第28話 対話。
「それじゃあ、こっちも同じようにすればいいのかい?」
理彩は気軽な感じで問う。
「ああ。その並列回路が直ればうまくいくはずだ」
頭にたたき込んだ知識を元に壊れていた回路をつないでいく。
あとはオートでも栄養バランスをはじめとする生命維持は可能になる。
「理彩はどう思っているんだ?」
唐突に、そんな疑問が浮かんだ。
述語を抜かしているが、それでも通じると思った。
「わたしがカプセルに入っていたこと?」
「ああ」
伝わったらしい。それがむずがゆい感覚を与える。
「うーん。どうかな。わかんないや。でも不快ではないよ。こうして博人と出会えたから」
ストレートな好意に照れを覚える俺。
「あ、いや、別にあんたのことが好きって意味じゃないんだからね!」
そんなツンデレみたいなことを言われれば、さらに気持ちを揺さぶられる。
幼なじみ、ということだったが、玲奈も葵も俺にとっては幼なじみと一緒だ。なにせカプセルに入ったのは同時期なのだから。
でも幼なじみというポジションを気にしているのは、他でもない理彩だ。
俺はその意地を守るため、玲奈と葵を幼なじみというポジションから外さなくてはならない。
それが恋なのか、ただの友愛なのかは分からない。
だが、確実に言えることは、彼女を大切に思っているからこそ、出てきた虚言だ。
「わたしは博人の幼なじみだからね! それ以外の気持ちはない!」
語気強めに言う理彩。彼女が俺に好意を寄せているのは分かっている。だからこそ、痛々しく感じる。
恥ずかしいのは分かっているが、気持ちというのは素直にならないと伝わらないものだ。
現に俺は心にダメージを受けている。
またやってしまった! と言わんばかりの顔をする理彩。
サーファーをやっていた時もこんな風に俺の想いを掻き乱し、結果、別れたのだ。
どちらも損しかない。それがツンデレだ。
「デレがわかりやすいといいいだけど……」
要望のように口にする。
と、意外にも理彩に効いたらしく、眉根を寄せて思案する。
「じゃあ、わたしの気持ち、素直に聴いてくれる?」
「ああ。もちろん――」
そう言いかけたところで室内のアラートが鳴り響く。
「半間くん、大変よ! スキアが逃げ出したの!」
入ってきた玲奈が叫ぶ。
なに? またスキアを逃がしたのか?
いや、今ここの施設を管理している者などいない。
仄日をはじめとする研究員はすべて、ギリトーゼの奴らにさらわれた。
俺たち、カプセルの中の人のためを想って――でもそれがかえって俺たちを危険にさらしていると、気がつく者はいないのか?
やはり、自分たちの不満やエゴで自分たちの行いを肯定したいがための集団。結局はテロリストに変わりないのだ。
「俺たちなら見つけてすぐに倒せる。いくぞ」
「え! でも葵ちゃんやこのカプセルの中の人たちは?」
理彩が驚いた顔で、こちらに目を向ける。
「オート機能が働いている。しばらくは大丈夫だ。それよりもスキアは驚異だ。触れるだけで精神を害する」
俺は保の記憶で得た知識を元に考えを伝える。
「そう、なんだ……。じゃあいこ」
理彩がそう言い、そのあとに「私も」と続く声が聞こえる。
「まずは、俺たち特殊サイコ粒子を持った人には近づかない。天敵なのだから離れていくだろう」
俺はそう言い、地図を広げる。
そこには研究棟、個々人の私室まで描かれている。
「スキア管理室。あった。ここから西に700m。恐らくこの通用路を抜けて地上に出るだろう」
俺は小さな排気口をトントンと叩くと、理彩が不思議な顔をする。
「スキアってどんな形にもなれるんだよね?」
「ああ。そうだ。だからこの狭い道を通ることもできる」
「じゃあ、なんで今まで逃げなかったのか?」
そう言われるとそうだ。
普通は何もなければスキアを逃がすような作りにはなっていない。
となると、アラートが鳴り響くのよりも先に知っていた玲奈が怪しい。
