1話 不思議の世界のアリス

これは・・・。

とある不思議な世界での物語。


本当は彼女がおっこちる前の出来事から話してあげたかったけど、彼女はいまいち覚えていない、それに。今の彼女にはいらないものという事実には変わりないのだろう。


正しさ、当たり前から外れた「アリス」。

ここから先は、君の好きにすればいいから。


ん?私が誰かって?今はまだ知らなくてもいいことだよ。



「随分おかしなところに迷い込んだわ!」

アリシアはカラフルで様々な形のキノコに囲まれた草原をさまよっていました。アリシアいわく、きづいたらここにいた、だなんてとても曖昧。ですがそれも仕方ありません。なぜなら、ここに来るまでの記憶がほとんどないのですから。あるとしたら、自分の名前、年齢、自分が知っている限りの世界の常識。もっとも、アリシアは「常識」という言葉があんまり好きではありませんでしたが。

「ああ、このキノコ、食べたらどうなっちゃうのかしら。」

興味はあるけど、もし体に悪いことが起こるような毒キノコだったら大変。好奇心旺盛なアリシアも、興味だけで後先考えずに行動するほどやんちゃではありません。多分。他にも理由はあります。周りには誰もいないので、何かあっても助けてもらえないからです。

「死んだりするような、生き地獄で苦しむような、そんな毒キノコなら嫌だわ。でも、お腹空いているのよね、私。」

お腹に手を当ててキョロキョロと見回すアリシア。しかし、得体の知れぬキノコしかありません。

「このままじゃあ、飢え死にするかも?・・・ここを抜けたら、人のいる場所に出たりしないかしら。」

そうと決まれば迷わず行動の迷子のアリシア。進んでいくと、今度は身の丈以上のキノコがあちこちにそびえたっていました。これだけ大きいと、一つも食べきらないうちに満腹になってしまうのでは?と考えていても、やはり訳の分からないものを食べようという気には今更なれません。キノコに目移りしつつ、進みます。

「・・・!」

地面に落ちたあるものを見て、足を止めます。なんとそこには、一口分ぐらいのケーキのかけらが並んで落ちているではありませんか。まるで、ちがうお伽話で帰り道を忘れぬようわざと落として行ったパンくずみたいに。

「もったいない・・・。」

と言いながら、頭の中には良くない考えが。でも、アリシアの空腹は軽く限界です。いくら地面に落ちてても、傷んでいるのかも、もしかしたら毒が入っているのかも・・・なんて考えたらきりがありません。こんなにお腹空かせている子供の前にこんなものがある方が悪いのよ、なんて言い聞かせながらアリシアは口に放り込みました。

「おいしい!本当になんてもったいないことをするのかしら。」

あまりの美味しさと空腹に、誘われるように食べては進み、食べては進みを繰り返します。しかし、食べるにつれてアリシアの体が徐々に小さくなっていきます。

「・・・あれ?こんなに大きかった?」

食べるのに夢中なのと、ゆっくりと少しずつ変化していたため気づかなかったのでしょう。最後のひとかけらの頃にはてのひらサイズのケーキが体いっぱいで抱えるほど、アリシアの方がまるでてのひらサイズ。外の景色を見て気づきます。キノコはもはや壁。草だって頭にかかるほど。可哀想なアリシア。これじゃあ、ここを抜けるにも遠のいてしまいました。

「・・・このケーキのせいね。はぁ。落ち込んでたら余計に悲しくなるわ。休み休み進みましょう。」

怪しいと思いつつ、食べた自分が悪いと思うと諦めることができますが、それでも、今から途方もなく遠い道を歩かなければなりません。前向きな気持ちになるには難しい。

「体が小さくなったってことは、こんな小さなケーキのかけらだったものでお腹いっぱいになれるってことよね?」

ほんのわずかな希望を見つけ、巨大なスポンジの塊を持とうとしますが・・・?

