スワンプマン
第22話 テレパシー
「なんだ? 爆発音?」
俺は怪訝な顔で保に突っかかる。
「わしらはもうお終いじゃ……」
保は青い顔でその場に崩れ落ちる。
「やはり計算通りに起こってしまうのじゃな」
「俺の脳を使ってラプラスの悪魔を計算したんだな?」
俺は確認のために訊ねる。それがどんな未来を示したのか、俺は知らない。
「ああ。じゃが回避できぬ。人類は死に絶える」
神託を受けた信者のように泣き崩れている。
昔は神を、今は科学を信奉している者がいる。つまり歴史は繰り返される。すべてを悟った人は歩みを止め、祈ることしかできない。そんな前にも後にも引けない事態に、俺はまだ諦めていない。
そう人類はここから始まるのだ。
まだ終わりじゃない。まだ始まってもいない。
この世界で、俺と、玲奈、理彩がいればスキアは倒せる。葵が覚醒できないのに、一抹の不安はあるが、俺は保の肩に手を置く。
「まだだ。人類はまだ生きている。生きながらえてきた。それは歴史が証明している。今度もまた乗り越えられる、そのための未来予知だろ?」
「じゃが、未来は完全に予測できる――つまり未来は変えられないのではないか?」
質問に質問で返すのは脳が回っていない証拠。保なら、こんな簡単な結果を求めていないだろう。
「その前提が間違っていたらどうだ?」
俺がそう言い、研究室を飛び出す。
運良く動いていたエレベーターで中心部に向かう。この研究室はスペースコロニーの中心部から五つほど離れている。
理彩、玲奈のいる地表は中心部から三つほど。
爆発音はこの近くから聞こえてきた。
住民のいるこの層にはたくさんの空気と土、植物などがある。空を見上げると、そんなものを吸い込むように大穴があいているではないか。
すぐにとりもちみたいなゴムが射出されて、穴にロープのようなものが張り巡らされる。
まるで血管の血小板がそうであるかのように、傷口を塞いでいく。そしてかさぶたのように大穴が塞がる。
しかし大きな事故になったのは確かだ。真空の宇宙に放り出された人間はどれほどいるのか、考えたくもない。
俺は近くの自転車を奪うと、ペダルを踏み込む。
「生きていてくれ、玲奈、理彩」
二人の名前を呟き、ながら住宅街を駆け抜ける。
俺が初めてこっちの世界に連れてこられたとき、案内されたルートを覚えていた。
その道を通り抜ける。
スペースコロニーには非常事態に備え、第二表層と呼ばれる避難シェルターがある。それは宇宙船にもなり、コロニーを脱出できるようになっている。
もしかしたら、玲奈と理彩はシェルターの中にいるのかもしれない。
案内ルートを通ったが、二人は見当たらなかった。
『半間くん、聞こえる?』
「なんだ? 頭の中に直接声が届いた?」
疑問に思い、その幻聴に耳を貸す。
『私、玲奈』
『わたしもいるよ』
二人の声が聞こえる。
「なんだ? これは……。どうなっている?」
俺の声が届くかは分からないが、反射的にかえしていた。
『これはたぶん、博人のサイコ粒子を使った影響。わたしたち四人は精神世界が共有されているらしいぞ』
ボーイッシュなしゃべりに俺は安心する。普段の理彩だ。
しかし、精神世界の共有か。また変な話が浮いてきたな。
「でも良かった。葵はまだ目覚めていないが、そっちはどこにいる?」
『M12シェルターに避難したわ。大丈夫問題ない』
落ち着き払っているのは玲奈。
『博人も早くシェルターに避難しろよ』
「いやまだやることがある」
俺は目をつり上げ、爆破の起きた地点を見やる。
そして拡声器から声が届く。
「我々は革命軍! 市民の皆様の無事を約束する! これより非人道的な実験を行う
テロ行為に耳を疑いたくなるが、この事態を知っているのは保か?
もしかしてラプラスの悪魔は本当にいて、俺たちが滅ぶのか?
