第12話 複製体
「どうじゃった。本物の宇宙は」
「怖いですね。命綱がなければ帰ってこれなかったのでしょう?」
俺は眉根を寄せ神妙な面持ちになる。
一応、移動用の噴射口があるが、慣れていない俺には無用の長物であった。
「それはお主がまだ慣れていない証拠。慣れれば怖くないぞい」
「そんなもんですかね……」
あの地に足の付かない場所でどう思うのかは人それぞれなのかもしれない。
「しかし、地球は暗かったですね。写真ではもっと青いのに」
「それはスキアに地球を乗っ取られる前じゃな。今では地球上に大量に存在するから、暗くなる」
「青い星に戻ってほしいですね」
切に願う。宇宙人とやらに乗っ取られては、たまったもんじゃない。
どうにかして追い出したい。あの青い星を、地球を、再び俺たちの星にしたいのだ。
「そこでじゃ、お主のサイコ粒子が役立つ」
「俺の? なんで?」
疑問を抱き、言葉にする。
「お主のサイコ波は特殊で奴らが嫌う波長を示している。これを一時間聞かせたスキアはドロドロに溶解し、跡形もなく消えた。つまり、君はこの壊れた世界の救世主なのだよ」
宇宙服を脱ぐとベリーのような香りが漂う。これが宇宙の匂いか。
「それってどうやって分かったのですか?」
「なに。研究用にスキアを捉えていたのさ。そのスキアを利用してサイコ粒子を浴びせたのじゃよ」
研究用。地球にしかいないと思っていたが、そうではないらしい。
もし、その研究用のスキアが逃げ出しでもしたら……?
ダメだ。ネガティブな考えになってしまう。
きっと隔離されて安全が確保されているからこうしてスペースコロニーで生きていけるんだ。
「きたまえ。コロニーの中を案内しよう」
「コロニーの中……。俺たちがカプセルに閉じ込められたあの場所はなんです?」
あれもコロニー内部だと思っていたが違うらしい。
「わし個人の研究棟じゃ。そんなに広くないが、おおよそ100名の検体が隔離されておる。まあ、コロニーの外壁付近にある危険な場所じゃがな」
危険な場所に100人も? 人道的にどうなんだ?
ふつふつと沸いてきた怒りが身体の中を荒れ狂う。
「あんたは! それが人道的だとでも思っているのか!?」
「しかたないんじゃ。すべての人間を生かすほど、コロニーは広くない。じゃからコールドスリープに近い形で保護するしかない」
「そんな詭弁を!」
俺がどれだけ大変だったか。頭痛もそうだが、何をやっても報われない夢の世界で。
「そう。詭弁じゃな。実際にはサイコ粒子の流れを研究しておる。それが人類のためと信じて」
「だからって、俺たちを閉じ込めておく必要はないはずです」
「トロッコ問題じゃな。あちらを立てればこちらが立たず。どちらかしか生きられないのじゃ。分かっておくれ」
未だに納得のいく応えを見つけられない俺は保の後をついていくしかなかった。
結局、俺は長いものに巻かれるしかないのだ。
特別な因子、サイコ粒子を持たなければ、あのカプセルの中で一生を終えていたのだろう。それは幸せなことか? 違う。自分の意思でコールドスリープに入ったわけではないのだ。
生まれながらにして隔離生活を余儀なくされる。それも他人が与えた夢の世界で。
それは本当に救済と呼べるのか? なぜ自由に闊歩できる人間がいるのに、俺たちだけ隔離されていたんだ。
コロニー内部に入ると疑似重力が戻り、地に足をつけて歩くことができる。
内部には様々な人が暮らしていた。
パンを売る人、文房具を売る人。医療従事者、などなど。
様々な人がここでの生活を営んでいる。
ますますカプセルの外と中での違いを叩きつけれているようだった。
「あら。保さんじゃないですか? どうしたんですか? こんなところへ」
保の知り合いか、そう訊ねてくる。
「ちょっとこの男にコロニーを案内しておってな」
「初めまして。
