3話 お茶会編

「アリシアちゃん・・・。」


あなたは誰?

「あなたはいい子ね。自慢の娘よ。」

娘?あなたは私のお母さん?あれ?私の声が聞こえていないし、触れられない・・・なんで?


あっ、なにあれ!すごくきらきらしたおもちゃ!どっかいっちゃった!

「アリシアちゃんはいい子でしっかり者のお姉ちゃんだから、これぐらい我慢できるわよね?」

これぐらいって何?いい子は我慢しなくちゃいけないの?

「あなたはいい子。」

「あなたは優しい、いい子。」

「あなたはとてもいい子・・・。」

いい子、いい子って何よ・・・。我慢ばっかりしなくちゃいけないなら、褒められても嬉しくない!


私はいい子なんかじゃないわ!!



「・・・んっ。」

ぱちくりと目を覚まします。ちょっとだけボーッとしてから体を起こし、うーんと伸びをします。おひさまポカポカ、こんな日にじっとしていられません!ですがアリスは疲れていたのでしょうか。今はお日様がちょうど真上。つまりは昼まで寝ていたことになるのです。

「まあ、一日の半分まで寝ていただなんてなんてもったいないことかしら!」

地味にショックを受けるアリス。しかし、いいこともありました。昨日洗った服がちょうどいいぐらいに乾いていたからです。

「どうしましょ。今来てるのもパジャマ兼私服みたいな感じなのよね。すぐに着替えるのももったいないからこれは明日着よう。」

そして歯磨きをすまして、荷物を鞄の中にパンパンに詰めていざ今日の冒険へ!次は森じゃない場所がいいですね。


「うーん。引くわ。」

「悪魔さん?」

「昨日の寝る前。」

悪魔はしょっちゅう出てきてる気もします。暇なのですかね。

「うそうそ・・・冗談ってやつよ。悪魔があれぐらいで引くわけないでしょ。」

「何かあった?」

「嘘でしょ・・・?」

本当に引いたと思われる声が返ってきた後。

「冗談、よ。」

と、アリス。さすがに忘れているわけありませんでした。

「せっかく仲間になれると思ったのに嫌われたかもね。」

別に心配しているわけではありませんが、やはり宿主が満足な生活をできないのは自分にもいくらか都合が悪かったりするのかも。

「嫌われて傷つくほどの仲じゃないし、嫌われたぐらいで傷ついたりしないわ。」

「ふぅん。」

まあ、そんなこと気にしてたらあんなこと、できるはずないですものね。

「じゃあなりをひそめておくから、必要になったら呼んでちょうだい。」

「はいはい。」



しばらく歩いていると・・・。

「おい、そこのクソガキ!」

後ろからどすの利いた声に呼び止められます。いたって冷静に、決して逆上することなく、振り返ると、頭に鉢巻きを巻いてボロボロの服を着た男の人が三人。見てすぐに悪い人だと認識しました。でも、まだ呼び止めただけなので決め付けるのは良くありませんね。

「なんの用かしら?」

「おまえ見た感じいいところの嬢ちゃんだな?お小遣いもたくさんもらってんだろ!大人しく置いてったら見逃してやる!」

アリスの深いため息。

「呆れた。大人って、子供からもお金を巻き上げようとするのね・・・。」

下手に煽るのはまだ早いと、心でぼやきます。それに悪魔が反応しました。

「必死だと誰彼構わなくなるもんよ。それよりどうする?私があなたの体を借りて、倒してあげよっか?」

「うーん。そうね、あなたがどれだけ強いか見てみたいもの。今回は譲るわ。」

そうして、アリスのがわをした悪魔が早速煽ります。

「ここだと子供を襲う悪い人は生きる価値がないんだって?ならさ、殺しても構わない、わよね?」

「あ・・・ぁあ!?」

一瞬だけ戸惑いが生じましたか、男たちは小さな子供によってたかって襲いかかりました!手にしているのはどれも木の棒。致命傷を与えるものではありませんがどれも男の人が全力で殴ったら確実にひどい目に遭います。対してアリスが持っているものといえば・・・。

「ぐああああッ!!」

銃声が鳴り響きます。右手にはピストル。更にこちらに向かって走ってくる男の一人をかわして背後に回り頭を撃ち抜いた後、ぐらついて倒れて視界が開けたら更に奥にいる男にも一発。まだ足らずに飛びかかり、隠し持っていたナイフを胸に突き立てます!

