違和感を放っている扉や場所だけで動じたりしません。

「地下にも部屋があるの?まるで、牢屋みたい。」

おやおや、案外的を得てますね?牢屋みたい、ではなく、牢屋そのものに入ると並ぶ檻。奥を遠目で覗きながら、ゆっくりと見ていきます。ようやく檻の中に誰かがいるのを発見。

「・・・なんだ?」

次にお見えになったのが少女だったので、ジェレミーも驚かざるをえません。すぐに、すました大人の顔を作ります。

「ここは地下牢だ。ガキンチョが来るようなとこじゃないぜ。」

地下牢の、檻に閉じ込められている割にはきちんとした身なり、なにより全くこたえていないような余裕な態度にアリスはさらに興味津々。

「あなたはだれ?」

「俺はジェレミー=アリソン。人生の最後を牢屋で過ごす、哀れなおっさんさ。」

聞きたいことは山ほどあるけど、まずはご挨拶と自己紹介。

「初めまして、ジェレミーさん。私の名前は・・・。」

どたどたとうるさい足音が聞こえます。

「アリス!?」

血相を変えて現れたのはグローリア。アリスが自ら名乗る前に名前を呼ばれてしまいました。

「エリ・・・女王様!」

「なぜ地下牢の扉が開いている!?鍵をかけていたはずだ!」

そんなことを聞かれても・・・。

「いいえ、開いていたわ。」

開いていたのですもの。開けようがないなら入りません。

「ウィリアムの旦那が暇つぶしに俺に会いに来たのさ。きっと鍵の閉め忘れだな。」

ジェレミーも実際に出ていくところを見たわけではありませんが、ほかに入ってくる人はいませんでしたし、そういうことなのでしょう。事態を把握したグローリアは一気に脱力。心労と肉体的な疲れが重なったことによるため息は相当深いものでした。

「はぁーっ・・・。関係者以外立ち入り禁止だというのに。」

「ごめんなさい。そうとは知らずに・・・。」

「いや、アリスを責めるつもりはない。我が部下の不注意だ。私からきつく叱っておくよ。」

アリスがこっちに戻ってくるのを待っています。アリスは、じーっと彼を見たあと。グローリアにあるお願いをしました。

「ねえ、またこの人に会ってもいい?」

「はぁ!?ダメに決まってるだろ!」

まさかの頼みにグローリアは落ち着く暇もありません。彼女は友人である以上に女王様です。何でもかんでも聞いてあげるわけにはいかないのです。

「このひと、もうすぐ死ぬんでしょ?」

「それとこれとは別問題で・・・。」

お願いしたからには、アリスも簡単に引き下がりません。といっても、打つ手はないので、ダメ元です。両手を組んで上目遣い。

「おねがいっ!」

心からのお願い事、子供みたいにおねだりすればもしかしたら?と、考えてはいましたが。さて、冷徹残酷で無慈悲と有名の女王様の鉄の心はこれぐらいのおねだりで動くわけ・・・。

「くぅ〜〜〜ッ・・・。」

目頭をおさえて、もう片方の手は口元を覆っています。友達の言うことは特別なのでしょうか?いや、彼女の反応は明らかに違う意味でしょうが。

「・・・監視をつけることを絶対条件とする。そして会う前には必ず私の許可を得ること。」

グローリアはよろよろと、地下牢を出ていきます。アリスはその場で大喜び。

「やったー!」

「・・・。」

ジェレミーも、あんな女王の顔を見たことはありませんでした。同時に、自分のアドバイスに自信はあれど、ウィリアムに対しては軽く同情の気持ちが沸きました。


今日は他に見て回りたいところがあるからといって、あのあとすぐ地下牢を出て、へとへとのグローリアを連れ添っていろいろな部屋を見て回りました。

「女王陛下、アリス様・・・?どうなされたのですか?ぴゃっ!!」

資料室から登場したウィリアム。グローリアに胸ぐらを掴まれます。片手なのに、彼の足が微妙に浮いていました。

「貴様のせいで何も知らないアリスが地下牢に足を踏み入れてしまった。あそこは関係者以外立ち入り禁止なのは重々承知であろう?」

「あっ・・・。」

とても低く重い声。真っ黒な影が落ちて赤い瞳だけが光る、とてもとても怖い顔に命の危機すら感じたウィリアムは何も言わず、何もせず、ぶら下がるだけ。手を離すと力なく倒れ込んでしまいました。

「アリスは帰って良いぞ。兵士が送ってくれる。私は今からこいつに説教を垂れねばならん。」

「そういうときは言葉ではなく、体に教え込むべきです!」

「私そんな趣味ない。」

「私がしたい!!」

即座に否定すれば、即座に返ってきます。

「だーめーだ。これは仕事の大切な話でもある。他人が関わっていい問題ではない!いたぶりたいのであれば別の日にしろ。喜ぶぞ、コイツ。」

「良くないです!喜ばないです!・・・ちなみにアリス様、何をなさるつもりだったのです?」

腕を掴まれ、今度は廊下を引き摺られていきます。アリスも渋々納得して、おとなしく帰ることにしました。

「わかったわ。今日はもう帰るわね!」

「アリス様!!」

まだなにかいいたそうでしたが、聞いちゃいませんでした。


地下牢では、また独りになったジェレミーが檻の外を眺めていました。その目は退屈に濁った目ではなく、ほんのわずかな期待に馳せる、そんな目です。




後にこの少女が一人・・・いいえ、二人の男性の人生を変えることになるとは、誰も、自分でさえ考えもしませんでした。

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