第29話 修羅の道。
俺はスキアとの対話を試みた。
だが苦しむばかりでスキアは何も語らない。
彼らは会話をしていけばいくほど、しぼみ、その存在を消していったのだ。
しかし、ギリトーゼの奴らは何を考えている。こいつらを野放しにしておいて、自分たちはこそこそと隠れて。
情報がない以上、俺はあの研究所に戻るしかない。あそこにはまだ数千のカプセル民がいるのだから。
帰ってくると、もう一匹のスキアも倒せたようで、玲奈や理彩と合流する。
「ふぅ。スキアは怖かったけど、倒せたわ」
「そうか。ありがとな」
俺は玲奈の頭を撫でる。嬉しそうに目を細める。
しかし、
「葵は無事か?」
「こんなのもう好きって言っているようなもんじゃん」
大きなため息を吐く理彩。
「何言ってんだ?」
俺はその言葉に引っかかりを覚える。
「みんな好きに決まっているだろ」
友愛の精神は大事だ。
「ただの友情じゃん。意識されていないじゃん」
苛立ちを覚えるのか、理彩は語気を強める。
「保は無事なのだろうか?」
俺は記憶転写室に向かう。一刻も早く保の意見を聞きたい。
角を曲がるとすぐそこに記憶転写室がある。
すると、そのドアが内側から開かれる。
「もう、大丈夫ですね? 保」
「ああ。お主のお陰かのう。して、どんな要件じゃ」
俺がただで助けるわけがない、と見越しての質問か。あるいはこれもラプラスの悪魔の導きか。
俺が知っている限り、ラプラスの悪魔の予言通りにはなっていないので、前者だろう。
「どうやら未来は変えられるらしいのう」
保は目を細め、嬉しそうにする。
「じゃあ、さっそくギリトーゼの奴らを倒さないと、またどんな被害を被ることになるか」
「それは警察や軍のやることじゃな。じゃが、手がかりをつかめば軍が動いてくれるじゃろうて。わしの捕まっていた場所を伝えといたわい」
今頃、軍が出動して治安維持を行っているわけか。
しかし、俺たちのために行動した彼らを嫌っているわけではなかった。ただ、カプセルの人々を助けたい。それだけだ。
となれば、目の前にいる保も、俺にとって障害になりえるのだ。
「で。保はどうするんだ?」
俺の問いに首をひねる保。
「そうじゃのう。まずはカプセルの人々が目覚める方法を調べる必要があると思っておる」
「それはオリジナルの脳も言っているのか?」
「……」
保は苦い顔を浮かべ、頭を抱える。
「水槽の中の脳、わしはそう呼んでいる。彼らはもうコンピュータの一部じゃ。ラプラスの悪魔を計算したのも、のう」
自然界で、最も優れた計算機は人の脳だ。そしてそれを上回るコンピュータは最後の最後まで完成しなかった。その代わりに著名人を利用したマザーコンピュータが産まれた。
それまで計算できなかった数式が楽々とこなせたのだ。円周率、素数などなど。
結局は人間の計算がすべてを上回っていたのだ。
「応えないのか」
「もう個人のそれは失われている。そしてわしも、これは恐らく別人格じゃ。結局、人生は一度きり。永延の命なんて存在しないのじゃ」
保は薄くため息を吐くと、カプセル室へ向かう。
「それで、カプセルの中の人は助かるのさ?」
理彩が問うと保は首をひねる。
「いや、このままでは助からない。もともと十六くらいで移植を行う予定じゃった。じゃが
保はそう言い、カプセル室に入る。
カプセル室は独特の匂いが立ちこめる。化学臭とでもいうのか。
保はカプセルにつながったコンピュータと向き合い、キーボードをたたき始める。
「このまま解放はできん。コロニーでは生きていける人数は決まっておる。完全なる循環社会じゃからのう」
「このまま解放しても彼らを養うだけの準備が整っていない――ならコロニーを作るか、あるいは地球を取り戻すか。その二択ってわけだな?」
俺が確認しつつ保の様子を見守る。
「そうじゃ。悪いが半間くんのクローン二十体を使わせてもらう」
