ラブコメは突然に
第31話 名前を付けて保存。
恋愛における男女差としてよく聞かれる、「男性は『名前を付けて保存』、女性は『上書き保存』」。 男性は別れた恋人一人ひとりとの思い出を大切にする一方、女性は新しい恋人ができると過去の恋人との思い出を切り捨ててしまう、という傾向がある。
それは大筋において正しいのだろう。少なくとも俺はそう思っている。
だから葵の他にも理彩や玲奈といった女子と仲良くできてしまえる。
でも葵はそうじゃない。他の二人とはあまり仲良くはできていない。口論にはならないものの、どこか遠慮した空気をまとっている。
〝死〟を経験した彼女にとって、告白を断るのはよくないことなのだろう。
そう考えると俺は告白を受け、一緒に楽しい時間を過ごすべきなのかもしれない。
そんな考えに傾倒すると、俺は意外にもすんなりと応えていた。
「俺でよければ」
と。
俺は葵の告白を受け入れたのだ。
「良かった~! でも、玲奈先輩や理彩先輩と……。あれ? 玲奈、理彩? 誰だっけ?」
自分で言い出しておいて、混乱する。
それは前に見たことがある。確か、あのときは玲奈だったような……。
ザザッ。
ノイズが走る。
そのカフェテリアに俺がいた。目の前には葵がいる。
透き通ったような白い肌と、くりくりとした翠色の瞳。
愛らしいと思う。
「ん? あたしの顔に何かついていますか?」
「いや……」
見とれていた、なんて言えるはずもない。
記憶を探ってみる。あの高校での告白のあと、付き合うことになった俺が、大学まで一緒に選んだ――という設定らしい。
ストローで遊ぶ葵が微笑ましい。
俺も机の上にあるカフェラテに口をつける。
「それ、おいしいですか?」
「え。まあ……」
ほろ苦さのある甘みが口いっぱいに広がる。端的に言っておいしいのだろう。
「じゃあ、一口ください」
そう言って手を伸ばしてくる葵。
「あ、ああ……」
戸惑いながら渡す。
と、口をつける葵。
「へへ。間接キス、しちゃいました」
そんな報告をするものだから、こちらも照れてしまう。
これまでの時間でまだ間接キスすらしたことがない、
大切に、大切にしてきたのだ。
今更変えることのできない、日常。
「うーん。半間先輩は少し奥手すぎますよ。もっとあたしを滾らせて欲しいなー」
「滾らせる、で合っているのか?」
さあ、と呟く葵。
とにもかくにも大事にしすぎたのかもしれない。
だが、俺が理彩と玲奈を忘れたわけじゃない。
どうしても、その障壁がある。リアルに戻れば二人が帰りを待っている。俺が葵だけを好きになれない。どうしてか分からないが、俺は他の子とも気になってしまうのだ。
甲斐性なしと思われてもしかたない。
俺はどうやら聖人君子ではいられない。
みんなを愛してしまったのだ。
この夢から覚めたら、また新しい恋を始めているかもしれない。
いけない。今は葵を相手しなくてはいけないのに。
彼女の命を守る。
そのためなら、どんな嘘だってつく。どんな気持ちも呑み込む。
葵を守るためならなんでもする。それを恋と呼ぶなら、俺は恋に落ちているかもしれない。それとも命だけを見ている偽善者か。
後者であっても、俺は俺の意思で闘うのみ。
命あっての物種、だと思っている。まずは生き残る。それから考える。それがなくては死に方を選べないと思っている。
「先輩? 難しい顔していますね。どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。それより、そろそろ講義の時間じゃないか?」
「へへ。今日はサボっちゃいましょうか?」
いたずらっ子がみせるような顔をする葵。
「ダメだ。一回のサボりが、二回目のサボり、三回目のサボりにつながるんだ」
「えー。いけず……」
