第13話

 これでドワイトと暁斗の師弟関係が成立したことになるのだが、自己紹介が終わってもいない状態だったことに気が付く。その原因を作ったのは暁斗側にあるので文句を言うことはないが、メイアが仲介してくれないことには不安が残ってしまう。


「……改めまして、ツキシロ・アキトです。……これから半年間、よろしくお願いします。」


 暁斗の怪我の具合もあり、二人は地面に座り込んだままになる。

 最初に、あれだけ失礼な態度を取った後の自己紹介はしどろもどろになってしまっていた。気まずい感覚を消し去るには時間が短すぎた。


「……ツキシロ・アキト……?メイアが呼んでいたのを聞いて、アキト殿とお呼びしておりましたが、家名でよろしいか?」


「かめい……?あぁ、ですか。そうか、そういう順番なんですよね。」


 ドワイトは、勝手に納得し始めている暁斗を不思議そうな顔で見ていた。


「すいません、俺の国では呼び方が違うんです。アキトが名前なので大丈夫です。」


「そうですか、お国が違う。これは失礼いたしました。……私は、ドワイト・コーウェンです。」


 ドワイトは暁斗が異世界の人間であることを当然知らない。

 現状、暁斗が異世界の人間であることを知っているのはメイアとダリアス王とエリスの三人だけ。エリスとは直接会話していないが、ダリアス王との面会時に同じ場所にいたのだから知っていると考えるのが必然である。


 だが、これまで『月城暁斗』と名乗っていただけで『アキト』として認識されていた。


――名前に関しては何も疑問に思ってなかったけど、ドワイトさんみたいな反応が普通なんだよな?……でも、メイアは、すぐに『アキト』って呼んでくれていた。


 それほど大きな問題ではなかったが、暁斗としては若干気持ち悪さが残る問題だった。暁斗がメイアとアーシェのことをドワイトの家族として考えなかった理由の一つには『コーウェン』がある。

 おそらくは苗字の様なものであるが、自己紹介の時に使わなかったことで『メイア』は『コーウェン』家の人間ではないことになる。


「……どうかされましたか?」


「いえ、すいません。……ちょっとした考え事です。」


 とりあえず急を要する問題ではないので、この点についての考察は後回しにした。


「……早速ですけど、ドワイトさんくらいの強さがないと魔獣とは戦えないってことですか?」


「魔獣との一対一での戦いであれば、今のアキト殿でも善戦できる可能性は高いと思います。……ですが、集団で襲われれば難しいですな。」


「集団で襲ってくるんですか?」


「私も過去に十体ほどの魔獣に襲われたことがあります。部下を含めてこちらは四人……、命辛々逃げ伸びるのがやっとのことでした。」


「……十対四でも勝ち目無しですか。その時のドワイトさんって、全盛期ですか?」


「勿論です。今の私よりも遥かに強かった……と自負しております。」


 暁斗は地面に座っていたが、両手を後ろについて天を仰ぎ見た。気が遠くなりそうなことを僅か半年の期間で区切られてしまっていたことになるのだ。


 異世界転移者の無双を思い描いていただけに、考えの甘さを痛感させられていた。実際には自分の命を守ることで精一杯で、見ず知らずのセリムを『接待』することなんて不可能なことだったかもしれない。


「……兵士って、長い時間かけて訓練するんですよね。……たった半年で、どのくらい強くなれるんだろう?」


「アキト殿には、私たちの強さ程度を参考にしてもらっては困りますな。」


「どういうことですか?」


「一ヶ月。……一ヶ月で私程度は超えてもらうつもりです。」


「えっ!?一ヶ月で今のドワイトさんを倒すってことですか?」


「まさか、今の私ではなく全盛期の私を超えてもらいます。」


 とんでもない話になってしまっている。呆気なく気絶させられてしまった相手の全盛期を一ヶ月で超えることになっていた。ドワイトの表情は真剣であり、冗談を言っている様子はない。


 そこで暁斗は一つの可能性が思い浮かんでいた。


「あのぅ、確認なんですけど……。この国の一ヶ月って、100日とかじゃありませんか?」


「いえ、一ヶ月は30日ですが……。これは世界で共通だったと思っていたのですが、違いましたかな?」


「あっ、すいません。……世界共通でした。」


 単位の違いを期待してみたが、思いのほか普通な回答だったことに暁斗は驚かされた。これが、もし『精霊石』の互換機能が作用しているとすれば優秀すぎることだった。


「……そんなに驚かれることではありません。先程のアキト殿の動きを見る限りでは、全盛期の私を超えることなど造作もないことです。」


「あんなに一歩的にやられただけなのに……ですか?」


「いやいや、一方的などではありませんでした。数か所だけでも改善されていれば、私の勝ち目は完全に消えます。」


「……数か所ですか?……でも、それが難しいんですよね。」


「お聞きになりますか?」


「是非。」


 これが部下を従えていた人間の能力なのかもしれない。絶望しかけていた暁斗の心を巧みに誘導している。

 勝ち目が完全に消えるとまで言い切ったドワイトの言葉を暁斗は信じてしまいたくなっていた。人心掌握術とまではいかないが、強くなれることを知った暁斗が引かないことも分かった上で話をしている。


