第13話 小説。

 俺は何者だ?

 どうしてここにいる?

 どうして生きている?

 目を覚ますとそこには理彩の顔が映っている。

「どうしたの? お昼まで眠るんじゃなかったの?」

「ここは?」

「裸部利高校の部室。博人ってば、授業をサボってこんなところで寝ているんだから」

 クスクスと笑う理彩。

「悪かったな。だが笑うのはひどくないか?」

「いや、寝ている顔も可愛いな、って思っただけさ」

 相変わらずボーイッシュなしゃべり方をする。

 無防備になった顔を見られたと思うと、顔が熱くなる。

「うっさい。俺は疲れたんだ。放っておいてくれ」

「そんなのダメだよ。数学の単位、危ういんでしょ? 卒業できなくなるぞ」

 確かにそれはマズい。

 でも、この世界は作り物だ。ここでの努力にいかほどの価値があるというんだ。

「もう。真面目な博人らしくない。何があったのか? お姉ちゃんに話してみなさい」

「うるせ-。色々とあったんだよ」

 そう色々とありすぎた。

 ここが夢の世界で、あっちは宇宙だし、クローンだし。サイコ粒子という訳の分からないものがあるし、で頭を使いすぎた。疲れた。

「いいから行くぞ」

 鋭い目つきをする理彩。それはさながら獲物を見つけたハヤブサのごとく。

 こうなったら理彩は聴かない。絶対にやり遂げると決めた顔だ。

「教室で寝ててもいいから、出席だけはしなさい」

「はい……」

 母さんに怒られた気分になり、俺は渋々立ち上がり、教室へと向かう。

 教室では佐々木や小次郎、龍馬もいる。

「それで報酬はどのくらいになる?」

「うへ。面倒くさいのが始まったぜ」

 佐々木と小次郎が話しをしている横で、俺は席につく。

「よう。お前、今日は休みじゃなかったんだな」

 龍馬がケタケタと笑いながら話しかけてくる。人を小馬鹿にしたような態度が気に食わない。

「寝ていても良かったんだがな。こいつがうるさいんだよ」

 と顎で理彩を見やる。

「ははは。幼なじみだかなんだか知らないが、いい気になるなよ?」

「なるかよ」

 幼なじみというが腐れ縁と言った方が正しいかもしれない。

 以前、サーファーになったときは理彩と付き合っていたが、今の世界では違う。しかし、彼女が俺に好意を寄せていることには気がついていた。

 しかし、保が言っていたように、いちゃいちゃするのはどうしたらいいのか。はなはだ疑問だが、少しはちょっかいをかけてみるか。

「理彩、今度ノート貸してくれよ」

「いいよ。でも、それなら勉強会を開いた方がいいね」

「ちょっと待て。なんでそうなる?」

 突然の提案に焦る俺。

 ノートを写すだけで、あとはテキトーにやり過ごすつもりだったのに。

「最近の博人を見ていると将来が危うく感じるのさ」

「それは、……お前に関係ないだろ」

「あるよ。あるんだよ」

 目を伏せて呟く理彩。

「さあ。数学の授業が始まるよ。気を引き締めて」

「お、おう」

 さっき寝ていてもいいから、と言ったのは嘘だったのか。理彩は含み笑いをする。

 こりゃおちおち寝てもいられないな。

 数学の授業が始まり、俺は必死になってノートに書き写した。これでも根っこは真面目なので、集中できれば勉強はできるのだ。

 といっても地頭がいいわけではないので、まるごと覚えてテストに望む、といった効率の悪い勉強法だが。

 山を張るとか、やったことがないのだ。


 放課後になり、昼寝をしていた文芸部のドアを叩く。

「失礼します」

 そう言って入っていた先で目にしたのは、肌色に空色の下着。

 ジャージから制服へ、今まさに着替えを終えようとしていた葵がいた。

「きゃっ! は、半間先輩!」

「ま、待て。俺は決して覗きなのではなく、でもラッキーかも!」

 思わず理彩が俺の目を手で覆う。

 顔を真っ赤にした葵はすぐにスカートをはき、叫ぶ。

「半間先輩のばっか――――――っ!」

「なあ、もう一度見せてくれよ」

「ばっかじゃないの」

 そう言って部室に入ってきたのは玲奈。