「ひ・・・ひいッ・・・。」

あら、最初はあんなに威勢が良かったのに・・・。

「む、無理だああああ!!」

背中を向けて走り去る男に銃をぶっ放します。ドシャっという音と共に土埃を立てて倒れました。銃を鞄にしまい、アリスはアリスに戻ります。

「ごめんなさい。弾丸は限りがあるのに楽だからつい使いまくっちゃった。」

「私もそうしてたと思うわ。服に血がつかなくてよかった。」

アリスは、落ちた木の棒で力強く地面に文字を掘ります。


このひとたちにおそわれたので ていこうしました。わるぎは なかった


「念には念よ。」


用済みになった木の棒を放り捨てて、何事もなかったかのように去って行きました。


「あ、あわわわ。」

木の影から覗き込むのはウィリアム。いつからいたのかって?実はずっと前からいました。

「ま、ままま、まさか、こっ、こんなことになるとは・・・。」

アリスが見えなくなった後、ウィリアムは大きなカメラで惨状を数枚撮影して、大慌てで何処かへ消えました。


「これは絶対迷子ね!」

狭い、コンクリートに挟まれた道をあるいています。左に曲がったと思えば右、右を進んだすぐに左。短い頻度で分かれ道に行き止まり。アリスはもう入り口さえ分からなくなったので戻りもできません。

「詰みね。いや、諦めたらダメ!戻って、また進み直すのよ!」


正直いうと、軽く心は挫けていましたが。

「あら?」

向こうの壁から蝶々が一匹。青色のきれいな蝶々です。蝶々は目の前、迷路を進みます。あまりに綺麗なのでふらふらと追いかけました。迷路も、行き止まりに一度も引っかかることなく順調に進めています。

「もしかしたら、この蝶々についていったら出られるかも?」


なんと、出口が見えてきました!奇跡だってあるものですね!


「やったわ!」

迷路を抜けた途端・・・。そこには落とし穴が!アリスはわけも分からないまま落ちていってしまいます。



アリスは気づけば花畑の中に仰向けになって寝転がっていました。チューリップ、ヒマワリ、スミレ、コスモス、季節もバラバラのいろんな花が一斉に咲き乱れている光景は異様ではありましたが、そんなことなんか気にもならないほど美しくもありました。

「私は一体・・・。」

ゆっくりと体を起こします。青い蝶々を追いかけ回していると落とし穴にはまり、真っ暗な穴をずっと落ち続けているとおかしなことに眠くなってそのまま寝てしまったからです。高いところから落ちて、怖いのは本当でした。でも突然襲ってきた眠気は抗えないほどまでに強いものだったのです。ああ、このままでは永眠になってしまう・・・。しかし、アリスは生きていました。そして今、起きたのです。

体はどこも痛くありません。一体全体、アリスが落ちている間、彼女に何があったのでしょうか。それを知る者は本人を含めて誰もいません。


「ここはどこ?」

あたりを見渡しても一面花畑と、青い空。おやおや?少し離れたところに看板があるじゃないですか。そこまで花たちをそっとかき分けながら進むと・・・。

「こっちは、三月兎の家。あっちは、帽子屋の家。三月兎?」

看板にはそれぞれ真反対の矢印と一緒に行き先が示されていました。アリスの好奇心の揺れ動いた先は、三月兎。理由は簡単。帽子屋は知っているけど三月兎というのは知らないからです。

