成人のお祝い

「はあー、死ぬかと思ったぜ!」


 三途の川から無事生還した俺。


 お婆ちゃんとの久しぶりの再会は嬉しかったが、地獄の亡者たちに追いかけられるのはもう懲り懲り。


 俺は今、ニケさんの誕生会をしていた。


「おめでとう、ニケ」


「おめでとう、ニケさん」


「ありがとう、みんな!」


 青年騎士団全員で集まってのニケさんの誕生日のお祝いだ。


 アレスさんが真顔で聞いてくる。


「なあ、タナオカさん」


 いつにもなく真面目な顔である。


「ニケも18歳になった。このままでは行き遅れになってしまう。そこでだ。そろそろニケを嫁にもらってやって貰えないだろうか?」


 以前の俺ならば逃げていただろう。


 でも、今の俺は逃げることはしない。


 逃げて後悔することだけはしたくないんだ。


「ぜひとも、よろこんで!」


 湧き上がる拍手。


 俺はニケさんの手を取りお願いした。


「これから俺と一緒に同じ道を歩んで欲しい。俺と結婚してください!」


「ありがとう! これからもずっと一緒に居ようね」


 満面の笑みをしたニケさんに抱き着かれる。


 そして交わされる口づけ。


 ニケさんとの口づけはとても甘い。


 その夜ニケさんとは一つになり、名実ともに夫婦となった。


 *


 この世界では結婚しても結婚式も新婚旅行みたいなものは無かったので陰キャで呼ぶ友達もいない俺には大助かりだ。


 小さな家を買い新婚生活を始めた。


 街の中の家なので庭なんて洒落たものは無いので安宿と大差ないけど俺たちの城だ。


 新婚旅行代わりにニケさんと仲睦まじく夜のひと時を過ごしていると、ドアが鳴った。


「領主様の使いの者だ」


 やって来たのはアイラちゃんといつも一緒に居るメイドさんだった。


 確か名前はマリエッタさんだったと思う。


 俺が現れるとあからさまに顔をしかめる。


「ここ最近、仕事もせずにだらけていると聞いたぞ」


 多分リーダさんからの情報だろう。


 新婚旅行と言う概念が無いこの世界の人に新婚旅行代わりに休んでいると言っても理解されないので細かい説明はしない。


 マリエッタさんは話を続ける。


「まあいい。5日後、アイラ様の領主就任及び祝成人のパーティーが開かれることになった。領主命令である、必ず参加するように」


 有無を言わさぬ勢いである。


 でもさ、平民の俺が貴族様のパーティーに参加していいものなの?


 貧相な格好で行ったら絶対浮くと思うんだけど。


「パーティーって貴族の集まりですよね? 俺みたいな庶民が参加しても問題ないんでしょうか?」


「貴君はアイラ様の恩人であるからそのようなことを気にしないでもらいたい。ぜひとも参加してくれ」


「でも服が……」


「服ならこちらで用意するので着の身着のままで来てくれて構わないぞ。普段着で気軽に参加して欲しい」


 ということだったので参加したんだが……。


「この度、わたくしエスト領の領主、アイラ・フォン・メンデルと異世界からの召喚勇者のタナオカ様と結婚することになりました」


 嵌められた。


 これ、結婚式会場じゃん。


 しかも俺とアイラちゃんの!


 なんでこうなってるのか、わけがわからない。


 気が付いた時には屋敷の庭に設営された結婚式場に連れてこられて、誓いの口づけまでさせられていた。


 俺はアイラさんの手を引き部屋の隅に連れて行く。


「アイラちゃん? これって、ど、どういうことなの?」


「アイラとタナオカお兄ちゃんの結婚式ですわ」


「そんなのわかってるよ。なんで既婚者である俺とアイラちゃんが結婚するんだよ?」


「アイラと一緒に居るのは嫌ですか?」


「嫌じゃないけど、既に結婚しているのに更に結婚したら重婚になっちゃうでしょ。俺、ニケさんと別れろなんて言われたら泣きますよ」


「重婚? それが何か問題とでも? 優秀な殿方が嫁を3人も4人も持つのは当たり前の事ですわよ。第一夫人はアイラですが、タナオカお兄ちゃんがお嫁さんにしたい人が居れば好きなだけお嫁さんにしてあげてください」


 有無を言わせぬ口調だった。


 アイラちゃんがぐいぐい迫ってくる。


「それともアイラとの結婚は嫌ですか? このエストの街の正式な領主となったアイラの命令でも? 平民であるタナオカお兄ちゃんに拒否権があるとお思いですか?」


 これ絶対に断れないやつだし、断らせる気もないやつだ。


 俺はしぶしぶアイラちゃんとの結婚を受け入れるが、ニケさんにどう説明すればいいんだよ?


 絶対修羅場になってアレスさんも乗り込んできて騒ぎになって、離婚となったら泣いても悔やみきれない。


 俺は結婚式後の披露宴を抜けてニケさんの待つ家に戻り謝ろうとすると、予想に反してニケさんは喜んでくれた。


「勝手に重婚していいのかよ?」


「タナオカさんがニケ一人だけの人じゃなくなるのは少し寂しいですけど、それ以上に領主さんとの結婚ですよ。タナオカさんが社会的に認められるってことです。それを喜ばない嫁はいません!」


 ニケさんは怒る気は無くてむしろ誇らしげだった。


 なんとできた嫁、嫁の鏡。


 俺の胸にそっと頭を寄せるニケさん。


「でもね。心の中ではいつまでもニケが一番でいて下さいよ」


 なにこの可愛いお嫁さんは!


 思わず抱きしめてしまった。


「ニケさん、好きです」


「タナオカさん……」


抱きしめ合う俺とニケさん。


すると玄関の扉がけたたましく開け放たれる。


「披露宴を勝手に抜け出したと思ったら、こんな所でなにしてるんですか!」


 トイレに行くと言って披露宴を勝手に抜け出したことに業を煮やしたアイラさんのメイドのマリエッタさんに首根っこを掴まれて屋敷に連れ戻された。


 その夜、俺との念願の結婚が出来たアイラちゃんによってその夜は帰して貰えなかった。


 俺はニケさんが好きだし、アイラちゃんも嫌いではない。


 その二人と結婚できた俺に思い残すことはもう無い。


 陰キャだった俺でも女の子にモテモテな異世界って最高だぜ!

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