第6話
「この部屋にいてもしょうがないか……。」
暁斗も部屋を出ることにして、椅子から立ち上がった。
これから半年間は、ただ只管に強くなることだけを目標にして行動することが決定されたことになる。
得られた強さの使い道が、この世界ではセリムの雑用になったとしても、元の世界に戻れば有益なモノになるだろう。暁斗としては、生き残った意味が生まれていた。
――どんな目的だとしても、強くなれるなら構わない。
そう考えるのと同時に、ダリアス王が言っていた『実践』の単語を思い出していた。
強くなるためには訓練をすればいい。それは元の世界でも同じだったが、強さを確認する作業は難しいことだった。
――ただ強くなれるだけじゃなくて、『実践』までさせてくれるみたいだし……。
暁斗にとっては、『実践』であり『実戦』となる。使えない強さだけでは願いを叶えることが出来ないことをダリアス王は知っているらしい。
――確かに俺は強くなれればって思ってはいたけど、どうして異世界の人間がそのことをしってるんだ?……しかも、強くなりたい理由まで知ってるみたいだし。
全てを知られている暁斗が異世界に呼ばれたことになれば、ただの転移ではなく選ばれて召喚された可能性もある。だが、まだ詳しいところは明かされていない。
暁斗が異世界に連れてこられたのが偶然だったのか必然だったのか、疑問が残る形となってしまった。
部屋を出るとジークフリートが待っていてくれた。
「お話しは無事に終わりましたか?……ツキシロ・アキトさん。」
「えっ?俺の名前……。知ってたんですか?」
「いいえ。さっき、エリス様から教えられたんです。……でも、教えられたのはお名前だけで、それ以上の詮索は不要とも言われてます。」
「……エリス様?」
新たな人物の名前が登場する。
国王以外であの場に居たのは不気味なフードの人物のみ。驚くことではないのだが、あの人物にも名前があったことを意外に感じてしまっていた。
「あぁ、あの不気味な人のことか……。」
失礼極まりない感想ではあるが、それ以外で上手く表現する言葉が見当たらない。フードを被って顔が見えなかったことが不気味ではなく、気配そのものが異質で根源的恐怖を呼び起こされるような感覚だった。
「王の側近……。と言うか、懐刀みたいな存在ですからね。」
ジークフリートの答えは、答えになっていない。暁斗の失礼な発言を咎めることもせずに、誤魔化すだけに止めていた。そして、『懐刀』と呼ばれたことの意味を考える。
暁斗は、王が躊躇いなくエリスの用意したお茶を口にしていたところを目撃していた。それだけのことでも信用されていることは十分すぎるほど理解できること。
「まぁ、いいや。……改めまして、月城暁斗です。よろしく。」
「こちらこそ、よろしく。」
この世界で会った人物は、これで四人。
内三人は暁斗の知っている人間と姿形は変わらない。ただし、元の世界でも会うことが難しいような美男美女が二人含まれてしまっている。
残りの一人は性別不明。性別どころか、異世界であれば亜人と言う存在も選択肢に含まれていた。あの不気味な存在感は、人間以外であることの方が納得できる。
強くなることが優先されてはいるが、せっかくの機会でもあるので異世界生活を楽しむ余裕くらいは欲しい――と、暁斗は考えていた。望んでこられる場所ではない。
「……ところで、ジークフリートさん。聞きたいことがあるんだけど……。」
「ジークフリートで構わないよ。……私の答えられることなら、聞いてくれ。」
歩きながら二人は会話を交わす。部屋に戻る前に聞いておかなければならないことがあった。
異世界であれば文化の違いが生じることは分かっている。それを前提にしても、暁斗には腑に落ちないことがあった。
「それじゃぁ、お言葉に甘えて。……このせか……この国の人たちは、寝ている人を起こすときに頬っぺたを抓る習慣があるのか?」
痛みを与えて人を起こすことが、文化的な違いから生じている行動と認めるわけにはいかない。それでも、あの起こし方が、この世界の常識であれば事前に知っておきたかった。
そんな些細な行動すら違いがあるのであれば、心の準備をしておかなければ毎回驚くことになってしまう。
「あぁ、あれですか……。気持ち良さそうに眠っている貴方に、少しだけ腹を立ててただけだと思いますよ。」
ジークフリートは苦笑交じりで暁斗に語る。
「えっ!?……どうして?」
「彼女は、ずっと貴方の看病で寝てませんでしたから。……八つ当たり、ってことです。……普通は声をかけて起こしますよ。」
あの起こし方が一般的ではないことは理解出来たが、八つ当たりされていたことには驚いている。それでも、あまり痛みを感じないように配慮はされていたので、随分と可愛らしい八つ当たりだ。
「……でも、そんなことまで質問しないと覚えていないんだね?怪我も、かなり酷かったみたいだし。……もう大丈夫なのかい?」
「覚えて……ない?」
「記憶障害、なんだって?……傷の治療以外でも有効な精霊石があれば少しは改善するかもしれないけど、術師に任せるしかないかもね。」
知らない、ではなく、忘れてしまったことにして暁斗の状況を説明していたらしい。変な質問を繰り返しても記憶障害として流されてしまうのであれば気が楽になる。
「その術師って……、メイアも術師なの?」
「勿論だよ。この国でも指折りの存在さ。」
あの若さでトップクラスに位置する術師であれば将来有望だろう。そんな術師を暁斗の治療に当たらせる意味が気になった。
――セリムが世界を救っても、その真実を知る存在は邪魔になると言っていた。……それなら、メイアだって邪魔な存在になるはずなんだ。
ダリアス王の語っていたことを思い出してみると、暁斗が異世界の人間だと知るメイアも『口封じ』の対象になりかねない。
暁斗について記憶障害と聞かされているジークフリートは『口封じ』の対象から外されているのだろう。これ以上の詮索は不要とまで念押しまでされている。
――エリスと呼ばれる人物は当然全てを分かっていると思うけど、側近として王からの信頼を得ているから『口封じ』はないか。
セリムが世界を救った後、その裏側でセリムを助けていた人物がいたことは絶対に漏れてはいけない秘密。おそらく、その秘密を守るために国王は手段を選ぶつもりはないだろう。
暁斗は元の世界に戻すことで口封じは完了するが、この世界の人間の口を確実に塞ぐ方法は一つしかない。
――メイアについては確認が必要だな……。
この国で、メイアが担う役割が何なのかを知る必要がある。国王がメイアをどう扱っているかを知る必要がある。
――そうでなければ、メイアは殺されてしまいかねない。
セリムが優遇を受けて接待まみれの冒険をすることになっても、結果的に世界が救われるのであれば悪いことではない。
その計画に暁斗が係わるることが確実な『口封じ』の手段のためであることも納得していた。
だが、そのために犠牲にされる命があってはならない。
「……どうしました?急に難しい顔をして。」
「あっ、いや……。少し考え事をしていただけですよ。大丈夫。」
考え事をしている間に、暁斗が元いた部屋に着いてしまったらしい。
「さぁ、部屋に戻ったよ。……病み上がりに緊張して疲れているだろうから、早く休んだ方がいい。」
これからの予定はメイアに聞くことになる。だが、ジークフリートの仕事が案内係だけとも考え難かった。
メイアが暁斗の世話係的なポジションだとすれば、ジークフリートが受けている指示が気になり始めていた。
「なぁ、ジークフリート。……エリスから俺の名前と記憶障害のこと以外には何を聞かされてるんだ?」
「……すまない、国王に仕える兵士として、それを明かすことは禁じられている。……だが、貴方に害為す存在でないことだけは約束出来る。」
「そっか、それなら仕方ないよな。……でも、貴方って改まった呼び方をされるのは何だか気持ち悪いから、俺のことも暁斗でいいよ。」
「ありがとう、アキト。……それでは、また。」
暁斗はドアを開けて部屋の中へ戻ることにした。現状は、この部屋にしか暁斗の居場所はない。
不安よりも混乱することの方が多かった。異世界生活の中で、やるべきことは明確に示されているし、寝食で困ることはなさそうだった。
それでも、ここは異世界であり勝手が違う。
誰も座っていない椅子が目に入り、室内を見回しても暁斗以外は誰もいなかった。メイアもいなくなっている。
――どこかに行っているのかな?
予想外の状況に少し焦りはしたが、国王からの指示で動いているメイアが暁斗を放っておくことも考え難い。
気持ちを落ち着けて椅子に座り、これまで起こっていたことを整理することにした。異世界に来てからの時間で大半は眠っており、起きていた時間はメイアとダリアス王との会話である。
――メイアは術師と呼ばれる存在らしい。精霊石を使って俺の治療をしてくれた。……この国では、かなり凄腕の術師でジークフリートから『様』付けで呼ばれていた。
見た目の判断でしかないが、年齢的にはジークフリートの方が上である。年下のメイアに対して、わざわざ『様』を付けて兵士が呼ぶほどの関係性になる。
――待てよ、メイアが国王側の人間であれば注意しておいた方がいいのか?……でも、最初に話をした時には『詳しく聞いていない』って言ってたよな。
様々な考えが浮かんでは消える。その繰り返しだった。基本的には短い時間しか接していないので、結論がでることはない。
――それでも、セリムとか言うヤツのせいで大変なことになったな。おかげで俺は異世界まで来て『接待』させられるんだから。……しかも半年間も修行されられるって、どんな仕打ちだよ。
もう少し期待が持てそうな展開であれば、暁斗も意欲的になれたかもしれない。
だが、暁斗の目的は単なる『接待』だ。
――黙って冒険に出発してくれてるゲームの勇者には、ちゃんと感謝しないとダメだ。しかも、見返りを求めずに世界を救うなんて、いい人過ぎる。
勇者に勇気があって、世界を救うために行動を起こしてくれることを当たり前に考え過ぎていたのかもしれない。当たり前のことが当たり前ではなくなった時、柔軟な対応が要求される。
本当は『世界を救う』なんて目的で行動する人間など存在しないのかもしれない。
――それでも、セリムが物分かりのいいヤツだったら、俺は死んでたんだよな。……それに、いずれは帰してもらえるみたいだし。
その『いずれ』がいつになるのかまでは分からない。そして、『いずれ』に至るまでには『接待』を成功させなければならない。
――でも、接待ゴルフをするならゴルフが上手くないとダメって聞いたことあるけど、『接待冒険』ってどうなのかな?
接待ゴルフでも接待マージャンでも、接待する相手よりも上手であることが要求されるらしい。接待されていることを気付かれてしまえば不興を買い失敗に終わる。
相手に悟らせずに、気持ちよく勝たせることが大切だ。
――半年間の修練で魔獣を倒せるくらいに強くなって、冒険上級者を目指せって……、そんなこと本当に出来るのか?
体格は至って普通の暁斗に武道の経験はなく、戦闘力は未知数である。
元の世界で平均的な身長だったとしても、この世界では重力が軽くなっており、少し伸びてくれているかもしれない。ただし、身長が数センチ伸びたところで大した影響があるとは考え難い。
――修練や冒険のことは、いずれ嫌でも答えはでるか……。それよりも、あの国王は要注意だ。一緒にいたエリスも。
ダリアス王が何を知っていて、何をしようとしているのか。そして、人として駆け引きが出来る国王よりも得体の知れないエリスの存在の方が暁斗には気になっていた。
だが、今のところ情報源になってくれそうな登場人物は、メイアとジークフリートのみ。屋敷の外の景色すら見ていないことになる。結論を出すには情報が少な過ぎた。
――それにしても、メイアはどこに行ったんだ?中々戻ってこないな。……流石に、この状況で一人にされるのは心細い。
これまでは傍に誰かいてくれたから不安が少なかっただけ。一人になったことで、暁斗は異世界にいることを急に意識してしまい、不安な気持ちに襲われていた。
静かな夜、しかも異世界。この世界に存在してはいけない暁斗が、不安を感じていなかったことの方が異常だった。
考え事を止めてしまえば周囲の静寂が暁斗を取り囲む。
『…………スー……、スー……、スー。』
――えっ!?……何の音?
この部屋に戻ってきた時から、暁斗は一人ではなかった。暁斗が治療を受けて、体調を整えるために眠っていたベッドから不思議な音は聞こえている。
ゆっくりと覗き込んだベッドの中には、可愛らしい寝顔のメイアがいた。
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