第5話

――『選ばれし勇者=月城暁斗』が、お約束の展開なんだろうけど……。裏方仕事って言われてるから違うんだよな。……でも、それなら、どうして『選ばれし勇者』でもない俺が異世界から連れてこられてるんだ?


 暁斗は限られた知識の中で懸命に探ってみたが、定番の内容しか思い浮かばない。


「その『選ばれし勇者』が見つかってないから、俺に探してほしい……とか?」


「いや、その者は既に王都で生活をしている。……それに、そんな事のために異世界の人間を呼ぶなんてことはしない。」


 もっともな意見であった。『選ばれし勇者』が存在しているのであれば残りの配役は『選ばれてはいない脇役』であり、異世界から手間をかけて連れてくる意味はない。


「それなら、すぐにでも冒険を初めて、世界を救わせればいいじゃないですか。……いい加減に、もったいぶらずに俺を呼んだ理由を教えてください。」


 回りくどい会話に、暁斗も少しイラつき始めている。言葉を選ぶことさえせずに要求してしまっていた。

 だが、ダリアス王は暁斗が苛立っていることも意に介さない様子で話を続けてしまう。世界を救いたい国王として自己陶酔していたのかもしれない。


「まぁ、そうだな。……とにかく魔獣を一掃することは、この国の悲願であり、その悲願を成就させるのに必要な人物も揃っている。……すぐにでも出発させたいのだが、その者が『怖いから行きたくない』と駄々をこねる始末。」


 勇者が旅に出なければ何も始まらない。勇者が世界を救ってくれるというのは、単なる思い込みだったのだ。


 通常のファンタジーRPGにおける勇者ポジションは物語の主役。その主役が冒険に出発することで物語は始まる。

 ゲーム開始早々、『あなたは冒険に出発しますか?』と選択コマンドが出てきて『いいえ』を選択されてしまった状態だった。ゲームでは『はい』以外の選択肢はあり得ないので選択コマンドは省略されているが、この世界の冒険は違ったらしい。

 そもそも、勇気がない者は勇者ではないのだから、何と呼称すべきかも分からない。勇気のない勇者にとっては唯一無二の能力など迷惑なものでしかない。


「それなら、国王命令で無理やりにでも行かせればいいじゃないですか。……俺を異世界から連れてくるくらい強引な事が出来るなら、それくらい簡単ですよね。」


「無理やりに出発させてしまえば、他国で逃亡されることが懸念される。……セリムが淵源の地に辿り着かなければ、全てが無駄になるのだ。」


「いきなり名前が出てきましたけど、そのセリムって人が今回の勇者ですね?」


「おぉ、そうだったな、すまない。……封印の鍵はセリム。……セリムには自発的に行動してもらわねば困るのだ。……それで、取引をすることにした。」


 さすがに威風堂々とした態度は鳴りを潜めて、言い淀みながらダリアス王は話を進めていた。そんな男に世界を救ってもらわねばならないことに、少なからず恥ずかしさがあるのかもしれない。


「取引ですか。……そのセリムはどんな条件を提示したんです?」


「……一つは、セリムを貴族の一員として迎え入れ、広大な領土を与えること。……もう一つは、我が娘との結婚だ。」


 かなり俗っぽい話になってきていた。ゲームの中で見られる勇者は、周囲の人間に『勇者様、勇者様』と持て囃されて世界を救わされているだけかもしれない。

 せっせとお金を貯めても、高価な武器や防具を買うために使わなければならない。人気ゲームになってしまうと、世界を救った後も続編で新たな戦いを強いられて、幸せな生活を継続することも許されない。