「どんな兎さんなのでしょう!会ってみたいわ!」

そうと決まればまず行動。矢印の指し示すままに、アリスは三月兎を一目見る為に進みました。


背の低い木に挟まれた、広い道をもっと背の低い少女が一人。真ん中を堂々と、鼻歌なんて歌いながら、胸を弾ませ、軽い足取りで。今のアリスな頭の中は三月兎のことでいっぱい。もちろん、見たことも聞いたこともないので、スケッチブックに描かれた幼稚な落書きのようなものを思い浮かべていたに過ぎません。

「〜♪」

やがて、白いアーチが見えてきました。風船、キラキラした飾りが巻き付けられています。その奥、距離が近づくにつれて見えてくるのは、模様つきのクロスのかかった長いテーブル。そして、先客。自分以外に誰かがいることがどんなに安心するものか。アリスは自然と早歩きになっていました。

「ん?」

一番早くに気づいたのは兎さん。カラフルなお洋服に身を包んで、耳には金色に輝くピアス。ぐるぐるおめめに、見ているこっちまで目が回ってしまいそう。

「君はだれ?」

アリスはスカートの端をつまんでお辞儀を・・・でも、今ここで丁寧に挨拶をしたら怪しまれるんじゃないかと考えたので軽く頭を下げた。

「私はアリス。迷子になったの。」

迷子になっていた、のですが。どう説明していいかも分からなかったのです。

「へぇー。どこへ行きたいの?知ってるとこなら、教えてあげる。」

親切丁寧に声をかけてくれる兎さんに、どう返していいかわからない。なぜなら、行き先すらわからないのだから!

「どこに行きたいのかもわからないの。」

「・・・。」

あーあ、兎さんは早くもお手上げ、黙ってしまいます。

「こいつぁ訳ありだな?」

兎さんとは違う声が、テーブルの向かい側から聞こえます。お洒落な帽子をかぶった、どこか胡散臭く貼り付けたような笑顔の犬さん。癖なのでしょうか、横に伸びた長い髭を伸ばしては離してを繰り返しています。

「こちらから事情を聞くことはしない。それに、せっかく私のお茶会に足を踏み入れたのだ。」

一人で長々と離している間、アリスは黙って聞くことしかでません。親切に話しかけてくれているのですもの。

「お茶会の途中だったの?」

「うむ。しかし客はいつも見る顔ぶればかり。どうだい、お嬢さん。楽しいパーティーはお好きかね?」

アリスは嬉々としてうなずきました。これはすなわち、彼からのお誘いも同然。アリスにとって、断る理由なんてありません。

「やったー!お客さんだね!」

するとさっきまでアリスの隣で棒立ちだった兎さんが大はしゃぎ・・・もとい、大騒ぎでどっかへ走っていってしまいます。

「なら座りたまえ。」

向かいの席に座ったアリス、早速疑問に浮かんだのは・・・明らかに人数分以上はある空き皿に開いたティーカップ。

「ねえ、どうしてこんなにたくさんお皿があるの?」

犬さんは自慢げに言いました。

「必要だからだよ。」

そう返されては、早くもアリスは降参せざるをえませんでした。だって、「どうして必要なの?」と聞いても同じ答えをそっくりそのまま返してきそうな予感がしたからです。でも、やはりアリスは一度気になった謎は聞かないと気が済まない性分みたい。

「どうして必要なの?明らかに多すぎると思うのだけど。」

と、余計な質問も添えて。さあ、どんな返事がかえってくるのでしょうか?

「私が食べるからさ!」

想像の斜め上の答えでした。アリスはてっきり、「突然たくさんの来客が押し掛けてきたときのため。」とでもいうのかと思ってました。ところがどっこい、なんと自分のためだけにあったのです。もう、つっこむ気にもなれません。そのとき、犬さんの隣の席に長い尻尾だけがゆらゆらと現れました。

