第19話
それから少し遅れてダリアス王が入室してきた。派手な刺繍の施された祭服のようなものを着ており、従者を二人従えていた。前回、暁斗が会ったときは、かなりラフな状態だったのだろう。
騎士たちは国王の入室を察知して姿勢を正したが、セリムはソファーから立ち上がることもしない。
――さすが。……それでこそ、セリムってことだな。
セリムの態度を見た暁斗の感想だった。それでも、セリムは国王が自分の正面のソファーに来た時、文字通り重い腰をあげて姿勢を正して挨拶をした。
挨拶と言っても、言葉もなく頭を軽く下げただけである。その行為に敬意が込められているとは考えられない。
セリムの態度に反応したのは、騎士の隊長らしき人物だった。周囲の空気を変えてしそうなほどに殺意ある目でセリムを見た。
――あんな男よりも、ジークフリートの方が立派に見えるんだけど、どうなってるんだ?
確かにセリムの態度は褒められたものではないが、いかなる状況でも冷静に対応することが求められるはずの騎士が取るべき行動ではない。
ジークフリート本人が『騎士に求められるのは強さだけではない』と言っていた。その視点で、この男も当て嵌まらなくなる。ジークフリートが騎士としての称号を与えられていないとすれば不自然なことだった。
「相変わらずの態度だな?……其方は世界を救える力を持った希望そのものなのだ。もう少し、それらしい態度に改めることはできぬのか?」
「ムリでしょうね。やらされたくないことをやらされるだけなんだから。……世界を救うって言ってますけど、今の世界のままで十分じゃないですか?」
「それは、そうかもしれんが、この状態が将来も同じように続くとは限らん。……私は、この先を生きる民たちも安心して暮らせる世界を作りたいのだ。」
「立派なお考えですね。……まぁ、俺としては、あの件さえ守ってもらえれば最低限のことはやりますよ。」
セリムは皮肉を込めた言い方をする。暁斗も国王に対して不遜な態度だったかもしれなが、暁斗とセリムでは立場が違っている。
だが、ダリアス王が怒らずに嗜めるだけに止めているあたりが、関係性の難しさを物語っている。ダリアス王としては、セリムの機嫌を損ねることなく自主的に冒険を遂行することに拘っていた。
「それにしても、今日は何なんですか?……やけに仰々しい雰囲気で、騎士団長までお越しになってる。」
「あぁ、今日から其方にも、この国の安寧を守護する騎士として歩み始めてほしいと考えていたのだ。……もちろん正式な騎士ではないが、心の有り様の話ではあるな。」
「中身が伴わないけど、外堀だけ埋めておこうってことですか?……でも、皆さんが納得してるとは思えませんが?」
セリムの言葉に並んでいる騎士たちが反応を見せる。周囲の人間が納得していない態度をセリムは感じ取っており、そのことを指摘されたことで動揺したらしい。
――このセリムって……。
暁斗は、セリムの対応に驚いていた。ただ太々しいだけではなく、これだけの状況で物怖じすることなく思ったままに発言できる精神力は称えるべきだった。
それに引き換え、この場に同席している人物たちの心は脆かった。離れて見ているだけの暁斗が感じ取れてしまうくらいにセリムの言動に反応してしまっている。
ロドリーの態度に比べるまでもなく、セリムの態度は酷い物だった。ロドリーの態度に否定的な立場である暁斗が、セリムには嫌悪感を抱いていないことは不思議なことだった。
「今は周囲の者たちを納得させることができなかったとしても、世界から魔獣を消し去ることで、誰もが其方の存在を認めることになるのだ。」
「そんなもの、認めてもらったとしても何にも得にはならないですけどね。」
「……だが、特別な権利を与えられた貴族として生きていくということは、影響力が必要になる。其方が、この国に何をもたらしてくれる存在なのかを知らせることが重要なのだ。」
「魔獣がいない世界を作ることで、俺が貴族として生きられるってことになるんですか?」
「もちろんだ。……これ以上ないほど、この国の発展に貢献したことになる。だが、それは実績としての話であり、人々の模範となるような立ち居振舞いも伴わなければ意味がない。」
「普段の生活態度も改善しろ、ってことですか?」