「お、重い。」

小さく華奢な体で持ち運ぶには厳しかったようで。

「・・・もう知らない!」

とうとうやけを起こしたアリシアは拗ねて、その場を大股で歩いて離れました。


「ここに落ちていたというのは本当なのでしょうか。」

という声と、草むらを踏む音が聞こえてきます。振り向くとすぐに大きな影に覆われました。さらに見上げると、白い、しゃべるウサギがそこにいます。自分がすでに言葉を話す動物みたいな姿をしているので、残念、これぐらいで驚いたりしません。赤いチョッキを着て、懐中時計を持って、ピンクのまんまるい目が可愛らしい。でも、声はどっちかというと、男の子の声でした。

「うーん・・・。でも、中途半端な嘘をつくとは思えないので本当なんでしょう・・・。」

と、独り言をぶつぶつ言いながら、少し屈んで草むらをかき分けています。もしかしたら、アリシアが見つかるのも時間の問題?いや、むしろ好都合です。

「おーい!おーい!!」

両手をあげたり広げたりぴょんぴょん飛び跳ねて、必死に自分の存在をアピールします。でも、体が小さいということは声も小さいということ。いくら大きい耳をもってしても少し離れていては届くはずもなく。

「ど、どうしよう・・・!」

ウサギさんが足を止めてまた何かを探し始めたので、アリシアはそこまで走りました。どうか彼が動くまで追いつきますように。

「ぎゃあ!!」

あわれなアリシア。ギリギリでつまずき、草むらに埋もれてしまいます。

「・・・ん?」

すぐ下で悲鳴をあげられたらさすがに気付くというもの。ちょうど彼は探し物をしていたので、またまた草むらを片手で押しのけると・・・。

「わぁ、なんだこれ!」

うつ伏せで倒れているとても小さな女の子。しかし、アリシアは動きません。ええ、わざとです。

「ヘンテコな生き物と思われて気味悪がられるのは嫌だわ。こうしてじっとしていると人形みたいじゃない?」

と考えたすぐに。

「やだ!自分で自分のことをお人形さん!みたいだなんて!」

と、首を横に振って否定したい気分でしたがぐっと我慢。

「ヘンテコな生き物、動かないお人形。あなたはどちらを手に取ってくれるかしら。」

早速、後ろからつまみ上げられます。生きていると知っていたら、もっと丁寧に扱ってくれたのかも知れませんけど。

「よくできた人形だ。誰かの落とし物ですかね。」

・・・あながち悪い気もしないようです。

「女王様へのおみやげにぴったりです!」

嬉しそうな声でかえってきたけどとんでもない!アリシアは人の住んでいる場所まで自分の足で歩かなくても済む手段を選んだだけなのに、まさかのまさか、いきなり女王様のところへ連れて行かされるはめに!

「冗談じゃないわ!滅多にお目にかかれないから会ってみたい!でも、いいの?心の準備とか、何もできてないわ!失礼なことばかり言ってしまうかも知れない!」

あれやこれやと考えて頭の中は混乱中。とりあえず、隙を見て逃げ出そうという決断に至りました。・・・できれば、こんなところとはちがう場所で。

「しかし、本当によくできている・・・。プラスチックでも陶器でもないんですね。」

ようやくてのひらの上に乗せてくれたのはいいものの、あちこちとつつきまわされてはいい気分もしません。触られると、どうしても反応してしまいそうなのを耐えるのは苦行です。あくまでお人形のふりをしなくてはいけないのですから。

「・・・・・・。」

無言で足から吊り上げられました。当然、スカートも何もかも下にめくれてしまいます。しばらくして、何事もなかったかのようにポケットの中にしまわれました。

「そういえば僕、手袋を探しにきたんでしたっけ。ここにはないと思うけど・・・。」

ふたたび、彼は探し物はじめ。この時アリシアは心の中で。

「後で覚えときなさいよ・・・。」

と恥ずかしさと怒りでいっぱいでした。




あちこち探し回ってみたものの、結局見つからなかった様子で諦めてしまった白ウサギ。

「別を当りましょう。」

そう言った直後、ウサギさんは走り出しました。

「何も走らなくてもいいじゃない!」

布にしがみつきながら心の中で訴えました。走るものだから、揺れる揺れる。人形のフリなんかしている余裕はありません。そんなこんなで結構長い間、ずっと走りっぱなしの揺られっぱなしで・・・。