「まあ!他にもいるのね!」

「いつもの顔ぶれその二だ。名前はグラッセ。寝ているばかりのお嬢さんだよ。・・・まだ名乗っていなかったね。ごほん!」

わざとらしい咳払いをした後、ずっとお髭を触っていたおててを置いて。

「私の名前はテディー=ドッグ。しがない帽子屋さ。」

「だからお洒落な帽子をかぶっているのね!私はアリス!」

お互い笑顔。まずまずの好印象です。

「ハニー!紅茶はまだかね!」

向こうのほうに、白い壁の丸い家。そこから飛び出してきたのはハニーとよばれたさっきの兎さん。

「はいはーい!」

銀のプレートに陶磁器でできたカップやポット諸々を、走っているにも関わらずひとしずくもこぼさず器用に運んできます。ちなみにこの時、アリスはとんでもない勘違いをしているのをだれ一人として知るよしもありませんでした。

「ストレートです!お砂糖、ミルクと、あーごめんレモンはたった今切らしてます!」

目の前に置かれた紅茶からは湯気がほんのりと立ち込めていい香りが漂います。鼻の奥まで吸い込んで、気分が落ち着いたところでアリスの質問タイムが始まります。

「あなたの名前は?」

「ん?僕の名前はハニーだよ?」

テディーの方を振り向いてみると・・・彼はきょとんとしています。

「こいつはもはや親の顔より見た顔だ。ハニー=バルバーニー。紛らわしいが、名前だよ。」

「まあ!!私ったら・・・。」

アリスは自分の中の恥ずかしい勘違いを払拭するために首を横に勢いよく振りました。

「どうしたの?」

「なんでもないわ!そうだわ、あなた兎さんね。三月兎って知ってる?」

ハニーの耳が真っ直ぐ、ピンと真上に跳ねました。アリスは謎の手応えを感じたようです。でも、決めつけるにはまだ早く、あくまで少しずつ質問していく感じで。

「三月兎の家って看板の通りに進んできたの。どんな兎さんなのか気になって。」

「三月兎って、僕のことだねぇ。」

アリスの隣の席、彼は座ろうとはせずに背もたれの部分に頬杖をついています。

「どんな兎さんなの!?」

「このキチガイが!!」

どこからともなく、とんでもなく乱暴な叫び声が。でも、この声は女性。テディーでもハニーでも、もちろんアリスでもありません。

「ああ、キチガイなんだよ。」

テディーはそう言うけどなんの答えにもなっていませんでした。

「誰の声!?」

さっきまで揺れていた尻尾がパタンと下がります。

「グラッセのただの寝言さ。」

「随分主張の激しい寝言だこと。で、なんの話してたんだっけ?」

早くも忘れてしまったアリス。だれかが話してくれさえすれば、すぐに思い出せたのでしょうが、だれも彼女の疑問には触れてくれませんでした。

「アリス、お腹空いてない?」

ぐるぐるのまんまるい目が覗き込む。でもアリスはとうに慣れていました。

「そうね、今日は何も食べてないわ。」

「それはよくない!」

驚きの声をあげたのはテディーでした。

「君がここにきたのは偶然ではなく必然なのかもしれないな。」

うんうんと一人うなずくテディー。ハニーは彼女の背中に回り込み、腕を回します。アリスはこれぐらいでは全く動じません。と言うより、あまりにも突然すぎてどう反応していいかわからなかったのです。

「そうだよ。お腹空かせてここで何も食べて帰らないのはもったいない。・・・なんなら、別のものでお腹いっぱいになってもらってもいいんだよ。」

あれ?少し息が荒くなっているような・・・?