 国王の娘と結婚出来れば、この国での権力が保証されたも同然である。世界を救うことと引き換えに要求したのは、土地と権力だった。


「……その条件を飲んだんですか?」


「安寧の日々と、世界の発展には……代えられない。」


「まぁ、それについては、こちらの世界の問題なので別に構わないですけど……。王女は結婚を了承しているんですか?」


「……結婚のことは娘に話していない。……娘はセリムを嫌っているのだ。」


「それでも結婚させるんですか?」


 これも政略結婚になるのだろう。

 自分の娘に好きでもない男と結婚させてでも、魔獣を一掃することを優先させたいらしい。国を治める者の判断としては仕方ないのかもしれないが、理解の外。

 ただし、セリムは本当に王女を好きでいるのかもしれない。王女の後ろにある権力にではなく、王女本人に対する想いから結婚を交渉に使ったのであれば可哀想な気もした。


「それについては、セリムが立派に世界を救うことができれば、娘も結婚を受け入れやすくなるかもしれないと考えておる。」


「立派に世界を救うって……、セリムって人は強いんですか?」


「戦闘能力は皆無だな。魔獣と戦うことになれば、確実に殺されてしまう。」


「弱いけど、優しくて気遣いができる男とか?」


「いや、性格も最悪だ。傲慢で我儘。……良いところを見つける方が難しいかもしれないな。」


 国王に出した条件を聞いただけでも性格が悪いことも予想はできていたが、あまりにも評価が低い。主役ではなく、敵対するキャラに選ばれていれば最適かもしれない。

 勇気はなくて戦う力もない、私利私欲にまみれ傲慢で我儘。なんだか楽しくなってしまうレベルで最低な男だった。


 それでも、ここまでの内容はこの世界だけで解決出来るレベルであり、暁斗の役目は全く判明していない。異世界の人間が必要になる問題は起こってはいないことになる。


「結婚の話は別にして、セリムが淵源の地に向かうなら解決してるじゃないですか。……俺が関わる要素が見当たらない。」


「慌てるではない。それについてはこれから話す、ちゃんと理由がある。……まだ、セリムが出発することを決めただけで、冒険の途中で諦めてしまっては意味が無いのだ。」


「……淵源の地まで辿り着けないってことですか?」


「当然、旅路で魔獣に襲われることもあるだろう。途中立ち寄る小さな村には宿もなく、食事も満足に出来ないかもしれない。……そんな不自由な冒険に嫌気がさして、セリムが途中で投げ出してしまう可能性は高い。」


「……それで?」


「其方が先回りして魔獣の数を減らしておくのだ。見せ場も少しは残しておかないとダメだな。……宿がない村であれば、安眠できる環境を作っておく。十分な食事が提供できるように食材を調達する。……やることは沢山あるぞ。」


「えっ!?何を言ってるんですか?」


「だから、其方を連れてきた目的の話だ。」


 裏方と言われていたが、雑用メインの仕事になっている。こんなにも過保護な冒険を暁斗は知らない。世界を救うためにお膳立てされた、謂わば出来レースだった。

 ゲーム序盤で弱いモンスターとしかエンカウントしないことも、町や村には必ず宿屋があることも、裏方が頑張ってくれている結果ということになるらしい。


「でも、俺に戦闘経験なんてないから、魔獣を減らすことは出来ませんよ。」


 雑用部分は何とかなるとしても、戦闘に関しては全くの素人であり魔獣との対面も終わっていない。数百人の住人を全滅させるほどの化け物相手に、見せ場を残してながらエンカウント調整をするのは実現性に乏しい。


「其方には半年間の修練を積んでもらう。」


「……修行させられるんですか?……それでも、たった半年間の戦闘訓練だけで魔獣に勝てるわけないです。」


「そんなことはない。『重力?』と言うのか……。今、其方の身体は軽くなっているはずだが、感じておらぬか?元の世界よりも遥かに早く動けるようになって、力強くなっている。問題はない。」


「えっ、重力?……異世界で強くなるのって、そんな科学的根拠がある話なんですか?……いや、でも重力の違いは、この世界の人から見ればチートになるのか。」


 思わず独り言のように声が漏れてしまう。廊下を歩いている時に感じた身体の変調は、重力の違いがもたらしていたことになる。強くなれているように錯覚したことで少しだけ調子に乗ってしまいそうになったが、この理不尽な要求に納得している訳ではない。

 このままでは、会ったこともないセリムを活躍させる為に、暁斗は半年間も修行させられることになってしまう。


「でも、そんな裏方仕事なら、この世界の人にやらせればいいじゃないですか。……強い兵士とかもいるんでしょ?どうして俺が修行してまでやらなきゃならないんですか?」


「世界を救った冒険の事実。冒険の裏側を知っている人間が、後々脅しに来るかもしれない。そんなことを暴露されてしまっては、国の威信に関わる。……この秘密は隠し通さねばならないのだ。」


「……だから、目的を果たせば元の世界に帰してくれるんですね。……秘密を知った人間が、この世界に留まることは困るんだ。」


 暁斗が知りたかったことであるが、あまりにもセコイ内容だ。

 しかしながら、こんなにもセコイ内容の目的を恥ずかしげもなく伝えられることには、清々しくさえ感じられる。


 世界を救うためには裏工作が必要になるが、裏工作があったことを知られてしまえば威張ることも出来なくなってしまう。どの世界の為政者も本質は同じかもしれない。

 裏工作に関わった人間が、別の世界に戻ってくれていれば秘密が露呈する心配はなくなる。証拠隠滅のために暁斗は異世界転移させられたのだ。


「そんなことのために俺は異世界に来たのか……。」


 当然の感想かもしれない。主役でない点は仕方ないが、脇役ですらなく裏方。それも、別の世界の人間がやるまでもないような内容だった。


「馬鹿を言うな、大切な役目だ。……セリムが魔獣を封印することで、貴族に加わり王女と結婚するのだ。英雄として存在感を保てなければ、国中の笑いものになってしまう。」


「……でも、重力の違いで連れてこられたのなら、俺以外の人間でも良かったってことですよね?」


 その点に気が付いてしまったことが、ある意味一番ショックだったのかもしれない。

 この世界よりも厳しい環境で育った人間であれば、誰でも良かったことになる。身体が軽くなれば、早く動くことも出来て持久力も増すことになるのだろう。だが、それは暁斗に限った話ではなく、偶然選ばれたに過ぎない。