言葉遣いだけは丁寧だが、ダリアス王の話を小馬鹿にしたように聞いている。貴族が、そんな立派な存在ではないことをセリムも分かっているのだ。
社会的特権を与えられているが、血縁で受け継がれる称号に価値があるのかは疑わしい。その称号に誇りを持って、正しくあろうとする者もいるのだろうが、多数派ではないはずだった。
ダリアス王は立ち上がり、一番偉そうな騎士に合図を送る。剣を恭しく持っていた男がダリアス王の前まで進み、持っていた剣を王に手渡した。
「……この剣はミスティルテインという宝剣だ。過去、この宝剣を持った騎士がヴァイカス王国に迫る危機を打ち払ってきたという、由緒正しき剣。」
ダリアス王は受け取った剣を少しだけ鞘から引き抜いた。
両刃の剣で、剣身は鍔側が広めになっているが切っ先は尖っている。握りも鍔も金色で、鍔には装飾施されており中央に紋章のようなものが刻まれている。
貴重な代物であることは間違いなかった。
「この剣を携えることで、英雄たちの意思を其方にも感じ取ってもらいたい。英雄たちの意思を受け継ぐことができるのは、其方しかいない。」
セリムは面倒臭そうに立ち上がると、ダリアス王の前まで進んだ。そして、ダリアス王が両手で渡す剣をセリムは片手で受け取る。剣を受け取ったセリムの右手は、剣の重さで沈み込み少し驚いた表情を見せる。
「……おぉ、意外に重い。」
「そうだ、英雄としての責任は重い物なのだ。」
この二人の会話に暁斗は少し吹き出してしまった。剣が物理的に重いと感じただけのセリムに、『責任は重い』と精神論を語るダリアス王が滑稽に見えしまった。会話の噛み合っていない出来の悪いコントを見ているようだった。
そして、部屋の中には殺気が漂い始めていた。ミスティルテインという剣は、この国でも象徴的な存在なのかもしれない。それを手にすることは騎士たちにとっても重要なことなのだろう。
セリムが剣を受け継いだことに対しての不満なのか、ぞんざいに受け取るセリムの態度に対しての不満なのか、どちらにしても険悪な雰囲気になってしまっている。
――『一番危険なのは人間』。ドワイトさんが言ってた通りになりそうな雰囲気もあるよな……。
立ち並ぶ騎士たちは、誰一人としてセリムを直視していない。少し俯き加減で表情を見られないように隠している。
結局、この場にいる人間で崇高な精神を持っている者は皆無だったことになる。
だが、そんなことはどうでも良く、暁斗は全く別のことに腹を立てていた。エリスという側近も含めて、半年後から始まる冒険のことを全く考えていないことに苛立っていた。
『……あの国王はバカだ。』
ポツリと漏らした暁斗の独り言をメイアは不思議そうな顔で聞いていた。
この日は、宝剣をセリムに渡すことだけが目的だったらしく、暁斗とメイアを除く全員が部屋を出ていった。しばらくは、この部屋に隠れていた方が良いとメイアから言われて従うことになる。
大きく伸びをするメイアを見て、
「ありがとう。……お疲れさま。」
衝立の後ろで身を潜めていた時間は、メイアにとって苦痛になってしまっていたのだろう。暁斗も集中して観察しており、疲労感はあるが充実感もあった。
「……すごく疲れちゃいました。」
正直すぎる言葉だった。メイアには、初めて会うような人間もおらず、特に興味もなかったのだから仕方がない。
「メイアは大変だったかもしれないけど、面白かったよ。」
「面白かったんですか?」
「あぁ、面白かったね。この世界の人たちのことも少し分かった気がするし……。」
「えっ?……あの人たちを見て、この世界を理解されてしまうのは不本意な気がします。」
あの場に揃っていた人物を好意的に捉えてはいない言葉に聞こえる。メイアがセリム以外の人物に対しても好意的に捉えていないことになれば、今回のことは複雑さを増すことになった。
「大丈夫だよ。メイアやアーシェ、もちろんドワイトさんやミコットさんみたいな人がいるのは分かってるからね。」
メイアはニッコリと笑いかけてくれた。メイアが大切に想っている人たちを忘れていないことが嬉しかったのかもしれない。メイアが、この世界の中で信頼している人物は限られていたことになる。
「それよりも、アキトさんは何を怒っていたんですか?……ダリアス様のことを『バカ』って言っていたみたいだし。」
