第19話 洞窟
「許可がとれました! これからG1-Ⅰコロニーは静止衛星軌道を離脱。ラグランジュポイントへの移行を開始します」
通る声で報告をする仄日。
「わしの圧縮炉がいよいよ使われる時が来たのじゃな。半間くん」
俺には関係のない話、と素知らぬふりをしていたところ、話しかけられた。
「なんですか?」
「わしがいない間、彼女らとイチャイチャしおけ。彼女らも覚醒の可能性がある」
確信めいた、はっきりとした口調で保は告げる。
俺のような覚醒者が現れる、と。
「覚醒、すると。どうなる?」
「ちとは年上を
俺に激痛を与えておいて、よく言う。
しかし、覚醒者となった俺は確かに他と変わりないように感じる。ただ特殊なサイコ粒子を持っているだけ、ということなのだろうか? 何か嫌な予感がする。
「もう。分かったじゃろ。さっさと寝てくれ」
保がどんよりとした口調でカプセルに戻そうとしてくる。
「待て。俺はまだ納得したわけじゃない。それにまた激痛が伴うなら看過できない」
「………………今度からは情報量を調節する、それでいいな?」
何の間だよ。しかし、それで激痛が起きないなら。
そう思うのはあの世界が恋しいからか。
人間の脳は電気信号のやりとりでできている。その仕組みを理解し、応用することで人間にヴァーチャルリアリティを見せることができる。しかし、電気信号のやりとりをのっとっているので、死ぬと電気信号が焼き切れる……こともあるそうだ。
実際、玲奈が死にかけた。脳細胞の移植と、サイコ粒子のコピーで持ち直したらしいが。
とりあえず、このカプセル《アクア03》のシステムは完璧なまでにそのリアルを再現できる。
待てよ。この知識はなんだ? 俺は……。そうか、あの時の激痛で知らない知識を得たのだ。
過去の知識を元に未来を予測する――それがラプラスの悪魔の本質。
なら、俺がこれから見させられる世界は過去のもの。そこに応えがあると、少なくとも保は思っている。
だが、俺は保のことを信頼できなくなっている。
「俺はまだ、こっちにいたい。こっちでできることもあるはずだ」
「なんじゃ! わしの言う通りにカプセルに戻れ! これは命令だ!」
保は息の上がった顔で俺を睨んでくる。
恐怖はない。ただしわくちゃになったご老人が焦っているだけだ。
「俺はまだこっちの世界を知らない。お前の尺度で測られるのはもううんざりだ」
そもそも、俺たちはなんのためにカプセルに封印されていたのか。その根拠を示す言葉が一つもない。
コールドスリープに近い。だが、栄養はいる。そこで養い続ける意味は? スペースコロニーという限られた空間で、資源に限りがある世界で、だ。
そこまでして命をつなぐのには意味があるのだろうか。
俺のような新人類と呼ばれるようになったのは、本当にそれが目的か? それともなにか、もっと別の応えがあるのではないか?
