第20話

「でも、まだセリムたちが屋敷にいるなら、この後も継続していいかな?」


「セリム様たちを追いかけるんですか?」


「そう、どんなことをして過ごしているか見てみたいんだ。……嫌なら、俺一人でついていってみるけど。」


「アキトさん、一人で帰ってこれるんですか?」


 その一言でメイアが一緒に行動することは確定となる。現状、この世界での暁斗は一人で何もできない。

 メイアに置いていかれてしまえば、ドワイト邸にも帰ることはできなくなる。方向感覚は悪くないが、観光気分で周囲をキョロキョロと見ながら歩いていたので目印になる建物を全く覚えていなかった。


「無謀なことを言いました。できれば、よろしくお願いします。」


「はい。いいですよ。……素直が一番ですね。」


 食事の準備が整うまで手間取っているらしく、セリムたちが屋敷を離れるまでは時間があった。ジークフリートが状況報告のついでにお茶を持ってきてくれる。


 先ほどまでは、ダリアス王やセリムが座っていたソファーに座りお茶を飲むことにした。このソファーも高級感が満載で暁斗には座り心地が悪い。


「ジークフリートにも、こんなことを付き合わせて悪かったかな?……申し訳ない。」


「いや、さっきも言ったけど、私は暇人なんですよ。だから、気にしないでくれ。」


「暇人って……、俺の監視をしてるとかじゃないの?」


「ん?どうして私がアキトの監視しなければならないんだい?……キミは何か罪を犯したのか?」


「ん?えっ……?……あ、えっと……。」


 ジークフリートの答えが全く予想外な内容であったため、暁斗も少し焦ってしまう。

 国王からの指示で暁斗を監視していると考えていたが、本当に何も聞かされていなかったらしい。


「すまない、冗談だよ。……もし、キミが罪人であったとしたら、私が監視役に選ばれるはずはないんだ。」


「……それは、どういう意味なんだ……?」


「あっ、アキトさんは、この国の生まれではないんですけど、旅の途中でいざこざに巻き込まれてしまい怪我をしてしまったんです。この国で起こったことなので、アキトさんが無事に故郷に帰るまでお世話をすることになってるんです。」


 メイアが割って入ることになった。ジークフリートの言葉を遮るためであったようにも感じられたが、暁斗の質問を終わらせる目的があったかもしれない。


「そうだったんですか。それでは罪人などと失礼を申しました。」


 ジークフリートはメイアに対して丁寧に語りかける。メイアが会話に割り込んできた意味を感じ取っていたのだろう。暁斗は、その時のジークフリートの表情から苦悩を読み取っていた。

 自分のことを暇人と言ったり、監視役に選ばれることはないと言ったり、ジークフリートの言葉には自嘲気味なことが多い。ジークフリートの奥底には卑屈にしてしまう何かがあった。


 暁斗に関わることは限られた人間だけであり、詳細な事情を知らされていないとしてもジークフリートは限られた人間に加えられている。ダリアス王の人選基準が全く分からないが、メイアやジークフリートを暁斗の身近に置いた理由があるはずだった。


「アキト、申し訳なかったね。……気分を害していなければいいのだが。」


「あぁ、大丈夫。全く気にしていないから。」


「そうですか。それなら良かった。……詮索するなと言われていたが、興味本位で質問してしまったよ。」


「……それなら、俺だって興味本位で動いてるんだから同じですよ。」


 巻き込んだ、巻き込まれたと各々で主張したとしても、皆が自分勝手に行動した結果でしかない。分からないままに事は過ぎてしまい望まないことも多くなってしまうので、主張することだけは必要なことだった。

 特に、この世界では我儘に生きていかなければ、大切なことまで見失ってしまいそうな感覚が暁斗にはあった。


「まぁ、ジークフリートにも仕事上の立場はあるんだろうけど気にしないでいてよ。俺は助けてもらってるんだから。」


「ありがとう。……それでは、アキトを助けるためにセリム様の状況を確認してくるかな。」


 そう言ってジークフリートはソファーから立ち上がっていた。

 元の世界で言えば『3時のおやつ』くらいの時間の食事であれば、料理人も慌てたかもしれない。それでも、そろそろ食事が終わっていてもいい頃合いだった。


 暁斗の読みは当たっており、食事を終えたセリムが屋敷を出る直前になってしまっていた。暁斗とメイアはジークフリートへの挨拶もそこそこにして、先に出発したセリムの後を追って屋敷を出た。