「まず、アキト殿は、どうして最後の攻撃で私の右脇腹を狙ったのですか?」


「えっと、右手で石を投げたかったから?俺の左手の剣を見てもらうため?……それに左手でしか木剣を持てなかったから、ドワイトさんの右脇腹を狙いやすかった?」


 暁斗は思い出しながらドワイトの質問に答えている。正直、あの時は必死の行動であり、深く考えていなかったのかもしれない。


「私としてはアキト殿の狙いが分かり易くて、防御も容易かった。狙いが分かっているものは陽動になりません。……だから、右手から放たれる石にも反応できた。」


「要するにバレバレだったってことですね。」


 ドワイトは笑顔を見せながら頷いていた。そして、


「……では、あの時のアキト殿に足りなかったものとは何でしょうか?」


「左手を陽動に使えるようにしなければならない……とか?」


「……ですな。……ただ、左手を陽動に使うためにはアキト殿の身体が固くて、楽な姿勢で攻撃する手段しか選べない。違いますか?」


「違わないと思います。柔軟性が足りてないってことですよね。」


「その通りです。十分すぎるほどの力があるために、身体を柔らかく使うことができておりませんでした。」


 元いた世界では十分すぎる力もなかったことになるので、柔らかさも不足していた暁斗は絶望的な状況だった。


「……『酢』でも飲んでみるかな?」


「『す』?……ですか?」


「俺の生まれた国にあった身体を柔らかくする魔法の飲み物のことです。」


「ほう、そんな良い飲み物があったのですか。……ですが、この国では聞いたこともありませんな。」


「……ですよね。」


 実際、『酢』には身体を柔らかくする効果は期待できないらしいので嘘になる。もし、『酢』がこの世界に存在していたとしても飲み物ですらないのだ。簡単に柔軟性を高めることはできないことなので時間をかけるしかない。


「戦いってことで、力任せになってました。頑張ってみます。」


「『柔よく剛を制す、剛よく柔を制す』。剛と柔を臨機応変に使いこなしてこそ、勝ちの可能性は高くなります。」


「あっ!その言葉は分かります。世界共通なんだ。」


 変なところに感心してしまっていたが、これも精霊石の翻訳能力の高さかもしれない。

 重力の軽くなった世界で力に頼りきってしまっていた暁斗を戒めるには十分効果のある言葉だった。


「次にお聞きするのは、相手との距離感の問題です。」


「……距離、ですか?」


「アキト殿が攻撃の合間に取っている距離は遠すぎます。」


「でも、それは速度を活かすために必要な距離だったんです。……速さで距離を詰めて攻撃すれば、驚いてくれるじゃないですか。」


「それだと相手に見る時間を与えてもしまいますね。そして、一定の速度ではリズムが分かってしまう。……それでは、せっかくの速度も活かせないです。瞬間的に動くことが必要なんです。」


 ドワイトの言いたいことは伝わっている。暁斗自身、身体が軽くなっていることで自分の身体を制御できていなかった。

 距離を長くして速度を上げる必要があったが、暁斗には初速が足りていないことになる。


「『0』か『100』ってことですよね?長い距離を使って、徐々に『100』に近付けているのでは遅いんだ。」


「そういうことです。……しかし、そのためには、あと一つアキト殿に足りないことがあります。」


 あと一つ。最後の一つであってほしいと暁斗は願っている。

 柔軟性と瞬発力。この二つを改善するだけでも一ヶ月という期間は厳しいものがある。

 それでも、無理難題を押し付けられているとも思ってはいなかった。この辺りがドワイトの巧みなところなのかもしれない。


「アキト殿は、良い眼をお持ちだが、視野が狭いのです。……だから、距離を取って相手の全体を見たがってしまう。」


「あっ……。確かに、そうかもしれないです。」


「だから、右手をポケットに入れていたことも気付かれてしまっておりました。そして、アキト殿の目線を追っていれば、次の狙いも分かってしまう。単純なことなのです。」


 全体を見える位置でいることで安心していたが、暁斗が全体を見渡せるということは相手も同じだった。

 動体視力を当てにして視野のことは全く考えていなかった。一点を見ることに集中していたことの指摘。


「一点を見るだけではなく、相手の先を読むために眼をつかうのです。」


「先を読む……。本当にそんなことが俺にもできるようになるんですか?」


「必ず、なります。」


 ドワイトは、この三つを改善することで全盛期のドワイトを超えられると言っている。暁斗も、全く手の届かないようなことではないように思ってしまっている。


 だが、一ヶ月という期間には疑問もある。一ヶ月で魔獣と戦えるレベルになるのであれば半年も必要なくなってしまう。


「それでドワイトさんの全盛期を一ヶ月で超えたとして、残りの五ヶ月は何をするんですか?」


「基礎からも徹底的に鍛え上げ、アキト殿には誰よりも強くなってもらいたいのです。」


「……魔獣って、そんなにも厄介な相手なんですか?」


 ドワイトが真剣な眼で暁斗を見据えたことで緊張感が高まる。


「アキト殿が相手にするのは、なのでしょうか?」

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