「なんだかこっちが疲れたわ。」

ようやく立ち止まってくれました。激しい揺れにもかかわらず、アリシアは滅多に酔わないタイプのようです。

「ドローレスさん!」

「おや、ウィリアムの坊やじゃないか!お仕事お疲れさん!」

今度は立ち話。ウサギさんの声と、明るいおばさん、おっと失礼。女の人の声が聞こえます。

「野菜を育ててるんですか?」

「そうさね。今はピーマンが旬だね。」

「あまり好きじゃないわね。」

アリシアの独り言。子供でピーマンが苦手な人は多いけど、好きな人はそうそういないでしょう。おそらく。

「よかったら少し分けてあげる!」

「本当に!?いいんですか!?」

「いやぁアンタはなんでも嬉しそうにもらってくれるからねぇ!」

「野菜はなんでも食べますから。」

「・・・・・・。」

たわいもない会話だけど、こんな話を聞きたいわけではないものですから、とても退屈。ですが。

「特にこの虹色のピーマン・・・。」

「なんですって!?」

これには食いつかざるを得ません。だって、虹色の食べ物なんて見たことも聞いたこともないのですから。アリシアの好奇心は黙っちゃいられない。思わずポケットから身を乗り出してしまったが最後・・・。

「わっ!」

勢い余って、バランス崩して、ポケットから落下。運悪くアリシアが落ちていく先には水の入ったバケツが!このままだと溺れてしまうかもしれません。ボチャンと、小さな水しぶきを立てて水の中。ドローレスはポケットから何かが落ちるのを目の当たりにしました。

「なんか落ちたよ。」

「えっ?」

さっき、お腹いっぱい食べたからでしょうか?体が重くて浮かびません。必死に手を伸ばし、もがいても沈むばかり。苦しくて、空気を求めて大きく開けた口には容赦なく水が入り込むばかり。しかも、この水はただの水ではなく、いろんな味が混ざったおかしな水なのでアリシアの頭は苦しさだけではなくいろんな情報が入り込んで混乱しています。そう。これは、ただの水ではなかったのです。なんと、アリスの小さな体はあっという間に大きくなって、元どおり!

「わあっ!?」

そこにはさっきまでいなかったのに、突然現れたら驚くのも当然です。バケツはひっくり返り全部の水を地面にぶちまけ、アリシアもその場にしりもちをついてへたりこみます。苦しそうに咳き込みながら、深呼吸。

「げほっ・・・なんとか、元に戻ったわ・・・!」

立ち上がるアリシアはずぶ濡れ。服を雑巾のように絞り、体を横にふるわせます。

「あ、あ・・・あの、人形とそっくり・・・えっ!?何がどうなって?」

事情を知らないドローレス、事情をある程度知っていてもそれとは別の問題にびっくりするウサギさん。それぞれの反応は仕方のない事だと理解しても、そんな気分ではなかったのです。いや、ドローレスだけなら、説明してあげようという気にもなったのですが。

「あの人形はこの私よ。一から説明してあげたいのだけど。私は怒り心頭なんだからね。」

目をつり上げ、ウサギさんに詰め寄ります。

「あなた、私の体あちこち触った上に・・・見たでしょ。」

「見たって、何を?」

「スカートの中!!」

アリシアも女の子。自分の策のせいとはいえ、ずっと気にしていたのです。

「いや、だってその・・・中はどうなってるか・・・気になっただけで決して変な意味ではなくて。」

目が泳ぐウサギさん。あの時、彼は本当に「完成度の高い玩具」というふうにしか見ていない、そんな顔でした。でも、アリシアが怒っているのはそれだけではありません。

「それもだけど、その前に触ったわよね。触るなら場所を考えなさいよ!ぶっ殺してやる!!」

・・・まあ、胸とか触られたら、彼女が怒るのもわかるはず?思い出したら恥ずかしさとかもろもろがこみ上げてきて更に顔を真っ赤にさせたアリシア。危機感を察したウサギはすぐさま逃げ出しました。

「わああぁーっ!!!」

「待ちなさい!!」

濡れて重くなった服なんてなんのその、逃げるウサギをとてつもない形相で追いかけます。ふたりは瞬く間に点になる程遠くへと走っていってしまいました。

「一体なんだったんだい?」

状況においていかれたドローレスは小さな目を更に小さくして、肩の竦めて茫然。静けさを取り戻した中、家の中から鳴き声が聞こえます。猫の鳴き声でした。

「あら!どうしたの?可愛い我が子!」

ドローレスが慌てて中に戻ります。あれ?彼女は猫ではありません。カエルの子はカエル、とは言いますが・・・?