 当然、セリムに気付かれないように距離は取っている。幸いにも目立つセリムを見失う心配は少なそうだった。


「セリムの歩く速度は遅いから、尾行も簡単だよな。」


「そうですね。子どもの後をついて歩いているみたいです。……アーシェの方が速く歩けるかもしれないです。」


 機嫌よく笑ってくれるメイアを見て暁斗は安心していた。無理やりセリムの尾行に付き合わせてしまっているとすれば、こんな風に笑いかけてくれることはない。


「……でも、直接お屋敷には帰らないみたいですね。全然違う方向に歩いているみたいです。」


「せっかく尾行してるんだから、その方が有難いよ。どんな行動をするのか見る機会も増えるからね。」


 そして、暁斗は『尾行の練習』も兼ねていた。セリムを尾行するレベルは初級編になり、ここで失敗していては誰の尾行も成功させることはできない。


 しかしながら、あまりにも初級過ぎてしまい退屈にもなってしまう。食後であることが影響しているかもしれず、時々休憩まで挿んでしまう。貴族の屋敷がある高級住宅地から、下町的な場所に到着するまで時間がかかっていた。


 町中に入ったセリムは、お店が立ち並ぶ通りを歩いていた。銀髪の青年は、セリムの数歩後を従うようにして進む。


「あれ?……お店に入るみたいだぞ。」


 店外の通りにまで商品を並べた大きめの商店にセリムは入っていった。服や家具、武具や防具まで様々な品を扱っている店で、何の店かも分からない。


「セリムが入った店って、何屋さんなの?」


「えっと、ここは不要になった物の売買をするお店のはずですけど……。どうして、セリム様がこんなお店に?」


「リサイクルショップみたいなものか……。たしかに、セリムに用事がある店とは思えないな。」


 セリムが店内にいた時間は思いの外短かった。店から出てきたセリムたちの荷物が増えている様子もない。買い物が用事ではなかった。だが、店から出てきたセリムは、ブツブツと文句を言っているように見える。


「……セリムは、この店に何をしに来たんだ?」


 メイアを見ても、同じように意味が分からないといった表情をしていた。


「ごめん、メイア。……俺がセリムの動きを見てるから、お店の人に聞いてもらえないかな?」


「あっ、はい。すぐに聞いてきますね。」


 暁斗は店の外でセリムの姿を見失わないように目で追っていた。何処かの角を曲がってしまえば見失ってしまうかもしれないが、セリムたちは通り沿いに真っ直ぐ歩いていく。

 メイアは時間をかけず戻ってきた。


「早かったね。……セリムが何をしに来てたか分かった?」


「分かったんですけど……。歩きながら、お話しします。」


 メイアが淡々と語りかけているので、暁斗は少しだけ怖かった。暁斗は、セリムたちが進んでいる方向を指さしてメイアに示してから再び歩き始める。


「……セリム様、宝剣の価値を調べに来たみたいです。」


「えっ?宝剣の価値?」


「はい。『この剣を売ったらいくらになる?』って、店主は聞かれていたみたいです。」


「あの宝剣の値段?……あれは、売ったらマズイだろ。」


「『重いだけの宝剣を売って、軽い木で模造品を作れば問題ない』そうです。『どうせ俺様の物になるんだから、バレなきゃ大丈夫』とも言ってたらしいですよ。」


 無感情にセリムが店主に語ったらしい台詞を再現してくれた。


「すごいこと言ってるな……。自分のことを『俺様』って言うのも初めて聞いたかもしれない。」


「感心してる場合ですか?大切な剣を売っちゃうつもりでいたんですよ。信じられないです。」


 今度は感情の籠っている言い方に変わっていた。段々を怒りがこみあげてきているのかもしれない。店主から話を聞かされた直後は、宝剣を売りに来ていたことを信じられなかっただけである。


