第25話 記憶。

 ここは収容所の地下三階。

 下ってみると、そこは冷たい空気がまとわりつく石造りの部屋だった。

「こんなところに本当に保博士がいるのかい?」

 理彩がびびっているのか、顔に汗を垂らしている。

「ああ。大丈夫だ。まず間違いない」

 俺の頭の中に響く、何かが道しるべとなって教えてくれる。

 クリアになった視界をもとに歩く。

「ふふ。なんだか昔を思い出すわね」

「昔? ああ。かくれんぼか。懐かしいな」

 ずいぶん前のことに思える。

「でも、それも作られた記憶だった。俺たちには寝ていた16年をやり直す必要がある」

「そうかしら? 私は今のままでも十分楽しいわよ」

「わたしはそうは思わないかな。これまでのこと、全部偽の記憶だったんでしょ? サーファーの時も……」

 サーファーのとき、俺と理彩は付き合っていた。だが、うまくいかずに別れてしまった。それも夢の世界の話。

「とにもかくにも、今の俺たちには知恵が必要だ。どうして俺たちだけが目覚めたのか、それを解析してもらう。そうでなければ、報われない」

「そうね。私も彼女たちには助かって欲しいわ」

「それは、わたしも全面的に同意だけども」

 しどろもどろになる理彩。

 彼女は保のやってきたことの罪悪を理解した上で言っている。賢いのだ。

「さて。この部屋の奥にいる。武器を持て」

 俺は鉄パイプを構え、理彩は木刀、玲奈は拳銃を手にしている。

 普段から使い慣れた武器を、ということでこのセレクションになったが、この先にいるのは軍隊顔負けのテロリスト集団だ。

「行くぞ!」

 俺は鉄扉を開けると、なだれ込む。

 目の前にいた巨漢の手を思いっきり叩きつける。アサルトライフルが手元から落ちる。手を赤くした巨漢。その首をパイプで思いっきり叩く。

 後ろでは発砲音が鳴り響き、玲奈が撃った弾が男のはらわたをえぐる。

「やぁあ!」

 木刀を振り回す理彩。

 その力で別の女性を打ち倒す。

 その真ん中。

 爪を剥がされ、半裸でいる保。

 髪やひげは綺麗に剃られ、目もうつろとしている。

「保! おい、保! まだ生きているんだろ! しっかりしろ!」

 喉を潰すと、痛みでその場に崩れ落ちる巨漢の男。

 俺の勘が言っている。保はまだ生きている、と。

 俺は振り返り、走り出す。

 保のそばにいくと、その手をとる。

 椅子に手かせと足かせがしてある。

「おい。聞こえているんだろ。しっかりしろ!」

 鍵は?

 どこにある?