「はぁ、はぁ・・・。」

アリシアは膝に手をつき、屈んで、息を切らしていました。あのウサギさん、走るのがとても速いので、まんまと引き離されてしまったのです。そして、気づけばまた知らない場所。もとより、この世界においてアリシアの知っている場所はどこにもないのですが。

「少し休もっと。」

そう言って、近くの大きな岩に腰をおろします。別に、大事な話があるわけでもないし、今度会ったときでもいいし、その頃にはこのことも忘れてるかも。数分ぐらいたった時でしょうか、お腹から大きな音が。

「お腹すいたなぁ。」

あのケーキ、もともとは小さなケーキ。体の大きさが変わったのはアリシアだけだった、なんてオチでした。小さいままならしばらくお腹いっぱいでいられたのに、散々です。でも、元の大きさに戻らない不安が後になって自分を困らせることになると・・・なんて、アリシアは途方もない先のことなんか考えません。今だって、お腹すいたことしか頭にないのですもの。いや、そうでもないかもしれません。濡れたままの服はやっぱり居心地の悪いものでしたから。

「日向ぼっこしてたら乾くわね。」

大きな岩なので、その上に大の字。岩だから固く、ずっと寝ていたら背中が痛くなりそう。ですが、別に寝るつもりではないので、服が半乾きぐらいになったら起きようぐらいに考えていました、が・・・太陽さんさんお昼寝にはうってつけの天気。このままでは寝たくなくても寝てしまい、起きたら体を痛めてるパターンでは。

「・・・・・・。」

ぼーっとするアリシア。ついつい考え事。


「私、自分のことがよくわからないし、ここがどこかもよくわからないの。なんとなく、この世界は私がいた世界じゃないって気がするけどそれも微妙なの。でもね、不安じゃないし、全然怖くないの。これって、変だと思わない?」

と、心の中で誰に向けたものでもない問いかけ。もちろん、答えが返ってくるなどあるわけなく。言葉に出しても、誰もいなければ返してくれる人もいないし、返せる人などいるのでしょうか?

「このままでいいのかしら?」

「アリシアはどうしたいの?」

アリシアは、ばっと起き上がりました。だって、今、自分以外の声がしたからです。

「誰?」

あたりを見渡しても誰もいません。というか、さっきの声。耳の外からではなく、頭の中で声がしたような変な聞こえ方でした。自分と、そっくりな声。

「・・・気のせい?」

そうとしか考えられません。あるいは。

「いつのまにが眠ってて、夢の中だった?」

にしては、かなり無理のあるお話ですが、気のせいなんて言葉で片付けるのはつまらなかったようです。

「もう少し、寝転がってよう。」

刺したらまた同じ出来事が起こるかもしれないと、再び大の字になりました。


しかし、しばらくしても何もありませんでした。もうそろそろ、起きようとしましたが、眠気が襲ってきました。このまま寝てもいいかな、と考えていた矢先のことです。

「おいおい、こんなとこで無防備に寝ていたら襲われるぜ?」

寝ぼけ眼のアリシアの顔を覗き込む影。びっくりして起き上がると、その影は余裕でうしろにかわします。紫色をした笑顔の猫さんでした。いくらうとうとしていたとはいえ、物音も全くなく突然現れたようなものでした。

「安心しなよ。オイラが襲うのはネズミだけさ。」

手を広げ、無害だという主張をする。しかし、笑顔なのがどうにも怪しい。笑顔というのは、ときに見ている側を不安にさせてしまうものです。

「・・・あなたはだあれ?」

「オイラの名前はシャムロック。しがない野良猫さ。キミは?」

シャムロックと名乗った猫は長い尻尾を優雅に揺らしてこっちを見つめます。笑顔で。

「私はアリシア。」

「へぇ、アリシア。アリスって呼んでいい?」

アリス・・・ではなく、アリシアは目を点にします。

「なんで?」

「呼びやすいから。俺の名前も呼びやすいように呼んでくれて構わない。」

おや?さっきと違って、自分を「俺」と言っていますよ?まあ、それぐらい適当ならいいのでしょう、そんな気がしました。アリシアも「呼びやすいから」というちゃんとした理由があるのなら構わないと思っていたところですし。

