第4話 五分前戦場。

 東部とうぶ戦線。

 俺はその真っ只中にいた。

 銃弾の雨が降り続け、一時間。

 そろそろ相手の残弾も尽き、リロードするだろう。なら、その間を狙う。

 俺は立ち上がり、サブマシンガンを撃ち込む。

 隣にいた玲奈が応戦してくれる。

「玲奈。コンマ二度左へずれる」

「風の影響ね。分かったわ」

 玲奈の完璧なフォローに目を疑う。

 俺が敵をいぶり出しているのに、葵はすぐ気がついたのだ。

「さすが玲奈!」

「ふふ。これでも半間くんのパートナーだからね!」

 そう言って銃声を鳴らす玲奈。

「突破口を開く、半間くん!」

「ああ。分かった。突貫する!」

 玲奈の開けた道をたどり、俺はマシンガンを撃ち放つ。土豪には手榴弾を投げ込み、爆破。

 敵兵力をそぐ。

 なぜ俺は戦っているのか? 国のためか、国に残された者たちのためか。理彩や葵のためか。それとも今隣にいる玲奈のためか。

 問うても答えはでない。

 五分前の記憶が残った俺にはこの逆境はきつい。

 死を連装する武器、肌がぴりつく感じ。

 俺の中のなにかが危機感を募らせている。

 それでいいのか? と。

 分からない。でも俺はまだ生きなくちゃいけない。そう思えてしまうのだ。

 マシンガンを撃ちながら、敵陣を突破。

 後方と前方を討ち取られた敵兵は降参の白旗をあげる。

 生き残った敵兵は捕虜にする――それがこの世界のルールだ。

「諸君らは俺たちの捕虜にする。手をあげ、我に従え!」

 俺はマイクを通じて捕虜になるのを勧める。

「あんたがいなければ!」

 そう言い飛びかかってくる一人の兵士。その手に握られた銃が火を噴く。

「あんた!」

 怒った玲奈が拳銃のトリガーを引き絞る。直後、兵士は倒れた。

 痛い痛い痛い。

 熱を帯びている感じがする。

 俺の脇腹が熱を帯び、激痛を走らせている。

「どこを撃たれたの?」

 優しく接する玲奈に惚れそうになる。

 だがそんなことを言っている場合じゃない。

 すぐに救援隊が来て、処置を受ける。

 悪いが周りを見ている余裕なんてない。

 この東部戦線がどうなったのかは、あとで知らされた。

 捕虜二十一名。あの攻撃してきた兵士一人を除き、皆が素直に従ったそうだ。

 俺は前線から退しりぞき、現在療養中。

 脇腹を撃たれたことによる臓器の損傷。今の最先端治療、再生医療により臓器の回復を行っている。ただ傷口から細菌やウイルスの侵入が認められ、一週間の高熱にさらされた。

 頭がクラクラし、焦点も定まらない。そんな状況だったが、なんとか一命をとりとめた次第である。

「やっと起きたわね。わたしよ。分かる?」

「理彩か。久しぶりだな」

 周囲を見渡すと、三十名近い負傷者が同じようにベッドに寝かされている。

 ベッドとベッドの間には仕切りもなく、顔が見渡せるようになっていた。

「そうね。久しぶりよ。もう、博人が重傷て聴いたときは心配したんだから」

「実際、危なかったしな」

「そうね。でもこうして生きている」

「ああ。そうだな」

 理彩が安堵したような顔つきでリンゴの皮を剥き始める。

「葵ちゃんも来たがっていたけど、あっちはあっちで忙しいし」

「製紙工場だっけか? 今のご時世、前線にこない方がいい」

「そうね……。ねぇ、この戦争、いつになったら終わるのかな?」

 不安そうに揺れる瞳。

 たぶん、それはこの場の全員の意見だ。

「君が半間博人くんかね?」

 軍服を着た男が俺のベッドに歩み寄る。その肩には十字勲章が貼り付けてある。

「陸将!?」

 俺は慌てて上体を起こす。

 陸将は階級で言えば、トップクラスの責任者にあたる。

「そのままでいい」

 優しく諭すように言う陸将。

「しかし、君の活躍は素晴らしいな」

「いえ。玲奈があっての戦績です」

「奥ゆかしさは時として刃になるぞ」

「すみません」

「しかし、だ。そんな君に西部戦線への旗頭になってもらう」

「! それは!」

「昇進おめでとう! 君は本日付で大佐に昇進だ。明日からは作戦の立案、前線での立ち回りなどを期待しているぞ」