 少々機嫌が悪いのは俺が葵の下着姿を見たことへの怒りか。

「たまに格好悪いよね、博人は」

「うっせー」

 俺が悪態をつくと、用意されていたパソコンを開き、起動する。

 文芸部である以上、文芸に関わることをするのがこの部活である。

 俺はWEB小説を読むのが日課になっている。この世界ではそういった設定らしい。

 まあ、活字は苦手ではないので、そのまま読み進めていく。

 理彩も、玲奈も、葵もこの部活のメンバーだ。

 みな思い思いの活動をする。

 理彩は紙の小説を読み、玲奈は小説を書いている。葵はイラストを描いている。

「なんかまとまりがないな……」

「いいじゃない。各々おのおのが楽しんでいるんだから」

 理彩は素っ気なく返す。

「そうですね。でもみんなで何かをやり遂げるのも楽しそうです」

 前向きな発言をする葵に、心動かされる。

「だよな! 友情・努力・勝利! それこそが青春だ!」

「驚いた。日常を愛する半間くんが、青春を気にかけるなんて」

 玲奈が驚いた様子でこちらを見る。

「な、なんだよ。悪いか?」

「いや、悪くない意見だね。でも何をするんだい?」

 理彩がしおりを挟み、パタンと小説を閉じる。

「そうだな。一つの小説を完成させる、とか?」

 イラストは葵が、小説は玲奈が書ける。が、理彩と俺は?

「分かって言っている? わたしと博人、役立たずじゃん」

「うぐ。やめてくれ。でも添削くらいならできるだろ?」

 役立たずと言われて傷ついた心で、活躍できる可能性を言う。

「はあ~。まあ、わたしは小説書けるけどね」

 髪をいじり、恥ずかしそうに鞄に手をかける理彩。

「マジか……。読みたい」

「ホント、欲望に忠実ね。今日は特に」

 理彩が頬を赤らめ、クリップでとめた数十枚の紙を、小説を取り出す。

「なぜに紙媒体?」

「いいじゃない。そっちの方が書きやすいんだから」

 理彩はこういった、電子機器よりも手動のものを好む傾向がある。だからと言ってわざわざ紙に書く人はそういないだろうが。

「ま、読めればいいか」

 軽く流すと、俺はその小説を受け取る。

 今はこの時間を大切にするしかない。でも世界は終わるのを知っている。

 理彩の小説を読み進めていくと、「ラプラスの悪魔」を題材にした作風になっている。

 ラプラスの悪魔。

 それは過去に起こった出来事を、原子一個に至るまで分析することで未来を完全に予測できる――とする考えだ。

 簡単に言えば天気予報と同じだ。今までの風の向き・強さ、雲のできかたなどを計算し、未来予測を立てる。

 小説の中ではラプラスの悪魔のごとく、未来予測のできる少年と、可愛いヒロインが添い遂げる王道ラブコメだった。

 なんと言っても、キャラの個性が強く、引き込まれる文体であった。

「すごいじゃないか。どこかに応募してみたらどうだ?」

 俺の提案に頭を振る理彩。

「わたし、小説家になりたいわけじゃないから」

「だからと言ってこのまま眠らせておくのももったいないだろ。WEB小説投稿サイトにでも載せてみたら?」

 なおも食い下がる俺。

 それはこの時間を後悔したくないから。

 最大の便宜を彼女たちにはかりたいと思っているから。

「恥ずかしいから無理。それに悪口を言われるのも……」

 ネットではモラルのない人々が悪口を書くことはままある。それに評価の点についても苛烈な人もいる。そして、すべての人間に愛される小説など、この世には存在しないのだ。

 でも、ここは夢の世界だ。彼女には挑戦してもらいたいと思う。

 しかし、無理強むりじいはできない。

「分かった。じゃあ、俺も小説書いてみるかな」

「え。なんでそうなるのさ?」

 俺はにかっと口の端をつり上げる。

「理彩にできるなら、俺にもできるはずだ」

 明らかな挑発。

 理彩にやる気を出させるための策略。

「むかつく~~~~っ!!」

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