第24話 ギリトーゼ

『G 1-Ⅰコロニーは我ら、ギリトーゼが占拠した。以下の囚人の解放、及び科連邦かれんぽうの解体を命ずる!』

 遠巻きに聞こえてくる、反政府組織の犯行声明。

 ここG1-Ⅰコロニーは静まりかえっている。

「彼の収容しているのはこの部屋かしら?」

「はい! そうであります!」

 多摩のソプラノボイスを聞き届け、俺は椅子の上から動こうという気分にはならない。

「開けるわよ?」

 ノックと一緒にそんな声が響き、俺は目を伏せる。

 キィッと金属がきしむ音がする。

 ここはテロリストが潜む元刑務所。今ではその機能は失われ、かつてそこに収容されていた者たちによって修復された最も安全な場所である。

 別室にトイレやシャワールームもあり、十二畳ほどの個室にもなっている。これだけでも、かなり破格だが、地下にはカラオケボックスやビリヤード、ダーツなど遊ぶ場も設けてある。

 だが俺はこの収容所に来てからほとんど動いていない。食事もほとんどとらずに一日が過ぎた。

「大丈夫?」

 そんな俺に声をかけてきた多摩。

「なんだよ。俺には理解できないね。なんで俺が保護の対象なんだ?」

「言ったはずよ。あのままだとあなたは半間の入れ物にされていた。だから保護した」

 淡々と言い放つ多摩に辟易としていた。

「俺は理彩や玲奈、葵と一緒に高校生活を満喫したかった……」

 ようやく願望らしい願望を言い放つと、多摩は目をパチパチさせていた。

「なんだよ。おかしいか?」

「いえ、その逆よ。そんなことがしたいなら今から高校に通えばいいじゃない」

 俺が威圧的な態度をとるが、まったく意に返さない多摩。

「理彩さんと玲奈さんたちも、保護の対象よ。あたいはあなたたちを見捨てない」

「じゃあ、葵はどうやって助けるんだ? 保がいなければ解放は無理だろ?」

 口の端を歪め、俺は訊ねる。

「そうね。でももうじき吐くと思うわ。あれだけ激しい拷問を受けているんだもの」

「拷問……! お前らに人の心はないのか!」

 またしても目をパチパチと瞬く多摩。

「あら? おかしなことを言うのね。実験体にされていた人々を救うのがどうしていけないことなのかしら?」

「その考えはご立派だ。でも、そうなる前に助けるべきじゃないのか? そして暴力で解決しようとしているあんたたちは同じ穴のむじなだ。何も変わらない」

 多摩は渋面を浮かべるが、すぐにキリッとした涼しい顔になる。

「それはあなたが理解できていないだけね。あたいには分かる。こうでもしないと保のようなマッドサイエンティストは変わらない、って」

 コロニーに穴が開き、そこから宇宙へ飛んでいった人たちのことを思う。

 そして諦観した様子の保。

「いや、保は正しい道を模索していたのかもしれない」

「はっ? なにを言っているのかしら? 保は悪よ。悪」

 サイコ粒子は精神感応を引き起こす力。それは対話の始まり。

 対話をすることで人間は強くも、弱くなることもある。だが、その言葉こそが、人を人たらしめる力なのだ。

「地上。地球はスキアで埋め尽くされているんだろ? それを奪還するのが保とその仲間じゃないのか?」

「見解の相違ね。残念ながら我々は地球の奪還は求めていないの。だってコロニーで十分生きていけるのだから」

 スペースコロニーには資源がない。その資源は他の星からとってくるしかない。そう言った意味合いではコロニーの未来も明るくはない。それを知っているのだろうか?

