第30話 夢の世界。
覚醒者となるには〝死〟を克服しなくてはならない。だが、普通はそんなことはできない。しかし、俺のサイコ粒子は人を癒やす。その力を利用し〝死〟を塗り替える必要がある。
そしてそれはカプセルの中で相手を満足させなくてはいけない。それは玲奈の時と同じだ。それが条件なら、俺は〝死〟を超えるショックと安らぎを与えなくてはいけないのだ。
それが数千の人々が眠っているカプセル民。母数が多いので必然的に、俺が過労していくのは目に見えている。
「でも、俺はいかなくてはいけない。彼らを見殺しにはできない」
このままではカプセル民は生きていけないのだ。一生、夢の世界を生きていくわけにもいくまい。
リアルではなく夢の世界で生きていきたい。そう思う人も大勢いるだろう。それを起こそうとするのはただのエゴなのかもしれない。
産まれてきた意味も、覚悟もない。そんな人もいるかもしれない。
感謝されるとは思ってもいない。
この世界の結果の子。
今の世界ではこれが当たり前になってしまっている。だからこそ、夢の世界で生きてはいけないのだ。
俺たちは俺たちの意思で改革を行っていく必要がある。
世界はまだ混沌としていて、よどんでいる。
だが、その世界は暗く冷たい。
俺は世界が優しく
だから頑張る。
だから一生懸命になれる。
だから優しくなれる。
そして希望の火をともすのだ。
誰にも傷ついて欲しくないから。誰にも苦労して欲しくないから。
でも、その道は長く遠い。
俺は自分の気持ちを理彩と玲奈に伝えると、ため息を吐く。
「二人でやれば半分の労力ですむさ」
「三人ならもっと早いわ。私も頑張らせてよ」
「理彩……玲奈…………。いいのか? 対話をしなくてはいけないんだぞ?」
玲奈の時と同じように、俺が玲奈を癒やしてきた。そうではなければ死んでいたのだ。
サイコ粒子のコピー。
それだけでも大変な作業だ。
保の支援も必要となる。
たった四人で何ができるかも分からない。
でも、俺は……。
「分かっているって。博人は頑張りすぎ」
「一人で抱え込む必要はないのよ。半間くん」
「……ああ。そうだな。みんなの力が必要だ。頼む」
俺はそう言い残し、カプセルに向かう。
「生きて、帰ってくるって、約束してよね?」
理彩がちょっとつんとした口調で言い放つ。
「ああ。戻ってくるさ」
「私とも約束」
玲奈が前に出て、手を差しのばす。
「そうだな」
俺はその手をとり、握手する。玲奈は強く引き寄せ、俺の身体を抱く。
「ふふ。私と結婚してくださいな」
「はぁあ?」
俺が叫ぶ前に理彩が叫ぶ。
「あんたバカ~?」
理彩がどこかで聴いたことのある口調で玲奈をとがめる。
「これからという時に、そんな伝え方ある? それにわたしは……!」
続きの言葉は出てこないのか、言いよどむ理彩。
「ふふ。いいじゃない。これが今生の別れかもしれないんだし。私の気持ちは知っておいて欲しいから」
玲奈は口を尖らせる。
「き、気持ちって……!」
「じゃあ、俺はどう応えればいい?」
動揺を隠し切れない俺は、つい問うてしまった。
「ふふ。応えは帰ってきた時でいいわ」
玲奈は笑む。
「さあ、最後の仕上げだ。ギリトーゼの連中は大丈夫か? 保」
「心配ない。今、軍と警官が押し寄せているわい」
かかかっと笑う保。
その笑みを見届け、俺はカプセルに入る。
「ここから始める。俺たちの物語が。もう夢の世界は終わらせる」
ザザッ。
ノイズが走る。
目の前には
俺はここで葵と出会うはずだ。
結局は用意しやすい世界にしたのだ。保ならそう言う。
足を進め、校舎内に入る。
「あ! 半間先輩、どうしたんです? 早く部活行きましょうよ!」
記憶をたどると、今は夏休み。
俺と葵は科学部の活動がある。
「分かった。今行く」
俺は急いで上履きに履き替え、科学室へ向かう。
「そういえば、昨日恐ろしい夢をみたんですよ」
「へ~。それは恐ろしいな」
「まだ内容を言ってませんって!」
笑う葵。
「夢の中で、あたし、死んじゃうんです。こう重機で押しつぶされ――」
保もエグい殺し方をする。
しかし、あとは日常を過ごせればいい。
「それは怖いな。だがもう安心だ」
「はい! 半間先輩がいれば安心です」
「いや、そうじゃなくて……」
真っ直ぐな声に、俺は拒絶してしまう。
「もう夢は終わったからな」
「でも、あたしは確かに夢の世界にいる気がします」
「え?」
俺は驚いてしまう。まさか、この世界が夢と知っているのか? それならどうしてここにいるんだ?
「へへ。だって半間先輩とこんなに一緒にお話できているんだもの。これは夢です」
「そ、そうか……」
真っ直ぐ過ぎる好意に慌てふためく俺。
顔が赤くなっている自信がある。
「まったく。そうやって先輩をいじるのはよくないぞ。葵」
「へへ。すいません。つい可愛い表情を見せるので」
またからかうような物言いをする。
しかし、女子の言う可愛いは信用できないときがある。
とはいえ、こうも真っ直ぐだと好意バレバレではあるが。
「つきましたね! さあ、一緒に入りましょう?」
ドアが目の前にある。それをくぐれば、科学部だ。
少し緊張しつつ、ドアを開ける。
どんなことになっているのか? その不安はすぐに解消された。
「佐々木! 小次郎!」
俺は見知った顔を見ると抱きつく。
「男のハグはきついっすよ! 半間」
「おれへのハグは一回二千円になります」
俺の同級生二人を離す。
いつも通りの反応で安心した。
「すまん。つい」
「半間先輩、ちょっとキモいです」
葵が若干引き気味になっているが、俺はこの二人も、助けなくてはいけない。
「それで、今は何の活動をしていたっけ?」
「鳴り砂ですよ。もうど忘れですか? 少し休みます?」
葵が心配そうな顔を見せる。
「ああ。大丈夫だ。ちょっと忘れていただけだ」
記憶を頼りに砂を探る。
「確か石英がこすれて音が鳴るんだっけ?」
「そうです。油分など、汚い石英では摩擦係数が減るので音が鳴らない。綺麗な海でしか聞こえない現象です」
葵が鼻歌交じりに砂をワイングラスに注ぐ。そして太鼓のバチみたいなもので、上から押しつける。
ぎゅっぎゅっと音が鳴る。
これが鳴り砂の音。
葵は何度もぎゅっぎゅっと鳴らす。
「なんだか、気持ちのいい音ですよね! 半間先輩!」
「そうだな。じゃあ、顕微鏡を用意するか」
中にある石英の比率を調べたい。そう思ったからこそ、俺は顕微鏡を用意する。
その隣の椅子に腰掛ける葵。
「はいはい。また始まった」
「お暑いねー。おふたりさん」
佐々木と小次郎が二人そろってはやし立てる。
だが動じない俺と葵。
「へへ。じゃあ、活動始めちゃいましょう!」
「ああ。そうだな」
そう言い、俺はカウンターを片手に砂の粒を数え始める。
その中に含まれる石英と、粒の総数を数える。
数え終わると、葵が俺の袖を引く。
「どうした? 葵」
「終わったなら、部長のあたしに報告です!」
「計測終わったぞ。次は何をすればいい?」
「じゃあ! 汚れた砂を洗いましょう! それで鳴り方が変わるのか、見てみましょう!」
葵は楽しそうに砂を持ってくる。それは鳴り砂ではない地域の砂だ。
ちなみに〝鳴り砂〟とも〝鳴き砂〟とも言う。
俺も洗剤を用意し、砂を洗ってみる。
ぶくぶくと泡立つと、シャボン玉が出てくる。
それをつついて遊ぶ葵。
「こら。部長が遊んでどうする?」
「へへ。すいません」
そう言って一緒に砂を洗い始める葵。
なんだかんだ言って真面目に活動しているのは俺と葵くらいなもんだ。
「それより、あの約束覚えています?」
「……告白の件、か」
俺は記憶の中で聴いた声を思い出し、たまった不安感を押しだす。
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