第20話 ノイズ

 洞窟の帰りから一夜明け、翌日の早朝。

 例によって例のごとく葵が隣で、しかもはだけた格好で寝ていた。

「またかよ!」

「うぅ~!」

 俺の大声で起こしてしまったか。

「ぐー」

 それも杞憂に終わったようだ。

 しかし、こんなところを誰かに見られたら誤解される。

 俺はそっと忍び足で自室から出る。

 と、香ばしい香りが漂ってきた。キッチンの方だ。

「あ。博人、起きたんだ。手伝え!」

「いきなりの命令口調!?」

 驚いていると、理彩がてへっと笑う。

 その仕草は可愛いが、俺になにを手伝えと言うのだろう?

 疑問に思い、俺もキッチンにたつ。

「いや~。ジャガイモの皮をむくのに手間がかかってさ」

 見てみるとそこには大量のジャガイモが袋いっぱいに詰まっている。その袋もゴミ袋40リットル分くらいありそうだ。

「うへ~」

 料理があまり得意ではない俺にとっては地獄のような光景だ。

「ま、剥いてくれるだけでいいからさ」

「そうは言うけど、俺一人で、か?」

 まな板においた果物ナイフを受け取り、俺はジャガイモに向き合う。

「素直じゃないな」

 クスクスと笑う理彩。

 分かっているさ。面倒くさい性格だってことは。

 俺はブツブツと文句を言いつつジャガイモの皮を剥いていく。

「いいじゃない。今夜はコロッケになるんだから」

「マジか!? ならめちゃくちゃ剥く!!」

 手のひら返しもいいところだ。まるでドリルが回ったように次々とジャガイモを剥き出す俺。

 やる気一つでこんなにも効率が変わるのか、と自分でも感心するほどだ。

 ジャガイモを剥いていると、「おはよう」と低いトーンの声音が響く。玲奈だ。

「朝から何をしているの?」

「そうだ。お前も手伝え」

 俺は玲奈にも手伝わせようと声をかける。

「私は掃除があるから」

 と、そうだった。当番制にしてあるから、玲奈にも予定があるのだ。

 ……って、俺の予定は〝休み〟のはずだが?

 じろりと理彩を睨むが、気にかけた様子はなく、一人で悶々とした気持ちになる。

 どうせ、俺は暇人ですよ。


 ジジ。

 ノイズが走る。


 暇だけど、暇じゃない俺は、ジャガイモを剥き続ける。

「おはよ~」

 寝ぼけ眼をこする葵が枕を持って俺の部屋から出てきた。

 だが、料理に夢中な理彩に、玄関を掃いている玲奈。どちらにも気づかれていない!

 よし! やったぜ!

 ガッツポーズをすると理彩が小首をかしげる。

「なんで喜んでいるのさ?」

 そりゃそうだよな。俺でも不思議に思うよ。

「あー。ジャガイモが皮むけるのって楽しいだろ?」

 テキトーな嘘を言うとにやりと笑う理彩。

「じゃあ、これからはジャガイモを剥くの、手伝ってもらおうか」

「あ」

 墓穴を掘った。俺は今後、ジャガイモを見るたびに剥く必要があるらしい。

 その努力も水の泡だというのに。

 そしてこっちへ向かってくる葵。その手には俺の枕が握られたままだ。

「あれ。葵ちゃん、どうしたのさ?」

「ん。あたしも手伝う!」

 未だに着崩れしたTシャツ姿で言う葵。

「いやいや! その着崩れはマズいだろ。ちゃんと着なさい」

 俺が叱るとむすっとした様子で自室に向かう葵。

「あれ? 葵ちゃん。今までどこにいたのさ?」

 ノー! それはノー!! 聴いちゃいけません!

「半間先輩のところ」

 言った。言っちゃったよ! この子!!