「は、はい! 分かりました」

 尻すぼみになるのは自信がないからじゃない。俺の身体が万全でないのに、戦線へ連れ戻すような言い分が気に入らなかったからだ。

「元気がないな。少しは休めたと思ったが?」

「はい! 療養は十分です!」

 ここでは批判的な意見は潰される。

 反逆罪になれば死刑だろう。そんなのは嫌だ。だから俺は再び銃を手に取る。それしか生きる道がないのだ。

「行っちゃうの?」

 理彩が俺の袖を引っ張り、訊ねてくる。

「可愛いガールフレンドじゃないか。半間くんも、彼女に恥じぬよう、邁進したまえ」

「はい。もったいなきお言葉」

 俺は敬礼をし、その場を立ち去るのを待った。

 陸将が立ち去ったあと、理彩が潤んだ瞳で袖をひく。

「俺は行かなくちゃ」

「なんでよ! そんなに傷だらけなのに! 辛い思いをしたのに。まだ戦うの? なんのために!」

 いつもボーイッシュな理彩からは想像もできない女の子らしい言葉使いに心臓がはねる。

「お前のためだ。理彩を守ると約束した。だから――」

「嘘つき! それなら一緒にいてよ。そばにいてよ」

「ごめんな。これが今の俺にできる最良のことなんだ」

 俺は戦う。そしてこの世界で生き抜く。それしかできないのだ。

 怖くないわけじゃない。死は怖いものだ。

 死ねばひとりぼっちになってしまう。この世界から隔離されてしまう。

 天国なんて慰めはいらない。死んでしまえばただの肉塊へと変貌するだけだ。

 慰めなどいらない。

 死が怖くて、戦っている。

 生き残るため、生きて明日をつかむため、戦うのだ。

 その未来には理彩も、玲奈も、葵も含まれている。

 俺は幼なじみを、同級生を、後輩を、見捨てられないのだ。

 戦うしかない。

 今の軍事国家にはそれしかないのだ。


 次の日、俺は軍事医療キャンプから西部戦線の前線へと向かう装甲車に乗り込む。

 装甲車には他にも小次郎こじろう龍馬りょうまが乗っている。俺の傘下に加わるらしい。

「で。体長はどうお考えで?」

 小次郎が訊ねてくる。

 今回の任務。犠牲を出さずに戦うのは厳しいだろう。それについての意見を求めている。

「安心しろ。お前たちは死なせない」

「ひゅー。かっこいいね、さすが体長」

 半笑いで応じる小次郎。

「小次郎、やめろ」

 冷えた声を放ったのは龍馬だった。

「もとから聴いていれば、お前はそんなに体長に死んでほしいのか?」

「へへ。そんなつもりはないね。ただおれは死にたくないんでね」

「それはみんな一緒だ。俺も死にたくはない。だから立案する作戦をまっとうしてもらいたい」

「へ、へー。そんなにいい作戦があるのかよ。だったらやってみせてくれ」

「お前、上官に向かってなんて口の利き方だ!」

「いいじゃんか。少しくらい」

「そんなんだからお前の隊は全滅したんだ!」

 小次郎の軽口に、怒りを覚える龍馬。

「やめろ」

 俺はそれを止めると、小次郎に向き合う。

「君のような軽薄な人でも役に立つ時はある。仲間の死を思いやれない兵士はつまらんぞ。龍馬、少し頭が固すぎる。小次郎を見習え」

「なっ! 了解しました。それがご命令とあれば」

 悔しそうに小次郎を睨む龍馬。

 だが、小次郎もぶすっとする。軽薄と言われたのがよほど堪えたのだろう。

「そろそろ前線につく。まずは前線司令部とのコンタクトが必要になるな。気を引き締めてかかれ」

「……はいよ」「了解」

 クセの強い二人だが、戦場を生き抜いた実績がある。

 装甲車が前線司令部の目の前で止まると、俺たちは車から降り、司令部のキャンプへ向かう。

 難民キャンプも近くにあるせいか、子供の泣き声や銃声の音が鳴り止まない。

「こんなところに難民キャンプなんて……」

 戦慄する。目と鼻の先には敵軍が待ち受けているのだ。

 子供の書いた絵が真っ赤に染まっている。

 ここは最前線なのだ。

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