「コロニー全土で、すべてがまかなえるわけじゃない。いつかは終わりがくる」

「そうならないために地球圏を脱出、他の星に住み着くのよ」

「それはテラフォーミングをする、ってことか?」

 俺は多摩を睨みつける。

 それで本当にいいのか? と思いながら。

「そうね。いずれはそれも検討するでしょう」

「あんたは何も分かっていない。あの青い星を、地球を取り戻すまでこの世界は終わらない」

 そうだ。このままじゃ、同じ事が起きる。スキアの行動パターンから察するに星から星へと転々としてきたのだ。それは今の人間と同じ。

 そう同じなのだ。行動パターンが一致しているなら、同じように知性を持っているかもしれない。

 それを単純に見過ごすことなどできるはずもない。

「あんたたちは何も分かっていない。スキアはまた星を襲う」

「そんなの、あなたの頭の中だけでシミュレーションしてもしょうがないわ。論拠を示してもらわないと」

 確かに根拠なんてないに等しい。そもそもスキアがどのようにして生まれたのかを知る者はいない。

「そろそろ時間だわ。あなたの言う仲間を連れてきたから、一緒に高校にでも行ってみたら?」

 そう言ってドアを開けると、そこには理彩と玲奈がいた。

「理彩! 玲奈! 無事か!?」

「ええ。わたしは無事だよ。博人」

「私も平気。ちょっと半間成分が足りていないけど……」

 半間成分とは、玲奈がよく口にする俺の成分のことらしい。具体的な根拠はないが、彼女はそれを欲している、みたいだ。たぶん匂いフェチという奴だろう。気にしてはいけない。

 しかし、

「相変わらずボーイッシュな格好をしているな、理彩」

 Tシャツとジーンズでシンプルに決めた理彩がそこにはいた。ワンポイントの熊が可愛らしい。

 そしてシースルーを使ったスケスケの服・ロングスカート、その下に見える半袖と膝丈のスカートが印象的な玲奈。

「玲奈も似合っているな」

「ふふ。そう言ってもらうためにこしらえたんだから」

「楽しそうね。最もあたいの出る幕はなさそうだけど」

 多摩は苦笑いを浮かべ、「じゃあね」と言って部屋を出ていく。

「………………………………………………………………………………………………」

 そのあと長い沈黙が訪れる。

「じゃ、じゃあ、高校にでも行ってみるか?」

「いきなりで入れるかな?」

「そうね。確かに疑問だわ」

 それに――と続ける俺。

「葵がいない、とな……」

「そうね。彼女がいないとからかいがいがないね」

 玲奈がうんうんとうなずき、困ったように笑う。

「博人は誰が好きなんだか……」

 理彩の意見はごもっとも。

「でも、わたし思い出したよ。わたしたちずっと博人と一緒だった。忘れていたけど、何度も世界をやり直して、今ここにいる。だから、博人ももう肩肘張らなくていいぞ」

「……!」

 その言葉に頭の中の糸がほどけたように、俺は膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らす。

 これまで何度頑張ったって何も変わらないと思っていた。でも違った。彼女たちも俺と同じ時間を共有できていたんだ。

 それがこれほど嬉しいことはない。

 共有。

 楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも。全部をひっくるめて共有できた。

 そんな気がする。

 ――共感性感応。

 俺たちはずっと前から知り合っていた。ずっとそばにいた。

「もう。分かったてば」

「泣きたいのなら存分に泣いていいのよ」

 理彩と玲奈は優しく、俺を抱き寄せてくる。

 いい香りがする。石けんのような匂いに、ミルクのような匂い。

 頭がクラクラしてくる。

 優しさに甘えてしまいそうになるが、俺にはやらなくちゃいけないことがある。

 涙を拭い、俺は立ち上がる。

「博人?」「半間くん?」

 二人の声が重なる。

「俺は半間博人。16歳。まだ終わりにしたくない。まずは保博士を探す」

「「え!!」」

 驚きの声を上げる理彩と玲奈。

「だって彼はもう……」

「いいや。まだだ。あれだけの知性、失うのはもったいない。そう思っている奴もいるはずだ」

 俺は確信していた。なぜだかは分からないが、この頭に響く感覚が教えてくれる。

 これも覚醒者としての力なのか。それともただの直感か。

 俺は前者であることを願い、歩き出す。

「保はこの近くにいる」

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