6話 アリスのお仕事探し

アリスはある日、世にも恐ろしい現実に衝撃を受けます。それはサンタさんは本当はいない以上のショックです。

「お金がないわ!」

前に作ったとはいえ、億単位のお金でもなければあんな程度、すぐに尽きてしまいます。

「食べ物もないわ!これぞ人生詰みね!」

「子供がそんなこと言わないでよ。」

悪魔から早速ツッコミを入れられます。

「だってそうじゃない。」

「うーん・・・。真面目な提案なのだけど。働いて金を稼ぐしかないんじゃあ?」

アリスはため息をついて。

「あーあ、働かずにお金が欲しい。」

「それはおそらくほとんどの世界でほとんどの人が思っていることだし、働く必要のない子供が言うべきセリフでもないわね。」

長々と辛辣に返した後。

「アリス。でも生きていくためにはどこかで妥協、我慢しなくちゃいけないこともあるわ。」

「・・・・・・。」

アリスの考えは今の悪魔には筒抜けです。

「「わかってるけど」?ふうーん・・・。」

考えがすべてバレてしまうのはあんまりいい気分ではありませんでしたが。

「さっきのは冗談よ。でもこの世界において身寄りのないよくわからない私を雇ってくれるところなんかあるの?」

「現実論を倍の現実論で返してきやがった。」

悪魔も驚き。口調がおかしくなるぐらいには。アリスの知識は何歳のものなのでしょう。

「それはーその、ほら。街には求人所とかあるんじゃない?いってみましょうよ。仕事なんて、ぶっちゃけ選ばなけりゃなんでもあるのよ。」

「ブラック企業は嫌よ?」

「ねえ、なんでそんな言葉知ってるの?」




まずは街にある求人所へ立ち寄ってみます。子供がこんなところに一人やってくることなんてまずないもんですから、好奇の目で見てくる人もいます。

「求人の紙を見せてくださいな。」

受付の人はなんの疑いもなく渡します。まさか、この子供が仕事を探しているなんて思いもしませんから。外のベンチでホチキスで止めてある厚い紙をじっと端から端まで読みますが、かたい仕事か接客業がほとんど。後者ならできなくもなさそうですが、アリスには最大難関が立ちふさがります。

「悪くはないんでしょうけどね。履歴書が必要なら諦めるしかないのかしら。」

「履歴書?」

「自分の名前や住所とかの情報、前はどんなところで働いていたか、とか。でもあなたはまず肝心要の最低限の情報が書けない。あなたのいった通り、ちゃんとしたところで働くならちゃんとした人でないとってことね。」

紙の束を横に置いてしゅんとうなだれます。悪魔も悪気はなかったのですが、今のアリスには酷だということを少し反省しつつ。

「ああいうとこはちゃんとした仕事しか紹介してくれないから仕方ないわ。個人に聞いてみるのもありよ。」

個人、と言われて誰が浮かぶでしょうか。道行く人に手当たり次第聞いても相手にされないか、怪しい人に思われそうで気が進みません。

「この世界には情報を売る仕事の人はいないの?」

悪魔は悪魔なりに考えてみます。悪魔が見てきた世界。ファンタジーな世界か少しアングラな街が浮かんでいます。しかし、それらはすぐに振り払って。

「カートルに聞いてみたら?なんか、色々詳しそうだと思わない?」

その提案には嫌そうな顔を横に振って反対しました。

「あんな堅い頭の人は、子供に教える仕事なんかない!って言うに決まってるわ。」

すぐに想像ができてしまいます。

「・・・。」

それからも、とりあえず街や村を歩き回り、たまには聞いて情報収集しますがなかなか有益な情報は得られません。

「はぁ〜〜〜〜〜っ!!」

ついに出たのはクソデカため息。悪魔もいつの間にか飽きてしまい、何も言わなくなりました。

「お腹すいた・・・。」

おや。みたことある背中を発見。情報収集に飽きたのか、向こうが気付くまでそーっと後をつけてみることにしました。


「るんらった〜♪」

ハニーは呑気に変な歌を口ずさみながら飛び跳ねるようなステップで道を歩いています。大きな耳は自分の歌のせいで小さな物音を聞こえなくしているので、後ろをついてくる足音なんか気付くはずもなく。見えるのは例のお茶会の場所。アリスが来た日には必ず開かれているのは気のせいか、偶然なのか。そして前は大暴れしていたテディーはいつも通り、目の前のデザートを頬張っていました。

「ただいまー!」

「・・・・・・。」

テディーはなんにもいいません。グラッセは寝ています。

「みてみて今日はとれたての卵が安かったよ!だから牛乳もたくさん買えた!これとこれがあればとりあえず作るものには困らないね!」

なるほど、それで上機嫌だったのですね。せわしなく並べるハニー。動くたびにアリスも背中について回ります。

「・・・ん?」

振り返ります。おっとあぶない、慌てて反対方向に動きました。

「・・・ハニー。ずいぶん美少女の背後霊に付き纏われてるな?」

ツッコミを入れていいかどうかわからなかったが、いつまで経っても終わりが見えないのでとうとう切り出してしまいました。

「へっ?」

動きが止まって、振り向こうとした時です。

「ピャアアアアーッッ!!!」

「ぎゃああああーッッ!!?」

出来るだけの怖い顔と甲高い大声で驚かした、ハニーは顔面蒼白、ガチの大絶叫を上げたあと放心状態で立ち尽くしました。そんなハニーにテディーは笑いを堪え切れていません。

「ふっ・・・ふふっ、ガキに遊ばれてやんの。」

「テディーさん。ハリネズミの親子から聞いたわ。あなた、あの時・・・。」

ちょうどよかったですね。アリスはちゃんと覚えていました。テディーは口元に人差し指を添え、だんまりのポーズ。

「・・・まだツケを払ってねえんだ。」

「よかったわ!でもごめんなさい、私今お金がないの!いずれ用意するから待ってて!」

話についていけないハニーはどっちかが話すたびにあっち向いたりこっち向いたりキョロキョロしています。

「違う。ったく、子供に払わすほどケチな男に見えるか?」

「見えるわ。それにできるだけ借りを作りたくないの。」

かっこつけたのにあっさりと否定されたテディーは残りの紅茶を一気に飲み干したあと、また澄まし顔。

「どうしてもっていうんなら、体で払ってもらおうか。」

「はい!?!??あ゛っ!!!」

いち早く反応したハニーの頭にテディーが投げたティーポットが激突します。まだ熱々の紅茶が入っていたので痛みと熱さのダブルパンチ!

