第16話

 『いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?』

 「二人でーす♪」

 「おい、店内で大声出すな。……すみません、二人でお願いします」

 『あははは、可愛い彼女さんですね。こちらへどうぞ、二名様ご案内致します』


 店員に彼女と間違われたのは、これが初めてではない。初めてではないのだが、それでも言われ続けてしまった事で俺は慣れてしまった。間違いを正す必要も無ければ、指摘する必要もない。……というか面倒だ。

 

 『こちらの席へどうぞ。メニューはこちらになりますので、ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンで御呼び下さい』

 「はーい」

 「分かりました」


 店員から恒例の説明を受けてから、俺達は各々でメニューを広げて何を頼むか視線を落とす。だがしかし、テーブルに広げたメニューを無視して、空は俺の隣へと移動して来た。

 

 「向かい席に戻れ。メニューが見にくい」

 「え~、逆さまの方が見にくいよ~。それともさっくん、くっつかれて恥ずかしい?ねぇねぇ恥ずかしい?ねぇどんな気持ち?素直に吐き出しちゃいなよ~」


 ――ゴンッ……!


 「~~~……うぅ、ひどいよぉさっくん。いきなり殴るとか」

 

 メニューを見る為に向かい席から、わざわざ隣に移動して来た空は密着し続けてきた。言動と行動に難ありと思いつつも、指摘するかどうかは迷ったが……煽られたので脳天に拳をお見舞いしてやった。


 「人の事を煽るからだ。つか、さっさと選べよ。俺はもう決まったぞ」

 「相変わらず早いね、さっくん」

 「店に入る前から大体決まってるしな。メニュー見たのは、単なる品定めと自分の気分を再確認しただけだ。注文に詰まったりすれば、俺の気分も害するかもしれないし、注文が長引けば店員にも店側にも迷惑が掛かる。次の客も待たせる事になるしな」

 「注文だけでそこまで考える人って、あんまし居ないと思うなぁ」


 そう言いながら注文が決まったのだろう。空は「決-めた♪」と言って、呼びベルを押した。店員がニッコリしながら、『お待たせしました』とテーブルまで近寄った。


 「ミックスグリルとライスのセットを一つで」

 「あたしはカルボナーラとチーズハンバーグ単品で。あと、デザートにチョコジャンボパフェで!」

 『畏まりました。ソフトドリンクの方がお付け致しますか?』

 「お願いします。二つで」

 『畏まりました。ご注文を繰り返します。ミックスグリルのライスセットがお一つ、チーズハンバーグとカルボナーラの単品がお一つずつとチョコジャンボパフェがお一つとソフトドリンクがお一つずつでお間違いないでしょうか?』

 「はい」

 「はーい♪」

 『畏まりました。それでは少々御待ち下さいませ、ふふふ』


 店員が微笑ましさを感じているのか、生温かい目を向けてから違うテーブルへと向かって行った。離れる時に浮かべていた笑みに対して、俺は溜息混じりに空に告げる。

 

 「頼むから普通にしててくれ。店員に笑われたぞ、お前」

 「悪い印象じゃないし、良いんじゃないかな?あたしもあの人も、どっちも迷惑掛けてないから良いでしょ?」

 「それはそうだが……はぁ、一緒に居る俺の事も考えてくれ」


 そんな事を言った瞬間、俺は失言だと感じる間もなく空は白い歯を見せて告げた。


 「言われなくても、さっくんの事なら毎日考えてるから安心して♪」

 「あぁ、そうかよ」

 「うん、そうなのだよ。ふふん♪」


 両手で顎に手を添えて、ニッコリと笑みを浮かべる空は楽しんでいるのが伝わる。そんな表情を見れば、これ以上の説教は不要だなと理解せざるを得なかった。つか、言うのを憚れた。

 周囲の生温かい視線と店員の視線に挟まれ、俺は溜息混じりに頼んだばかりのメニューに視線を落とすのであった。


 「(あぁ~、さっくん可愛い♪)」

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