「……もちろん、それだけが理由ではないが……。」


 ダリアス王からの言葉が続かない。他に理由が見つからないのかもしれないが、取り繕おうとしていた。

 暁斗に何か特別な力があれば半年間の訓練も必要ないことであり、どんな理由を後付けしたとしても矛盾が生じてしまう。


「まぁ、百歩譲って、この世界の重要案件であることは理解しました。……でも、やっぱり何をすればいいのか想像できないですね。」


「細かいことは、修練を積んでいる半年間で考えれば良い。とにかく、其方は魔獣と戦えるだけの力を身に付けることが先決だ。」


 ここまでの丁寧な説明が一転して雑になってしまう。この先についてのことは、あまり詳しく決めていなかったのだろう。


「それで、無事に役目を終えれば、元の世界に帰れると?……でも、大切なことを忘れてはいませんか?」


「……大切な事?……それは何だ?」


 ダリアス王の表情が少し強張っている。ここまでは暁斗が一方的に話を聞いていただけであり、情報を得ただけの状況だった。


「……引き受けるとは言っていませんよ、俺は。……セリムが条件を提示しているのに、俺が得になることが無いのは不公平じゃないですか。」


「……命を助けたことだけでは不服か?……断れば、元の世界にも帰れず、この世界で野垂れ死にするしかないぞ。」


「セリムの裏話で脅しをかけてみる……とかはダメですか?」


「其方の言葉を信用する人間がいるとも思えないな。」


「ですよね。俺は、この世界では何者でもない。……でも、半年間も訓練させられた後に大変な裏方仕事をさせられて、得られる物が一つもないなんて言われたら、普通は引き受けないと思うんです。」


「ふむ、では何を望む?……宝石か?……女か?」


 実のところ暁斗は何も望んでいなかった。見返りなど無くても、引き受けてしまって構わないとまで考えていた。

 それでも、このやり取りはダリアス王の真意を探る上では必要な作業になる。暁斗が下衆な言葉を発すれば、相手も同調すると読んでいた。案の定、国王が選んだ報酬は俗物が好みそうな物。


――『宝石』や『女』か……。国王の発言とは思えないな。


 そんな発言が自然と出てしまう人間が、国の安寧だけを求めて行動しているかは甚だ疑わしい。事実を隠すために異世界転移を実行させてしまう男が、真実だけを正直に語っているとは考え難いことだった。

 異世界の人間を『野垂れ死に』させると言える品のなさも窺い知れた。

 

「宝石なんて貰っても、俺の世界で価値があるものか分からないから要らないです。……それに、連れて帰ることも出来ない女と仲良くなりたくないから同じことですよ。」


 ここでダリアス王は、不敵な笑みを暁斗に向けていた。 


「……だが、其方が一番欲している『修練』と『実践』の機会を得られるのではないのか?……それだけでも、利することは大きいと思うが、どうかな?」


「……どうして、そのことを?」


 暁斗は心の底から驚いた。ダリアス王は暁斗の願いを知っているかもしれなかった。

 『宝石』や『女』が、『修練』と『実践』に選択肢が変わっている。暁斗の事情を知らない者が、これだけ急激に選択肢を変えられるわけがない。

 

 暁斗が強く願っていることを知っており、断らないことを知った上で話を進めていたのであれば、暁斗は利用されるだけの立場になりかねない。


――これは気を引き締めていかないと危ないな。……俺の何を知られているんだ?


 この国王には、与えられた地位以外の品格が備わっていない。質の悪い人間と話をしているようになるのだが、国王としての権威を持っていた。


「それでは、詳しい話は後日改めてするとしようか。」


 交渉成立。するしかなかった。


 ダリアス王の満足気な表情で話を纏めに掛かったが、最後に余計な事実を教えてしまったことには気が付いていない。異世界転移させるのは誰でも良かったと匂わせておきながら、暁斗を選んだ可能性があることを示唆している。


「後のことはメイアに任せてある。……これからのことはメイアの指示に従って行動してくれ。」


 それだけ言い残して、ダリアス王は部屋を後にした。


 暁斗は、ダメ勇者セリムを安全・快適に淵源の地まで送り届ける仕事を引き受けたことになっていた。難しい仕事というよりも、面倒な仕事としての印象しかない。


 そして、怪しげなフードの人物が気配もなく既に消えていたことに暁斗は気付かされた。

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