 俺は振り返り、先ほど倒した巨漢を見やる。

 その手に握られた鍵を奪い取り、保の足かせ、手かせを外す。

「しっかりしろ! これもラプラスの悪魔の言う通りなんだろ? なら何かしら対策はしてあるんだろ?」

 ぐったりした保は目を開けない。

「しかたない。このまま運ぶぞ」

 俺はそう言い残し、一人先に部屋を出る。

 その後を追うように玲奈と理彩が追従してくる。

「わたしに考えがある。研究棟へ」

「分かった。車は?」

 頷くと今度は玲奈に視線を向ける。

「大丈夫。記憶の中ではできたから」

「実践はないけどね」

 理彩が口を酸っぱくする。

「理彩。ほどほどにな」

「すいませんね。口数がおおくて」

 冗談交じりにそう言うと理彩は目の前のエレベーターに乗り込む。

 俺と玲奈が乗り込むを見届けると理彩はボタンを押す。

 収容所の外にでると近くにある車を動かす玲奈。

「鍵はどうしたんだ?」

「さっき打ち倒した女が持っていたもの。いいじゃない泥棒くらい」

「強盗だがな。まあ、緊急時だ。しかたない」

 俺は保を車の後部座席に乗せる。

「発進だ」

「了解!」

 玲奈はアクセルを踏み込み、車を走らせる。

 その目標は研究棟。保研だ。

 貨物用のエレベーターに乗り込むと、俺たちは下の階を押す。

 コロニー外壁に近い層まで降りる。

 遠くでサイレンの音が響き渡る。おそらく保の件がバレたのだろう。

 だがもう遅い。

 俺たちの勝ちだ。


 保研究所にたどり着くと、すぐに仄日を探す。

 玲奈、理彩とは別行動で探す。

 研究棟は相変わらず入り組んでおり、探すのにも一手間かかる。

 恐らく目的を達したギリトーゼは保以外には手をつけていないだろう。そう思いたい。

『いないよ……』

『こっちにもいないわ』

 二人の哀しげな声が胸中に響く。

 俺も仄日を見つけられずにいる。

 ちりぢりになって探したが、見つからなかった。仄日どころか、他の研究員すら見つからない。

 探すのを諦め、俺たちは合流することにした。

 理彩と玲奈、無事に合流できた。だがこれでは何もかもが台無しだ。

 結局、葵も、保も助けられない。

「そういえば、カプセルの管理はどうなっている? あれは職員がいないと機能しないんじゃないか?」

「そうみたい」

「私が調べたところ、あと二時間半で全カプセルが停止するわ。でも、どうやって動かしていたのか、分からないけども……」

 尻すぼみになっていく玲奈。

 保の言った通りだった。カプセルに入っている、およそ数千人が死に絶える。

 目の前に解決の手段があるというのに。

 保さえ、起きてくれれば。

 だが、こうなった保を元に戻すこともできない。

 どうすればいい?

 どうしたら彼らを救える?

 俺には何もできないのか?

 悔しい。何もできずにただ見ているだけの俺が。

 もっと真剣に保の話に耳を傾けていたら、おのずと結果は違ったのかもしれない。

 記憶の中の先生の話も、聴いていれば何かヒントがつかめたのかもしれない。

 待てよ?

「そうだ! 記憶だよ! 記憶!」

「それがどうしたのさ? 博人」

 疑問符を浮かべる理彩。

「記憶の転写装置。それがこの階にはあるんだ」

「半間くん、もしかして……」

 何かに気がついた玲奈は顔を曇らせる。

「ああ。俺に保の記憶を転写する。そして彼の知識をもとに保を復活させる!」

 これしかない。俺が思いつく最高のシナリオには。

「危険よ! 分かっているの? 保さんの記憶を転写するってことは……」

 いち早く察した玲奈が言葉を失う。

 いまいちピンと来ていない理彩が口を開く。

「え。なに? どういうこと?」

「保の記憶――それは同時に拷問されたときの記憶も受け継ぐということだ。その……辛い記憶も」

「え……」

 今度は理彩が言葉を失う番だった。

「危険は承知だ。でもそうでもしないと保を助けられない」

 それにカプセルの操作方法が分かる。

 そうすれば葵も助けられる。

 こんな一石二鳥なこと、めったにない。

 俺はこれに賭ける。まだ夢は終わっていない。俺の夢はここで途切れるわけじゃない。

 みんなが納得してもらえるよう、全力を尽くす。

 そのためにも保は生きなければならない。

 スワンプマン計画だかなんだか知らないが、実現させる前に俺たちは地球に向かう。

 そして新たな人類の歴史を刻み込むのだ。

 地上のスキアを一掃する。そして青い星を取り戻す。

 そうでなくては何も変わらない。何もできない。

 人類のあるべき場所はやはり地球なのだ。

 誰がなんといおうと地球から人間が生まれたのだ。

 生命の起源が宇宙にあろうとも。

 長らく生きてきた人類は宇宙に巣立った。でもまだ早かったのだ。

 コロニーに引きこもった人類は衰退していった。だから俺たちのような存在がうまれた。宇宙に適応するために。

 もう宇宙だけが生きていく場になってしまったから。

 だったら地球を取り戻し、みんなで生きていける道を考えるしかない。

「手伝ってくれ」

 保を抱え込むと、俺は玲奈に声をかけた。柔らかな、優しい声で。

「……分かった」

 玲奈は力強く頷くと、保を支える。

「わたしの意見はどうでもいいのかな?」

「理彩も手伝ってくれるか?」

 俺は不安な気持ちを隠し、訊ねる。

「いいよ。でも、必ず帰ってきてね」

 理彩は覚悟を決めた目で保を支える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る