だだをこねる葵を見送ると、俺はカフェラテを飲み干し、ゴミ箱に突っ込む。
そして教室へと向かう。
そうして長い時間、葵と戯れていると、深い眠りが襲ってきた。
目を覚ますと、目の前はカプセルの液体に沈む感覚。
「おはよう。半間くん」
そう言ってカプセルの蓋を開ける保。
「他のみんなは?」
「もうじき目を覚ます。よくやった。葵さんは無事だよ」
それに、と付け足す保。
「理彩さんや玲奈さんも同じように人を癒やし、安らぎを与えた。これで三人の人が目を覚ます」
「しかし、頭痛がするのは止められないのかね?」
ふむ、と顎を撫でる保。
「それはインプットした情報量が多すぎるから、起きる現象じゃろうて」
それは分かっていた。
きっと情報が頭の中に無理矢理入ってくるのだから。
ガチャッと音を立てて開くカプセル。そこには葵が立っていた。
クラクラするのか、あどけない足取りでこちらに向かってくる。
「半間先輩……?」
まだ寝ぼけているのか、焦点の定まらない目でこちらをみる。
「ああ。半間だ。葵。こっちへおいで」
優しい声音で呼ぶ。
きっと頭の中がいっぱいで混乱しているだろう。
死の記憶も残っているはずだ。脳が受けたダメージは大きい。しばらく回復させないといけない。
「しかしこれで葵さんも
俺はそれだけを頼りに口にする。
「いや、たぶん半間くんだけが
「な、なんでそんなことになっているんだよ? こっちに覚醒したんだから、覚醒者
《ウエイカー》じゃないのか?」
「問題は特殊なサイコ粒子を持っておること。コピーしたサイコ粒子はその身体に馴染むため変異した可能性もある」
それでは俺一人だけが
「だから、俺だけが
「それがあるんじゃよ。君にしかない力が」
「力……」
俺はその言葉が気になり、口内で呟く。
「あたしの旦那様……!」
そう呟き近寄ってくる葵。
「えへへへ。やっと会えた」
この状況を理解しているのか、俺の懐に飛び込む葵。
胸のあたりに頭をこすりつける。
俺はその頭を撫でると、「あー」と大きな叫び声が聞こえる。
先ほど目覚めた理彩だ。
「ちょっと! 二人してなにしているのさ!」
理彩はカプセルから降りると、俺のもとに真っ直ぐに走ってくる。
「離れなさい! 葵、いつの間にそんな大胆になったのさ!」
慌てふためく理彩。
「待て。理彩。葵はまだ混乱しているだけだ」
「それはそうだけど……。でも半間先輩がいてくれて一安心です」
えへへへとだらしなく笑う葵。
「もう! なんで博人も鼻の下を伸ばしているのさ!」
「え。いやそんなことはないぞ。うん。ただ葵はまだふらついているからな。きっと目覚めが悪かったんだろ」
俺が支えになっていると、にやりと笑う葵。
あ。これは小悪魔だわ。わざとふらついたのだ。
きっとそいうことなのだろう。
「き――――――――っ!! 葵ちゃんのバカ――っ!」
嫉妬を抱いた理彩が走り出していく。
「え。おれは……?」
カプセルの上でぼーっとしているのは守銭奴の佐々木くん。
「おはよう。佐々木」
「え。あ。半間か?」
首肯すると佐々木は首をかしげる。
「しかし、見たことがないところだな。なんで暗めなんだ?」
「眠っている人たちが起きないように照明は最小限に抑えてあるんだよ」
俺は保の記憶で見た理屈を思い出す。
「眠っている? 俺は先ほどまで高校にいたはずだが……?」
「そう。こっちが本当の世界。今までいたのは夢の世界だ」
「え。あんなにリアルだったのに、か?」
佐々木は戸惑いの声を発する。
こっちの世界を知る俺からすれば怖くないが、佐々木は怖いらしい。
青ざめた顔で立ち尽くしていた。
こんなやりとりをあと数百は繰り返すのだ。
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