4話 コーカスレースのちに白兎

毎日毎日、新しい住処を探すのは大変です。この世界は詳しくないのにだだっ広いから、一度知らないところに出たら戻るのに一苦労。だからといってじっとしてなさいといわれたらそういうことでもなくって。

「悪魔さん。元いた場所にワープできるみたいな力はないの?」

「仮にあったとしても今の私じゃ無理。あなたの体でできることしかできないもの。」

いやでも納得してしまいます。

「あなたが私から離れたらできるのでは?」

名探偵が推理するみたいに、誰も見ていないのにかっこつけます。誰も見ていない、からでしょうか。

「私があなたから離れたら、あなたは消えてしまうわ。あなたと私はいわゆるきってもきれない存在なのよ。」

さりげなく、とんでもない事実を他人のどうでもいい話みたいに話されます。

「・・・?」

アリスはこの時、違和感を覚えました。でも、あやふやすぎてもやもやするばかり。考えるのをやめにしました。



「第六回コーカスレース開催開催ーッ!!」

街の広場に人だかりができているのを発見。気になって割り込んでみると、噴水の周りに二重の円が描かれています。その間はだいぶ広いもので、そして、二つの円の間に沢山の人が一列に並んでいました。そばにいた観客のうちの一人にたずねます。

「コーカスレースってなあに?」

「この国ならではの競技さ。スタートは同時だが、いつ終了してどこがゴールかわからない。その時のゴールを切った奴が優勝さ。」

アリスは目をキラキラ輝かせます。

「楽しそう!いいなぁ、私も参加してみたかったわ。」

その声に反応したのはネズミの司会者。噴水の囲いの上に立っています。

「おっと、飛び入り参加希望かい?」

観客がざわめきます。みんなの視線を一気に浴びても全然平気!

「いいの!?」

興味津々で周りのことなんか見えていません。

「いいとも!ただぁし!コーカスレースの終わりは気まぐれ。長い間ずっと走ることにもなるかもしれないよ?」

「望むところよ!」

とは言ったものの、一つ気になることがありました。一位になったら何かいいことでもあるのでしょうか?一位に意味があるとしても、頑張ったご褒美がほしい欲張りな子供のアリス。ですが、あえて聞きませんでした。なぜなら、ここにいる参加者は自分よりもコーカスレースを知っている。ということは、優勝すれば何かがあることも知っているはず。だとすれば、その何かを目当てにして参加している。と、考えたからです。

「・・・。」

選手の中に並ぶアリス。他の選手は猛者ばかりかと言えばそうでもなく、子供からお年寄りまで様々。よほど色々な人に親しまれているのですね。だからアリスだけが特別浮いているわけではないのですが、飛び入り参加ということで一際注目を浴びています。

「キミ、ギャンブル版だったら大荒れだよ。」

「飛び入りだもんな。相当自信あるんだな。」

参加者が話しかけてきます。

「面白そうだから参加しただけよ!身軽さには自信あるわ!」

聞いてきたうちの一人が鼻で笑いましたがアリスはなんで笑われたのか理解できていません。

「いちについて・・・。」

スタートダッシュの体勢をとります。肘と膝を曲げて、準備はバッチリ。いまかいまかと体がうずうずします。

「スタート!!」

みんな一斉に走り出しました!まずは群れのまま走っている光景が続きます。ですが、だんだんばらけて差がついてきます。ダントツ一位はチーターの人、その次が馬の人。アリスは中盤あたりをキープ。

「誰か転んでくれないかしら。」

いえいえ、誰か一人転んだぐらいでアリスが一位になるには難しい話ですが。なんて言っていたら。

「んぎゃっ!!」

アリスがすっ転んでしまいました。本気で走っていて転んだのでだいぶ派手に汚れたり擦り傷を作ったり。痛みを堪えてゆっくり立ち上がります。

「最悪!」

と、吐き捨てた後。

「一位は無理ね・・・だからといって、やめるもんですか!」

諦めるかと思えば、諦めません。まだ動けるならこんなの、やめる理由にはなりません。前の群れからだいぶ距離が開いてきても構いません。アリスの視界には道と、自分しか見えていませんでした。それからも何周も何周も走らされ続けます。そろそろ限界を迎えている人もちらほら。アリスも息が苦しくて仕方ありません。すると、目の前、二人が縁の端と端でゴールテープを持って待っています。

「ゴール!!」

アリスはゴールを切りました。これにてコーカスレースは終了。アリスを含めてへとへとのみんなは走り切った後ふらふらとへたりこみます。そんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに勝手に進みます。だって、観客にしてみたら関係ないのですから。

「優勝は、飛び入り参加のこの方!!」

アリスの腕を掴んで上にあげます。許可なく。大歓声が広場に響き渡りました。

「え・・・え?いいのかしら。」

実際、アリスは一位になったわけではありません。差が開きすぎて、アリス以外のみんなが後ろを走っていただけなのです。

「アリスにしては珍しく控えめなのね。」

「失礼しちゃう。おかしなことはおかしいっていわなきゃ。」

「どの口が言ってんだか。でもみんな信じてるからいいんじゃない?」

納得している人もいるのでしょうが、みんな疲れてそれどころじゃないのかもしれません。アリスも言い返す気力がありません。司会の人が、おそらく知らないだろうアリスに親切に教えてくれました。

「実は優勝した人にはご褒美がもらえるんですよ。」

「ほんとに!?」

予想が確信に変わった瞬間です。大喜び。問題は、どんなご褒美か、ですが・・・?

「今回は・・・じゃじゃん!お戻り券銀でございます!」

観客に見せびらかすそれは、銀色に輝く文字の書かれたカード。幸いにもここの国の文字は読めたので一安心。世界が違うと言うのに、使われている文字は英語だったのですから。

「おもどりけん?」

「ええ、一つの場所へ一日二回、どんな遠くに居てもこれがあれば一瞬で戻れる激レア品!迷子の心配もこれでなし!好きなところへ旅ができますよ!」

そばにいた子供が「いいなー。」と呟きます。しかし、これはアリスのもの。冒険したがりのお年頃は欲しくて欲しくて仕方がないでしょうが、それはアリスもです。

「素敵!まさに私が欲しかったものだわ!」

アリスの喜びの声。疲れが回復した選手からの胴上げ。嬉しいことだらけのアリスはさぞかしご機嫌のまま街を後にしました。



道の途中。何者かが行手を阻みます。ウィリアムでした。なぜでしょう、とがったいかついサングラスをかけていましたがアリスが目の前で立ち止まると外します。

「アリスさんですね?」

「あら。ウィリアムさんじゃない。ごきげんよう。目の下、クマがあるけど大丈夫?」

似合わないけど隠したほうがいいのでは?までは言いませんでしたが。

「いつもあるので大丈夫です。それより・・・ゴホン!あなた、先日ハートの城の兵士を殺害しましたね?」

いつもあるのは大問題では?とツッコミを入れたかったけど我慢。だって事は急展開を迎え始めたんですもの。

「ええ、そうね。でも向こうから襲ってきたから私は抵抗しただけよ。」

アリスは堂々としています。悪びれもしません。

「どうみてもやりすぎです!過剰防衛です!」

「っていうか、証拠はあるの?」

そうです。彼がみただけでは証拠にはなりません。しかし・・・。

「ありますとも。・・・ほら!」

鞄から取り出したのは数枚の写真。アリスが殺した瞬間と死体の写真。わざとなのか、地面に彫った文字の写真はなし。

「気づかなかったわ。」

心の中で悪魔が呟きます。別にそれについて責めようとは思わないし、責めてもどうしようもないですし。アリスは冷静です。

「私を捕まえて、どうするの?」

「女王のところへ連れて行きます。後は彼女次第でございます。」

気の引き締まった真剣な顔に悟ります。案外すんなりと諦めて。

「わかったわ。」

ほっと一安心のウィリアム。

「よかっ・・・お城まで案内します。ついてきてください。」

背中を向けるもんだから、全く。数歩ぐらいはおとなしくついて行きます。油断させるためにね。数メートル歩いているうちに時間をかけて、なるべく物音がしないように、鞄から銃を取り出し、ためらいなく目の前の無防備な頭を撃ち抜きました。少しぐらついてから、倒れます。アリスは普通に彼を踏んづけて、鞄から写真を探します。

「この世界にもカメラはあるのね。」

鞄から見つけるだけなのにやたら時間がかかります。だってこの鞄、やたらポケットが多くって。ちょっとだけいらついていると。なんと死んだはずのウィリアムに腕を掴まれます。

「ひゃあ!」

驚きのあまり、固まって動けません。

「嘘でしょ?頭をブチ抜かれて生きてるだなんて・・・!」

ゆっくり、ゆっくりと頭をあげます。苦痛に歪んだ顔ですが、まず痛みを感じることができるのがおかしいのです。

「死んだほうがマシだというぐらいの激痛にございます、が・・・残念でした。」

ああ、この残念でしたがどれほどの絶望を与えるものか。

「私めは不死身なのです。ですから、口止めするため私を殺そうとしても無駄ですよ!さあ、おとなしく諦めなさい!」

アリスに頭を上から踏んづけられました。さすがにこの状態では偉そうな口もたたけません。かわいそうなウサギさん。普通ならこれでビビるんでしょうが、相手を間違えましたね。

「あなた、とても素敵。」

その顔はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のよう。あながち間違ってはいないのですが。

「だって死なないんでしょ?本当に何をしても死なないの?ねえ。死ぬようなことをしても本当に死なないの?」

無邪気な笑顔で、銃からナイフに持ち替えます。そこから先は・・・皆様のご想像にお任せします。




ひとしきり色々試してご満悦のアリスは早速、例のお戻り券を使って戻って、ボコボコにして動けなくなったウィリアムからぶんどった写真はビリビリに破いて燃やしました。サングラスが妙に気に入ったのか、つけています。似合っているか似合っていないかと言われたら、はっきりいって微妙です。

「満足?」

悪魔の問いに、アリスは。

「全然!試したいことがやまほどあるわ!今度はゆっくり時間をかけてね。」

と返します。

「監禁でもするのかしら・・・。」

ちなみに、アリスが考えていることはこの状態では悪魔に筒抜けですが、悪魔の考えていることは自分が話しかけようとしない限りどの状態でもアリスにはわかりません。

「そうそう。痛めつけてるはずなのに、変な違和感があったの。あなたにはわかる?」

「さ、さあ・・・。」

なんて返した後。

「アレはマゾの反応ね。アリスが気付くまでは言わないでおこっと。」

悪魔は少し引き気味でした。アリス、きっと世の中には知らなくてもいいことがあって、今、悪魔の気にしていることがそのうちの一つなのかもしれません。

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