第3話
「ここはヴァイカス。……貴方がいた世界とは、
暁斗は現実世界の全ての国名を知っている訳ではないが、少なくとも眠っている時間だけで移動できる範囲に『ヴァイカス大国』という地名は知らなかった。
無知である可能性を除けば、暁斗が生活していた世界ではないことを補完する要因になってくれる。
「……やっぱり、そうなんだ。」
暁斗の反応を見ていたメイアの表情が変わった気がする。少し離れているので気のせいかもしれないが、その表情からは怒っているように感じられた。大人っぽく物静かな女性としての演出が崩れ始めている兆候だった。
「……別次元の世界になるんです。」
「そうみたいだね。……『ヴァイカス』なんて国は知らないし。」
「……怖くはないんですか?」
「まぁ、多少は怖いけど……。わざわざ死にかけてる人間を助けておいて、改めて危害を加えるとも思えないから。何か、目的があって異世界まで連れてこられたんでしょ?」
「そうですけど、いきなり別の世界に連れてこられたら不安じゃないですか?」
メイアの言葉を簡単に信じてしまっていることが納得できないのかもしれず、少し語気が強くなっていた。暁斗としては隠しておく意味もないので、メイアからの話を簡単に信用した理由を伝えることにした。
「不安はあるけど……。実は、夢の中で会った子に、異世界に行かされることを聞いてたんだ。だから、ある程度は心の準備が出来てたのかもしれない……。俺自身、夢の中でのことだったから半信半疑ではあったけど、この状況を見れば……ね。」
すると、メイアは『あの子の
「えっ?……何?」
聞き返した暁斗への回答は得られない。怒っているように見えたのは気のせいではなかったらしいが、原因は分からない。怒っているというよりも、不機嫌になっている方が相応しいかもしれない。
最初に見せた事務的で淡々とした態度は一変して、感情を素直に現してくれていることは有難かったが、不機嫌になってしまうと心が落ち着かなくなる。
「……ところで、異世界でも言葉は通じるんだね?」
「『言霊の精霊石』の効力ですよ。」
「……『言霊の精霊石』?」
空気を変えるために気になるポイントを話題に上げてみたが、ここで異世界感を強調する新たな単語が出現した。
そして、メイアは少し得意気な顔になり、首から下げていた石を暁斗に見せた。親指大くらいの石が付いているだけのシンプルなネックレスだ。
水晶のように透明な石だが、光沢がありキラキラと輝いている。
「これが、『言霊の精霊石』です。……この石の効力で、言葉に込められた意味が直接心に届いて、意思疎通が可能になります。だから、共通の言語でなくても、会話が成立するんです。」
「へぇ、流石は異世界。随分と便利な物があるんだ。」
「えっ!?」
メイアが見せてくれた得意気な表情は消えてしまい、今度は驚いた顔を見せてくれる。
暁斗は二人の会話に噛み合っていない部分があることを薄々感づき始めていた。
「……貴方を助けた時も、『水の精霊石』の力を借りて治療したおかげで、こんなに短時間で回復できたんです。」
この言葉は淡々とした説明口調で、無表情に暁斗に伝えられた。鈍感な暁斗であっても言葉の温度差を感じ始めているが、不機嫌にさせている要素には見当がつかなかった。
見せられた石は『言霊の精霊石』と違って、かなりくすんでおり輝きはなかった。
――この石は、くすんでて見すぼらしいな……。
自慢の品に対しての評価としては最悪だった。
更にメイアの機嫌を悪くするかもしれない率直な感想だったので、声に出して伝えることは避けることにした。
にも拘らず、メイアは少し膨れっ面になって暁斗を見ていた。これはこれで年相応に可愛らしい表情ではあるのだが、これから情報を聞き出すためには障害になってしまう。椅子に座って静かに本を読みながら暁斗の目覚めを待っていた美少女感と、緊張した面持ちで話始めた雰囲気は完全に消え失せてしまっている。
そして、ここで軽くメイアの不満が爆発する。
「アキトさん、全然ダメです!……どうして、そんなに冷静な反応しかしないんですか?住み慣れた世界から知らない土地に連れてこられたんですよ?アキトさんにとっては不思議な力を見せられたんですよ?」
「いやっ、冷静なわけではない……、です。」
「そんなことありません!『やっぱり、そうか……』とか『へぇ……』とか、リアクション悪すぎです。……私が想定していた会話とは違い過ぎるんですよ。」