「いいわよ。じゃあ、クロで。」

「そう呼ばれたのは初めてだ。気に入ったね。」

アリシア、もとい、アリスの発想はどこかズレていた模様。でも、気にってくれてよかった。

「しかし日向ぼっことはいい趣味してんな。」

空を見上げて呑気にそんなこと。

「オイラは野良猫だから晴れの日は毎日日向ぼっこさ。でも、飽きやしない。」

「私ならさすがに飽きるわ。」

「快楽に終わりはねーのさ。それでも飽きた時には多少やり方を変えたりしてさ。」

といった後、少しの間会話が途切れました。二人で心地よい風を浴びながら。話をするにあたって、いつまでも後ろにいるのはいかがなものかと、シャムロックはアリスの隣に並んで座ります。

「私、日向ぼっこがしたくてここにきたわけじゃないの。」

会話を始めたのはアリスの方でした。

「ウサギさんを追いかけていたんだけど見失って、走りっぱなしで疲れたからここで休んでたの。」

「そんで、道中転んで水溜りにでも落ちたのかい?」

まだアリシアの服は乾ききっていません。でも、ケーキ食べたら小さくなって、白ウサギについていったら途中で落ちてた先がバケツの中の水で、それを飲み込んだら元に戻って・・・なんて言って果たして信じてもらえるでしょうか?

「ええ、そうね。」

苦笑いでそう返しました。無理に信じてもらいたいとも思っていません。

「その割には汚れてねぇな?」

「だから何よ。」

思わず強気になりました。水たまりで転んだのなら、確かにもっと汚れていてもいいはず。アリスの服はあくまで濡れている、だけです。こんなことで嘘ついてたからなんだ、という気持ちが自然にアリスを嫌な気持ちにさせたのかも。

「いや、なんでも。ウサギって誰のことだろ。」

「真っ白で、目はピンク色で、、赤いチョッキを着て、懐中時計持っていたわ。」

その時、シャムロックの耳がピンと真上に上がりました。

「ウィリアムか。ふーん。アイツ、まだ何か探してたか?」

アリスは記憶を遡ります。出逢ったのがまさしく、探し物をしていた最中でした。

「ええ。草むらの中で探し物をしていたわ。」

「マジか。アイツ、もしかしてバカなのか?」

アリシアは彼が何を言っているかさっぱりでした。でも、どこから聞いていいかすらわかりません。

「私、あのウサギさんに話したいことがあるの。でも話をする前に「なんでか」逃げられちゃって・・・。」

訳を話せないから仕方なく嘘を挟んで、事情を話します。といっても、出逢ったばかりの彼がウィリアムの居場所を知るわけがないでしょうに。

「・・・。」

こっちを見てにやにや顔。そういえば、彼は出逢ってからずっと笑っています。顔が疲れたりしないのでしょうか。

「あてはないけど、諦めなければそのうち見つかるわ。」

「確かに諦めなければな。でも、いつになるか、何があるかわからないぜ。」

そんな身も蓋もないこと言われては、むりやりな前向きな気持ちが一瞬で無意味なものに。ところが。

「俺ならわかる。アイツの行きそうな場所。」

アリシアの曇かけていた表情が今のお空を照らす太陽に負けないばかりに輝きます。ついでに小さな尻尾まで揺れていました。行った場所は分からなくても、行きそうな場所なら教えられますもの。


「アイツはマメな性格だ。いろいろな場所を探しまくる。おっと、最後に別れたのはどこらへんだ?」

「ドローレスさんって人と話してて。家があって、畑もあって。」

足を組んで、大きなお口で大きなあくび。

「公爵夫人の家。野菜畑がありゃあそうだろうな。じゃあ次向かうとしたら。」

尻尾が丁寧にさしてくれたのは・・・。アリスから見て左方向でした。

「キノコの森だ。ここをまっすぐ行ったら分かれ道がある。そいつを左に曲がんのさ。」

「またキノコ!?」

もうキノコはお腹いっぱいです。見ただけですけど。

「ハハハ・・・夫人の前にあるあそこなんざ序の口だぜ。じゃあな。」

「あっ・・・。」

岩から軽々と飛び降り、猫らしい四足歩行で示した方向とは真反対の方向へ走って行ってしまいました。茂みの中にボスンっと埋れて、葉っぱが舞い散ります。

「キノコはもう、うんざり!」

不満をこぼしつつ、自分も岩から降りて歩みを始めます。目的はあくまでウィリアムを探すことなので、どんな場所かはそこまで重要ではないと言い聞かせて。茂みから、にやにや猫の目と口だけが浮かぶ異様な光景が、まだ何も知らないアリスを見送ります。


