ユッコとの取引

 ユッコの示してきた回答期限は明日。


 俺としてはニケさんとアイラちゃんの身の安全が確保出来るのならば是非とも行くべきだと思う。


 ただ、ニケさんとアイラちゃんがどう思うか?


 さすがに新婚早々に家を空けるのは二人が許してくれるとは思わない。


 それとなくニケさんに聞いてみた。


「もし俺がしばらくの間、居なくなるって言ったらどうする?」


「えっ?」


 思ってもいなかった話をされたニケさんは顔が真っ青である。


「しばらく仕事でエストの街を離れることになるかもしれない」


「嫌!」


 俺を全肯定してくれるニケさんには珍しく、全力で拒否だ。


「タナオカさんと離れるのなんて、そんなの絶対に無理!」


 ニケさんは俺を逃がさないかのように抱き着いて来た。


「なんでいなくなっちゃうの? 元の国に帰っちゃうの?」


「いや、そんなんじゃなくて魔王退治に協力することになりそうなんだ」


 とは言っても荷物持ちだからな、大したことじゃないと思う。


「期間はまだハッキリとしてないけど、数カ月単位の長期間になると思う」


「じゃあ、ニケもついていく!」


「いや、それは駄目だよ。危ないし、万一ニケさんが亡くなりでもしたら悔やんでも悔やみきれない」


「じゃあ、そんなとこに行かないで」


 わかったとは言えずに俺はどう答えればいいのか困り果てる。


 ユッコに攻略拠点までの運搬だけにしてもらって討伐自体には参加しないで済むように頼むしかないな。


 明日ユッコと相談しよう。


 *


 翌日やって来たユッコに相談した。


 ファーレシアからは飛行船で山を越えればあっという間だそうだ。


 俺から出した条件はこんな感じだ。


 ・手伝うのは荷物運びだけ


 ・手伝う期間は一週間以内で極力短くして欲しい


 それを聞いたユッコが笑う。


「そんなにお嫁さんが大切なの?」


「おお、もちろんだ」


「タナピーは今まで彼女が一人も出来なかったイケてない君だから、その気持ちはわかるよ」


「俺と同じレベルでモテなかったユッコが言うなよ」


 それを聞いてユッコはケラケラと笑った。


 真剣な話をしてるのになんで笑うかな?


「でもね安心して。荷物を運ぶ場所はこれ以上ないってぐらい安全なとこだし、なんだったら彼女を連れて行ってもいいぐらい安全なとこだよ」


「そうなのか?」


「きっと気に入るはず。じゃあ私からの依頼は一週間後でいいわね?」


 結局荷物運びをする場所は安全な場所だし、期間も長くても一泊二日で済むとのことだ。


 あれこれ考えたけど、聞いてみると大したことなさそう。


 俺はユッコを信じて運搬依頼を受けることにした。


 *


 アレスさんは一週間後に俺が出掛けることを聞いて考え込んだ。


「一週間か」


「またシルマインへの護衛依頼をしませんか?」


 シルマインの鍛冶屋の親父には騙された借りがあるからな、文句を言わないと気が済まない。


「この前やったばかりだから、シルマインへの護衛依頼は今は無理だな」


 地域ごとに護衛を担当するチームが大体決まっているらしく、護衛依頼は担当している複数のチームで回すことになっている。


 順番を無視することは依頼の取り合いとなるためにタブーとされていた。


 前回護衛を済ませているので次の担当となる順番は早くて二か月後である。


「一週間の期間の依頼か。長いようで短くて微妙な長さだな」


「じゃあ、短い依頼をいくつも受けましょう」


「それが正解かな? 長期の依頼はまた今度な」


「待って!」


 それを聞いたニケさんが短期依頼を受けるのを止める。


 ニケさんは掲示板から依頼票を剥がすと持ってきた。


「これにしよう、ねっ?」


「これって!?」


「ハベルタのオーク討伐」


 内容的には廃墟となったハベルタに住むオークを間引きする仕事だ。


 アレスさんは依頼票を見て黙りこくった。


「なにか不味いんですか」


「これはな、俺たちが昔大失敗した依頼だ」


 アレンさんによるとかなり前に青春騎士団が依頼を受けて大失敗したそうだ。


 元々は廃墟となったハベルタの街に積みついた雑魚のオークが街から溢れかえらないようにオークの数を減らすという依頼だった。


 何度か依頼を受けて達成していた緩みがあってその日の夜警で重大なミスを犯した。


 それはハイオークの存在。


 いつの間にかアレンさんの故郷を襲ったハイオークの群れと合流していたため戦力が急上昇。


 それに気が付けなかった青春騎士団は奇襲を食らい、半壊したということだ。


 この奇襲で青春騎士団は半数近いメンバーを失った。


「雑魚のオークしか居ないはずだったのに、夜中に側近クラスのハイオークやオークアーチャー、オークマジシャン、オークネクロマンサーまで襲って来やがるんだもんな」


「それって……」


 前に聞いたニケさんのお兄さんが無くなった襲撃だった。


「今なら返り討ちに出来たかもしれないが、当時は戦闘の経験も浅くて急襲に動揺してやられる一方だった。それを必死に食い止めたのがニケの兄貴のマンクスなのさ」


 ニケさんがのお兄さんのマンクスさんが怪我をした仲間を必死に守っていたんだけど、オークの精鋭が襲ってきて仲間を皆殺しにし、死霊使いのオークネクロマンサーがその死んだ仲間を操る。


 死体といえど仲間の姿を見て倒すのを躊躇ちゅうちょするマンクスさんは殺されたという。


「私も昔みたいに弱くない。お兄さんの仇を取りたいの」


「わかった。俺も協力するよ」


「ありがとう」


 *


 一週間の討伐依頼に出ることを話すとアイラちゃんが付いてくると言い出した。


「家族のニケの仇を討つのならば私も参加する」


「ダメですよ、遊びじゃないんです。危ないんですから領主さんは街を守っててください」


「ムムム……」


 ついてこれないのがよっぽど悔しそうだったけど、さすがに領主を危険な目に遭わせるわけにもいかないので置いていくことにした。


 ニケさんも大切だけど、アイラちゃんも同じぐらい大切だ。


 あえて危険な目に遭わせるわけにもいかない。


 俺たちはニケさんのお兄さんのかたきを討ちに、ハベルタへと向かうのであった。

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