実際、こっちの世界で生きている80の半間さんは、スペシャルDNAを持っていた。それを活性化させることで特殊なサイコ粒子――ハイサイコ粒子を得た。
ハイサイコ粒子があれば、地上のスキアなど一掃できる。
もう、研究をする価値がない。
にも関わらず、この研究所は未だに新たな実験を繰り返している。ハイサイコ粒子が目的なら、達成したというのに……。
わずか。わずかだが、保や仄日の言うことが信じられなくなっている。これは俺の疑り深さが原因か? それとも……。
「ええい。言うことを聴け!」
チクッと腕に針がさされた。
ただの針ではない。注射器だ。その内容物が身体の中にしみこんでいく。
「な、何をした!?」
ほとんどタックルしたような形で注射器をさされたので、バランスを崩し、俺はその場に倒れる。
「少しは黙ってられんのか! 強力な麻酔薬じゃ。再覚醒できるかは、運次第じゃな」
「なっ!」
そこで視界が明滅する。
また頭に痛みがある。
新しい情報を脳にたたき込まれた証拠だ。
ぴちょんっと水滴が地面に染み入る音が洞窟内に響き渡る。
「ここは……?」
周辺を確認すると、岩肌が辺り一面に広がっていた。地面も岩が向きだしの、まるで手入れされていない洞窟のような印象を受ける。
手に持っているのがランタン。その火を頼りに周囲を見渡したわけだが、右に続くトンネルと、左に続く道がある。
帯刀しており、ここが昔の時代と知る。他に持っているものは干し肉、羊皮紙、水の入ったひょうたん、火打ち石、小刀。すべて背嚢の中に収まっている。それから、植物が背嚢には入っていた。
記憶をたどってみると、俺は仕事でここにきた。そして迷ってしまったようだ。
理彩、玲奈、葵は、外で待たせてある。
つまり、あの三人を安心させるにはここを出るしかない。
仕事というのも、ここに咲いている月光花と呼ばれる良薬になり得る花を見つけるため。
先ほどの謎の植物がそれらしい。
しかし〝月光花〟なんてもの、リアルには存在しないはずだ。パソコンで調べたりしたが、曲の名前やゲームでの架空の花とされている。
「ま。ゲームみたいなもんだしな。ここの世界は」
ガシガシと頭を掻いて真新しい足跡の残っている右の道を行くことにした。
足下を見ていれば、だいたいの予測はできる。これは以前の記憶、狩人だった頃の記憶のお陰だ。
足下に注意しながら進むこと一時間。
だいぶ進んだが、未だに外は見えてこない。コウモリの集団を確認し、出口が近いことを知る。
コウモリは夜になると、餌をとるため洞窟の外に出る。となると、比較的洞窟の出口付近にたまるのだ。
コウモリの糞も確認したところで、胚嚢を持ち直し、力強く歩き出す。
途中、水分補給と干し肉をかじる。とはいえ、コウモリの糞が匂う。
食欲が沸かないが、栄養を摂らないと倒れてしまいそうだ。
どうやらかなり無理をしていたらしく、この身体は疲労感でいっぱいだ。
少しの休息ののち、再び歩き始める。
そしてようやく出口にたどり着いたのだ。
「博人!」
「大丈夫? 半間くんもおっぱい飲む?」
「半間先輩!」
心配して駆け寄ってくるのは幼なじみで気安い理彩、頭がパアな玲奈、後輩の葵だ。
「ようやく会えたよ。良かった……!」
俺は安心して、その場にへたり込む。
しかし、この三人ともそろそろお別れしないといけない。サイコ粒子の病気が治ったあとは自由に暮らすことになるだろう。
……いや待てよ? 彼女たちはどうやってカプセルから目覚めるんだ? 俺はきっかけがあれば覚醒できるみたいだが、彼女たちは? そして俺の応えは?
まだ三人の気持ちを聴いてはいないが、その想いは察している。
口にしなくとも分かる。
だって他に男が登場しても、こちらにばかり話しかけてくるのだから。これで好きでなかったら、俺はとっくに彼女たちを諦めていたかもしれない。
そして俺の想いは? どこにある。どこに向かっていっている。
幼なじみでボーイッシュな理彩、変なことをたまに言う玲奈、無邪気な葵。どの子も魅力的で、恋人になれば幸せになれるだろう。
でも、そんなのも、この世界では意味がない。だって五分後には消えてしまう記憶の世界なのだから。
一緒にいて楽しいし、面白い。それに可愛い。
だが、俺のためてきた時間に比べ、彼女たちの重ねてきた時間があまりにも少ない。
なにせ、俺の記憶を毎度リセットされているのだから。人間の脳にも限界があり、記憶を転写する作業では記憶をいったん消して上書きするという……。
リアルに覚醒したとき、彼女たちは俺をどう認識するのか、不安でいっぱいだ。
これから一緒にやっていけるのか?
不安の残る気持ちで、俺は帰路につく。
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