「あなたが何を言っているのかさっぱりわからないわ。」

やれやれと肩を竦めるテディー。

「こいつは常に盛っているんだよ。あぁ、なんて言ったらいいのかな?」

「そこははぐらかせよ!」

隣から寝言でつっこまれます。残念ながらアリスには伝わってしまいました。

「なんてこと!どうしたらいいの!?」

「おい、ハニー。君が働き者で有能なできる男って認めてもらえたら、アリスも「あなたの奥さんになってもいいわ。」ってなるかもしれんぞ。」

救いを求めたのに、かえってきたのは無責任にも程があるただのなげやりでした。これだから大人は、なんて呆れている暇もありません。

「そんなわけないじゃない!」

「本当に!?」

ほら、早速意見が真っ二つに分かれたではありませんか。

「ならまず働け。私の指示通りに従い、初めて訪れた客人を全力でもてなすのだ。」

アリスから離れて、びしっと背筋を伸ばします。

「まず冷蔵庫にある冷たいデザートを一通り持ってこい!」

テディーが手を鳴らします。毛に覆われた手のひらではそこまで大きい音はなりませんでしたが。それでもハニーは急いでお家へと戻ります。

「・・・。」

アリスは不安でしかありません。しばらくして、さらに大きなプレートにチーズケーキ、プリンが乗せて運んできました。

「おいしそう・・・。」

「はい次!冷蔵庫にありあわせの材料があったはずだな?何かこしらえてこい!」

「えっ・・・えぇ?今からぁ!?」

悲痛なハニーの訴え。でも構いません。

「いつも完成されたものばかり用意してあるとは限らんぞ。お前の腕の見せ所だ。そうだ。焼き菓子も頼む。焼いている間の時間を有効に使え!」

無理と言わんばかりに首を横に振ります。しかし?

「ヘマすれば殺す。」

ああ、これ以上の脅し文句があるでしょうか。ですが、ハニーは血の気の引いた顔ですっ飛んで行ったのですから、彼が冗談でそんなことを言う人ではないのでしょう。


アリスが茫然としている間にまあ次々といろんなものが運ばれてきます。パフェ、ロールケーキ、クッキー、マカロン・・・。

「・・・・・・。」

なんときらびやかな光景なのでしょう。あっちからこっちまでお菓子がずらり。アリスも甘いものが大好き。目を奪われるような眺めですが・・・なんだかんだそれは「すでに準備が整っている」からであって、例えば喫茶店とかでも大慌てで運んでくる店員がいたらそれどころではなくなるでしょう。つまり、今のアリスはそんな心境です。ハニーは後ろの方でみっともない格好で力尽きていました。もう、どう見られたいとか関係ありません。

「好きなだけ食べるといい。味は保証するよ。」

まずはロールケーキを一口。ほどよい舌触りに中のクリームも甘すぎず。おいしいの一言だけでは申し訳ないぐらいの絶品。でも、アリスは美辞麗句を並べるのも苦手。何でもかんでも感じたことを素直に言ってしまうのがアリスです。

「すごくおいしい!ほっぺた落ちそう!」

「後で伝えておこう。しかしこれぐらいの働きで潰れるとはなってない、夫には相応しくないな。よかったな。」

もしかして、これもテディーの計算通りなのでは?だって、彼が倒れても全く意外そうな顔をしませんもの。アリスも一安心でめでたしめでたしですが。


ザクッ。


そんな音がアリスの近くから・・・。テディーはあろうことかアリスのそばにあるパイケーキに自分のフォークを突き刺しているではありませんか。そしてなんの躊躇いもなく食べました。

「・・・。」

確かに、テディーへのお菓子は少なかったですが、アリスはすでに彼がもう食べた後で量が少なかったんだと思っていました。まあ、とられたくなければ名前を書いとけという話ですね。・・・いいえ。あくまで客人をもてなすために出されたものに手をつけるでしょうか。アリスが怒らなかったのも、自分では食べきれそうにないほどたくさんお菓子があったからです。

