10話 アリスのハッピーバースデー

アリスはじっとする性格じゃないので、暇なときは特に用事がなくてもこうして出歩いています。出かけていると、思わぬ出会いがあるかもしれませんし。ただ、ある考え事をしていたのか、うわの空。


向かったのは例の場所。俗に言うタダ飯をいただくにはうってつけの場所です。かなりの偏食にはなりますけども。

「暇だから来たわ。」

「やっほー!!」

そう。三月兎のお家。ですが、今日はテーブルは出してあってもその上には何もありませんでした。地面に四つん這いのハニーが飛び起きました。

「お茶会はお休み?」

「まあね。お庭の草抜きをしてました!アリスこそ、今日は仕事ないの?その・・・死体処理・・・。」

そういえば、そばに草の山ができていますね。あれ?なんだか彼の顔が少しだけ引きつっています。

「うん。連休なの。・・・どうかした?」

「いや・・・なんでもないよ。」

するとハニーの家から黒いつなぎを着たテディーが。

「Ciao.」

気さくに挨拶をしながら二人のところに。つなぎも埃まみれ。ハニーが集めた草の山を遠慮なく踏んで行きます。さすがのハニーもご機嫌斜め。

「ちょっと、踏まないでよね。」

「あなたたち、一緒に暮らしているの?」

そりゃハニーの家から普通に出てたし、二人一緒にいるところを割と頻繁に見かけるのでそう思ってもおかしくありません。

「まさか!テディーに頼み事をしてたんだ〜。」

「壊れてたドアノブならとっくに直したよ。それと、屋根裏の物音の原因も突き止めた。」

「ホント!?なんだっぶもっ!!」

ずっと後ろに回していた左手が投げたのは一匹のネズミ。大きく開いたハニーの口めがけて投げれば、見事シュート。当然大騒ぎする彼はもはや日常風景みたいに無視されます。

「そんなことできるの!?器用ね!」

「直すのも壊すのも手慣れたものさ。飼うなり食うなり好きにしたまえ。」

「ネズミなんか食べないよ!!全く!」

慌てて放り投げられたネズミは草の山に落ちたあと、慌てて逃げました。小さすぎる背中を見送ったアリスはくるりと背中を向けます。

「あれ?もう帰るの?」

「プライベートを邪魔するつもりはないわ。」

本音を言うと「ご馳走がなかったから」。しかしそこはちゃんとしているアリス。まあ、こちらも嘘ではありませんでしたが。

「じゃあね。」

「アリス!」

しかし呼び止められます。

「何か嫌なことでもあった?」

話していても、やっぱりどこかうわの空だったみたい。普通に話しているつもりでしたが、ハニーにはお見通しでした。

「落ち込んでるように見えたから・・・僕の勘違いだったらごめんね。」

「落ち込んではないけど、考え事をしていたのよ。」

そして、隠すほどでもない考え事を吐露しました。


「私の誕生日、いつかしらって。」

「・・・ん?」

聞いたハニーが固まります。気のせいでしょうか。デジャヴ?ですが、返し用のない疑問なのですから、彼の反応も仕方ないですよね。アリスは御構いなしで続けます。

「十四歳になるけど、いつかわからないならずっと十四歳になれないの。」

腕を組み、難しい顔でうなります。長い耳が片方だけ下がったり。

「えーっと・・・誕生日わからないなら、いつ歳をとったかもわからないのに、なんで歳はわかるの?」

今度はアリスも同じように考え・・・いや、思い出します。