「玲奈。何があった?」
「そ、それが、ギリトーゼの奴らが現れて、かわいそうだから、と」
「動物愛護精神かよ……。スキアは害悪でしかないのに……」
疲れからか、ため息が漏れる。
こうしている間にもスキアが人間を襲っているかもしれない。悠長なことをするつもりはない。
「じゃあ、全部で何匹のスキアを逃がしたんだ?」
「全部で二匹。それしか残っていなかったの」
玲奈が申し訳なさそうに呟く。
「いい。ありがとうな。玲奈」
「あー。ずるい。わたしには言わないのに……」
理彩が拗ねるように呟く。
「あー。分かった。理彩、お願いがある」
低いトーンで言い直し、懇願する。
「なに?」
「俺と一緒にスキアを倒してくれ」
さらりと言った言葉に嘘はない。
理彩ならやれると信じているから。
彼女と一緒なら怖くないから。
「ずるいなー……。でもいいよ。分かった。スキアは人類の敵だからな」
理彩は髪を払い、承諾する。
「ありがとう」
「もう一度」
感謝の言葉を述べるとなぜか、おかわりを要求された。
「あ、ありがとう」
動揺でどもってしまったが、彼女は満足したのか、作戦を話し始める。
「じゃあ、わたしはA~Dブロックを、E~Iブロックを博人がやるね」
「ええと。私は?」
理彩の考えに玲奈が入っていないのに、驚きを隠せない。
「ここの地下研究所の管理をお願いするよ」
「なるほど。こっちが手薄になっちゃダメ、ってそういうことね」
「そう! さすが玲奈ちゃん」
「そういう理彩こそ」
二人なんだか意気投合しているが、俺は一刻も早くスキアを倒したい一心でいた。
「じゃあ、作戦も決まったことだし、行くぜ!」
理彩の仕切りに、俺と玲奈が行動を開始する。
俺は点検用のエレベーターで地上を目指す。
まずはEブロック。近くにいれば、スキアが反応するはず。
だが、今のところ反応はない。
次に町の中に行くと、見知らぬ妙齢の女性に話しかけられる。
「もしかして半間くん?」
「はい。そうですが……? どちら様ですか?」
俺は見覚えのない女性にあたふたする。
「あらごめんなさい。私は玲奈。久しぶりね。半間くん」
微笑むマダムの名前を聞き驚く――が同時にやっぱりと思った。
スワンプマン計画。
そのためには核になる人間が必ずいる。その一人が玲奈。あのカプセルの住民だ。
前回会った理彩さんや半間さんを考えるといて当たり前なのだ。
あのカプセルに眠っているのは全員が全員、クローンなのだから。
試験管ベビーなのだ。俺たちは。
その作られた存在が反旗を翻すのも時間の問題。
きっと俺と同じように
そういった確信がある。
いや、見たんだ。
俺はラプラスの悪魔、その結果をのぞき見た。保はこれをも危惧していたのだ。
カプセルに閉じ込められ、生きる屍と化した作られた者たち。
「あら。もしかしてクローンの方かしら? だとしたら申し訳ないわ」
理彩さんはそう言い手提げ袋からリンゴを取り出すと、俺に押しつけてきた。
「確か、リンゴ好きよね? もらっていってちょうだい」
「は、はぁ……」
俺の好みまで把握しているとなると、俺の人格もかなりオリジナルに近いのかもしれない。
その人格を形成するのに必須なのがあの五分前の記憶だったのだろう。
しかし、こんなところで負けるわけにはいかない。
俺はまだ生きている理由を聞いていない。俺が俺であるために……。
「じゃあ、急いでいますので」
俺は理彩さんと別れを告げると、Fブロックへいく。
報告だと二匹ということだが。
そこには一匹、スキアがいた。
「スキアか? なぜ逃げる。生きようと思うのなら、他の道を探せ!」
俺は
記憶によると人の排出した負の感情――負のサイコ粒子の塊。どこまで精神が、人格があるのか。
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