「体・・・?」

「そうだ、ついてきなさい。おい、エロウサギてめぇも来るんだこの野郎。」

「エロウサギ!?待っ待って待って!!!」

といいつつハニーは服の襟を掴まれ引きずられ、アリスは黙ってついていきます。グラッセは起きていましたが、面倒なのでお菓子を一口ずつ食べ始めました。


「なんでこんなことに?」

ハニーの家にて、アリスはまさかお金ではなくお菓子を作ることになるだなんて思ってもいませんでした。体で払うというはすなわち、こういうことだったんですね。テディー曰く。

「金だぁ?ガキが大人を満足させるほどの金を稼ぐのにどんだけ待てばいいんだよ。んなもんより、今すぐ出来る事があるならそいつで・・・(以下略)」。

意外と長ったらしかったので途中から聞いていませんでした。アリスはお菓子作りをしたことがあるかどうかわかりませんでしたが、ハニーの言われた通りに従っているときれいな仕上がりのものができました。

「すごい!初めてなんでしょ!?テディーの作るブツよりよっぽど。」

「出来たみたいだね。」

後ろから笑顔で肩を叩かれたハニーが石みたいに固まったのを無視して早速一口。

「うまい!」

すごく溌剌とした声と嬉しそうな表情。他に聞かずとも、これだけでもう十分です。さっと手に取ってそのまま外へ運んで行きました。これで借りは返せたみたいですね。

「いいなー。僕も。」

「うるせぇ。これは俺が俺のために作らせたんだぞ。」

「教えたのは僕じゃないか!」

アリスは流されるまま、並んで歩いて家を出て、再びみんなでテーブルを囲みます。

「ねえ、テディーさん。私、お金が欲しいの。」

あまりにも唐突すぎる質問に目がまんまる。

「そりゃあ、私だって欲しいさ。」

「じゃあさっきも。」

アリスの目の前に一口分のケーキが刺さったフォークを突き出します。

「それとこれとは別だっつーの。」

引っ込めて食べてしまいました。

「しかしなんだ?子供がそんなことを。欲しいおもちゃでもあるのかい?」

「食べるためのお金がないの。」

クールに決めていたテディーはとうとうおかわりのお茶を噴き出してしまいました。隣にいたハニーはもろにかぶって驚いたあとあわててグラッセの帽子を取ってそれで拭くと、ご立腹のグラッセに顔面めがけてかじりかけのスコーンを投げつけられます。テディーはむせてるし、アリスのさりげない発言のせいであたりは大騒ぎですが本人は真顔。もうこの際だから事情を言える限り言うことにしました。


「想像以上に苦労してんだな。」

テディーは頭を抱え、ハニーはなんとも言えない顔で震えていました。

「私も子供の頃は似たようなもんだった。違うのは「自分をしっかり持っていた」こと。あとは皮肉にも、性別だ。君が男なら、紹介できる仕事もなくはないのだが・・・。」

思っていたより親身になって考えてくれています。

「うーん、うーん・・・。」

ハニーも同じく。

「あっ、家に住む?そしたら働かなくていいよ?」

これまた突飛な提案。ハニーの家は、確かにとてもきれいな家でしたが。

「仕事してるし、家事もするよ!なにかあれば妹もいるからよかったら相手になってくれたら嬉しいな。」

「ん?妹なんかいたのか?」

ハニーにあーんされたテディーはひと口にしては大きめのケーキを頬張りました。

「なんなら僕、素敵なパパになれると思うんだけどなぁ〜。」

にやけ顔で首を振っています。勝手な妄想でもしていて勝手に喜んでいる、みたいな?

「パパ?うふふ、親子っていうより、私も妹に見えちゃうわね。」

「何言ってるの?僕がパパになるんなら、君はママになるんだよ?」

次の瞬間、テディーから頭をテーブルに勢いよく押さえつけられました。下にはケーキがあったのに。手を離されてもしばらく動きません。

「悪いな。今の君の力にはなれない。ま、話につきあうぐらいならしてあげよう。」

お茶会は夕方まで続きました。





楽しかっただけで結局終わった一日でした。悪くはないのですが。

「私でも働ける仕事、ないかなー。」

と、呟いて一人きり。割と深刻な話なのに、今日はもう疲れちゃったみたい。そんなアリスの足元に空からヒラヒラと一枚のチラシが。

「なになに?」

見ると、そこには求人募集。昼間のこともあり、期待はしていませんでしたが・・・?


それから数週間後。

「いつも嘘ばかりいうわけじゃないさ。冗談のつもりだったけどな。」

まだ新入りながらもはりきって働いているアリスを遠目にシャムロックは笑顔。いや、苦笑い。

「本当に働くなんて思うかよ。」

死体処理。高月給の割に入ってくる人が少ない仕事にアリスは無事働くことができました。本人は大満足です。仕事の内容をのぞけばとても居心地の良い職場でしたから。(※個人による)

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