第8話

 「ご馳走様でしたぁ!ありがとねぇ、ミクミク~♪」

 

 美味しかったぁ~、と言いながらレジャーシートの上でゴロゴロし始める。既に弁当箱を片付け終わっているが、片付けし終わった弁当箱をバッグに入れながらジトッとした目付きで未来ちゃんが空に言う。


 「空先輩、食べてすぐに横になると牛になっちゃいますよ」

 「えぇ~?大丈夫だよ~、平気平気」

 「そのまま太っても知りませんよ?」

 

 パックジュースにストローを挿し、目を細めて未来ちゃんは寝転がる空に視線を向ける。ゴロゴロとする空は、未来ちゃんの言葉を聞いて寝転がったままニヤリと笑みを浮かべた。


 「そんな簡単に太らないよー?ほらー、あたしって可愛いじゃん?」

 「むかっ……殴りますよ」

 

 未来ちゃんの顔が傍から見てもキレてる事が分かる。そんな未来ちゃんの様子を気にせず、空は両手で顔を支えながら見上げて言った。


 「だって事実だしぃ~、そんな簡単に太るような生活してないしぃ~?」

 「……」


 空の発言と態度に対し、未来ちゃんが眉をピクピクと動かす。あー、イライラしてる。確実にイライラしてるぞ、空。お前、それ以上は止めた方が良いぞ。

 そんな俺の脳内忠告に気付く訳もなく、俺の目線を勘違いしたのだろう。空は俺と視線が重なった途端、照れたように頬を赤く染めて言った。


 「さ、さっくん、そんな熱烈な視線を送るなんて……まだ明るいけど、うん。良いよ?」

 「スカートを捲るな、汚い」

 「失礼な!!ちゃんと毎日お風呂入ってるし、無駄毛の処理もしてるんだよ?」

 「いや男だろ、お前」

 「男子でも無駄毛の処理する時代だよ?化粧だってするんだから」

 「それは男としてだろ?お前はじゃねぇか」

 「え……?」


 あ……やべぇ。触れてはならない線に、地雷を踏んじまった。

 

 「あーあ、知らねーぞ?オレは」

 「お兄さん、それは禁句だと決めたはずじゃ……」


 来人も未来ちゃんも、俺の言った事に対して動揺している様子だ。俺自身も、自分が何を言ったか言ってから理解した。それは中学の時に決めた事で、空は知らない俺と来人と未来ちゃんの間で決めた禁句。

 これだけは絶対に空に言うなと決めていた事を今、俺は自分で言った事に気付いた。


 「性別を、偽ってる?……あたしが?」

 「あぁいや、落ち着け空!!今のは違う!!何でもねぇ、俺の言い間違いだ!」

 「言い間違い?さっくんはそんな間違いしないよ?さっくんは頭が良いし、運動も出来るし、あたしを可愛がってくれる。それがあたしのさっくんなんだけど……ねぇ?さっくん」

 「あぁ、な、何だ?」


 一歩、また一歩と距離を詰め寄る空。いつもの明るい表情ではなく、闇を抱えたような眼差しを向けられる。女豹のように四つん這いで詰められるが、いつもの雰囲気と比べればかなり暗い。

 重なる視線の先に見える空の目は、吸い込まれそうなくらいに真っ黒で空洞だ。


 「お、おい止めろ!空!マジ、な?落ち着けって!!」

 「落ち着いてるよ?あたしはいつも正常。あたしよりも、さっくんが異常なんじゃないかな?だってあたし、可愛いし、ちゃんとさっくんの好きな美少女やってるよ?ねぇ?さっくんもそう思うよね?」

 

 首を大きく傾けながら、既に吐息が顔に当たる距離にまで詰め寄った空。俺はその様子にたじたじになりつつも、どうしようか悩み続けていた。


 ◇◇◇


 その頃一方、親友の来人と一つ後輩の未来はその様子を眺めていた。皐が禁句を言い放った時点で距離を取っており、少しだけ離れた場所から二人の様子を見ながらパックジュースを飲んでいる。


 「目にハイライトが無いな。助けますー?未来ちゃん」

 「君塚先輩が助けたらどうですか?親友ポジに居るんですから」

 「いやー、たまには焦ってるあいつを見るのも一興だろ」

 「あー、それは確かに」

 「でも良いのか?」

 「何がですか?」

 「だって未来ちゃん、皐の事好きでしょ」

 「はひっ?!」

 「あらまー、真っ赤にしちゃって。お可愛いことで」

 「べ、別にそんな……好きとか……そんな事は、無い事も無い、ですけど」

 「なら止めた方が良いんじゃないの?同性でも、あれは本気で皐のことを堕とそうとするぜ?」

 「……未来は良いですよ。自分の気持ちよりも、今を大事にしたいので」

 「そうかい」


 想いを寄せているのは知っている。だがしかし、それは当人の問題だという事も理解しているつもりだ。来人は静かにそう呟く中、未来は少しだけ寂しげに微笑んで皐と空の様子を見つめるのだった。


 「ねぇ?どうなのかな、さっくん……あたしって可愛い美少女だよね?」

 「分かったから離れてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

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