第14話
暁斗が異世界人間であることを知らないドワイトの言葉が意味していることは重い。暁斗が同じ世界で生きていた人間として言っていることになる。
心がザワついて落ち着かなくなっていた。仮にもドワイトは近衛兵として国王の警護を務めた人物であり、その兵たちを束ねていたことにもなる。そのドワイトが、国王ダリアスの言葉を否定するのであれば聞き流すことはできない。
「……魔獣だけなのかって、他にも何か危険な生き物が存在するんですか?」
「もちろんです。ある意味では魔獣など取るに足らない存在かもしれない。」
「取るに足らないって……。魔獣が一つの町を滅ぼしたこともあるんですよね?それ以上に危険な生き物と俺は戦うことになるんですか?」
「さぁ、相手にするとは言いましたが、アキト殿が戦うことになるとは言っておりません。」
心のザワつきを隠しながら、静かに暁斗は質問を繰り返した。ドワイトが事の子細を聞いていなかったとしても、何か感じ取っていることがあるのかもしれない。
「……いつの世でも、一番危険な生き物は人間なのです。魔獣よりも簡単に町を滅ぼすこともできる存在です。」
これまで魔獣と戦いながら生きていた人物が、それでも危険なのは人間だと言っている。
物事の心理を突くような言葉であり、ダリアス王を傍で見てきたドワイトの言葉である。
暁斗は一気に気が重くなってしまっていた。ある程度は覚悟していたことだったが、第三者的な立場から言われてしまうと改めて考えさせられてしまう。
「……やっぱり、そうくるんですよね。」
「ここで『やっぱり』とおっしゃるということは、多少でも気になることがおありになるのでは?」
「具体的には何もないですよ……。ただの勘みたいなものです。」
具体的に何かを見聞きしたわけでもないので、現段階では本当に勘でしかない。嘘ではなかったが、本心を語ってもいない。
ドワイトとしても立場上、思ったままのことを正直に語ることはできず、この会話に結論を出すことはできない。
「周囲を観察して得られたことを、自分の経験を基にして判断する。ただ、それに明確な根拠はなく勘と呼ぶしかない。……そんな風に考えてしまっても問題ありませんか?」
「……それは、思いっきり買い被りです。」
歴戦の男であれば、そんな考察が成立するのだろう。だが、歴戦どころか、暁斗は人生初の戦いを終えたばかりである。戦うこと以外の人生経験の面でも、暁斗はドワイトの足元にも及ばない。
予想以上に善戦したことでドワイトが暁斗を過大評価しているとするなら、一刻も早く訂正したかった。
「俺は、そんなことまで分かるような人間じゃないです。」
暁斗は項垂れるようにして弱々しく反論した。これまでの人生で何もできなかったから、暁斗は異世界まで来てしまっている。
この世界では余計なことなど考えず、ただセリムを陰から助けて魔獣封印の旅を成功させるだけでいいはずだった。その過程で暁斗が欲している物を手に入れて、この世界も平和になればいいだけのこと。
「私は、アキト殿が魔獣に勝てるだけの力を身につけさせるように指示を受けております。その理由までは聞かされておらず、分かりません。……ですが、広く物事を捉えることができない人間が強くなることもありません。」
「……視野を広くって、言ってましたもんね。」
「ええ、その通りです。悩むよりも実践でしたね。先ほど注意したことを思い出しながら鍛錬の再開と参りましょうか。」
「えっ!?いきなり再開ですか?」
「当たり前です。魔獣は待ってなどくれません。」
暁斗の気持ちが状況に追いついていないことをドワイトは分かっていた。困惑している若者に対して心を追い込むことはいないで、身体を追い込むことにした。
木剣を握ることもできない右手と痛みを主張し続ける左脇腹。暁斗は、こんな身体の状況で動き回ることも初めての経験だった。楽しいと思えるような状況ではないが、
――あれこれ考えても仕方ない、まずは強くならないと。
現状では頭を使うよりも身体を動かす方が楽だった。
半年後、異世界に立っているのが弱いままの自分であれば全てが無意味になる。生きて元の世界に戻ることが、今の暁斗に最低限求められることだ。
そして、指摘されたポイントを意識しながら片手で木剣を振るっていた。時折痛みに顔をしかめながらも果敢に攻めてくる暁斗を見ながら、
――この青年は頭が切れる。自信を持つことさえできれば……。
剣を交えた時、戦いの指導をした時、ドワイトは暁斗という男を観察していた。
ドワイトとしても、最初は得体の知れない男を強くすることには抵抗があった。ドワイト自身も口にしていたように一番危険なのは人間であり、その危険を大きく育てることになりかねない。
――だが、メイアは、この青年を信頼していた節がある。国王から命じられただけではない、何かがあるのだ。
それこそドワイトの勘でしかなく、ただメイアを見ていて感じたことに過ぎない。それでも、暁斗とは違い、ドワイトは自分の勘を信じている。