言われた通りに進むと、洞窟が見えました。森なのに、洞窟?いえいえ、もしかするとこの洞窟を抜けた先にあるのかもしれまれせん。一歩入れば真っ暗。でも、ふしぎなことにアリスが進んでいくのに反応するかのように、壁、天井にポツポツと小さな光が照らします。

「綺麗・・・。石?」

そばに寄ってじっと見てみると、光るものの正体はなんと石でした。具体的にいえば、天然の水晶みたく不規則な形をしています。光る石なんて、惹かれないわけがない。奥には古びた扉が。興味津々の少女を誘惑してなりません。迷わずアリスは扉を開けました。すると・・・?

「宝石!?」

なんと、あちらこちらに様々な色の宝石の原石が、しかも、どれも光っています。赤、青、黄、緑。アリスの目はそれはもう釘付け。顔を綻ばせ、ぐっと顔を寄せて一つずつ見て回ります。

「なんて綺麗なんでしょう。飾りたい!・・・どこに?」

アリスには住むお家がありませんでした。

「・・・なんとかなるわ。今は考えないようにしましょ。これなんか素敵ね!」

なんと、ひとつをもぎ取ってしまいました。アリスったら、少し常識に欠けるところが・・・いいえ、彼女の場合は「知っているのにしない」というところでしょうか。結局は同じなんですけどね。手にしたのは赤色の宝石。しかし物足りません。そんなアリスが見つけたのは、虹色に輝く宝石。悪気はないものの、おもわず赤い宝石を放り捨てて、迷わず虹色の宝石をとりました。

「同じ虹色でも、ピーマンより断然こっちよね!!・・・ピーマンは食べれるけど、こっちは残るし・・・ほら、高く売れそう。」

子供らしからぬ独り言を声高らかに、洞窟の中だからとてもよく響きます。すると奥の方から、足音が。

「誰かいるの?」

コツ、コツと近づいてきて、姿をあらわにしたのは黒い毛の犬の男の人。顔は、少しむすっとしています。

「・・・・・・。」

男の人は黙って、アリスを無視して通り過ぎると赤い石を手に取ります。

「これ、いらない・・・?」

顔を斜めに傾げて、うなります。

「うーん・・・あなたが欲しいなら、あげる。」

「フヒヒ・・・そりゃどーも。」

薄気味悪い笑顔の男の人は手提げ鞄に宝石をしまいました。

「あなたも宝石をとりにきたの?」

「まあな。・・・売るのさ・・・生活に必要な分だけ・・・あんまりとりすぎたら、次からとれなくなる・・・。」

どうも男の人はいちいちどもった話し方をします。アリスは少しもどかしい気持ちになりましたが、特に気にするほどではありません。このとき、「やっぱお金にかえた方がいいわね。」と密かに考えていました。アリスには家もなければお金も、なんにもないのでした。

「あっそうそう。ねえ、ウィリアムさんを見ていない?」

今になって思い出しました。忘れていたことさえ、忘れていたようです。

「ウィリアム・・・あのウサギ・・・。ふぅん。・・・見たような気がするなぁ。」

「本当!?」

予想外のところに、おもわぬ収穫が!シャムロックの言っていたことが本当かどうかはさておき、目撃者をみつけたのですから。

「・・・ああ、嬢ちゃん可愛いから、教えてあげる・・・あ、でもやっぱり、僕のお願い聞いてくれたら・・・教えるよ・・・。」

この時、アリスは深く考えていませんでした。少し不気味だけど、彼が笑っているのは単に優しさが表れているのだとしか。

「お願い?」

「そう・・・僕の家に来て、手伝ってほしいことがあるんだ・・・。」

ああ、アリスも迂闊というか、そこまで頭が働きません。「何を手伝うのか」と尋ねればよかったのに。いや、大人は賢い生き物ですから、純粋な子供の質問をうまくかわすに違いありませんが。