「体って……」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる玲奈。
「サイコ粒子砲」
俺が呟くと保が「そうじゃ」とうなずく。
「サイコ粒子砲って……?」
「もしかして、サイコ粒子の砲火ってこと?」
玲奈と理彩が驚いたような顔でこちらを見やる。
「そうじゃ。サイコ粒子は波の性質をもっておる、その特性を利用し指向性を高めれば、問題ない」
保はデータを見やり、カタカタとキーボードを叩く。そこにはサイコ粒子を一カ所に集め、コヒーレント化するデータが映る。
「でも、二十人の命が失われる」
「トロッコ問題じゃな。それで地球が取り戻せるのなら安い命と思うか……?」
保がこちらを見やることで、理彩と玲奈の支線がこちらに向く。
その判断を俺に委ねる、ということなのだろう。
誰かが責任を負わねばならない。
だが、今ここで一般的かつ責任がとれるのは俺しかいないのだろう。
「……分かった。サイコ粒子砲を発射する」
「そうじゃろうて。ほいな」
保は軽い気持ちでエンターキーを押す。
と、外部映像がパソコンのモニターに映る。
そこには青白い光が地球に向かって掃射されるのがみえる。
掃射された地球のヨーロッパが青くなっていく。枯れ果てた地表が見える。
「まだまだ!」
保はそう言い、サイコ粒子砲の向きを変える。自転している地球の地表が次々と青く、茶色の世界をとりもどしていく。
広がっていく地表に、驚きを隠せない。
長年、スキアが覆っていたこともあり、植物は枯れ果てているし、何よりスキアの排泄物による汚染がひどい。
「これはテラフォーミングの必要もあるな」
「ほほほ。最初に地球に行くのはお主らじゃ。準備しておれ」
「は? なんで俺たちが……?」
俺は耳を疑い、疑問の声を上げる。
「お主らは最初の
「だが、植物がない。海洋資源もどこまで被害を受けているのやら……」
「じゃから、そのための調査隊を探さないといけんじゃろ?」
そういうことか。
俺たちに地球を調査させるつもりでいるのだ。
「そんなの別の隊にさせるべきだろ」
俺は苛立ちのあまり、投げやりになってしまう。
「君たちは地球にいきたくはないのかな?」
不適な笑みを浮かべる保。
そういう言い方はずるいと思う。
俺たちの故郷なのだから。
「わたしは帰りたい。それが自然の摂理だから」
「それにDNA管理室にある動植物のデータを持ってすれば、地球の再生も可能よ」
隣のコンピュータで調べ物をしていた玲奈が提案してくる。
「そうじゃ。調査とテラフォーミングをしておくれ。できるだけの支援は行う。これは命令じゃない。お願いじゃ」
これまでお願いなんて一度もしたことのない、保が頭を下げ、申し訳なさそうにしている。
「な、なら。葵は? 彼女だけでも解放してくれ。じゃないと地球へは帰れない」
俺がためらう理由はそこにある。彼女一人を置いていくなんてできない。
「……それは……」
曇った顔を見せる保。
「恐らくじゃが、死を連装させる、あるいはそれに近しいショックを与えることで、カプセルから目覚める」
その言葉に絶句した。
「半間くんのサイコ粒子は人々に安らぎを与える、実直で誠実さが要因と思われる。それが人々の意識を改革させる……
それが俺の力。
人々を安らげ、意識を改革させる。
それができるのは俺だけと言う。
それで俺はこのカプセルに押し込められたのか。
「じゃあ、俺がもう一度、カプセルに寝れば……!」
「そうじゃ。そしてこれが最後の賭けとなる」
「何々? どいうこと?」
状況を理解できていない理彩が困惑した様子で保を睨む。
「俺が説明する」
一歩前へ出る。
これから通るのは修羅の道。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます