オークジニアス

 アレスさんとマルクさんが堀の中を覗き込んだ。


 すると……。


「隠匿の魔道具を使ってやがる! 堀の中を梯子を使って登ってきているぞ!」


 隠匿とは姿を消すスキルだ。


 そのスキルを封じた魔道具を使っていらしい。


 隠匿を使えば姿が見えなくなり音もかなり抑えられる。


 日本でいう、まだ実用化のされていない光学迷彩の上位版みたいな感じ。


 こんなことが簡単に出来るこの世界の魔道具はなんでもありだな。


 肉眼で見破るのはほとんど不可能でこれを見破るには高い範囲哨戒の魔道具を使うかスキルレベルの高い範囲哨戒スキルを持つしかない。


 マルクさんが梯子で掘を上ってくる敵を見て狼狽えまくっていた。


「どうするんだよ?」


 気の緩みで優勢だった筈の戦局が一気に引っ繰り返ってしまった。


 やばい、これはヤバい。


 絶対にニケさんを、いや俺の仲間を守り通さねば!


 俺が死ぬ気でなんとかすると決意した。


 崖を登り切られたらこの狭いキャンプの中では逃げ場はない。


 登り切られる前になんとかしないと。


 それならば……。


「援護をお願いします!」


「どうするんだ?」


「オークをアイテムボックスに取り込みます」


 俺は登ってくるオークたちを全力でアイテムボックスに取り込みまくるが数がヤバい。


 堀の壁にびっしりとオークが張りついている。


 まるでアブラムシの大群が植物に張り付くかのようだ。


 その数は昼間にこの拠点で倒したオークに匹敵する数だ。


「どりゃー!」


 壁を登ってくるオークたちを俺はアイテムボックスに取り込みまくった。


 梯子を取り込むと奈落の底に落ちているオークたち。


 でもしぶとい奴は壁に張り付いたままなので一匹ずつ取り込まないといけない。


 しかも今回は雑魚だけでなくそれなりに強そうな幹部クラスまで交じっている。


 その幹部クラスのオークの大きさは通常個体の10倍以上。


 山とまでは言わないが大岩を取り込むのと変わらない力が必要だ。


 きつい! きつい! きつ過ぎる!


 だが止めるわけにはいかない!


 諦めた時点で負け確定、この陣地に居るみんなが死んでしまう。


 俺は必死で取り込みまくる。


 幹部クラスのオークを取り込む度に息が絶え絶えだ。


 だが休んでいる暇はない!


 俺は取り込んで取り込みまくる。


 守ってくれているアレスさんが応援してくれた。


「頼んだぜ、タナオカさん」


「任せてください!」


 から元気を出すがそれだけの余裕はない。


 でも、やるしかないんだ!


 俺たちに負ける未来なんて絶対に無いんだ!


 今まで甘っちょろい考えで生きていた人生の中で俺は一番の必死となり、オークを取り込みまくった。


 *


「はあ、はあ、はぁ、やってやったぜ!」


 地面にへたり込む俺。


「おう、やったな」


 俺は登ってくるオークを一匹残らずアイテムボックスの中に取り込んだ。


 必死に俺を守り続けてくれたアレスさんもへたり込み、背中同士を合わせて座る。


 時刻はそろそろ午前4時ぐらいだろうか?


 まだ空が白み始める時間ではなかったが、月は大きく傾いていた。


「これで終わりですか?」


「いや、まだ四天王が現れていない」


 四天王とはハイオークの中でも特に強い4匹だ。


 ハイオーク・ウォーリア(戦士)


 ハイオーク・マジシャン(魔法使い)


 ハイオーク・ネクロマンサー(死霊使い)


 ハイオーク・クルゼーダー(騎士)


 この中で飛びぬけて強いのが死者を魅了して眷属とするスキルを持つネクロマンサーであり、アレスさんやニケさんたちの宿敵でもある。


「ぶっ倒してやりましょう!」


「ああ、ぶっ倒してやるさ。でも、万一俺が倒れるようなことがあれば……」


 アレスさんはニケさんは振り向くと俺の手を握る。


「頼む! もし俺が倒れることがあったらニケと一緒に逃げてくれ。ニケとタナオカさんさえ逃げ延びれば子孫を残してきっといつかこの戦いに決着を付けてくれるはずだ」


 それはアレスさんの辞世の句にも聞こえた。


 だが俺はきっぱりと断る。


「嫌ですよ。俺は誰一人欠かさず勝って帰るって決めたんです。なにオーク相手に弱気になってるんですか!」


「そ、そうだな」


 俺たちは二人して笑った。


 *


 夜空に突然眩い真っ赤な魔法陣が浮かんだ。


 闇夜にアレスさんの叫びがこだまする。


「ヤバい! ブラッド・ストームだ!」


 ブラッド・ストームなら俺がファーレシアにいる時に嫌というほどクラスメイトたちに見せられた魔法だ。


 半径100メートルにも及ぶ戦術級の範囲魔法。


 術者のMPを全て使い果たすのと引き換えに魔力を空中で大爆発させ、地上へ焼けただれた溶岩の隕石を無数にばら撒く火の大魔法だ。


 あまりの隕石の多さに空が血で染められたかのように真っ赤になることからブラッド・ストームと名付けられた。


 着弾すれば大地はえぐれ、溶岩で覆いつくされる。


 破壊力は半端ないが術式の構築までに時間が掛かり逃げるまでの時間が取れるのが幸いだ。


 勇者パーティーでも一部の優秀な生徒しか使うことの出来なかった大魔法なのにオークたちはこんなものまで使うのか。


 マルクさんとエリンさんが呆れかえっている。


「ただのハイオークじゃないな。間違いなくジニアスだ」


「ジニアス?」


「王に祝福されし者、二つ名持ちネームドだ」


 オークの王に祝福されし名を貰ったオークたち。


 その魔力は祝福前とは比べ物にならないほど強化される。


 Aランクの冒険者でも倒すのに骨を折るモンスター。


 そんな者たちに俺たちは喧嘩を売ろうとしていた。


「それにしても、こんなものを自分の街の近くで放つってオーク共はなにを考えてるんだよ?」


「わたしたちを殺す以外なにも考えていないわね」


「違いねえ!」


 アレスさんの指示が飛ぶ。


「ここにいたら確実に死ぬ。今すぐ、この陣地を放棄して撤退する!」


「でも、周りに堀があって逃げ道なんて無いぞ」


「くっ! 防御を固めたことが裏目に出たか」


 そんなことか。


 簡単に作ったのならば、片付けるのも簡単だ。


「それなら大丈夫です、俺が今すぐ橋を掛けます」


 俺はアイテムボックスに防御壁を取り込み再放出、掘を埋めて即席の橋を作り逃げ道を作った。


「こちらへ」


 俺たちは大慌てで逃げるが、エリンさんが付いてこなかった。


「エリンさんも早く逃げて!」


「オーク・マジシャンを倒す絶好の機会だ! この機会を逃がすバカはいない。それにうちらの陣地がぶっ潰されるのに黙って逃げたんじゃ舐められるさ!」


 そういって、エリンさんは俺の忠告を無視してバリスタにつき、MPを使い果たしてメンタルブレイク状態となって身動きの取れなくなったオークマジシャンに向け矢を放つ。


 オークマジシャンはすぐ近くにいたので逃げる間もなく矢は即着弾。


 オークマジシャンを木っ端微塵に吹き飛ばした。


 だが、エリンさんの逃げる時間も失う。


「さあ、お前たちはとっとと逃げろ。まだマンクスの仇は取ってない、後はお前らに任せるからな!」


 エリンさんは親指を指を立てて俺たちに後を託す。


 その思い、しっかりと受け取ってやる! ……なんて誰が思うかよ!


 俺はエリンさんを見て怒りが湧いてきた。


 なに一人でカッコいいことやってるんだよ!


 俺が仲間を守るって決めたんだ。


 勝手に死ぬとか言い出すんじゃねーよ!


 ぜってーに守ってやるからな!


 俺はエリンさんの救出に向かおうとすると、ニケさんが俺を止めた。


「行ったら死んじゃうよ!」


「大丈夫。俺を信じてくれ。俺は絶対に死なない!」


「わかった。信じる」


 ニケさんは俺から腕を解き、アレンさんと避難する。


 俺はエリンさんの元へと向かう。


 走った!


 走りまくった!


 だが降り注ぐ隕石の魔法。


 頭の上が隕石で真っ赤に染まった。


 俺は全力で隕石を取り込む。


 魔法なので今の俺のスキルレベルでは取り込めない。


 でも、これは隕石。


 あくまでも石であって魔法じゃない!


 俺は必死になって取り込んだ。


「しまえ! しまえ! しまええええええ!」


 俺の気合いが通じたのか、隕石を取り込みまくり空が暗さを取り戻しつつある。


 バリスタを撃ったあと残り数秒の人生を佇んでいるエリンさんの手を強引に引く。


「なに一人でバカやってるんだよ!」


「えっ? 隕石は?」


「取り込んでやった」


 逃げながらも降ってくる溶岩を取り込みまくった。


 俺が溶岩を取り込むのを呆れて見ているエリンさん。


「お前、魔法まで取り込めるのかよ?」


「いえ、これは隕石、あくまでも岩。魔法じゃないです」


 正確には魔法かもしれないが、俺が岩と思い込んでるせいかなんの問題もなく取り込めた。


 *


「はあ、はあ、はぁ。死ぬかとおもったぜ!」


「今日何度目の死ぬかと思っただよ!」


 マルクさんが俺を見て大笑いをしている。


 どうにか逃げられた俺たち。


 マルクさんが俺に頭を下げる。


「最愛のエリンを助けてくれてありがとう」


「礼を言うなら、オークを全滅してからにして下さい」


「違いねえ」


 ニケさんが俺の腕に抱き着く。


「ニケはタナオカさんが助けてくれるって信じてたから」


「ありがとう」


 そう言ってほほ笑むニケさん。


 この笑顔を見たくて頑張ったようなものだ。


 ふとエリンさんを見るとマルクさんに抱き付かれていた。


「エリン! エリン! 無事でよかったよ!」


 マルクさんはいい年取ってるのにまるで駄々っ子。


 ガチ泣きで顔がぐちゃくちゃだ。


「やめろよ、恥ずかしいだろ!」


「恥ずかしくてもいいんだ。エリンが生きててくれたんだから」


 ガチ泣きのマルクさんに代わってエリンさんが俺に礼を言う。


「タナオカさん、君のお陰でまたマルクとこうしてバカをやれることになった。ありがとうな」


「お礼は残りの四天王を倒してからお願いします」


「そうだな」


 俺たちが逃げたのに気が付いた、ハイオーク、いやオークジニアスの四天王の残り三匹が俺たちに迫っていた。

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