「わかったわ!」

何も知らないアリスはほいほいついていきます。


「いてっ!?」

男の人の体がビクッと大きくのけぞります。アリスはとっさにかわし、男の人もなんとかバランスを保ちました。足元に、男の人が拾ったものではない石が転が利落ちます。一体何が起こったというのでしょうか。しかし、アリスはすぐに理解しました。

「えっ?」

洞窟の入り口、見たことのある尻尾がゆらゆら揺れているのです。紫とピンクのしましまの、ふさふさの長い尻尾。そして。

「やっほ。デート?」

顔を覗かせたのはシャムロックでした。

「クロさん!いつからそ・・・なんでそうなるのよ!」

アリスの張り叫ぶ声がこだまします。

「男女二人きりでこんなひっそりとしたところ、考えるなら逢瀬しかねえよな?」

男の人はおでこをおさえ、アリスは首を傾げます。

「おうせ?なにそれ。このひとがウィリアムさんの居場所を教えてくれる代わりに私に頼み事をしただけよ?」

「へぇ。」

出入り口にもたれて、こちらの様子を伺っています。あいも変わらず笑顔で。

「そいつはウサギの居場所なんか知らないぜ。なあ?ティモシー。」

ティモシーと呼ばれた男は、ようやく顔を上げました。

「だって嘘だもん。」

「嘘?」

はたして、シャムロックの言う「嘘」は、誰のついたどんな嘘のことでしょう。

「そういやアンタの家、煙突からやたら暗い煙吹き出してたけど大丈夫か?アレ。」

「なんだって!!?」

さっきまでの大人しい様子は何処へやら、慌ててすっ飛んで行きました。

「・・・・・・。」

しばらくの沈黙の後、口を開いたのはアリス。なんだかデジャヴ?

「あなた、なんであの人が知らないことを知ってたの?」

「だって、あのウサギがこんなとこ通るわけないからね。」

それからしばらくアリスの問いと彼の答え合わせが繰り広げられます。

「キノコの森は反対方向さ。」

「あの人はなんで知ってるっていったの?」

「そりゃあ君を騙すためさ、自分のためにね。」

「ええっと、つまり?」


「あなたがそもそも嘘ついていたのね!?」


アリスの顔、毛がいきり立ち、伸ばした肘の先の握り拳は震えています。ですがシャムロックはどこ吹く風。

「あはは、ごめんって。どんな反応するか気になったもんだから。今度こそちゃんと教えるよ。」

なるほど。だからついてきたわけですね?

「悪趣味にも程があるわ!結構よ!」

シャムロックの隣をさっさと横切ろうとしましたが、長い尻尾はそれはもう大変器用に、アリスの腕に巻きついて、しかもこの尻尾は意外と頑丈で力強く、いざ掴まれたらびくともしません。

「なっ、なに!?尻尾!?」

驚くの無理はありません。

「奥へ進んで洞窟抜けたら近道がある。道なりに進むとたどり着く。」

尻尾が気になって仕方がありませんが、アリスはまんまるい目を細め、怪訝に睨みます。

「こんどこそホントだって、信じてくれよ〜。」

笑顔には変わりませんが、どこか媚びてるような、許しを乞う情けない声でした。

「わかったわ。」

怒りが呆れに変わったかわりにすっかりさめてしまったアリスは深くため息をつきます。尻尾が腕から離れ、右へ左へゆっくり動かしながら。

「ついでに言うと、赤い宝石は火を起こすことができるんだ。同じ石同士を強く擦り続けるとな。」

「虹色の宝石は?」

「綺麗なだけだ。売るならさっさと売っちまったほうがいい。よくないものを寄せ付ける。」

シャムロックに見送られながら、アリスは奥へ奥へと進みました。虹色の宝石と、赤い宝石。他の色の宝石の効果も聞きたいところでしたが、いずれほかに聞く機会があるかもしれないと今はこらえました。


進んで、進んで、進み続けて・・・。


着いたのは何もない行き止まりでした。


「また騙された!!」

一方、シャムロックはキノコの森でカラフルなキノコを物色中。

「今頃どうしてるかなあ。あはは、誰もキノコの森にたどり着くとはいってないんだよなぁ。」

大きなフードの中に摘んだキノコを入れては、その場を後にしました。血塗れで倒れているウィリアムに見向きもせずに素通りして。







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