「初めまして。私は
「……!?」
俺の知っている理彩の顔がそこにあったのだ。ただし年齢が違う。もう齢80といったところか。
腰が曲がり、杖をつき、買い物袋からはネギが覗かせている。今日は焼きネギだろうか。
「あら。博人くんですの?」
「そうじゃ。半間のクローンじゃ。それにしても健康的でスペシャルDNAの量産にも取り組んでおる。このままならいい結果が出そうじゃ」
「まあ、それは朗報ですね」
クツクツと笑う新井。
俺は今、目の前で起こっていることが信じられず、どうして別れたのかも定かではない。
「さっきの人、どういうことですか?」
「ん? ああ。クローンじゃよ。君も、寝ている彼女も」
彼女とは理彩のことだろうか。それにしても――
「俺のクローン」
どういうことだ。俺は両親がいて生まれてきたのではないのか。
科学の力と試験管から生まれてきた――人造人間とでもいうのか。
怖い。
俺の存在が否定されているようで。
まるで俺が生まれてきたのはただの実験体としての存在意義しかないようで。
「量産、というのは?」
そう、先ほど話していて気になったことを問う。
「そんなことを聴いてどうなる? お主はいずれ地球を回復させる唯一の希望じゃ。だから手厚く保護をしておる。じゃからお主には外出が許されておる」
暗に、本来ならこんなところにいられないと言われた。
そんな身分じゃないと。
そんな立場でないと。
だが、俺だって普通に生まれたかった。いつからなのか、あんなカプセルの中で、しかも無意味な夢を見せつけられ、存在意義も分からぬまま。
帰りたい。
帰って一人で寝ていたい。
もうごめんだ。
こんな世界で生きていても、なんの意味もない。
「わしは、半間くんがこの世界を好きになってもらいたいのじゃ」
「無理ですよ。そんなの……」
口ごもる。
瞳にはネガティブな印象しか映さない。
ここで生活している人は明るく楽しそうだ。まるで青春の一ページを切り取ったかのような世界がここにはある。
でも俺の帰るべき家はない。
あるのはあの夢の世界だけ。
あそこで生まれ、育った俺にはそれしかない。
積み重ねてきた経験も、知識も、無用の長物。
「じゃが、悪いが半間くんには夢の世界へ帰ってもらう必要がある。もちろん、
すぐにこっちに戻ってきてもらうがね」
「どいうことです?」
意味が分からず問う。
あっちの世界では絶えず五分前の世界が続くだけ。何の意味もない。
「いや、君のサイコ粒子が他の人々の意識を束ねて、生きているのじゃ」
「? どういう意味ですか?」
意味が分からず目をパチパチと
「ようは君のサイコ粒子がなければ彼女らは死に絶える」
「なぜ!?」
驚きで声が大きくなる。隣を歩いていた犬の散歩中のおばさんがびっくりした顔を見せる。ワンちゃんかわいい。
「欠落しているサイコ粒子の補填じゃ。君なしでは生きていけない。それも今度の研究で回復できる」
「そう、なのですか……」
どこか浮き足立つ気持ちで聴いていた俺は、うなずくことしかできなかった。
コロニーにある学校や研究棟、スーパーなどの施設を案内してもらったあと、俺はカプセル室に戻っていた。
「で。俺は寝ているだけでいいんですか?」
「そうじゃ、夢の内容は極力変えないようにするが、三人を見捨てなくなければ、三人ともいちゃいちゃしておくれ」
それは悪い提案ではなかった。だが同時に難しいことでもある。
「いちゃいちゃ、って。一人に絞った方がいいのでは?」
「それが、三人ともサイコ粒子の欠落した、サイコ粒子流失症にかかっておってな。その治療に君が必要なのじゃ。最悪、死ぬからのう」
結局、いちゃいちゃするのは三人ともなのか。難しいが、やるしかない。でないと死ぬ。
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