ただ単に、もっと驚いた暁斗の反応を見たかったらしい。
異世界に連れてこられて慌てふためく暁斗に対応するシミュレーションをしていたメイアにとってみれば、暁斗の反応は0点だった。
仮に夢の中の女の子から情報が得られていなかったとしても、暁斗は満点をもらえるリアクションを取れる自信がない。
「……想定してたんだ。……それは、ゴメン。」
暁斗が放った言葉で我に返ったメイアは急に恥ずかしくなったのだろうか、小さな咳ばらいをして気持ちを落ち着けた。暁斗のリアクションが悪すぎて、思わず口走ってしまった。
「もう、いいです。……初めからアキトさんの性格を知っていれば、こんなにガッカリさせられることもなかったとは想うんですが、反応を期待していた私が甘かったんです。」
死の寸前まで追い詰めた刃物よりも、言葉の凶器の方が遥かに鋭く暁斗の心を貫く。18年の人生で、女の子からこんなにも厳しい言葉を面と向かって言われた経験はなかった。
モテなかったわけではなく、遠ざけていただけではあるが免疫がないことに変わりはなかった。
これからの異世界生活では大変なことも待ち受けているだろうが、一番最初に大きな傷を負わされたことになるかもしれない。
無駄な足掻きであったとしても言い訳をして、少しでも立場を良くしておきたくはなる。
「……俺の知っている異世界転移とは少し違っていたけど、事前に情報をもらってたから心の準備が出来てたんだ。」
「え!?『俺の知ってる』って……。アキトさんの世界では、異世界に連れてこられるようなことが他にもあるんですか?」
「あっ……、いや、それはないと思うけど……。」
「ないんですか?……下手な言い訳は見苦しいですよ。」
アニメやゲームの情報を、メイアへの説明に加えてしまうには文化の違いを理解しなければならない。
現状、ベッドから見渡せる範囲に電化製品らしき物は発見できない。輝く石が幾つか付いている照明は、大きさや形から別の種類の精霊石であると予想された。精霊石が生活の一部に溶け込んでいる世界観で、アニメやゲームが存在しているとは考え難い。
そもそも、暁斗自身がアニメやゲームについてあまり詳しくはないので、説明するのは不可能だった。余計な話をしたことで立場を更に悪くしたことになる。
「……でも、どうして俺を連れてきたんだ?」
このままではメイアの圧力に負けてしまいそうになっているので、異世界へ連行されたことについての質問に戻すことにした。
「それについては、改めてお話しすることになると思います。」
「まだ言えないんだ。……随分ともったいぶるね。」
「ゴメンなさい。私も詳しくは聞かされていないんです。」
「責めてるわけじゃないんだ。……ただ、俺は残りの人生をココで生きていくことになるのかだけでも知りたかったんだ。」
厳しいことを言われてしまったが、メイアの態度は最初の事務的な雰囲気から比べて軟化してくれていた。メイアと話しやすくなっただけでも、これまでのやり取りに意味が生まれていた。そうでなければ、報われない。
言葉の凶器で貫かれてはいるが、まだ致命傷にはならずにいてくれる。
「……断言することは出来ませんが、たぶん戻ることは出来ると思います。……でも、先の話になるとは思うんです。」
断言出来ないと言いながらも情報提供をしてくれている。『たぶん』とは言っているが、メイアが根拠もなく適当なことを言うとは思えないので十分に信用できる。
「ありがとう。」
「あまり期待はしないでくださいね。……それよりも、そろそろ休んでください。まだ、万全には程遠いんですから。」
暁斗から感謝を受けて、メイアは照れ隠しに言う。
実際、その言葉通り万全ではなかった暁斗は疲れている。だが、連れてこられた理由以外で最低限知っておきたい情報を引き出すことができた。
「そうだね。……眠る前に、あと一つだけいいかな?」
「何ですか?」
「さっき見せてくれた『水の精霊石』を近くで見たいんだ。」
「……?」
暁斗の治療で精霊石の力を使い果たしてしまい役目を終えかけている石だ。
そんな物を見たいと要求している暁斗の真意は分からないが、メイアは理由を聞かず椅子から立ち上がりベッドの横まで来て精霊石を手渡してくれた。
暁斗は『水の精霊石』を眺めた後、握りしめる。
――さっきは『見すぼらしい』なんて思って、ゴメン。……俺の命を救ってくれて、ありがとう。
精霊と呼ばれている以上、何らかの命が宿っていたはずの石だ。
