2.5話

ワンダーランド中央都市、東A区。

ハートの城。謁見室。


コンコンとドアをノックする音。とても長い廊下、大くて豪華な部屋。その一番奥の玉座に座るのはこの国で一番偉い人。「ハートの女王様」。

「ウィリアムです・・・。」

「入って良し。」

扉がゆっくりと開きます。すると・・・。

「待て待て待て!どうしたその姿は!」

威厳が早くも台無し。ぎょっと目を見開いて頬杖が崩れます。と、いうのも無理はありません。体は謎の液体まみれでついでにところどころ溶け、皮膚が剥き出して大火傷になっている部分まで。

「ええ、道中化け物に襲われまして・・・。」

「中々グロいな。えぇ?何にやられたらそうなるのだ。」

一歩、二歩、足を引きずりながら、それでも女王の元へ。見かねた兵士が彼を支えようとしましたが、近くで見るとさらにグロテスクなもので、少し手間取っていました。

「ウツロカズラ・・・。」

女王は深いため息をついて平静を取り戻します。

「あやつに負けるほど貴様も弱くはないだろう。」

途中、各々がてこずりべちゃっと倒れます。

「女の子が襲われそうだったので、倒そうとしたら、彼女に背中を押されて・・・。」

すると、女王は体を前のめりにささて、興味津々に訊ねてきました。

「ほう?どんな少女だ。」

「女王陛下。まずは休ませてからでもよろしいのでは。」

と言った途端、兵士の首がぽーんと飛びました。赤いカーペットがさらに赤い血で汚れます。

「お前と違ってそいつは死なない。ほっといても構わんのだぞ。」

そばにいたもう一人の兵士はなにも言えません。歯をガタガタと震わせてへたり込むだけ。だって、グロテスクな重傷者と頭がなくなって血を噴き出して倒れる死体が目の前にあるのだもの。

「・・・私めと彼女はほんの数回しか会ったことがありませんが・・・。」


「ぶっ殺すという言葉を当たり前のように使う、そんな少女でございます。」





「へっくし!!」

大きなくしゃみをするアリス。

「誰か私の噂をしているのね?」

森を抜けたらそこは、小川。砂利の向こう側、きれいな水が流れています。浅いので、底だって見えちゃいます。

「今日はここで過ごすわ!もう少しうろうろしたかったけど、またここに戻れるか分からないし・・・。」

砂利の上に膝を折って座り込みます。

「キャンプとかしたら最高なのでしょうね。釣りしたり、あとはドラム缶のお風呂・・・。」

想像力を巡らして、一人うきうきしていました。実際、どれもできそうにはないのですけどね。日も暮れて、アリスは早速、今日買ったパンを食べます。お腹が膨れたら、皮で体を洗って、ついでに服も洗って干します。明日の朝までに乾いているかは微妙なところでしょうが、その時はその時。それよりも、「もし寒い季節だったらどうしよう」と意外にも先のことを考えたりしていました。対して深刻な様子ではありませんでしたが。

次に、フリーマーケットで手に入れた、かわいらしい柄の服に着替えました。本当はパジャマにしたかったのですが、色々考えた結果がこれです。


「ねえ、アリス。」

この声は。悪魔です。

「勝手に出てくることもあるのね。」

「そうね、たまによ。あなた、寂しくないの?心細くないの?」

明かりもなにもない中で布の上、座り込んで毛布にくるまります。

「今のところは平気よ。それに仕方ないじゃない、私はここでは一人なのだもの。」

「・・・悪魔の私がいうことじゃないかもだけど、誰かとの繋がりを作れば今よりもマシな生活はできるかもしれないわよ。」

「私にはあなたがいるもの。」

突然出てきたにもかかわらず、悪魔は黙ってしまいました。しばらく待っても出てきません。

「誰かとの繋がり、か。」

空を見上げます。残念、曇って星空が見えません。

「面倒なのよね、そういうの。」

さて、起きていてもなにもないので、さっさと寝ようとしましたが。ガサガサと茂みが揺れる音。こんなこと、昼過ぎにもありましたね?

