第10話

 ――デートしよ、さっくん!


 その言葉によって始まった放課後。女子グループから冷やかされるような笑みを浮べられ、男子グループから睨まれつつ教室を出た皐と空。茶化されたり、憎悪を向けられたりしている。

 しかし、皐は呆れつつも、隣に並ぶ空をチラッと見る。緊張しているのか、頬が微かに赤く染まっている。普段の空からは考えられないぐらい、静かな状態であると皐は印象を受けていた。


 「……」

 「……」


 今まで馬鹿みたいに騒ぎ合っていた間柄だというのに、互いに言葉を交わす事もなく静寂に包まれている。聞こえるのは周囲の喧騒と自分達の足音、そして自分の心臓の鼓動だけだ。

 放課後に一緒に帰る男女が居るという事は、他人がしている様子を何度か見た事がある。しかし、それがまさか自分達になるとは考えてもいなかったのだろう。だが、生物学的には男子と男子である事は互いに理解している。


 「はぁ……それで、何処か出掛けるのか?」

 「え?あぁ、えっと……」

 「何だよ、誘った割りに何も考えてなかったのか?」

 「あぁ、うん。あはは、ごめんね?誘う事に必死で、何も思い付いてないや」


 苦笑しながらそう言った空は、軽く笑みを浮かべてもすぐに元に戻ってしまった。いつものテンションではない様子から、中学生の頃に戻ったようだと皐は感じていた。

 昔はどうであれ、いつもは明るく、馬鹿みたいに言い寄ってくる。それが皐の中にある蕪木空という人物像なのだろう。それを思い返した皐は、溜息混じりに視線を重ねずに告げた。


 「はぁ……ったく、ほらよ」

 「え?」

 「調子が狂うんだよ、お前がそんなんだと。だから、いつもみてぇに我儘で居ろ」

 「っ……あはは、何それ。あたしってそんなワガママかな?」

 「そうだよ。知らなかったのか?だとしたら重傷だな、厄介にも程があるぞ」


 そう言いながら手を差し出す皐に対して、空はクスリと笑みを浮かべて手を伸ばした。いつもは簡単に手を繋ごうとしたり、腕を組もうとしたり……それでも捕まえたとしても、すぐに引き剥がされてしまう事しかなかった。

 だからだろうか。空はこの時、心の底から嬉々として差し出された手を握った。強く、そこでちゃんと繋がってるのを確かめるようにして。


 「強く握り過ぎだろ、お前」

 「これぐらい我慢して。男子でしょ?」

 「……あぁ、仕方ねぇから我慢してやるよ」

 「えへへ、それでこそあたしのさっくんだ♪」

 「お前のになった覚えは無ぇよ」


 握られた手の温もりで安堵した空は、いつものような口調で皐に好意を向ける。


 「えへへ」

 「……」


 笑みを浮かべる空の様子は、いつもと変わらない空気感に包まれている。それを理解した皐は、そんな空に視線を向けながら改めて面倒そうに問い掛けた。


 「それで、これから何処に行くか決まったか?」

 「あぁ、うん!決まった♪」

 「あ、おい!引っ張るんじゃねぇよっ、自分で歩けるっつの」

 「えへへ、デートだもん!さっくんに拒否権はないのだ!」


 そう言って皐の手を引く空を見て、皐は呆れた表情を浮かべて口角を上げる。いつものように突っ込もうと思ったが、皐は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

 そして皐は引かれるがまま、空との放課後デートが幕を開けたのである。

 

 

 

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