第12話

「……精霊石までが、アキト殿の味方をしたことになるのか?」


「分かりません……。でも、もし、精霊石が術式もなく力を発したのであれば、そうなるのかもしれないですね。」


 ドワイトは術師ではないので、詳しいことは分からない。だが、精霊石が自らの意思で発動をした例も過去に聞いたことはない。

 精霊石が暁斗の味方になった事実を受け入れるのであれば、精霊石もドワイトの言葉に否定的な立場を取ったことになる。


「……メイアは、アキト殿と私、どちらが勝つことを望んでいたんだ?」


「えっと……アキトさんが怒ってた理由は私にも分かるんです。……でも、アキトさんの戦い方には少しだけ卑怯な部分もあるのかな?って思えたし……。でも、精霊石もアキトさんの味方をしてたみたいだし……。」


 メイアは自問自答しているかのようだったが、遠回しに暁斗の味方をしていたことを語っている。

 真正面から暁斗の攻撃を受けていたドワイトと対照的に、暁斗の攻撃には小細工が多かった。素直に応援しても良いのか分からず、言い淀んでいるだけだった。


「戦う時に卑怯なんてものは存在しない。正々堂々という言葉は敗者の詭弁でしかない。……負けた時の言い訳を残さずに全てを出し切って戦うことこそが、正しい姿なのだ。」


 正々堂々と戦ったとしても負けてしまえば意味はない。真剣での勝負になれば命を落とすことにもなる。ドワイト自身、そうやって生き残ってきた。


「……それに卑怯という話であれば、私の方が卑怯だったかもしれないな。……ミコットが穴の空いた服を一生懸命に洗っていたのを見て、アキト殿と対峙する前から左脇腹に怪我を負っていたことは知っていた。最後は、そこを責めて気を失わせたんだ。」


 暁斗が長期戦を望まなかった以上に、ドワイトも戦う時間が長引くことを不利だと感じていた。いくら鍛えていても歳には勝てず、暁斗の速度に対応するには限界がある。

 全く動きの衰えない暁斗に対して、ドワイトは対峙しているだけでも疲労していく。片手でも軽々と木剣を振り回してくる対戦相手であれば意識を断つしかなかった。


「それなら、私はアキトさんに勝ってほしかったです。」


 メイアはドワイトからの言葉を受けて、迷いなく返事をした。


「随分と嫌われたものだな……。だが、精霊石まで彼に味方していたとなれば、それが正しいのか?」


「ドワイトさんのことは大好きですよ。……でも、私も、あんなことを言うドワイトさんは嫌いです。」


「……無駄に長生きをした……無意味な時間を過ごすだけの老害、だったかな?」


 メイアは頷いて答えた。

 その言葉に大した意味はなかった。ドワイトとしても本心から出た言葉ではない。少しだけ投げ遣りな感情から出てしまっていたことにはなるが、深い意味もなかった。

 

「アキトさんにとっては、冗談だとしても言ってほしくなかった言葉だと思います。……アキトさんは、その言葉を絶対に認めないんです。」


 メイアが語れる暁斗の情報は、異世界の人間であることを取り除かなくてはならない。しかも、メイアは人伝に聞いている暁斗の個人情報を第三者に許可なく話すことになってしまう。

 異世界間であっても個人情報の取り扱いは十分に注意しなければならないし、かなり難しい説明になってしまっていた。

 それでも、メイアは可能な範囲でドワイトに暁斗のことを教えた。


「……私からアキトさんについて話せるのは、この程度です。」


 断片的に伝わってくる内容をドワイトは整理しながら聞いていた。メイアが慎重に言葉を選んでいる中で、自分なりの解釈が加わってしまうことがあったかもしれない。

 ドワイトは今回の件が、国王指示の下で秘密裏に行われていることを知っていた。ドワイトが知ることの許されない情報をメイアは知っているが、そのことで追求することはしたくなかった。


 ドワイトはメイアを大切な家族の一員と思っている。暁斗を鍛える役目を引き受けた理由はメイアのためでもあった。


「大丈夫、十分だ。……今回のことは素直に非を認めている。」


 メイアも精霊石も暁斗を支持しているのだから認めるしかないことだったし、聞かされた情報から暁斗が怒った理由も十分に理解できていた。


 月城暁斗という男を半年間で魔獣と戦えるレベルまでに鍛えてほしい。――ドワイトはこの依頼を聞かされた時、従うことしかできない自分の無力を恨むしかなかった。

 諦めて受け入れることしかできなかったドワイトを暁斗は真っ向から否定してくれたのだ。


「……アキト殿の目が覚めた時、ちゃんと私の言葉で謝罪しよう。……それで、許してくれるのであれば私の全てを伝えさせてもらうつもりだ。」


「半年間で魔獣と戦えるくらいにはなりますか?」


「いや、本気のジークフリートと戦えるくらいにできるかもしれないな。」


「えっ?……ジークフリートと?」


「……冗談だよ。」


 言葉とは裏腹に表情は真剣だった。実際のところ、メイアはジークフリートの強さを噂程度でしか知らない。

 魔獣と戦えるくらいになっていることと、ジークフリートと戦うことの比較。しかも、『本気の』と表現したことの意味。


「それよりも、お前はここに居て大丈夫なのか?」


「あっ!これからのことを国王様に聞きにいかないといけなかったんです。……でも、アキトさんの治療が……。」


「アキト殿は、このまま少し休ませておけば問題ないだろう。……帰ってきてから、ゆっくり治療してあげなさい。」


「……お任せしちゃっていいんですか?」


「ああ、気を付けて行ってきなさい。」


「それじゃ、行ってきます。……ドワイトさん、長生きしてくださいね。」


 何度も手を振りながら離れていくメイアをドワイトは見送っていた。メイアとアーシェは血の繋がりはなかったが家族だと思って過ごしている。妻のミコットも同じだった。

 本当の娘は随分前に別の町に嫁いでおり、年に数回帰省してくるだけになっていたが、メイアとアーシェを受け入れてくれた。


 暁斗が目を覚ますまでの間、ドワイトはメイアとアーシェを迎え入れた日のことを思い出していた。そして、いずれ決断の時が来ることも承知していた。

 国益のために働いてきた兵であるドワイトが、セリムが旅に出ることにならなければいいとさえ考えてしまっていた。


 だが、国王がそれを許すはずがない。


――この男を信じて、託すしかない。


 暁斗が怒りに任せて挑んだ無謀な戦いの中に、ドワイトは希望を持つことができていた。暁斗が示した力が、無駄に長生きをしたと思い込んでいた年寄りに希望を与えたことになる。



 メイアが出発してから10分ほど経ってから、暁斗は目覚めた。


「ご気分は如何かな?」


「……最悪です。」


 目が覚めると右手と左脇腹がズキズキと痛み始める。どんな負け方をしたか分かっていなかったが、負けたことだけは理解している。右手の痛みの原因は記憶に残っているので、敗因が左脇腹にあったことは感じ取れた。


「治療を受けたとは言え、万全ではなかったのですな。……左脇腹に柄で打撃を与えたところで気を失ってしまいました。」


「……そんな感じですね。……でも、最悪なのは身体のことじゃないですよ。」


「はて?……負けたことに納得がいかないと?」


「最初から勝てるなんて思ってなかったです。……目覚めた瞬間、話しかけられたのがメイアじゃなかったことで気分が悪くなったんですよ。」


 半分は嘘である。勝てるとは思っていなかったが、勝つつもりがなかったわけではない。勝つつもりで挑んだのだから、負けてしまった結果には気分が悪い。


「それは申し訳ないことをしました。……あの子は用事で出かけてしまっております。」


「構いませんよ。ただでさえ女性キャラが少ないのに、メイアは忙しいみたいだから……。その辺りで不備があったとしても、妥協は必要なんです。」


「……キャラ……ですか?」


「あっ、こちらの話なんで気にしないでください。」


 暁斗は負けを認める言葉を口にすることができずにいた。悪態をつくことで、この場の会話を成立させようとしてしまう。

 結果的には、ドワイトの意表を突くことに成功しただけで苦戦させたのではない。軽くあしらわれただけの展開になっていたことの自覚はある。


「……偉そうなことを言って、スイマセンでした。……俺の負けです。」


 ボソボソと小声で暁斗は言葉を絞り出した。


「意地も大切です。」


 ドワイトが返した言葉はそれだけだった。

 暁斗が失礼な態度を取ったことがきっかけにはなったが、ドワイトが大きな力を見せてくれたことも事実。半年後に始まるセリムの接待にはドワイトの指導が必要なことを痛感していた。


――やっぱり、ちゃんと謝って修行してもらわないとダメだよな。


 意地も大切だが、意地を張っていても仕方ない。

 元々、ドワイトの一言に悪意はなかったのだから、暁斗が一方的に怒っていただけでしかない。『無駄に長生きをした』と口走っただけの老人全てを敵に回していたらキリがないことだ。


 横になったままでの謝罪は気が引けたので、痛みを堪え乍ら起き上がろうとした。


「……うっ……。」


 身体を動かそうとしただけで痛みが走った。


「しばらくは横になっていた方がいいですな。……明日からの本格的な修練に影響が出てしまいます。」


 暁斗はドワイトの言葉で起き上がるのを止めてしまった。

 明日からの本格的な修練――聞き間違いではないはず。暁斗は意外そうな顔でドワイトを見ていた。


「もちろん、アキト殿の許しを得られての話。……言葉を選ぶこともできず情けないことでした。本当に申し訳ない。」


 ドワイトは暁斗の傍らに座っていたが、手をついて頭を下げる姿勢になっていた。謝ろうとしていた暁斗が、謝られてしまっている。


「いやっ、でも俺も失礼な態度で……。」


「アキト殿の取った態度には、正当な理由があったのではありませんか?」


「……正当な理由なんでしょうか?……ただの個人的な感情でしかないのかもしれません。」


「譲れない感情があればこそ、人は行動できるのです。」


「そんな立派な物じゃないですよ。……ただ、望んでいても長く生きられなかった人たちも大勢いるんです。そんな人たちが長生きした時間を無駄だなんて聞いたら何て思うのかなって……。」


「……全く、その通りでした。私自身も兵として生きてきた中で、若くして命を落とした者を沢山見てきました。……愚かな言葉を口にしてしまい、恥ずかしいです。」


「長く生きてきた時間で得た物を、今の人たちに残してあげてくださいよ。……憧れさせてくれる大人でいてください。」


「……それが目上の人間を敬うということですかな?」


 暁斗は痛みを堪えて上半身を起こした。この言葉は横になったままで伝えたくなかった。


「俺は、そう信じています。……よろしくお願いします。」

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