「ウィリアムさん?なんてね・・・。」

振り返ると・・・?繁みではなく、木の上から勢いよく頭だけが飛び出てきました。しかもウサギではなくって。

「可愛いウサギかと思った?残念!猫でした!」

シャムロックでした。アリスは心臓が止まりそうなほどびっくりして、声も出ませんでした。

「いやーほんとよく会うもんだ。」

バクバクうるさい心臓のある場所を強く押さえ、落ち着いてきたアリスは彼を睨みます。

「実はあとをつけてるんじゃないの?」

「オイラが?君を?尾行?なんのために?」

「それは・・・。」

ちょうど腕を伸ばせば届くところにある枝を掴んで、体操選手のごとく一回転。遠くへジャンプし、一瞬でアリスのところへ着地。とてもアグレッシブ。

「てかお前の方が変だよ。こんな鬱蒼とした森で幼女が野宿なんかするか?」

彼から顔を逸らします。折った膝に半分埋めて。

「私、身よりも家も何にもないの。」

「・・・僕と一緒か。」

あえてかわいそうとかいう言葉もかけない、下手な慰めもしない。いや、ただ自分と同じ境遇に置かれているんだということぐらいにしか考えていなかったのです。

「ま、野良は気楽でいいけどな。なんなら野良として生きてくための知恵を色々伝授してやってもいいぜ。例えば、熊が出てきたときは死んだフリ。」

「嘘。」

あっさりと、たった二文字の言葉で返されます。淡々と、冷たさすら感じる声の、無表情で。

「ゆっくり静かに後ろに下がるの。背中を向けたらダメ。死んだフリなんかしてみなさい。死ぬわよ。」

まるで、すぐ近くにいる彼に対して脅し言葉みたい。それでいて囁くように。

「マジで?」

小声でボソッと呟きます。どうやら本当に、彼は自分の言ったことが「本当」だと信じていました。ですが、アリスの耳には届かず。

「あなたは嘘ばっかり。ねえ、なんでそんなに嘘をつくの?」

彼に詰め寄る彼女は、言葉のわりには怒りもなく、上目遣いの瞳と表情は少女らしからぬ、蠱惑的にもみえるほど。明らかに様子がおかしいけど、悪い気はしませんでした。どうしたものかとは考えていましたが、ましてや警戒などするはずがありません。そして、流されるままに押し倒されます。何が起こっているのか?何を始めるのか?何を企んでいるのか?わからないことだらけで考えることすらままならない状態のシャムロックを・・・。


「え・・・。」


馬乗りになったアリスが容赦なく殴りました。ほぼ何も見えない暗闇なのに、気のせいか、眼光が軌道を描いています。

「はぁ!?ちょっ、痛、なんで!?この・・・ッ!」

男の力には敵うまい、と、うまくタイミングを見計らって腕を掴んで押しのけるか、なんらかの抵抗を試みようとしていました。アリスも全力を拳に込めて殴ってみてもやはりか弱い女の子なのは事実、ちょっとの油断で形勢逆転されたら負けです。でも、アリスはほんの隙すら見逃しません。殴られるのをかわしたり防いだりするのに必死で他の部分が無防備だということを。例えば・・・?

「ぎゃああああああ!!!」

そう。尻尾です。しかも異様に長いものですから、踏み放題!正直、尻尾が弱いかどうかについての確信はなかったのですが、弱点だったようです。さて、痛みに悶えている暇なんか与えてくれませんよ?

「あはははは!体は正直者なんだわ!痛みに対して嘘はつけないみたいね!もっと聞かせてよ!ほら!!」

尻尾を踏んづけられたのがよほど痛かったのか、抵抗すらしなくなりました。あとはひたすら、楽しそうな、嬉しそうな少女にひたすらタコ殴りにされて時間が過ぎていきます。


「手が痛くなっちゃった。」

両手をぶらぶらと振るアリス。気づけばいつも通りに戻っていました。シャムロックの方はというと・・・。

「・・・・・・。」

お察しの通り、見るも無残にぐったりしています。ですが、アリスが非力なのと、途中からなぜか手加減をしてくれたので顔が腫れる程度で済みました。

「でもクロさん、どんなに殴られて痛がっててもずっと笑ってたじゃない。すごいわ。褒めてあげる。」

理不尽に殴られた後に褒められてもちっとも嬉しくありません。


「・・・一つ、ホントにホントのことを教えてあげる。」


こんなめった打ちにされた後に嘘をつく度胸はないだろう。アリスもたまには真面目に話を聞いてあげる気になりました。

「顔がうまく動かせないんだ。笑っているように見えるけど動かせないだけなんだ。そういう病気になっちまったんだよ。」

アリスは無言で彼の口の端っこを下げようとしますが、確かに動きません。それより。

「いだだだ!今はやめろよ!」

顔中傷だらけですもんね。すぐに手を離しました。

「オイラだって喜怒哀楽はある。さっきだって怯えた顔でもすればお前さんも少しぐらいはためらってくれたのかもしれない。でもな、出来ないんだよ。」

腕で目を覆います。隠れて見えない目からは涙が流れました。

「悲しいから泣いても、わかってもらえやしないのさ・・・。」

「・・・・・・。」

アリスはようやく彼からのいて、隣に座りました。気まずくなったのか、はたまたそれとも?彼女はぼーっと真っ暗な空を眺めていました。シャムロックは袖で力任せに涙を拭うとゆっくり立ち上がって背中を向けます。

「気にしてるなら言っておくけど、別に怒っちゃいねえよ。ちょっとでもオレのことわかってくれたらそれでいいさ。」

「そうね。・・・だからあなたは嘘つきなのね。」

「・・・そいつぁどういう意味だい?」

毛布にくるまり、素早く寝転びます。

「おやすみ!」

まんまるい背中。もう何も答えませんという頑なな意志を感じます。

「・・・いてっ。ったく、本当に痛ェな。」

頰をおさえ、どこかモヤモヤとした気持ちを抱えながらとぼとぼとその場を去りました。

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