――もし、私の勘が外れていれば、この国に危機をもたらすかもしれないな。
暁斗が強く成長した時、ドワイトでは止めることができなくなることも承知している。
国王からの指示に従えば、『魔獣と戦える』程度に強くするだけで良いのだが、ドワイトが暁斗に求める強さは別だった。
――『老害』になりかけていた私に希望を与えたのだから、きっちりと責任は取ってもらいますぞ。アキト殿。
暁斗を指導しながら、自分の中にも力が戻ってくる感覚があった。現役当時とまではいかないが、その強さに近付きつつあるドワイトを相手に、片手の暁斗では全く歯が立たない。
日が傾きかけた頃に戻ってきたメイアが見たのは、予想以上にボロボロになった暁斗がドワイトと対峙する光景だった。
鍛錬の初日、軽く流す程度と言っていたドワイトだったが、火が付いてしまったのだから当然の姿かもしれない。暁斗も痛みを忘れてしまい両手で剣を構えてしまっている。
――ドワイトさん、聞いていた話と違います。
メイアは目で訴えかけながらドワイトを見る。その目で見つめられたことでドワイトも我に返ることができた。
「……アキト殿、今日はここまでといたしましょう。」
その言葉を聞くと同時に倒れ込んでしまった。心身共に限界に達していた。動き回る内に身体が異世界の環境に慣れ始めていたこともあるが、ドワイトの指導を確認しながら戦うことで変化を実感していたのだった。
「あっ!……大丈夫ですか?アキトさん!」
暁斗は遠くなる意識の中で、またメイアに情けない姿を見せてしまったことを少しだけ悔やんでいた。
心配して駆け寄ってきたメイアが聞いたのは暁斗の寝息。
「もうっ!また寝てる。」
怒ったような声を上げてはいたが、メイアの表情は安堵の色が窺える。
「今日は軽く流すだけって言ってませんでしたか?」
安堵した後には厳しい顔を見せてドワイトを注意する。それでも、ドワイトはメイアから怒られることが好きだった。家族として接してくれていることを実感できる瞬間だった。
「……いや、そうだったかな?……すまん。」
忌憚なく接することができるようになるまで要した時間を思えば、どんなに怒られたとしても許せてしまえる。孫に甘いだけの祖父のように過ごすことが大切だった。
極度の疲労で眠りに落ちた暁斗はドワイトに背負われて帰ることになり、帰ってきてからはソファーに寝かされていた。
そして、暁斗は身体を包み込む柔らかな感覚で目を覚ます。
「……んん……。」
目覚めた途端に前進の痛みに襲われることも覚悟していたが、痛みは和らいでくれている。メイアが水の精霊石を使って治療してくれた後なのだと考えていたが、左の脇腹だけジンジンとした痛みを感じ始めた。
暁斗が目を開けると、治療を施してくれている人物がソファーの横に立っていた。
「……えっ?……アーシェ?」
精霊石を翳して治療してくれていたのは、アーシェだった。
小さな額に薄っすらと汗を浮かべて、一生懸命に暁斗を治療してくれていた。暁斗が呼びかけても応えることなく、アーシェは集中していた。
予想外の状況に驚いた暁斗がソファーから起き上がろうとした瞬間、
「動いてはダメなのです!ジッとしててください!」
アーシェは言葉と共に、精霊石を持った手で暁斗の左脇腹を打ちつけた。小さな女の子であるとは言え、角のある石を持った手での殴打は強烈。
「ウッ!!」
暁斗から思わず声が漏れる。
言葉によるダメージを与えてくる姉と、直接的な攻撃でダメージを与えてくる妹。似ているかもしれない。
目覚めてはいても、ソファーの上で身動き一つ許されない。痛みが和らいでいても、動けない状況は厳しかった。
「アーシェが精霊石を使っての治療を練習中だったので、練習の相手をしてあげてくださいね。」
顔の角度を変えられない暁斗はメイアの声しか聞こえていないが、メイアはニコニコしながらソファーを眺めている。
練習相手とは言っているが、確実に『練習台』だった。
「治療したい場所を正確に狙わないといけないので、まだ不慣れなアーシェの時は絶対に動かないであげてください。」
高度な技術が必要になることらしい。この国で指折りの術師であるメイアが治療してくれれば良いのだが、メイアは暁斗が動けない状況を楽しんでいる可能性が高い。
倒れた時に心配して駆け寄ってくれている姿を見ていない暁斗からすると戦慄が走る。
「……良かったね、アーシェ。しばらくは練習相手に困ることはないよ。……半年後には私よりもアーシェの治癒能力が高くなってるかもしれないね。」
メイアの話している表情が見えないことが余計に怖い。
これからの半年間、ドワイトと鍛錬を続ける他に、アーシェの練習台として生活することになっていた。それも、メイアの治癒能力を超えさせるほどに暁斗は治療されることになるらしい。
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