「でも、売らなかったんだろ?……店から出てきたセリムは宝剣を身につけてたし。」


「売らなかったんじゃなくて、売れなかっただけなんです。……王家の紋章が付いた剣なんて買い取れないって店主が断ったみたいです。」


「あぁ、王家の紋章か……。」


 鍔の中央にあった飾りのようなものが王家の紋章だったのだろう。同じ紋章は鞘にもあったように記憶している。


「だから、あんなに早く店から出てきたのか。セリムは、それで諦めたんだろ?」


「『他に買い取ってくれそうな店を知らないか?』って粘られたらしいですけど、この国の中では難しいってことで諦めたみたいですよ。」


 これは重要な情報かもしれない。『この国』と限定された話になれば、国外では売れる可能性が残っている。冒険中に売り捌いてしまう危険性もあるのだから、注意しておかなければならない。


「……セリムってお金に困ってるとかあるのか?」


「そんなこと、あるわけないじゃないですか。……貴族としての称号は得られていませんが、ダリアス様の庇護のもとで生活しているんですよ。」


「……ダリアス王にとってみれば、セリムは必要不可欠な人材だってことだからね。だったら、本当に、あの剣が重くて邪魔だったのか?」


「はぁ……。」


 メイアは溜息をついて、かなり前を歩いているセリムを見ていた。どんな感情で見ているかまでは分からなかったが、間違いなくセリムに対して肯定的な意見は持っていない。


 セリムは途中の露店で何か買い物をして、大きな紙袋を従者の青年に持たせていた。青年は、大きな紙袋二つを両手で抱え込むようにして持っている。メイアが呆れたように教えてくれた情報によると、立ち寄った店は食べ物屋ということだった。


 セリムたちは、どんどん進んでいき、賑やかな場所からは離れてしまっていた。立ち並ぶ家の雰囲気も明らかに変わってきている。

 壁や屋根が板張りの家ばかりであり、生活水準が下がっているのは顕著になっていた。周囲を構成いている色も鮮やかさを失い、全体的に暗さが出てきている。


「アキトさん、この先は少しだけ危険になりますが大丈夫ですか?」


「やっぱり、そんな雰囲気だよな。……俺は構わないんだけど、メイアは平気?」


「私も大丈夫ですけど、この先は魔獣の結界も弱まっているので気を付けてくださいね。」


「張られている結界の強さまで違ってるのか?」


「……はい。」


 メイアが俯き加減で、悲しそうな顔をして返事をする。そんな区別までされているのであれば、この国の裏の部分になる。

 だが、ダリアス王がやっていることであれば、暁斗も不思議なことには感じていない。体裁だけに拘って、根幹の対策は蔑ろにしてしまう点では、セリムの裏工作とも共通することになる。


 暁斗の手持ちの武器は、元の世界から持ってきたサバイバルナイフ一本だけだった。ドワイトから『今のアキト殿なら、その武器で十分過ぎます』と言われて、剣の携行はしていない。

 さすがに、衝立の後ろに隠れていた時はジークフリートに預けることになったが、今は上着の下に隠してある。


「この辺りにも魔獣が出てくるってことか?」


「いえ、町中まで魔獣が襲ってくることは滅多にありません。……ありませんが、警戒は必要です。」


「まだ、心の準備ができてないから、魔獣との対決は勘弁してほしいよ。」



 身を潜める場所が減ってきているので、セリムとはかなり離れて歩いている。暁斗は、迷いなく進むセリムを見て、


――あの従者の男が、かなり強いってことか?……戦えないセリムにも全く躊躇いがない。


 ただの荷物持ちのような扱いは受けているが、青年の腰には剣が下がっている。ダリアス王にとって重要な存在のセリムにつけられた警護が一人だけであることから、あの青年の強さを窺い知ることもできる。


「セリムは、こんな場所に何の用事があるんだ?……まさか、この辺りで剣を買い取ってくれる裏の取引所とかでもある?」


「そんな話は聞いたことありませんけど、可能性がないとは言い切れません。……私だって、この辺りのことには詳しくないんです。」


 ドワイトの屋敷も街の中心からは離れていたが、自然が多い印象だけであり、暗さを感じることはなかった。


――他の場所に比べて空気が淀んでいるみたいに感じるな。……でも、元の世界に一番近い感じかもしれないな。


 暁斗は、何故かそんなことを考えていた。

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