保の対応や表情を思い出し、額に汗が垂れる。
科連邦は俺たちが寝ていたカプセルの研究――そのトップ、責任法人だ。
テロリストと思われる人々が住宅街を練り歩き、研究棟に手製の爆弾を放り込む。そして爆破。
俺は葵が気になり、再び四階にある宇宙に近い内壁に潜り込む。
保と会う。会って話しをする。
彼らの言っていた非人道的な実験とは俺たちのことかもしれない。それを直接問いただす。
俺にできるのはそのくらいだ。
実験棟にたどり着くと、俺は保を探す。
今まで案内されるだけのときは狭く感じたが、実際に自分で歩くとその広さが分かる。
一番外側の内壁ということもあり、ここは表面積が広くとられている。
あっちが人工子宮処置室、こっちが栄養調理室。記憶転換室。
対スキア研究室なんてものもある。
サイコ粒子の研究室も回るが、そこに保の姿はない。
その代わりに、
「仄日さん」
「ど、どうしたの? 半間くん」
驚いた声音で俺を見つめる仄日がいた。
「保は?」
「保博士なら研究棟第六号作戦室にいるわ」
冷静さを欠いた仄日が俺の目をじっと見つめてくる。そして、もしかしてと続けた。
「保博士のラプラスの悪魔を見たのかしら? このままだと、あと六百八十分でこの世界が終わることを……」
「な、なんだと!? だいたいラプラスの悪魔は不可能証明だったはず! それがなぜ?」
俺は仄日を問い詰めるが、不安な表情を浮かべている。見ていられなくて目を伏せる。
でも俺には分かっていた。サイコ粒子の観測。それにより世界のあり方が変わってしまったのだ。
以前は不可能だった個々の行動や思考のパターンから、
その技術を応用したラプラスの悪魔、精神の安定。様々な分野において結果を出してしまったのだ。
人間をカプセルにいれてまでつかみたかったのはそのサイコ粒子か。あるいは……。
ふと見上げると、仄日は困ったように笑みを浮かべているだけだ。
「そう、ね。私たちのやったことはいけないことよ。でも、それでも人類の希望となる――そう信じて保博士は粉骨砕身してきたわ。それこそ、あなたが理解できないくらいに」
「だからって、すべてを抱え込んで一人去ろうなんて、勝手が過ぎる! それにラプラスは絶対に計算できないからこそ、問題としてとりあげたに違いない!」
「……それを聴いたら保も少しは変わるかしら……?」
恋人を心配するように、呟く仄日。
「彼を、助けて! お願いよ! 半間くん!」
焦りの色をみせる仄日。
その紅色の唇が小刻みに揺れている。
卑怯だ。そんな頼まれ方をしたら断れないじゃないか。
俺は部屋を出ると、博士の研究室を探す。
ご丁寧に廊下に案内板があるのだ。
記憶転写室、記憶研究室、記憶操作室。
クローン研究所、体細胞研究所。サイコ粒子研究所、と。
ここから西に十六部屋いったところにあるのか。
再び振動と爆音が響く。
「マズいな。テロリストが侵入する前に止めないと」
俺は見知らぬ研究棟を走り抜け、保の待つ保研を目指す。
走ること十分。
「あった!」
ネームプレートには《保研究室》と飾らないネームで書かれていた。
周囲を見たところ、テロリストはまだ侵入していないらしい。
良かった。まだ間に合う。
俺はラプラスの悪魔なんて信じない。この世界は未知であふれている。だから面白い。何でもかんでも定量化できるわけじゃない。
俺は保研のドアを叩いた。
「はいってよいぞ」
保の声がやけに低い。
まるで死を覚悟しているかのうだ。
しかし、彼からはまだまだ聴かなくてはいけないことがたくさんある。
これからの俺たちの処遇も含め、保なしでは分からないのだ。
葵のこともある。まだカプセルの中なのだ。
それにテレパシー、のような頭に響く声。サイコ粒子の本質。すべてを聴くまでは死ねない、死なせない。
「入るぞ」
ドアを開ける。
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