「F××k!!テメェ・・・辞世の句・・・zzz。」

そして時折聞こえる寝言。どんな夢を見ているのやら、先ほどから放送ギリギリの悪口しか言っていません。

「お茶会というより、本当にパーティーみたいね。」

「まあね。お茶会とは名ばかりの馬鹿騒ぎさ。ついでに言うと私のお茶会に礼儀作法など無用。んなもん気にしてたらうまいもんも不味くなる。」

やっぱり、時折ガラが悪くなります。

「だから私のところにあるものも食べるのね?」

テディーは一応自分のところにもある分にも手をつけ始めました。

「私も馬鹿騒ぎ大好き!でも馬鹿にならなきゃいけないのかしら。」

「馬鹿はいいぜ。悪いこと、ぶっ飛んだ話じゃ戦争とかよ。そう言うのを企む奴はみんな頭のできた奴等だ。馬鹿はんなこと考える脳みそもねえからな。」

「世界が平和になるにはみんな馬鹿になればいいのね!」

なんて楽しい会話で盛り上がりながらいい大人と子供がはしゃいでいました。

「あらまあ・・・。」

テディーは食べるのに夢中でそれどころで気付かなかったのでしょうか。アリスの足元、自分と似たような毛の子犬が。舌を出して、可愛らしいお顔で見上げてきます。向かいにいる食いしん坊の目を盗んで、食べるふりをしながらうまい具合にこっそりわけてあげました。

「ふふっ。秘密よ。こっそりお食べ。」

子犬は美味しそうにがっつきます。どんなにあげてもあっという間にペロリと平らげるものですからアリスもご機嫌。ついついたくさんあげちゃいます。ただ、アリスは知りませんでした。犬にあげているものは甘いもの、特にチョコレートケーキは・・・。


「まさかこんな早く食べ尽くしてしまうとは・・・。」

なんと、想像していたよりすぐにテーブルの上にあるお菓子がなくなってしまい、何も知らないテディーは驚きを隠せないでいます。

「温泉・・・いや・・・。ふふっ・・・。」

「一体どんな夢を見てるの?」

グラッセの寝言が今度は穏やかになりました。しかし穏やかではなくなってきているのが約一名。

「おい、ハニー!」

「はいっ!」

名前を呼ばれてすかさず起き上がるハニー。

「無くなったぞ。」

「ふぇ?何が?」

真顔でテディーが、テーブルを指で叩くとなんにも考えてなさそうな顔でこっちへ。その光景を目の当たりにしたハニーが今度はこの世の終わりみたいな顔をしました。

「嘘でしょぉ!!?」

気を失っていたわけではありません。それほど時間が経ってないにもかかわらずあれだけ必死になって用意した、二人分にしてはとんでもない量の食べ物が綺麗になくなっていたのですから。

「てへぺろ。」

何も食べてないグラッセは寝ているのにタイミングいい寝言を呟いたて舌を出しました。

「二人で?早くない?どうせテディーが九割食べちゃったんだ!!」

「五分五分だ。」

「五分五分ね。」

アリスの場合は小さなお客さんとも五分五分だったわけですが。ちなみに、子犬はおとなしく伏せています。

「と、いうわけだ。わかるな?」

「む、無理・・・。」

随分と怯えた様子のハニーが不思議でなりません。

「食器を片付けるぐらいなら私も手伝うわよ?」

「お、か、わ、り。」

おやおや?テディーの様子が少しおかしいような?

「まだ食べるつもりなの!?」

驚くアリス、だけどもお構いなし。

「もう材料もなんにもないよ!」

「なら買ってこい。作ってあるものでも構わん。今すぐに。三分以内。」

「無理だから!!」

二匹の言い争いが始まりました。テディーは理不尽な要求とともにまくし立てる一方でハニーは完全に怖気ついて必死に言い聞かせようとしています。他人事のアリスは仲介するつもりは一切ありません。

「ん?」

テーブルの下からグラッセが出てきました。目が覚めたのでしょう。

「おはよう。ぐっすり寝ていたわね。どんな夢を見ていたの?」

「起きたら・・・忘れる・・・。」

残念。あんな落差の激しい寝言をいう夢の内容が聞けると思っていたのに。特に聞くわけでもなく、野良犬を撫でています。

「枕あげる。」

そういえば腕にふかふかの枕を抱えています。あれで寝たら、さぞかし気持ちいいでしょうが。

「ごめんなさい。かばんにはいらないわ。」

「そう。」

その時。ダァンと大きな音と衝撃が。ハニーがテーブルの上に飛び乗った後、更に軽々とジャンプして見事に着地!ここまでくると、もうなりふりかまっていられないのですね。で、そのまま逃げるのかと思いきや・・・。

