第3話 葵との大学生活。
ボコボコと泡立つ液体。
苦しい。息苦しい。
目の前を見ようと目を開けると、そこには研究室らしき世界が広がっている。
「進度27。呼吸正常、脈110、サイコ粒子に異常!
「なるほど。エス粒子が局所的に現れている。この検体を最優先で観察しろ。新人類の誕生だ!」
パチパチと拍手が鳴り響き、「おおー」と感嘆の声を漏らす人がちらほらと見える。
なにが起きているんだ?
俺は深い闇の中に落ちていく。
痛みでのけぞる俺。
と、見慣れた天井が広がっている。テレビがつきっぱなしだったのか『現在、逃走中の犯人はこの近辺に隠れている模様』と意味のない情報を垂れ流している。
今の俺は
そうだ。俺のデートは五分前に終わったのだ。そして今、ここにいる。
デートなんてなんの意味もなかった。ただの徒労に終わった。
なぜ?
と問うても、応えはでない。
記憶を呼び覚ますと、俺は葵に告白され返事を待っている状態らしい。
そんな葵と会いにいくのだ。少しはこじゃれた格好でもしていくか。
そういえば葵は一つ下の後輩にあたるのか。
『先輩と同じ大学を受けて一緒にいるのです』
そう言って有言実行。俺と同じ難関の大学に入学した。そこまでたどり着くのに、どれほどの勉強をしてきたのか、計り知れない。
それは俺も同じでバイトの間がら、勉強をしていた。ただ勉強するだけではなく、一ヶ月に一回、遊ぶ日をもうけたり、毎日三時間まで勉強をする、などの自分ルールを作って勉強した。
それもあって難関大学・裸部利大学に入学できたのだ。
そんな努力も、五分前に作られた偽の記憶にすぎない。
無意味さを抱きつつ、俺は葵の待っている大学まで自転車をこぐ。
寒空の下、吐く息が白い。
手がかじかみ、震える。
12月24日。クリスマスイブ。
寒いのは当然だが、例年よりもさらに冷え込んでいる気がする。これも地球温暖化の影響なのだろうか?
温暖化と言いつつ、なぜか気温が下がるという不思議な話だが、気流や水流の変化で冷え込むらしい。
大学までたどり着くと葵が待っている模型部に立ち寄る。
中はさほど広くもなく四人いれば狭いくらいの広さだ。その中で一人黙々と作業を続けている女の子がいる――葵だ。
その他にも二名ほど部員がいるらしいが、今は休んでいるようだ。
シューッとエアブラシが音を立てて塗料を吹き付けていた。
「ん? 半間先輩じゃないですか! 約束、来てくれたんですね」
エアブラシを止め、駆け寄ってくるのはエプロン姿と防護マスクをした葵。
マスクを外すと小さいが形の整った唇が見える。
「半間先輩~」
ニヤニヤしながら、俺の腕に抱きついてくる葵。
「ずいぶん、嬉しそうだな、葵」
「そうですね。クリスマスイブに会えるなんて、とても素敵なことだと思います」
ばっと離れ、深呼吸をする葵。
「それで、答えはでましたか? 半間先輩」
俺は知っている葵は優しくて、思いやりにあふれていて、芯の強さがあることを。
模型が好きで、自作した商品を売りに出すほどに。
小悪魔なところも。
でも――。
「ごめん。俺はまだ答えられない。知るための努力をしたい」
五分前の記憶など、意味ない。俺が本当に欲しいのは今の気持ちだ。
「そうですか。分かりました。これから色々と知っていくのは必要なことですもんね」
うんうんと頷く葵。
得心いったのか、その顔は綻んでいた。
「ちゃんと考えていてくれて嬉しいです」
「それで、俺はどうすればいい」
「じゃあ、今日一日はあたしの言う通りに動いてもらいます」
「デートって奴だな。よしいいぞ」
「もう! なんでそう簡単に言うんですか! もう!」
バタバタと俺の胸を叩く葵。
地味に痛い。
「察しが良すぎます。そんなんだから理彩先輩や玲奈先輩のことを捨てられないんです」
その反論は当たっていた。