さすがに、メイアは『バカ』の部分だけを小声にして暁斗に質問した。暁斗が簡単に口にできる言葉でも、メイアが同じように繰り返すことはできない。
「あぁ、あれね。……まだ、冒険にも出発していないセリムに宝剣を渡すなんてバカだって言ったんだよ。ダリアス様は、立派な英雄譚を作りたいって俺に説明してるのに、何も分かってないんだ。」
「それで、どうして、宝剣を渡すことがバカなことになるんですか?……いずれは手にする物なんですから、早い方がいいじゃないんですか?」
「物事には段取りが必要なんだよ。最初は弱い武器から始めるのが当たり前なんだ。強い武器は冒険の終盤で苦労して手に入れないと意味がないんだ。」
「弱い武器しか持っていないのに冒険に出発したら、すぐに倒されちゃうじゃないですか。この国に強い武器があるなら、終盤まで渡さずにいる方が意味のないことですよ。」
どうやっても暁斗の言葉がメイアに理解されることはないのだろう。ごく普通に考えればメイアの言っていることが正解だ。
だが、暁斗が考えている冒険は違っていた。弱かった勇者が、冒険の中で経験を積みながら強さを手に入れていく流れが重要だと考えていた。
「合理的に考えるだけじゃダメで、冒険の醍醐味が必要なんだ。強い敵を倒して珍しいアイテムを集めたり、お金を貯めて強い武具を買ったり、謎を解くために悩んだり、冒険には苦労が付き物なんだ。」
「……でも、セリム様がお金に困ることはないと思います。それに、セリム様が強い敵を倒すこともないので、何も手に入れられませんよ。」
「それなら、宝剣を岩に突き立てておいて、『この剣は選ばれし勇者しか抜けない』ってことにすればいい。その剣をセリムが抜けば勇者として認められるだろ?」
古からの手法ではあるが、一番分かり易く簡単なことだった。この手法なら苦労は少ないが、一定の効果は得られるはずだ。
「どうやって、岩に剣を突き立てるんですか?たぶん、剣が折れちゃいますよ。」
「……うっ。」
「どうやって、セリム様以外の人には抜けないようにしておくんですか?」
「……俺が反対側から引っ張って、抜けないようにする……とか。」
「どうやって、岩に突き立てた剣をアキトさんが引っ張るんですか?」
「……ちょっと考えてみるよ。」
暁斗は何も言い返せなかった。セリムが苦労することを減らしつつ、セリムが活躍出来る場面を作る。これは想像以上に難しいことかもしれない。ともすれば、暁斗自身が強くなることよりも遥かに難しいことになりそうだった。
二人の会話の後、ドアがノックされたことに焦ってしまったが、ジークフリートだった。
「ダリアス様は帰られましたが、セリム様はお食事を済まされるようなので、もう少々お待ちください。」
「……食事?」
「ええ、セリム様は、この屋敷の食事がお気に入りなんですよ。だから、ここに来られた時は必ず。」
「時間は関係ないんだ……。」
ジークフリートは苦笑いを浮かべながら頷く。あの体形を維持するのは大変なことなのかもしれない。
「それにしても、アキトは変わったことをしたがるんだね?セリム様を見てみたいなんて……。」
「……あぁ……、ちょっと興味があっただけなんだ。」
「そうなんですね。……もしかして、キミの記憶障害に関係があることなのかい?」
「関係ない……、と言えないかもしれない。」
「……ん?」
知らないことばかりで、詮索するなと言われているジークフリートの目には、暁斗たちの行動は無意味なことにしか映らない。
暁斗が記憶障害であることしか知らなければ、そこに結びつけて考察するしかないのだから仕方ないことだった。
セリムたちの状況を確認してもらい、ジークフリートからの報告を待つこととなった。
そして、また二人だけになってしまう。
「あの体形を維持するためには、一日の食事量も大変だよな。」
「フフッ。体形維持なんですか?」
メイアからは笑われてしまったが、暁斗は真面目に体形維持として考えていた節がある。普通に考えれば食べ過ぎでしかなかったのかもしれないが、あの体形は作られたものとして見てしまっていた。
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