第17話 三人の誰を選ぶの?

 お花見を終えると、俺たちは寮に帰る。

 エンジェル寮。

 58坪の狭い土地に二階建ての木造家屋が建っている。

 見た目はぼろアパートといったなりをしている。

 玄関には下駄箱、その上には熊の木彫りが置いてあり、昔ながらの家を思い起こさせる。

 廊下を歩いて左に玲奈の部屋、その奥に理彩の部屋がある。右にはキッチンとリビングがあり、みんなここで食事をする。

 廊下には二階に上がる階段がある。二階の右が葵。左が俺の部屋。奥にはまだ部屋があるが、ほとんど倉庫と化している。

 そして俺は寮母としてここで働いている。

 まずは葵の部屋から掃除しようとするが、「要らない」と言われ渋々やめることになっている。

 次は一階の理彩の部屋から。

「たいだい片付いているのさ。あまり必要ないかもね」

 そういった通り、部屋の中は綺麗に片付いている。さすが理彩だ。

 掃除が得意な彼女には不要なことなのかもしれない。

「さて。問題は……」

 玲奈の部屋だった。

 部屋に入ったとたん、ポテチの袋を踏む。

「散らかりすぎだよ、玲奈」

 電気をつけると、そこには大量のお菓子の袋があり、他にもアニメ雑誌やアニメのブルーレイ、グッズ、ライトノベルなどが並んでいる。本棚からあふれて、床に平積みになっている有様だ。