暁斗なりのケジメ――と言うほど大袈裟なものではないが、覚えている内に伝えておきたかった。暁斗の命を助けてくれたのは、メイアと精霊石であり感謝していた。
「さぁ、本当に休んでいてください。……次に目覚めた時には、お話し出来ることも増えているはずですから。」
夢の中で会った女の子は、暁斗が異世界に転移してしまうことを望んではいなかった。その理由は、まだ明かされていない事実に含まれているのだろう。
メイアの優しい言葉と握りしめた石から伝わってくる温かさで、眠気が一気に襲ってくる。
――こんなにも、しっかり眠るのは久しぶりだな……。
不思議な感覚だった。異世界に飛ばされて、出会ったばかりの少女が傍にいる状況が心穏やかな安らぎを与えてくれている。
―※―※―※―※―※―※―※―※―
コン、コン、コン――ドアをノックする音が暁斗の眠る部屋に響いた。
「どうぞ、お入りください。」
メイアが短く応じて、ドアを開ける時の少し軋んだ音が鳴る。
「……失礼します、メイア様。国王様がお呼びですので、お迎えに上がりました。……彼……は、大丈夫でしょうか?」
「えっと、かなり回復はしていると思うので……、すぐに準備させます。」
暁斗は周囲の音に気付いており、微睡みの中で状況の変化を感じ取っていた。
普段の彼であれば、微睡みの時間を楽しむことなどせず起き上がっていたかもしれない。それが、今回、メイアがどんな言葉で起こしてくれるのか少し期待をして待ってしまう。
だが、言葉をかけられることはなかった。言葉がないままに、柔らかな手の感触が暁斗の頬に伝わってくる。予想外の出来事で慌てて目を開けてしまいそうになったが、グッと堪えて何が起こるのかを待ってみた。
頬に微かな温もりがある。元の世界で死を覚悟した時と同じように触れてくれたのだろう、暁斗の心拍数は跳ね上がった。
ギュッ――頬を抓られる痛み。痛みと表現するには大袈裟かもしれないが、目を覚ますには十分な感触。
この痛みは完全に想定していなかった。無言で頬を抓られていた。
「……おはようございます。……体調はどうですか?」
「!?……おはよう。……大丈夫です。」
寝惚けているのではなく、驚きが感情の大半を占めていた。体調が悪くないのも出任せの返事ではないが、勢いで口にしてしまっている。
おはようございます――の言葉とは裏腹で、窓から差し込む光はなく夜だった。
「これから貴方を連れてきた目的についてお話しがあるみたいなので、起きて準備をしてもらえませんか?」
メイアの指示に従って用意された服を受け取り、ベッドから起き上がると衝立に隠れて着替えを済ませた。この世界の物で簡素な造りの服だったが、着心地は悪くはない。
「……よく似合ってますよ。……私は、部屋で待ってるので、こちらの方と一緒に行動してください。」
着替えを待っていた来訪者が暁斗の前に立ち、
「初めまして、私はジークフリート・レーヴェ。……これから貴方が会うのは、この国の王です。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね。」
「あっ、俺は……。」
名乗ろうとした瞬間、ジークフリートは右手を翳して暁斗の言葉を制した。
「すいません。……貴方の素性を聞くには許可が必要なので、それ以上は結構です。」
銀髪の青年は、にこやかに話しかけてくれるが、意志の強さを示す瞳を持っている。凛々しく端正な顔つきや立派な仕立て具合の白服を見ただけでも、ジークフリートから『できる男』感は伝わってきた。痩身ではあるが華奢ではなく、身のこなしも優雅。
国王からの指示で動いているのであれば、それなりの人物であることは間違いない。暁斗よりは若干年上だろう。
そのジークフリートが許可を得られていないことをメイアが許されているのであれば、若干立ち位置が気になるところではある。
――これから会うのが国王ってことは、俺を転移させた主犯は国王なのか?……あんまり良い展開は期待出来ないかもな。
暁斗が転移したのは王政国家であり、ジークフリートの腰から下げている立派な剣に目が行ってしまう。
剣の携行が一般的な異世界で、国王との会談を夜に行うことになれば、怪しさも倍増だ。
――ほのぼのファンタジーも少しは期待してたんだけど、これは無理っぽいかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます