第四章 ラプラスの悪魔

第16話 お花見デート

 俺のサイコ粒子とやらは本当にスキアに効果があるらしい。それを知っただけでも、満足だ。

 それに加えて理彩、玲奈、葵の三人を救うこともできる。それは喜ばしいことだ。

 ただ生きているだけで他人を救える――それは本当は幸せなことなのかもしれない。

 でもこの夢の世界で、俺は何をしていいのか、分からずにいた。

 どんな努力も、数分で書き換えられる。そんな世界で努力をする意味があるのだろうか?

 意味のないと分かっていても、やるしかないのだ。そうしなければ彼女たちを安心させてあげられない。


 ――生きる理由が他人本位になっていることを自覚できないまま、俺は生きていた。


 頭痛がする。

 また新しい世界へ飛び込んだらしい。

 この世界で、俺はどう振る舞えばいいのか分からず、記憶を探ってみる。五分前に作られた記憶。真の世界で作られた記憶。

 両親の借金の肩代わりに、寮母になった俺。その寮にたまたま入居した理彩、玲奈、葵。そんな中で三人といちゃいちゃする。

 それが今回の目的らしい。

 しかし、付き合うのは一人だ。他の二人には俺以外の者と添い遂げてほしい。

 そう思うのは俺だけか。だが今のところ、三人はヘタレている感じがする。

 告白するまでは至らないのだ。

 それは俺も一緒で、誰か一人を選べと言われても困惑してしまう。

「誰か一人に絞らない、とな……」

 春風が吹く。

 桜吹雪の中、俺は中央公園の芝生に寝転ぶ。

 鼻の上に乗った花びらがかおる。くすぐったい気持ちになり、花びらをとる。

 春の陽気に当てられたのか、とても眠い。

「見張り、ありがとね」

 そう言って駆け寄ってきたのは玲奈。

「よ。玲奈、場所取りはしといたぞ」

 花見をしよう! となって俺は場所取りを頼まれた。他にも理彩と葵が来ることになっている。女子だらけなので、場所取りは俺に任された形になっている。

 最初は玲奈だけが俺に声をかけたのだが、色々とあり、理彩と葵も来ることになった。

 それに不服だったのが玲奈だ。そりゃ、最初に話しかけたのは彼女だからそれもやむなし。でも、俺は二人を見捨てることができなかった。俺の弱みでもある。

 多分、俺が他の一人を選べ、と言われても応えは同じだろう。

 甘いのだ。俺は。

 未だに感情を殺せないでいる。

 いちゃいちゃすればいい――それで病気が治るなら。

 でも、この世界が夢と知った以上、俺は本気になれずにいる。

「なんだか難しい顔をしているね。何かあったの? お姉さんに話して」

 玲奈は優しい口調でそう訊ねてくる。

「ああ。だが、これは俺の問題だ。気にするな」

 そう言っても、気になるに決まっている。分かっている。でも玲奈は表には出さないだろう。

「そっか。分かった」

 ほらな。玲奈はそういう奴だよ。

「でも、困ったことがあったら言ってね」

「おう。そのときはよろしく頼む」

 玲奈との約束をすると、俺はシートの真ん中から少しずれる。玲奈がそこに座り、大きな包みを置く。

「なんだ? これ」

「ふふ。お昼ご飯よ。つくりすぎちゃった」

 ふふと上品に笑う玲奈。

 重箱が六段くらいある。これは食べるのに一苦労しそうだ。

「お待たせしました。すいません。遅れました」

 一足遅れて顔を覗かせたのは葵。

「そんなことないぞ。俺たちが早いんだ」

「お優しいのですね、半間先輩」

 クツクツと笑う葵。

「葵ちゃん。今日は来なくても良かったのよ?」

 玲奈からのジャブが入る。

「いえ、二人だけで楽しむなんて許しませんよ?」

 笑顔を崩さずに言う葵。

 二人の間にバチバチと火花が散っているのが分かる。

「まあまあ。二人とも、今日は花見を楽しもうじゃないか」

 好きな男に言われてはしかたない。そう思ったのか、二人は落ち着きをとりもどす。

「そうですね。熱くなりました。すいません」

「いいのよ。提案者に感謝すればいいだけだから」

 玲奈は一歩前から言う。

 確かに提案したのは玲奈だが、そこまで言うのか。女の子は怖いな。

「お待たせ! ごめん。遅れた!」

 そう言って重箱を持ってきた理彩が現れる。

「え。なに、その量」

 重箱は五段くらいある。

 つまり玲奈の分と合わせて十一段もあるのだ。

「すいません。あたしもお菓子を」

 手に提げていたビニール袋から覗いて見えるのはスナック菓子やチョコ。

 どうやら張り切ったのは玲奈だけじゃなかったみたいだ。

「いや、食えねーよ。バカ」

「バカ言うなし! これでも頑張って作ったんだから!」

 理彩はむすっとして重箱を乱暴に置く。

「理彩ちゃんの料理よりも私の料理を食べたいですよね? 半間くん」

「え。いや、まあ……」

 確かに料理のうまさでいったら玲奈に軍配があがる。

 しかし、哀しげに目を伏せる理彩を見ると、簡単には否定できない。

「あー。でも理彩の料理も頑張っただろうしな、うん。食べてみたいぞ」

 曖昧な笑みを浮かべ、理彩を見る。

 少し嬉しそうな顔になっている。

 良かった。哀しいままだと、こっちの胸が苦しくなるんだよ。

 さっそく二人の重箱を開けてみる。

「ほー。これはすごい」

 玲奈のはエビフライやコロッケ、おにぎりといったものが詰めてあった。一方、理彩のはサンドイッチやポテトサラダ、唐揚げなどが詰まっている。

 二人の傾向が違うのは良かったが、何せ量が多い。

「ほら、食べてみて」

 理彩がそういうと、俺はサンドイッチを手にする。

 中身はタマゴとハムらしい。

「うまい! いいなこの味」

 うんうんとうなずき食べていると、玲奈が唇をとがらせる。

「私のもおいしいわよ。食べてみなさい」

「おう」

 おにぎりを手にするとかぶりつく。

 中身は定番の梅干し。

 酸っぱさと塩気がちょうど良いあんばいでうまい。

「いいな。これ」

 正直、うまさで言ったら玲奈の方だ。ただのおにぎりをここまでおいしくできるのは腕前を上げた証だ。

 だが、努力をうかがえる理彩を否定することはできない。

「「どっちがおいしかったのかな?」」

 二人が声をそろえて訊ねてくる。

「いや、どっちもおいしいよ。もっと食べたくなるくらいに」

「「むぅ」」

 二人してうなる。

「なら、私のを食べてみなさい、理彩ちゃん」

「そういうからにはわたしよりもおいしいんだろ。玲奈」

 二人はお互いの料理を食べることになった。

 ちなみに葵は二人の間でオロオロしていた。

 玲奈と理彩はお互いの料理を食べる。と、玲奈が不敵な笑みを浮かべる。

「私の勝ちね。理彩ちゃん」

「……今回は負けたよ。でもいつかは必ず勝つぞ!」

 意気込みをこめて理彩。悔しそうに目を伏せる。

 そのあとは他愛のない会話をし、花見を楽しんだ。

 夢の世界でしか、この体験はできないと思うと、この世界が愛おしく感じた。

 やはり真の世界よりも心地よい。

 春風が吹き、桜の花びらが舞う。

 いい季節だ。

 コロニーに、季節はない。だからこっちでしか味わえない心地よさがある。

 でも、本当の意味で生きているのは真の世界だ。

 ここは所詮、夢の世界。

 それは分かっている。こっちで努力しても何にもならないということも。

 でも、俺はこの一瞬一瞬いっしゅんいっしゅんを大事にしていきたい。

 そうでなければ、俺は生きていけない。

「楽しいな」

「そう? なら良かった」

 嬉しそうに呟く玲奈。

「玲奈のお陰だな。こんなにも楽しいのは」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 えへへへと笑う玲奈。

 可愛いな、と思うが、口にはしない。

 だってまだ他の二人にも生きていて欲しいから。

 病気が治るまではこうして相手をしなくてはいけない。

 誰かと付き合うのは許されない。

 生殺しに遭っているようなもの。

 いつになったら、俺は告白できるのか。

 それは保でないと分からないのかもしれない。

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