「「あなたはもう十三歳だから」ってママに話しかけられたことは覚えているの。だから私は今十三歳なの。」

「へぇ。」

少し沈黙が流れて。

「今度いつ暇?」

「あした!」

すると、それを聞いてとても嬉しそうにハニーは彼女の手を取ってぐっと迫りました。

「よかったらお昼、ここに来てよ!」

勢いにあとずさり。大きな瞳が見上げます。

「なんで?」

「いいからいいから!」

今のところ何にも予定がなかったので、わけもわからないままアリスはオッケーをだして帰りました。

「急に決めてくれたな。」

黙って二人の話を聞いていたテディーは呆れ顔ですが相手は悪びれもしません。だって、ハニーが何を決めたかわかっているのですから。

「君だって同じこと考えてたクセに。」

「ははっ・・・だって。」

テディーはぱっと見、悪い大人の顔を浮かべてハニーの肩に手を回します。ハニーも同じく。二人肩を組んで、悪い顔をしていました。

「そんな日に。」

「お茶会しなくてなにがお茶会ですか。」

そして二人はお互いの手を叩いて、持ち場に戻ります。

「ちなみに来なかったらどうする?」

「関係ない。やるもんはやるぞ。」


その日の夜。

「私が来た時にお茶会してなかったから、わざわざ開いてくれるのかしら。」

昼過ぎのことを少し気にしていましたが、もしそうだとしたら断るのも申し訳ないし、そもそも断る理由がありませんでした。

「明日が楽しみね!」


おやすみ、アリス。いい夢を。



約束通り、アリスはやってきました。今度は華やかなテーブルクロスにたくさんのお皿が並べられています。やはり、わざわざお茶会を開いてくれたみたいですね。そこまでしなくてもいいのに、と思う反面、嬉しい気持ちもありました。ですが・・・誰もいません。もうひとつ

おかしなことに気づきます。やたら周りの飾り付けが派手なような?

「あれ?・・・きゃあ!!」

「ハッピーバースデー!!」

突然、パァンという大きく弾ける音がしました。どこから出てきたか、ハニーとテディーと、前はいなかったグラッセが揃いも揃ってクラッカーを持っていました。びっくりして目を閉じちゃいましたが、さっきの音はクラッカーの音でした。

「ほらみて!」

指し示された先。アーチの内側には「ハッピーバースデー」とでかでかと描かれた札がかけてあります。

「まってまって、私、誕生日じゃないわ!」

「なら思い出すまで、今日を誕生日にしようよ!」

頭にはてなマークをいっぱい浮かべるアリスは急かされるままに座らされ、ハニーは移動するたびにいちいち飛び跳ねていました。

「まさか、私のために?」

早くも席について一切手伝うつもりのないテディーはいつものように髭を伸ばしていました。

「誕生日は誰にでもやってくる平等で特別な日だと私は思っている。そんな日ぐらい、ぱーっとお祝いしないとな。」

ハニーもウキウキで、またもどこに置いていたかわからない簡単なお菓子を並べます。

「そもそも僕らのお茶会は毎日が誰かのバースデーだってやってるのさ。昨日みたいにお休みすることもあるけど。」

「なのに祝わないなんて勿体ない!」

ここでまた二人は意気投合。なるほど、昨日はそんなことを考えていたのですね。いい大人がまるで子供みたい。いいえ、彼がいう通り、「生きていることを祝う」ことに年齢は関係ありません。

「まあテディーはただ飲んで食べて騒ぎたいだけなんだろうけど。」

「そりゃお茶会なんだから当然だろうよ。さあさ、遠慮なく食いな。」

「まだ中にたくさんあるよ!テディーもちょっとは手伝ってよね!」

テディーは渋々腰を上げました。今日の主役はアリスなのに、ちゃっかり自分も主役みたいな気分になっていました。

「・・・・・・。」

さりげなく頭に面白い帽子かぶせられて、ぽかんとするアリス。だって、こんなこと、全く予想だにしていませんでした。

「じゃじゃーん!」

ハニーが持ってきたのは、とても大きなケーキ。Happybirthday、5/14の文字。十四本のろうそくが囲っています。

「改めてお誕生日おめでとうございます!独り占めしていいよ!」

「ありがとう!でも、さすがに・・・。」

アリスの顔以上はあるケーキを一人で食べるのは厳しいようで。そこで隣の食いしん坊の出番。早速自分の分を切り分けようとした彼の手をハニーが叩いて止めました。

「待って!バースデーっていったら、アレやらないと始まらないでしょ!」

取り出したライターで一本ずつに火をつけていきます。アリスはこれを、覚えているようで覚えていませんでした。おそらく知らないのだろうと教えてくれます。

「誕生日ケーキは食べる前にね、ろうそくの火をね、ふーってするんです。」

「お前のせいで消えたぞ。」

あーあ、せっかく親切丁寧に教えたのに。

「うわーっ!!」

あまりにもおかしくてアリスはこらえきれずに笑ってしまいました。

「ちーっす。」

しばらく楽しんでいると、仕事の先輩と上司がきてくれました。アリスにとってはまさかすぎるお客様です。

「ハニーから聞いたよ。暇だったからね。おめでとう。先輩ったら昼間から飲む気満々ですけど、すみません。」

「子供の前でハメ外すかよ。それよりおめでとさん。若いっていいねぇ。」

テディーがテーブルクロスの下からワインを取り出すとつられて隣の席に座ります。今日の宴は特別ですから、大人だってはしゃいで全然結構。ただ、騒ぐのは程々に。

「遅くなってごめんなさいねぇ!」

今度はドローレスが大きな箱や袋を持って駆けつけました。いつもの格好ではなく、エプロンそのままです。

「あれ?テディーが誘ったの?」

「どっかで話していたから聞かれたんだろうな。」

はぶいたわけではありません。だって、ご近所の人みんなを誘っていたらとんでもないことになってしまいますから。

「おばさんの噂を聞きつける力なめてもらっちゃ困るね!なぁに、渡したいもん渡したいだけだから。」

テーブルの上に置いたのは、大きな七面鳥の丸焼きでみんなは大歓喜。そして袋の方は。

「はい、これ!おめでとう!」

出てきたのはエプロンと可愛らしいお洋服。

「採寸したわけじゃないからぴったり合うかわからないけど、きれないことはないと思うよ!」

「自分のサイズに合わせたのかい。」

早くも飲んだくれの上司のジョークを笑い飛ばします。

「やーねぇ!そんなことしたらお洋服じゃなくて毛布になっちまうだろ!」

笑いが飛び交うお茶会、もといアリスのバースデーパーティー。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものです。


その日の夜。

「最高の一日だったわ!毎日誕生日だったらいいのに!」

もらったプレゼントを並べます。


テディーからは帽子と香水。

ハニーからはお菓子と風変わりな人形(テディーが冗談でした提案を鵜呑みにしたらしい)。

グラッセからは枕。

先輩からは色鉛筆とスケッチブック。

上司は少し高めの仕事道具。

そして、ドローレスからはエプロンとお洋服。

アリスにとってはどれも大切な宝物です。

「あの人たちのお茶会は毎日誕生日会って言ってたわね。」

もらったものをまとめて、自分は敷いた布の上に大の字で満点の星空を眺めます。

「意味がわからないわね!でも、いまはどうでもいいわ。」

「そうね。この世界でも祝ってもらえてよかったわね。」

ひょっこりと悪魔が登場。

「アリス。ハッピーバースデー。私からは何もあげられないけど。」

そりゃあ彼女は実体がないので不可能でしょう。そんなことわかっています。

「気持ちだけで十分!」

アリスは空を見ているうちに眠ってしまいました。


「誰かの幸せを願う。悪魔としてはどうかと思うけど。この子が自由で、幸せになってもらわないと「私のした事とこの子が存在する意味がない」もの。」

おや、悪魔は「まだ」隠しているつもりです。ですがそれもいまはどうでもいいこと。ガサガサと茂みが揺れます。勿論、悪魔は警戒していましたが何もしませんでした。


次の日、起きると。

「なにこれ!!」

枕元には知らない贈り物が。果物と、木の実と、それから・・・。

「ふふっ。野良猫らしいプレゼントね。」

ネズミの死体です。

「私だって、もらって嬉しいものといらないものがあるわ!」

もらっても埋めるしかないですものね。これだけどうも余分だったみたい。ちなみに、悪魔に聞くまでもなく彼女の言葉でこの送り主が誰かすぐにわかりました。

「そう言わないであげてよ、ほら。」

訝しげにつついてると、死んでるかと思っていたネズミが動き出しました。怪我はしていますが、平気だそうで、ピンピンしています。

「生きてるわ!」

アリスの周りをちょろちょろ走りまわり、逃げません。もしかして、早くもなつかれた?持ち上げて、じっと顔を見つめます。灰色で、毛が生えて、目もよくみたら青色で、まるで飼われていたネズミのように綺麗でした。

「あなた、役に立たないけど、可愛い顔しているから私のペットにしてあげる!でも、おりこうにしないとポイってしちゃうからね!」

おやおや、埋められるかと思いきや、まさかのアリスのペットにされてしまいました。


「仕留め損なったか。」

高い高い木のてっぺんには贈り主の野良猫、シャムロックが呑気に見下ろしています。

「食いもんとしてやったのにペットにされてら。」

アリスだってネズミは食べません。


背中に大きな丸い模様があったのと、オスということで名前は「マルコ」に決まりました。

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