「は・ん・ま・く・ん?」

 怒りを露わにする理彩。

 包丁を持ってこっちに向き直る。その姿はブリキのおもちゃのようにギギギと音を立てているようだ。

「いや、勝手に! 勝手に入ってきたんだよ! 俺は無罪だ!」

 無罪放免。

 だって葵が勝手に入ってきて、隣で寝るんだもん。しかたないじゃん。

「まあ、あの葵ちゃんだし、今回は許す」

 ホッとしたのもつかの間、包丁を向けて宣言する理彩は、でも――と続ける。

「今度やったら許さないからね」

「じゃあ、俺の部屋に鍵をつけてくれよ」

 泣きながら頼み込む俺。

 そうじゃないと命の危険がともなう。どこかの世界に浮気したとバレ包丁で刺されたキャラがいるらしいが、その人の気持ちが少し分かる気がした。

 いや、付き合っていないんだよな。浮気でもないんだよな。

 必死で自己肯定感を満たしていく。

「鍵、かかっていたはずなんだけど……?」

「え」

 俺が鍵をかけ忘れたのか? それなら俺の落ち度になってしまう。

 包丁を置いて、様子を見に行く理彩。

 俺もその後を追う。

 と、俺の部屋の鍵が壊されているではないか。

「て、ええ!」

 困惑の色が見える理彩。

「せ、せっかく鍵をつけたのに……」

 見るも無惨な金属片となったゴミを見つめる理彩。

 ちなみに鍵は南京錠で内側からかけてあった。だが、そのわっかを断ち切られており、意味をなしていない。これなら寝込みを襲うのも容易だ。


 ジジ。

 ノイズが走る。


「どうした? 大丈夫か?」

 心配そうにのぞき込んでくる理彩に、驚き俺は転倒しそうになる。

「おっと。危ないよ」

 理彩は俺を支え、顔が急接近する。

 腰に手が回され、そこに体重が乗っかっている。

 自然、前屈みになった理彩の顔は近い。

 息がふきかかり、こそばゆい感覚に顔が赤くなる。

「あははは。顔を赤くして、可愛いな」

 でた。女の可愛いは信用できない。

 この間もゾンビのマスコットを可愛いと言っていたぐらいだ。

 女子は何をもって〝かわいい〟と定義するのか。はなはだ疑問である。

 これは『一生のお願い』と同じレベルで信頼ができないのだ。

 だいたい、男にかわいいなんてつかうもんじゃないだろ。

 格好いいと言われたいね。

「このままキス、する……?」

「え」

 ほんのり赤く染まった頬が近づく。

「い、いや! 俺はまだ決めていない!」

 俺は理彩を押しのけ、体勢を立て直す。

「おとっと。てへ。さすがにわたしじゃ無理かー」

 残念そうに呟く理彩。

「いや、無理ってわけじゃないが……」

「そうなのかい? ラッキー」

 軽口を叩く理彩に、ホッと胸を撫で下ろす。もしかしたら反発があるかもしれないと思ったのだ。

「案外傷ついていないんだな」

「まあね~。わたしもそう簡単にいくとは思っていないし」

 なんだろ。ずっと昔から知っているから分かるが、無理をしている気がする。その証拠に頬の筋肉がぷるぷると震えている。

「じゃ、俺はジャガイモの皮むきに戻るから」

 それだけを言い残し、自室をあとにする。

 一人で泣きたい時もあるだろう。


 ここは二階建ての一軒家。

 入って右手にダイニング・キッチンがあり、その奥に俺の部屋がある。二階には四つ部屋があり、そこに理彩、葵、玲奈が住み込みで働いている。ちなみにトイレ・風呂は一階にしかない。

 だからこそ、この時代でもどうにかやっていけるのだ。

 時代は恐らく中世ヨーロッパより。

 近くにも民家はあるが、歩いて20分はかかる。ここは農村なのだ。農業でなりたっている。

 うちでとれたコメを近所に配り、ナスなどの野菜、羊肉、魚などが変わりに頂ける。

 ようは物々交換のようなものだ。そういったコミュニケーションが必要になってくる。

 近所づきあいが良くないとすぐに破綻してしまう。それに地元ルールみたいなのがびっしりとこびりついているので、現代っ子には厳しい生活を送ることになる。

 そんな俺でも薬草を採ってきたり、危険な仕事を率先してやることで、愛想がいい三人娘と対等の立場までのし上がっている。

 道徳を曲解しているような節もある。昔の日本に似た環境と言ってもいいのかもしれない。

 とにもかくにも、農村でのやりくりは大変なのだ。

 朝食を摂ると、俺は外で薪割りを始める。

 最初は筋肉がなく、切れずにいたが、今では立派に割ることができるようになった。

「この生活も五分前か……。ところでなんで五分なんだろうか?」

 ふと疑問に思った。


 ジジ。

 ノイズが走る。

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