「グラッセ!たすけて!」

彼女の肩を掴み揺さぶります。

「やだ。」

「やだ!!」

アリスは無言で眺めていました。お行儀悪いとはおもいつつ、彼も必死なのだろうと。でもハニーは判断を一つ誤ってしまったのかもしれません。助けを乞う前に少しでも遠くへ逃げればよかったのです。

「オラァ!!」

「ぎゃあ!!」

向こうからフォークが飛んで、ハニーの頭に命中。何が起こったかわからず、慌てて痛みを感じる場所をさわろうとするとテディーが、彼の背中を飛び降りついでに蹴って、上に乗った状態で着地。またもやテーブルは踏み台に使われてしまいました。

「さすがにお行儀が悪すぎるわ!」

とはいうアリスも適当です。言っても意味ないでしょうし。だって今のテディーは、影の落とした顔で眼光だけを光らせ、涎を垂らし牙を剥いて、完全に狂犬のごとく荒ぶっていましたから。

「いだああああああ!!!」

両足でおさえられて腕も掴まれ、身動きの取れないハニーは長い耳の片方をおもいっきり噛まれています。

「まあ!!テディーさん!どうしちゃったの!?」

「甘いものが切れるとああなるの・・・。」

グラッセのわかりやすい説明にすぐに納得がいきました。と、同時に。やたらよく食べるなと思っていましたが、なくなるとやばいことになるぐらいには甘いものが好きだったのですね。というより、甘いものがなくなるから、でしょうか。なんにせよ関わりたくないアリスは子犬を連れてグラッセに別れの挨拶をしたあとさっさとその場をさりました。煽っても良かったのですが、今はそんな気分ではありません。アリスは気まぐれ屋さんなのです。


その後、子犬はぐったりとしてだんだん弱っていきました。アリスが病院を探している間にとうとう死んじゃいました。アリスには子犬が死んだ理由がわかりません。これから冒険のお供に連れて行こうと考えていたので、ひどく落ち込みました。土を掘り、死体を埋めて、お花を供えてあげます。あの時だれか気づいていれば。それは無茶かもしれませんが、せめてアリスが知っていれば・・・。


皆さんは決して犬や猫にチョコレートを食べさせてはいけませんよ?




〜時を同じくして、ハートの城〜


ハートの女王様は玉座でワイン・・・いえ。今度は違うものを飲んでいました。

「ホットミルクでございますか。」

「仕事が続いた後はこういったものの方がいいのだ。」

ホットミルクを、金ピカのワイングラスで飲んでいます。新人の兵士は気にしませんでした。

「女王様!!」

出入り口のドアが勢いよく開きます。油断しきっていた女王様も勢いよく吹き出しました。

「女王陛下!?」

これには兵士もびっくり。威厳も秒で台無しです。現れたのはウィリアムです。

「女王様!大変です!あれ、女王様、どうかなさいました?」

「貴様のせいだ馬鹿者!!」

「先輩がノックなしで入るから、牛乳吹き出して卑猥なことに。」

よくわからないフォローをした兵士の首が女王様の指パッチンの直後、スパンっと綺麗に切れました。

「申し訳ございません!しかしながら女王陛下。とにかく大変なのです。」

跪き、頭だけあげます。

「何があった。申せ。」

「はっ。女王陛下が彼女がどんな人物かを探るべく遣わせた兵士たちが彼女に皆殺しにされました。」

女王はまるで鳩が豆鉄砲をくらったみたいなびっくり顔で、グラスが手から落ちてしまいました。

「写真も撮ってあります。現像が終わり次第ご確認お願いいただきたく。」

「・・・そうか。」

小さな声でそう呟いて、後ろを向く女王様。自分の策のせいで兵士が失ったことを悔やんでいるのでしょうか。ウィリアムもとても心配していましたが。


彼女は笑っていました。遠足の前の日の子供みたいに、そわそわしています。

「ますます興味深い・・・直接話してみたい・・・。」

とは、口に出して言いませんでしたが。



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