 足の踏み場もないとはこのこと。

「いやー。今季もみたいアニメが多くてね。豊作豊作!」

 嬉しそうにアニメを見ている玲奈。

「たく。分かったよ」

 俺はその中で、ゴミとそうでないものを区別し、ゴミ袋に詰めていく。床が見えてきたところで雑巾がけをして汚れを落とす。

「いや~。悪いね。いつも」

「そう思うんだったら少しは片付けてください」

 未だに平積みになったブルーレイやラノベがある。

「本棚が必要かな?」

「そうね。ここに本棚を納める必要があるわ」

「減らす方向では考えないんですね」

 理彩と玲奈のやりとりを聴いていた俺は、頭痛がしたように頭に指をあてる。

 片付けを終え、俺はキッチンへと向かう。

 今日はロールキャベツ。新鮮なキャベツを余すことなく食べるにはちょうど良いと思ったのだ。それに挽肉も安上がりだし。

 鼻歌交じりに料理をしていると、理彩が降りてくる。

「わたし、料理を磨きたいから、少し観察していてもいい?」

「それはかまわないが、俺はあまりうまくないぞ」

 理彩の方が料理はうまいと思う。

「そんなことない。博人の作る料理はおいしい」

「ならみんなで食べるからか、それとも理彩たちを想い作っているからかもな」

 俺は軽い口調でテキトーなことを言う。

「わ、わたしのためっ!?」

 その言葉を聞き、顔を真っ赤にしてキューと鳴き出す理彩。可愛い。

「も、もう調子が狂うじゃないか。わたしも料理を作るぞ」

「そうか。じゃあ、ジャガイモの皮むきをよろしく」

「思いっきり雑用じゃないか……」

 ジャガイモを渡すとげんなりする理彩。

 ピューラーを手にしてジャガイモに向き合う理彩。

「それで豚汁作るからな」

「とん汁! わーい!」

 理彩は目を輝かせてジャガイモの皮を剥き始める。

 しかし、危なっかしい手つきで皮をむくな。

 料理になれていない者の手つきだ。

 それであれだけの料理を作れたのは、まさに僥倖。

「今日は豚汁に、ロールキャベツ。あとは小松菜のおひたしかな」

「小松菜……」

 げーっと言いそうな顔をする理彩。

「残すなよ。栄養を考えて買ってきたんだから」

「でも、味が苦手で」

 葉っぱ系はどうしても青臭さがでやすい。だからか、嫌いになる人も多い。

 でも野菜の中では小松菜は青臭さが少ない方だ。

 そう。理彩の舌は敏感なのだ。

 会話をしながら料理を作り、終わる頃には19時を過ぎていた。

「夕食できたぞー」

 少し大きめの声で各部屋にいる玲奈、葵を呼ぶ。

 ごたごたとした音を立てて、やってくる二人。

「なんだ。今日は理彩も一緒に作ったのか」

 俺と理彩を見て理解したのか、玲奈が呟く。


 夕食を食べ終えると、俺は皿洗いをする。

「今日も夕食おいしかったわよ。半間くん」

「そう言って頂けてなにより」

 玲奈の感謝を素直に受け止め、スポンジでごしごしする。

 皿洗いが終わると、あとは寝るだけ。

 今日も一日頑張った。

 深い眠気が襲ってきて、俺はベッドの上でまぶたを閉じる。

 この世界もどうせ、長続きしないんだろうな。


 鳥のさえずり。風で揺れた葉擦れ。スマホのアラーム音。

 朝起きると、布団の中がもぞもぞする。

「ん?」

 バサッと布団をめくると、そこには葵がいた。しかもネグリジェがはだけている。

 これは心臓に悪い。

 というか、こんな場面を誰かに見られてでもしたらマズい!

 俺は慌てて葵を起こす。

「おい。起きろ。起きろ!」

 だんだん口調が荒くなっていくが、仕方ない。そうでもしないと、俺の危機管理のアラームが鳴り響くのだから。

「ん。博人、もう起きているの?」

「私、お腹すいた」

 理彩と玲奈の声がドアから聞こえる。

「ま、待ってくれ。着替え中なんだ。今入られると色々とマズい!」

「そ、そうなんだ。ごめんね。リビングで待っているからな」

 理彩が承諾すると、ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、なんで葵はここにいるのか。

 俺が先にこの部屋から出ればいいか。

 少し頭の冷えた俺は、この部屋からの脱出を図る。

 と、俺の袖を引く葵。

「いかないでー。むにゃむにゃ」

「お前、ホントは起きているだろ? そうなんだろう?」

 俺の理性がフル回転し、葵の指を一本一本引き剥がす。が、すぐに捕まえてくる。

 バンッと開くドア。

「あら。やっぱりこんなことになっていたのね」

 玲奈がこめかみに青筋を立てて半笑いを浮かべている。

「ははは。まいったなこりゃ」

「それはこちらの台詞よ。まさか同衾なんて」

「ち、違う!! 朝起きたらそこにいたんだ!」

 俺は断じてやましいことはしていない。そう訴えるが、玲奈はジト目になる。

 何を言っても説得力がないのは事実だ。

「じゃあ、葵ちゃんに聴いてみるのが良さそうね」

 玲奈はそう言い、俺をつかんで離さない葵を起こしにかかる。

「ほら。起きなさい。葵ちゃん!」

「むにゃー。どうかしましたか?」

 寝ぼけ眼をこすり、ふあぁぁっとあくびをする葵。

「あ。玲奈先輩、半間先輩。おはようございます」

「ちょっとあんた立場分かっているわけ?」

 玲奈が詰問すると、葵は周りを見渡す。

「あれ? あたしの部屋じゃな……。はっ!?」

 葵がびっくりしたように、口に手をあてる。そして顔を赤らめる。

「寝ている、間にイタズラしましたか……?」

 葵は掛け布団で身体を覆い、俺に尋ねてくる。

「していない。というかなんでお前がここにいるんだよ」

「していないのですか。残念です」

 いやいや、なんでこうもストレートな告白をするんだ。この子は。

「それよりも、昨日は確かに自分の部屋に……。え。もしかして部屋間違えた?」

「だろうな。寝ぼけてこっちにきたんだろ。たぶん」

 俺も顔が熱くなってくる。

 はだけたネグリジェは刺激が強すぎる。

 さらに上に掛け布団をまとうことで、事後みたいな雰囲気がでてしまっている。

 これが事後ではないのが驚きである。

 しかし、これでやましいことは終わった。

 玲奈はそれ以上追求したいのか、眉を寄せて抗議したがっているように思える。

「さ。朝ご飯をつくるぞー」

「なんで棒読みなのかな?」

 玲奈の目が据わっている。

「俺は出ていくから、葵はちゃんと部屋に戻れ」

「は、はい! すいません!」

 迷惑をかけた、と知るとへこへこする葵。

 まるで赤べこみたいだ。

 しかし、シミ一つない新雪を思わせる柔肌だったな。もっと触れていたかった。

 でも理性を殺すわけにはいかない。


 俺は三人に生きてほしいから。


「ぐぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁっぁああぁっぁっぁ」

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