俺は理彩や玲奈のことを思っている。ただそれが好きなのかどうか。俺がどう思っているのかは分からないままでいる。
好きなのかもしれないが、それが恋人としてなのか、人間としてなのか、友人としてなのか。そんな単純なことですら分からないのだ。
「でも先輩たちには内緒にしてあげます」
唇に指を当てて、黙っていると約束してくれる葵。
「ああ。それはありがたいな」
でないと、理彩たちは嫉妬して突発的な行動をしてしまうかもしれない。
「じゃあ、今日の講義が終わったら連絡くださいね」
「ああ。ありがとう」
待っていてくれることに感謝をし、俺は講義へ向かう。
確か「動物生理学」と言ったか? 個々の違いや、その多様な考え方が気になり、受けてはいるものの、今では単位目的になってしまった学問だ。
二限の授業も終え、俺は葵に会いにいく。
これからデートだ。
身の引き締まる思いで、模型部を訪れる。
「ちょっと待ってくださいね」
どうやらまたプラモを塗装しているのか、その動きを止める葵。
「今終わりました」
「他の部員はどうした?」
「今日はお休みのようです。あたしは頑張っているのです! 偉いですか?」
「そうだな。偉い偉い」
「なんですか。その投げやりな感じは」
がっくりとうなだれる葵。
それもそのはず。葵は模型部のメンバーから好意を寄せられているのに、わざと無視をしているのだ。
さすがは小悪魔。
そんな彼女とデートする俺もたいがいだが。
「さあ。行きましょう! レッツゴー!」
テンションの高い葵は俺の背を押して部室から出る。
近くのファミレスに入ると、葵が不思議そうにしている。
「なんだ?」
「それはあたしの台詞。なにかな、なにかな?」
こっちの言いたいことを瞬時に見破ってくるあたり、こいつ本当いい性格しているな。
「いや、デートでファミレスってどうなんだ、って思って……」
「うは! デートって認識してくれている。嬉しい!」
一通りはしゃいだあと、葵が落ち着きを取り戻す。
「それは、半間先輩と一緒ならどこでもいいのですよ?」
「そうか。それならいいんだ」
小悪魔なこいつのことだ。何か裏があるんじゃないかと思ったが惚れた男に嘘をついているとも思えない。
しばらくの間、頭を抱えていると、唐揚げ定食とカルボナーラが運ばれてくる。
唐揚げ定食を手にすると、まずは千切りキャベツから、次に唐揚げ、白米の順で食べる。
「ほへー。すごい量ですね」
「ああ。ここのは安さと量が売りだからな」
「ちょっと食べてみてもいいですか?」
「いいぞ」
あれ。これってあーんする流れか?
俺は唐揚げの一個をつまみ、葵に向ける。
「ほら、あーん」
「……!? 実際にそんなことやる人、初めてみましたよ」
おや、若干引き気味な葵。
この選択肢は間違っていたようだ。
だが箸を伸ばすと、小さな口をめいいっぱい広げる葵がいる。
口に入り、咀嚼。
「うん。おいしい」
遅めの食レポをすますと、俺は食事を再開する。
和やかな雰囲気のなか、外で騒ぎが起こる。
「このレストランはおれのものだ!」
そう言ってナイフを持った大男が店内に入ってくる。
大柄で無骨で品のなさそうな顔立ちをしている。今朝のニュースで流れていた逃走中の男と分かった。
こちらから動かない限り、攻撃はしてこないだろう。
「お。そこの女、いい身体をしているな。おれのものになれ」
そう言って指を指したのは葵だ。
葵は驚きのあまり俺の後ろに隠れ、「助けて」と小さく呟く。
「分かった。俺がなんとかしてみせる」
記憶の片隅にある柔道の型を思い出し、大男につかみかかる。
だが握られていたナイフは軽々しく俺の腕を切り裂いた。
痛い。痛いイタいいたい。
我慢できない痛みで、その場で転げ回る。
ざざざっ。
またこの世界は壊れるのか。
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