第3話

 「……」


 ムスッとした表情を浮かべながら、俺の後ろに隠れる未来ちゃん。それを覗き込もうとする空に対して、身を引くようにして俺の背中に隠れ続けている。その様子を眺めながら、ぐるぐると俺の周りを右往左往している。

 鬱陶うっとうしいと思いつつも、俺は二人の距離を離しながら朝の挨拶をする事にした。


 「まぁ改めて……おはよう、未来ちゃん」

 「ミクミクおっはぁ~♪」


 俺の挨拶に便乗した空は、満面の笑みを浮かべて後輩である未来ちゃんに近寄った。だがしかし、未来ちゃんは俺の事を盾にするようにして後ろに回った。

 せっかく挨拶する為に前に出ていた未来ちゃんだったが、再び俺の後ろに回ってしまった事で俺は空を睨む。苦笑しながら空は両手で俺の事を押さえようと身構えるが、すぐに未来ちゃんの顔を覗き込むように前屈みになった。


 「そんなに怯えないで欲しいんだけどなぁ。ミクミクに嫌われるような事したっけ~?」

 「……しました」

 「えぇ、いつ!?」

 「まさか、忘れたんですか?あの時の屈辱、未来は忘れませんよ」


 一体何が遭ったのだろうかと気になったが、どうせ空の事だからくだらない事をしたのだろうと脳裏に過ぎる。そしてそれは、未来ちゃんの次の言葉で確信する事になった。


 「あれはお兄さんの家に集まった時の事です」

 「あれ?何か回想が始まったんだけど……」

 

 語り始める未来ちゃんの言葉を遮るようにする空だった。だがしかし、未来ちゃんは気にせずに自分の言葉を続ける。まるで昨日の事のように思い出すようにして。


 「――お兄さんがトイレに行った後、お兄さんの部屋に空先輩と二人きりになった時の事です」

 「あぁ、そういえばトイレに行ったな。その時に何か遭ったのか?」

 「お兄さんは知らないだろうから教えてあげる。この人はその時、お兄さんのトイレ中に侵入を計ろうとしてたの」

 「うわ、マジかお前。流石にそれは引くわ」


 未来ちゃんは嘘を吐かない。それを知っている俺からすれば、弁解しようとしてる空の行動が自ら裏付けているようにしか見えない。そういえば中学時代、俺の家で勉強会も兼ねて遊んだ日があった。

 その時トイレに行ったのだが、確かにドアノブが上がったり下がったりしていたのを覚えている。まさかあれが空だとは……いや、俺も心の中では知っていただろう。だがしかし、何だかんだで一線は越えてこないと思いたかったのだろう。

 だが所詮は空か。無理だな。


 「ちょっとさっくん!?ミクミクの言葉を間に受けないで!」

 「何を言ってるんですか。真実じゃないですか!それに空先輩は『あぁ大丈夫大丈夫、あたしとさっくんは運命の赤い糸で繋がってるから。このくらいは許してくれるよ』なんて意味の分からない事を言ってたじゃないですか!」

 「それだけで屈辱なんて思うミクミクもオカシイじゃん!」

 「未来が屈辱だと思ったのはその後ですよ!!」

 「え、その後……何かしたっけ?」

 「本当に覚えてないのなら、やっぱり通報して一度牢にぶち込んだ方が世の為になると思う。お兄さん、今すぐにでも通報しない?」

 

 一体何をしたのだろうか。ここまで未来ちゃんが嫌悪を覚えるという事は、相当な事(くだらない事)をしたのかもしれない。俺は出来る限りに空の行動パターンを脳内に浮かべたが、どれも通報出来そうなパターンしか無くて逆に困惑した。

 そんな事を思っていた時、未来ちゃんがムスッとした表情を浮かべて空を指差した。


 「この変態さんは、未来の服を剥ぎ取ろうとしました。トイレに行く事を止めたからって、無理矢理にベッドに押し倒して来ました」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は心の底から声が漏れた。


 「うわぁ、マジか」

 「いや、女子同士だから!!問題ないでしょうが!」

 「いや、お前男じゃん。十分に犯罪だから、一度捕まろうぜ」

 「違うしー!!あたしは無実だぁ!!!!うわーんっっ!!!」


 泣き真似をしながら廊下を全力疾走する空。その背中を見届けながら、俺は溜息混じりに携帯の電源を落として呟いた。


 「はぁ全く……じゃあ未来ちゃん、またお昼休みな」

 「あ、うん!またね、お兄さん♪」 


 これが俺の日常であり、俺の友達である。大変不本意ではあるが、騒がしくも楽しい毎日を送っている。俺が居て、空が居て、来人が居て、未来ちゃんが居る。

 そんな何の変哲もない日常は、俺にとっては大事な時間である。まぁ、一人だけ不純物があるけれども。そこはあれだ、気にしたら負けである。

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