第21話 覚醒者
俺たちは食卓を囲み、コロッケに舌鼓をうつ。
「そういえば、昨日も死ぬ夢をみたんだよ。こう銃撃戦になって……」
玲奈のその話を聞き、俺は硬直する。
「え。ま、マズかったかな? 博人」
料理の善し悪しを聴いてくる理彩に、ふるふると首を振る。
「じゃあ、どうして固まっているのですか?」
疑問に思った葵が訊ねる。
「いや、玲奈の話が夢で良かったと思って……」
必死にいいわけを絞り出し、コロッケを食べる。
「ホントだね。わたしなら戦場なんて怖いし」
まだ完全に〝死〟の記憶から立ち直っていないのかもしれない。そういった意味では俺は彼女のそばにいないといけないのかもしれない。
ザザッ
ノイズが走る。
コペルニクス
ガリレオ
ニュートン
キャベンディッシュ
杉田玄白
ボルタ
プルースト
ヴェーラー
ドップラー
ジュール
ベクレル
ライト兄弟
フレミング
アインシュタイン
パウリ
フェルミ
ザザッ
ノイズが走る。
聴いたことがある名前が頭の中に入ってくる。これまでの科学史上、有名な人々の。
「どうしたの? また固まって」
玲奈が心配そうにこちらを見ている。
「あ、ああ。大丈夫だ。少し疲れているのかな」
目をこすり、
「人間は宇宙にいけるかな?」
そう問うと、玲奈がばっと乗り出す。
「半間くんも宇宙に興味があるの!?」
興奮した様子、人が変わったかのように饒舌に語り出す宇宙の話。
「――という訳で月は完全な球体ではないことが分かったんだよ!」
まるでオタクのようなしゃべりに俺も、理彩や葵のように困り顔になる。
「そしてライカ、イヌが宇宙に……。あれ? 宇宙に行った?」
ここは中世ヨーロッパ。その田舎。なのに宇宙に行ったことがある話をしている。
その矛盾点が生まれたのか、玲奈が冷や汗を掻く。
「私、なんで知っているだろ? だってまだ宇宙には行けないのに?」
疑問でおかしくなっていった玲奈。
椅子から崩れ落ち、頭が痛いのか、頭を抱えてのけぞる。
悲鳴を上げ、体中から黒い霧が立ちこめる。
「な、なんだ? 何が起きている?」
俺はこの状況を飲み込めずに見守ることしかできない。
「分かった……。わたしたちは何度も同じ世界で出会って……」
今度は理彩が眉根を寄せ、苦しそうに胸を押さえ込む。
「な。どうしたって言うんだよ! 二人とも」
「そうですよ。二人いっぺんに苦しむなんておかしいです!」
葵が悲鳴に似た叫びで焦燥感を露わにする。
理彩が悲鳴を上げ、玲奈は事切れたのか、バタリとその場で倒れる。
その胸は上下していない。
「あ、ああ……。あっ」
俺は言葉にならない言葉をだし、玲奈に駆け寄る。
夢であってくれ。
そうだ。これは夢の世界だ。
以前の玲奈がそうであったようにすぐに世界が変わり、生き延びることもできるはずだ。
その隣で理彩が倒れる。ぐったりとした様子で、顔色が悪い。今にも死にそうだ。
「なあ、聞こえているんだろ! 保! さっさと彼女らを生き返らせてくれ!」
「な、何を言っているのですか? 半間先輩! 気を確かに!」
葵は俺の身体に抱きつき、その顔を悲壮で歪ませている。
ザザッ
ノイズが走る。
このノイズはなんだ。
どうして玲奈や理彩が死ななきゃならなかった。そもそも死因はなんだ?
確か、玲奈は宇宙に関する事柄を、理彩もおかしなことを呟いていた。
そうか。
あいつらも以前の記憶を取り戻したのか。
それで脳の負荷がかかって――いや憶測はやめよう。
だが、この世界が終わりを迎えないのはどんな理由がある?
困惑する俺に対して葵が必死に呼びかけてくる。
「いいですか。落ち着いてください。今から村長に掛け合ってみます」
「いや、いい。俺がなんとかする」
そう言って玲奈の胸に手を当てる。
そして人工呼吸を試みる。
「無駄です。玲奈先輩や理彩先輩は……」
哀しそうに目を伏せる葵。
「そんなはずないだろ! だってさっきまで生きていたんだぞ。あんなに楽しそうに――」
パンっと肉を打つ音が響く。頬を叩かれたと認識したのは少し経ってからだ。
「落ち着いてください。半間先輩は何か、知っているみたいですが、あたしは知らないのです。だから落ちつてください!」
切実に、哀しげに話す葵。
「す、すまない。気が動転していた」
「まず、あたしにも分かるように説明してください」
俺の話は、この世界を生きる者にとっては常識外れの、しかもありえない話と一蹴することだろう。だけど――。
「葵は信じてくれるのか?」
「大丈夫です。だからあたしを信じてください」
「分かった……」
変人扱いされるのを覚悟し、俺は
外の世界があることも、この世界が五分で終わることも、俺だけが違った時間を経験していることも。
スキアや、俺のハイサイコ粒子のことも。
すべてを話し終えると、俺は少しすっきりとした気持ちで続ける。
「――最後に、俺は何度も君たちと時間を重ねてきた。だから――」
「分かりました」
葵がそっと頭に手を乗せてくる。
そして撫でてくる。
「頑張ったのですね。偉いです。これからはもっとあたしたちを頼ってください」
いつもの甘えた声ではなく、落ち着いた声音で葵は目を細める。
「辛かったのですね。一人で闘って。でもそんな一人で抱え込んでしまう半間先輩を、あたしは好きなんです。どうしようもなく好きです。だから抱え込まないでください」
その優しい声音は、母のそれと酷似している。
まるですべてを許すかのような声音に、俺は涙を流す。
「どうして、こんな突然……!」
玲奈と理彩がいなくなるなんて信じられなかった。
もう死体となったそれらを見やる。
「きっと脳の負荷が耐えきれなくなったのでしょう。だから死んだ」
それは俺も考えた。
淡々と告げる葵に、一抹の恐怖を感じる。
「それとも実験の失敗で死んだのかもしれません」
確かに。外の世界では何が起きているのか、分からないが、異常事態であることに変わりない。
「そして最後の可能性です。彼女らはリアルに帰っていた」
「え」
その発想はなく、耳を疑った。
彼女たちがリアルに? それはどういうことだ? もしかして二人とも覚醒者になったのか?
ドキドキと、心臓が早鐘を打つ。
なんだろう。この胸の高鳴りは。
――生きている。
あの二人が生きているだけで、俺は嬉しいと感じている。
生きている確信がある。
なぜだろうな。分からないが、俺にはそうとしか考えられない。
そう思い瞬くと、目の前には保が立っていた。
「おめでとう。半間くんのお陰で理彩さん、玲奈さんはリアルの世界で覚醒した。今は町を案内しておる」
「そうか。で、葵は?」
ちらりと隣のカプセルを見やる。半透明のカバーからは葵の姿が見てとれる。
「もう病気は治ったそうじゃ。じゃが覚醒者にはなっておらん」
「そうか。で、俺たちはどう生きればいい?」
こうなった以上、もう俺はあの夢の世界へ帰る必要もなくなったということになる。
しかし、眠る前、保が強攻策に出たを見て、だいぶ距離をとっている。
保が悔しそうに顔をしかめる。
「……どうした? らしくない。いつもみたいに傲岸不遜でいろよ」
「半間くんは、いつもそう思っていたのかね……」
狼狽している。いや絶望しているのだろうか。
どちらにせよ、何か悪いことがあったかのような表情を浮かべている。
そのしょぼくれた姿に、俺も息をのむ。
「あいつらが目覚めて、そして何かあったのか?」
首を横に振る保。
「いや、それよりも先に、この世界の真理を知った。君の脳を使ってのラプラスの悪魔をみた。もうたくさんだ。これからも戦いは続く」
そう言った途端、遠くで爆発音が鳴り響く。
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